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人狼ゲーム殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
2/31

2.居間

 そこは広大な居間リビングだった。開放感のある高い天井にこれ見よがしに取り付けられた荘厳なシャンデリア。さらには、室内にあるあまたの装飾品インテリアのひとつひとつに、水しぶきをイメージしたS字やC字の細やかな形状のデザインが施されている。これらはいずれもロココ調と呼ばれる美術様式である。


挿絵(By みてみん)


 暖炉の真上に当たる壁に大きな絵画が掛かっている。フラゴナールの有名な『ぶらんこ』という作品だ。

 大縄でこさえたぶらんこに乗っかった躍動感のある少女。ピンク色の美しいドレスが風圧ではためいて、白いタイツのふくらはぎが少しだけ露出している。そのめくれかけたスカートの中をのぞき込むかのように、愛人と思われる若い男が帽子を握った左手を差し伸べる。少女の片方の靴は脱げて空中をさまよっている。実は、脱げやすい靴は尻軽女を意味する当時の暗示であったらしい。ぱっと見は実に優美で繊細なのだが、なにかしら不埒な皮肉も同時にこめられていそうな、謎に包まれた傑作である。もちろんこいつは複製品レプリカであろうが、そうとは思えぬほど精巧に復元されており、画布カンバスに塗られた油絵の具の凹凸までもがはっきりと確認できた。

 部屋のあちこちにはくつろぐための椅子が用意されている。安楽椅子アームチェア揺り椅子ロッキングチェア、それに長椅子ソファー。とにかく多種多様だ。テーブルは全部で三つあって、ソファーに取り囲まれたテーブルの上にはグラスと水差しが置いてあった。その近くの食器棚サイドボードの上にはドリップ式のコーヒーメーカーが設置されていて、引き立ての豆が発する芳醇な香りが室内を漂っていた。

 暖炉の横には人間とほぼ同じ背丈である古い柱時計があった。ここへきた時、タイミングよく六時半を告げる鐘が一回だけ鳴ったのだが、手巻きのゼンマイが動力源となって動く仕組みの振り子時計で、こいつはかなりの骨董品だ。

 そして、その広間には、男女があわせて四人いた……。


 探偵業でやしなった俺の鋭い眼光が、広間にいる四人の顔を順に照らしていく。こいつらも拉致らちされてここへ連れ込まれたのだろうか?

 一人目はひょろひょろとした若い男である。白地の丸首Tシャツの上に前腕部が露出した七分袖の黒ジャケットを羽織り、黒のストレッチパンツを履いたラフな格好で、おしゃれにまとめ上げている。俺が入って来たのに気付くと、品定めをするように、視線をちらちらと傾けてきた。

 もう一人はガタイのいい筋肉質の男だ。上半身にぴったりと密着したダークグレーの加圧シャツをまとい、下半身はコバルトグリーンのハーフパンツに黒のスポーツタイツをはいていた。十キログラムは優にありそうないかついダンベルを両手に携えて、新参者にはさも関心がなさそうに顔を伏せたまま、もくもくとトレーニングを続けていた。鍛え抜かれた分厚い胸板が、シャツをやぶりそうなまでに大きく膨れ上がっているのが、ここからでもはっきりと確認できた。

 そのほかに、二人の女が暖炉の前を陣取ってだべっていた。片方は安楽椅子に、もう一方は揺り椅子に腰掛けている。安楽椅子の女は座高が高くて、とてもスリムだ。髪は栗色のマニッシュショート。ゆったりした朽葉カーキ色のタートルネックセーターに、ぴちぴちのデニムを履いたカジュアルな装いで、それなりの美人ではあるのだが、同時にかなり気が強そうな女にも見える。化粧やファッションで若々しく作ってはいるものの、おそらく年齢は俺と同じくらいの三十前後であろう。

 もう一人の揺り椅子の女は、幼さの残るおっとりとした顔つきで、こちらは明らかに二十代だ。大胆に両肩を露出した珊瑚色コーラルピンクのフリフリドレスに包まれた白い身体は、ややぽっちゃり系ではあるのだが、これでもかというほどに膨らんだ見事な胸が、すべての男の視線をとりこにする脅威的なオーラを解き放っていた。肩まで伸びた黒髪を、思春期少女のように二房の三つ編みにしているのが年不相応でちょっと残念だが、それなりに顔はいけている素材である。

「やあ、また新しいお客さんがいらしたようですね」

 やせ男が近づいてきて、さっと右手を差し出した。

「僕は、相沢翔あいざわしょう。大学院で経済学を専攻するコンピューターゲームが大好きな学生です」

 すかさず俺も右手で握り返す。

岡林おかばやし吾郎ごろう。職業はプログラマーだ」

 返した名前は、実は偽名である。最近の裏業界では俺もちょっとした有名人となってしまったから、こういった見ず知らずの相手と話をする時は、いつも用心を重ねて、正体をすべては明かさないようにしているのだ。

藤ヶ谷ふじがやはやと。スポーツジムのインストラクターをしている」

 順番から今度は自分であろうと思ったのか、ぶっきらぼうな声で筋肉男が答えた。その様子を確認してから、安楽椅子に座っていた女もすっと立ち上がって、興味深そうに俺のほうへ近づいてきた。

「岡林さんと、おっしゃいましたかしら。あたしは丸山まるやま文佳あやか、専業主婦よ。もっとも、旦那はここにはいないみたいだけどね……」

 この丸山という女、女にしては異常に背丈が高かった。俺とほとんど変わらないくらいだから、170センチくらいはあることになる。べっ甲のウエリントン眼鏡をかけているが、伊達なのか本当に目が悪いのかどうかは、はっきり分からない。

「ご主人はここにはいないと?」

「ええ、そうよ。気が付いたらあたしだけ、こんな辺ぴな場所でひとり取り残されていたんだから。もう、わけが分からないわ」

 どうやら丸山文佳も俺と同じように、意識不明の状態でここへ運び込まれた様子である。

「それから、こちらのお嬢さんが、最近売り出し中のピアニストで、高木さんとおっしゃるのよ」

 俺が目を向けると、それに呼応してフリフリドレス女がウインクをした。

高木たかき莉絵りえよ。よろしくね。

 さっき、あやちゃんが――、あっ、ええと、丸山さんが、気付いたらこの屋敷にいたっていっていたわよね。わたしもおんなじで、気が付くとベッドでぐうぐうと寝ていたの。さっき、目覚めたばっかりで、まだ頭がぼんやりしてるんだけど、そのあとはどうにかこの部屋までやってこれたって感じ」

 なれなれしい甘え声で、巨乳女が自分のいきさつを説明した。

「どうやらみんなそのパターンのようですね。僕も駐車場で車に乗ろうとした時、首筋に痛みを感じてそのまま意識を失いましたよ。目覚めてみれば、この嵐の中にたたずむ不気味な洋館に閉じ込められていたというわけです」相沢翔がしゃしゃりでてきた。

「閉じ込められている?」思わず俺は眉を吊り上げる。

「ああ、いや、嵐のために外へ出られない、という意味ですよ。玄関のドアは開けられます。さっき確かめておきましたから」と、相沢がいいわけをした。

「そうですか。そちらの体格のいい方は……、ええと、藤垣さんでしたっけ」

 俺は筋肉男へ目をやった。

「藤ヶ谷だよ。フジガヤ――」

 筋肉男が怒ったような口調で返した。もっとも、怒ってはいないのかもしれないが。「俺の場合は、背後から近づいてきたくそ野郎に何かを押し付けられて、あっと思った瞬間に、力がぐっと抜け落ちたのさ」

 スタンガンだ、俺と同じ……。

「あたしは後ろからハンカチで口を塞がれて、抵抗しようとするうちに気が遠くなってしまったの」丸山文佳も横から割り込んできた。

「襲われた場所は覚えていますか」

「ええと、家のすぐそばだったかしら。ごみを出して帰る途中だったわ」

「時刻は?」

「たしか、九時前かしら」

「あたりに人は?」

「その時はいなかったのかもしれないわね」と、あいまいな返事だ。ひと気の途切れた一瞬を狙って執行されたなんとも大胆な犯行のようだ。

「じゃあ、あんたは?」

 藤ヶ谷が高木に声をかけた。粗暴な口ぶりに、高木はぴくっと肩を震わせた。

「ええと、わたしもピアノレッスンの帰り道を歩いていた時、後ろから首筋にチクっと何か刺されたみたいで、それからはぜんぜん覚えてないの。気が付いたら、ここにいたのよ」

「一人で歩いていたのですか?」念を入れて俺は確認を取った。

「ええ、そうよ。人が少ない通りの角を曲がった直後だったわ」

 高木莉絵の場合は背後から注射を打ち込まれたようである。それにしても、これだけの短い期間で五人の男女を拉致するとは、この犯行をおこなった人物、あるいは組織の大胆さには舌を巻かざるを得ない。いったい何人の男女がここに拉致されたのだろうか。

 俺はさらに質問を続けた。「この屋敷にいる人間は、これで全部ですか?」

 グランドピアノの蓋を開けて鍵盤を適当に叩いていた相沢が、こっちを振り向いた。

「僕が知る限り、あと三人、ここには顔を出していない人物がいますね」

「あら、まだ三人もいたっけ?」

 相沢の言葉に丸山が首を傾げる。

「ああ。まず、使用人の一ノ瀬いちのせご夫婦が二人いて……」

「なんだ、一ノ瀬さんね。わたしはまた、誰かほかに見ず知らずの客がいるのかと思って、びっくりしちゃったわ」丸山は瞬時に自らの勘違いをみとめた。

 さらに相沢が続けた。「それから、学者と称する男がいる。そのうちにこの部屋へ戻ってくると思いますが」

「学者?」

「ええ、そうなんですよ。なんでもどっかの大学の准教授らしいけど、本当かどうかはよく分かりませんね。見た感じはそんなにお利口そうには見えませんけどね。はははっ」と、相沢は馬鹿にするように笑った。

「そうよね。あのデブ眼鏡、見ているだけで不快になっちゃうわ」と、吐き捨てるように丸山も同調する。

 ちょうどその時、広間へ男がひとり入ってきた。なるほど、あまりお利巧そうには見えない、ずんぐりと太った豚のような男である。毛穴から噴き出したあぶら汗でよごれきった黒縁の眼鏡を、ほてった顔にピタリと装着していた。

「なんだ、新入りがいるな。ようこそ。俺は川本誠二かわもとせいじ。数学を研究している」

 川本と名乗る男がむくんだ手を俺に差し伸べてきた。普通にしているだけなのに、ふーふーと汚い鼻音を鳴らしながら、肩で息をしている。明らかに運動不足の太り過ぎがたたっているようだ。

「岡林吾郎。職業はプログラマーだ」

「ふーん、プログラミングね。なんの……?」

 不意を突いた川本の問いかけに、俺は一瞬とまどった。

「なんの……、とは?」

「なにをプログラミングしているのかってことさ。あんたの本職だろう。そのくらい簡単に説明できるだろうが」

「説明したところで分からないだろうし、そのお、説明のしようがないな」

 さりげなくかわそうとしたけれど、川本は喜んで、ますます食らいついてきた。

「だからさ、いってみなけりゃ分かんないじゃん。この俺が理解できるのかそうでないかなんてさ」

「ちょっと。あんまり難しいお話はやめてくれない。ほら、岡林さん、困っているじゃないの」

 丸山があきれて助け舟を出してくれた。それを聞いた川本は、不満げな顔をしながらも渋々引き下がった。

「とにかく今、ここにいる人間は全部で八人ってことなのよね」高木莉絵がポツリとつぶやく。

「数学の学者さんとやら。あんた今まで外にいって、なにをしてきたんですか?」いたずら好きな目を輝かせて、相沢が川本に訊ねた。

「嵐の様子を見てきたのさ。だが、素人目で見ても、当分止む気配はなかったな。とにかく、ネットもラジオもないんだから、天気も予測不能ということさ。いったい、俺たちはいつまでここで滞在しなけりゃならんのだ?」と、川本がそっけなく答えた。

「まあいいじゃないの。みんな来たばかりで、まだここで一泊もしていないんでしょ。案外、中途半端なホテルよりも居心地がいいかもしれないわよ。この不気味なお屋敷は……」と、高木が大あくびをした。

「なんたって、洋服は着放題だし、食べ物もいっぱいあるしね」丸山も即座に同意した。

「ということは、みなさんの個部屋の中にも、冷蔵庫と衣類収納庫クローゼットがあるってことですか?」確信を得ようと、俺は質問した。

「ええ、そうよ。でも、驚いちゃったのは、収納されている服や食べ物が個室によって違っているみたいなの。さっき、りえさんから聞いたけど、りえさんのクローゼットにはドレスがいっぱい入っていたそうよ。それに対して、あたしのクローゼットの中はタイトスカートやズボンばかりなんだから。どうやら、ここのご主人は、ええと、招待主は、わたしたちひとりひとりの好みを調べつくしているみたいね。ちょっと気味が悪いわ」

 そういって丸山は、あきれ返った様子で両手を空へ向けた。

「そうよねえ。でも、どんな人なのかなあ。ここのご主人さまって」と、能天気な高木莉絵がポツリとつぶやいた。

 するとその時、大扉がさっと開いて長身の紳士が現れた。まだ十分にボリュームがある白髪をオールバックでさっぱりと固め、しわ一つない黒のタキシードの下に防寒用のグレーのベストを装着し、赤のリボンタイを付けてアクセントを添えていた。なかなかのナイスミドルな紳士である。

「お食事が準備できました。みなさま、食堂までお越しください」

 そう告げてタキシード男は、もう一度丁重に一礼してから、広間を立ち去った。

「今の人が使用人か?」

「ええ。一ノ瀬いちのせさん。わたしたちの世話をしてくれる、このお屋敷の執事さんよ」と、丸山文佳が答えた。


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