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人狼ゲーム殺人事件  作者: iris Gabe
解決編
24/31

23.帰還

 目が覚めると、冷たいコンクリート地面の上だった。ここはどこだ――?


 真っ暗な闇の中、かすかにそそぎ込んでくるほのかなあかりを頼りに、三半規管を極限まで研ぎすまし、這いつくばって、俺はこの悪状況の打破を試みた。ひょっとすると、ここも人狼館のような閉ざされた部屋クローズド・セルかもしれない。根拠のない不安に襲われて、神経だけが削られていく。

 伸ばした指先がなにやら硬いものに触れた。感触から判断するに、そいつは巨大な鉄扉のようだった。全身に力を込めて押してみると、軋み音を立てて扉はスライドして、外から明るい光が差し込んできた。

 そうか、ここは俺が拉致される前にいた最後の場所――、横浜の埠頭にたたずむさびしい倉庫の中なのだ。たしかここでとある組織のやばい取引現場を目撃した俺は、次の瞬間、背後から何者かにスタンガンを押し当てられて、そのまま意識を失ったのだ。

 気が付くと、俺は背中にリュックをしょっていた。中身を確認すると、拉致された時に所持していた財布やたばこ、それに、俺が人狼館で書き記した手記のすべてが入っていた。それ以外にも、とんでもないものもいっしょに入っていたのだが、それについては後述することとする。ただ、スマホだけは依然として紛失したままであった。


 とにもかくにも、俺は、まず所沢の事務所へ戻ることにした。今後の行動なんて、そこで落ち着いて考え直せばいいからだ。通勤ラッシュの過酷さで有名な西武池袋線せいぶいけぶくろせんも、この時間帯となれば、さほどの混雑もなく、乗っていて不快感を抱かずにすんだ。ようやく所沢の事務所までやってくると、鍵を開けて中へ入った。相棒のリーサが俺の顔を見てどんな反応を示すか楽しみだ。

「おい、リーサ、今帰ったぞ」

 てっきりリーサが飛び込んでくるかと思いきや、現れたのは見覚えのある顔――如月きさらぎ恭助きょうすけだった。

「あれ、なんでも屋じゃん。あんた、生きていたの?」

 いきなりつっけんどんにとぼけたことを抜かしやがる。こいつはいつもこうなのだ。すると恭助のうしろからリーサがひょっこり顔を出したから、思わず俺は声を荒げた。

「てめえ、性懲りもなく、俺のリーサに何をしやがった!」

「えっ、誤解、誤解。リーサちゃんにはなんにもしてないってば」

「ええい、だまれ、だまれ。このクソガキが!」

 俺の剣幕に押されて恭助がたじろいだところを、横からリーサがさーっと飛び出してきて、そのままガシンと俺に体当たりをぶちかましてきた。

「リンザブロウさん。よくぞご無事で――、よかったですう」

 リーサは最先端人工知能を備えたコミュニケーションロボットである。日常的な会話はもちろん、事務所の電話の応対や機密資料の管理にいたるまで、秘書としての仕事も一流にこなす有能なる俺の相棒だ。シリコン樹脂でできた上半身は、年頃女性の生身の身体を彷彿させる上々の出来栄えとなっているが、下半身は移動を最優先とした低重心構造の台車にしてある。そいつがまともにぶつかってきたのだから、たまったもんじゃない。まさに小型バイクに不意を突かれて衝突されたようなものだ。

「びいぇええええん、あのお間抜けなリンザブロウさんのことですから、リーサは、火葬場の焼却炉の中で寒さをしのいでうたたねをしていたリンザブロウさんが、うっかり火をくべられて、見るも無残な白き灰と化してしまったものとばかりに、確固たる確信を抱いておりましたんでございますよー」

 相変わらずの支離滅裂発言であるが、とにかく俺のことを心配していたという気持ちは伝わってきた。すると、恭助もそれに負けずに加勢した。

「俺はそこまでひどいことは思いつかなかったけど、埠頭のそばの倉庫であんたのスマホが発見された時には、いつものごとく、ちょろいヘマを犯して、悪の組織に捕まったあげく、コンクリート詰めにされて、東京湾に沈められて、てっきり魚のえさと化してしまったものだとばかりに、ほとほとあきらめていたんだよ。とにかく、生きていてよかったよ……。

 それにしてもさ、いまどき、時代遅れクラッシックもはなはだしいよな。よりによって埠頭の倉庫で行方不明になっちまうなんて、ダサいにもほどがあるぜ。さすがはなんでも屋だ。あはは」

 褒めたあとでけなす。これが恭助流の会話術だ。

「そもそもお前はなにしにここにいる?」

「やだなあ、なんでも屋とは友達じゃんか」

 俺は、恭助を友達と思ったことは一度もないが……。

「リーサちゃんが俺に電話を掛けてくれてさ、この忙しい昨今、心配になってここまで馳せ参じたというわけさ。そうだよね、リーサちゃん」

 恭助がリーサに目配せした。それに対して、表情には出さないが、葛藤を処理している無言の間がリーサに生じた。

「ほーほほっ、恭助さん。なにをとちくるっていらっしゃるんですか。リーサ、恭助さんに助けを求めた記憶なんて、一切合切いっさいがっさい金輪際こんりんざい、ございませんことよ」

「えー、ここに来てしらを切るかよ。さっきまで、ビービー泣きわめいていたくせにさ。

 まあ、いいや。それにしてもなんでも屋。あんた、今のいままで、どこで油を売っていたんだい」

 俺はリュックから札束を取り出してテーブルの上へ放り投げた。

「えー、どうしたの。大金じゃんか」恭助が目を丸くした。

「ざっと二百万ある――」

 先ほど述べたリュックの中のとんでもないものとは、この現金のことだった。

「はした金さ。俺は生死を懸けたゲームに強制参加をさせられて、そこで見事に勝利を収め、無事に生還をしたんだ。さしずめその報酬といったとこだろう」

「生死を掛けたゲームだって? へー、面白そうだな。ねえ、詳しく話してよ」

 恭助が目を輝かせた。相変わらずすっとんきょうで無頼ぶらいなやつである。俺は手記を取り出して、黙って恭助へ手渡した。

「へえ、なんでも屋は相変わらずまめだなあ。こいつは助かるよ。下手な話を聞かされるよりも、状況がはっきり分かるからね」

 それから、人狼館で起こったおぞましい出来事のすべてを、記憶の限りに俺は恭助に話した。一部始終を聞き終えた恭助は、依然として興奮を抑えきれない様子であった。

「すごい情報だ――。さっそくおやじに報告しなきゃ。ごめん、なんでも屋。俺、いまから速攻で名古屋へ戻るよ」

 そういえば、こいつの父親は名古屋の警察署の殺人課に勤める敏腕刑事であるらしい。前代未聞の殺人ゲームの情報を聞いて、いちはやく報告しなければ、ということなのだろう。

「おい、待てよ。慌てんぼうだな。肝心の人狼が誰なのか、俺はまだお前に伝えてはいないんだぞ……」

 ここで読者諸君にはいちおう断っておこう。というのも、俺が説明したのは、藤ヶ谷の遺体を棺桶に収めたところまでであって、恭助に渡した手記もそこまで(読者への挑戦より前)で終えてあった。つまり、そのあとで、西野がある人物を名指しして、その人物を処刑したあと、催眠ガスで意識を失ったことに関しては、なにも説明しなかったのである。したがって恭助には、人狼の正体を知るよしはなかったはずであった。

「人狼が誰かだって……?」

 恭助は一瞬うしろを振り返った。「そいつは大丈夫だよ。もう分かっちゃったからね」

「もう分かっただと?」

 俺は混乱して、逆に問い返した。

「だって、簡単じゃない。密室を作ることができた人物は、この登場人物の中でたった一人しかいないんだからさ! 自動的にそいつが人狼ってことで決まっちゃうよね」

 恭助はあっさり答えた。俺はさらに困惑を極めた。白状しておこう。俺はこの時点で、人狼が誰だったかは把握していたが、密室がどのように構築され、人狼がどのように犯行を推し進めたのかまでは掌握できていなかったからだ。

「あっ、そうだ。念のために一応訊いておくかな。まあ、絶対にあり得ないと思うけどね。

 久保川と藤ヶ谷の二人の密室殺人なんだけどさ。室内に毒ガスを送り込んで殺すなんて三流ミステリーチックなトリックは、なかったんだよね」

「そいつは無理だな。人狼館の部屋はどこもかしこも天井が高かった。部屋が広すぎるから、毒ガスを送り込んだところで人を殺すことなどできやしない」

「内扉の楕円形のつまみをピンセットではさんで、ひもで引っ張って鍵を掛けてしまうトリックも、かつての推理小説であったよねえ」

「人狼館に限っていえば、扉と床のすき間からひもやピンセットを回収することができないな。というのも、扉と床のすき間は光も漏らさぬほどに狭かったからな」

 俺が説明し終わると、恭助は満足しきった様子で微笑んだ。

「だと思ったよ。じゃあ、ここでおいとまだ、なんでも屋。それから、いとしのリーサちゃん、バイバイ、また来るからねえ」

 そう告げると、恭助は一目散に外へ飛び出していった。


「へえ、あんたは上智大学の学生さんだったのか」

 ふと前を見ると、人懐っこそうに眼を輝かせている男の子が立っていた。

「どなたですか?」

「ああ、おれ。如月恭助っていうんだ」

 かなり小柄な子である。私は座っているけど、立てばおそらく私のほうが背が高そうだ。それにしても講義室の中で堂々と私に話しかけてくるなんて、ここの男子学生にしてはめずらしい。

「以前にお会いしたことがありましたっけ」

「いや、初めて」

 初対面なのにこんななれなれしい人物を、私は未だかつて見たことがない。前の席で講義を聞いていたから、私とこの子が話をしている様子は、今、講義室にいる全学生から丸見え状態となっている。背後からぶすぶすと突き刺さるあまたの羨望の視線を感じながら、私はこの青年をじっと観察した。これといった特徴のない平凡な顔だけど、決して不細工というわけでもない。むしろ、適当にお化粧を施せば、女の子のふりをしても結構いけそうな、素直な顔立ちである。ただ、相当に自意識過剰な性格が、表情の節々から見て取れる。まるでこの講義室には、アダムとイヴのごとく、私と二人だけしかいないかのように、周囲に全く気づかう様子が見られなかった。

「あんたに話しかけるためにさ、ずっとうしろで講義を聞いていたんだけど、いやあ、文学部の授業って、さっぱりちんぷんかんぷんだね」

形而上学けいじじょうがくの講義でしたからね。無理もありません。ところであなたは文学部ここの学生ですか」

「いや、あいにく理学部の学生。でもさ、哲学だったら少しくらい興味があるよ。よかったら、美人のあんたにご講義願いたいものだな」

「そうですか。では、失礼いたします」

 相手にしてもなにも利益はなさそうだから、私は、いつもほかの男の子たちに対してするように、冷たく突っ放した。でも立ち去ろうとした瞬間、耳元でボソッとささやかれた。

西野摩耶にしのまやちゃん――。今年上智に入学したピカピカの一年生。だけど、以前に別の某女子大を中退しているから、実年齢は二十一歳だ。学内では成績優秀、才色兼備で完璧過ぎる女の子。しかもほかの同級生よりも年上と来たもんだから、ほとんどの男子学生は恐縮して声すら掛けられない」

「年上であることも、上手に使えば防虫剤の役目を果たしてくれるというわけです」

 私は軽く皮肉で返してやった。

「さらにその真の素顔は、群馬県多野たの郡の上栗かみくり村の森の奥に豪邸を構えるご令嬢――」

 私の私生活プライベートを調べ尽くしている。ちょっとやっかいな人物のようだ……。

「ストーカーさんはお断りです。あんまりしつこいようなら警察へうったえますよ」

「ところがさ、その警察の代理という立場で、俺は今ここにいるんだよ。あんたにぜひとも訊きたいことがあってね」

「おはなしになりませんね。あなたが警察の代理だというのも疑わしいし、仮にそうだとしても、私がしゃべらなければならない義務も義理もなんにもありませんからね」

「それじゃあ、さっそく質問させてもらうよ」

「ちょっと待ってください。あなた、人の話をちゃんと聞いているのですか?」

「えっ、なんかいったっけ。大丈夫、気にしなくていいよ。俺さ、あまり本質に関係ないことにはこだわらない主義なんだよね」

「ふふふっ。どうやら、あなたも私と同じタイプの人間みたいですね」

 私はあきれ果てて、深くため息を吐いた。

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