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人狼ゲーム殺人事件  作者: iris Gabe
出題編
18/31

18.密室

 午後になってから、川本に森の探索をしようと提案をしたのだが、速攻で拒否られた。

「藤ヶ谷だって人間さ。腹が減ればいつかは館へ戻らなければならなくなる。そこでとっ捕まえちまえばいいんだよ。わざわざ危険を冒してまで、やっこさんのテリトリーへ乗り込む必要がどこにあるというんだ?」

 川本が満足げに電子タバコをくゆらせた。ここは人狼館の玄関を出たところだから、丸山から文句をいわれる心配はなかった。それを見て、俺も我慢ができなくなり、ポケットから電子タバコを取り出した。

「藤ヶ谷はなぜ西野を殺さなかったのだろう……」

 俺は、肺にめいっぱい吸い込んでから、鼻孔を通して、ゆっくりと煙を空中へ解き放った。すると、身体じゅうの毛細血管が一気に活性化し始めた。

「さあな、殺しちまうにはあまりにも惜しい女だからなあ」

「本当に藤ヶ谷が人狼で間違いないのだろうか」

「そいつはおそらく間違いねえよ。だがな、いずれにせよ、やつは正面を切ってここへは戻ってこれねえのさ。なにせ、西野が生き証人となっちまっている。のこのこと館へ帰ってくれば、われら村人たちによる正統なる人狼裁さばき判によって、電気椅子の餌食えじきにされちまうのは目に見えているからなあ。じゃあ、館内へ戻るぞ」といって、川本は口元に笑みを浮かべた。

 結局川本は、自らを危険にさらしてまで人狼の犯罪を阻止しようとする正義感を持ち合わせてはいないのだ。俺はため息をついて、森のほうをにらみ付けた。


 夜になった。かれこれ数えて、五日目の夜ということである。伝説によれば、人狼が活動を開始するのは夜。そして、必ず毎晩一人ずつの犠牲者いけにえを生み出していく。もしそれが真実であるのならば、今夜も誰かが殺されてしまうのだろう。たとえ俺一人でも、やれる対策は取らねばなるまい。俺にできること、それは見張ることである。今晩は徹夜を覚悟で、この館を一晩中見張ってやる。

 見張りをするにしても、我が身は一つ。正直、限界があることは認めざるを得ない。それならば、最も効率の良い見張りとは、いかなる手段であろう。そこで俺は、館の二階の西廊下を見張ることにした。ここは、西野、川本、俺、丸山と生き残っているゲーム参加者プレーヤーの部屋が並んでおり、藤ヶ谷が襲ってくるのなら、おそらくこの中の誰かを殺そうとするに違いないからだ。一階の一ノ瀬氏や、東廊下の久保川が殺されてしまっても、それは致し方ないことだ。全員を守る能力なんて、さすがの俺も持ち合わせてはいないのだから。

 時刻は午後八時半。俺は西階段のそばに陣取り、二階の西廊下の監視を始めた。もし、いずれかの個室から誰かが出てくれば、さりげなく二階南廊下のバルコニー前に設置された長椅子ソファーに腰かけて、そこでくつろいでいたふりをするつもりであった。

 まず川本が扉を開けて、二号室から廊下へ出てきた。時刻は九時十分頃であった。そう。実は、俺は腕時計を持ってはいない。この館に拉致された時に、所持品も丸ごと没収されてしまったからだ。でも、一階の居間の柱時計――通称『大時計』が打つ鐘の音は、ここからでもはっきり聞こえる。さっき大時計が九回鐘を鳴らして九時を告げてから、かれこれ十分くらいが経過している。川本は俺に気付く様子もなく、西階段を使って一階へ降りると、そのまま居間に入ってしまった。俺は川本を尾行して、居間に入るところまでをこの目でしっかりと確認した。それから、俺は西階段の中腹まで引き返し、二階廊下を見張ることにした。ここなら、一階と二階の両方の異変を同時に監視ができる。

 少々気になることがあった。川本は居間にいるのだが、西野と丸山は果たして彼女らの個室にいるのであろうか。念には念を入れて、丸山と西野が部屋にいるかどうかを先に確かめることにした。丸山の部屋である四号室の前で、こっそりと聞き耳を立てた。部屋には誰かがいそうな気配が全く感じられなかった。次に、西野の部屋である一号室へ出向いた。扉の鍵穴からのぞき込むと、室内でともされている電灯のあかりが漏れて見えた。それに、かすかであるが、シャワーを浴びている物音も聞こえた。どうやら、西野は現在この部屋にいるようだ。

 それを確認してから、俺は再び階段の中腹へと戻った。すると、今度は下の方からなにやら男女がいい争う声が聞こえてきた。丸山と川本だ。相変わらず犬猿の仲の二人である。ここへ来てなにを喧嘩しているのかはよく分からなかったが、どちらも一向に引きさがる気配もなく、数分の間隔を置いて、とぎれとぎれにどちらかの大きな声が飛び交うのだった。

 それから間もなく、一ノ瀬氏が一階廊下を食堂の方からやってきて、居間の前へ差し掛かった。扉の向こうから発せられた川本の怒鳴り声に、一ノ瀬氏は驚いて、一瞬足を止めるが、声が静まって空気が落ち着いたのを確認すると、ほっとしたように肩を落とし、再び歩みを進めて、居間の前を通り過ぎていった。行き先はおそらくリネン室であろう。ちょうどその時、大時計が一回だけ鐘を鳴らしたから、時刻が九時半だったことも確認できた。

 そのあとも、居間で繰り広げられる男女の口論は止めどなく続き、気が付けば大時計が十時の鐘を告げていた。よくもここまでいい争いが続けられるなと、俺は感心した。

 すると、一号室の扉がふっと開いて、西野がひょっこり顔をのぞかせた。時刻はおそらく十時五分くらいである。彼女は廊下に誰もいないことを確認すると、自分の部屋に鍵を掛けてから、階段の方へ歩いてきた。用心深くきょろきょろと左右に眼を配り、まるで猫みたいな振る舞いであったが、肝心の俺に気付く様子もなく、西階段から一階へ降りると、食堂の方へよろよろと歩いて行った。ここへ来て食堂へ何の用事があるというのか。俺はひそかに彼女を尾行したが、その瞬間に、居間から出てきた川本と鉢合わせになってしまう。

「なんだ、堂林じゃねえか。こんなところで奇遇だなあ」

 川本はすっかり酔っ払っていた。ワインの瓶を手にしている。おそらく、居間に置いてあった物をすっぱ抜いたのであろう。川本の大声に感づいた西野は、一瞬こちらを振り向いたが、足早に東階段の突き当りを曲がって姿を消してしまった。追いかけようとした俺の肩を、後ろから川本がガシッとつかんだ。

「ちょいと付き合えよ。こん畜生――」

 川本は俺をだ捕すると、そのまま自分の二号室へ連れ込んだ。その際に川本の部屋にあった壁時計で時刻が確認できたのだが、十時二十三分であった。そして、最終的に俺が解放された時刻は、十二時を大きくまわっていたのであった。

 川本の部屋から出た俺は、まず一号室へ向かった。この時刻なら西野はもうこの部屋へ戻ってきていることであろう。鍵穴から中をのぞいてみたが、先ほどとは違って、電灯のあかりが確認できなかった。どうやら西野は、就寝時には電気を消す主義のようである。

 川本の部屋は素通りすることにした。やつは今眠り込んでしまっている。鍵は開きっぱなしのままだが、それは俺の責任ではない。付き合いとはいえ俺もそれなりに飲まされてしまい、今は頭が少しもうろうとしている。

 次に丸山の個室である四号室を、鍵穴からのぞき込んだ。丸山は部屋の中にいるらしく、鍵穴からはかすかに電灯のあかりがこぼれていた。

 再び西階段の途中で座り込んで、俺は見張りを続けたのだが、気が付くと眠り込んだまま朝を迎えていた。畜生、川本から酒を飲まされなければ、しっかり見張りができただろうに。そうはいっても、昨晩、少なくとも俺の前を何者かがのこのこ通り過ぎるようなことがあれば、さすがに俺はそれを察したことであろう。


 気を取り直して、俺は食堂へ向かった。食堂へ行くと壁時計が七時十五分を指していた。驚いたことに、すでに西野がテーブルに座って、一人で朝食を食べていた。

「よう、朝早いなあ」と、俺はさりげなく声を掛けるが、しっかり無視された。

 少しすると、丸山が食堂へ姿を現わしたが、丸山がテーブルに座ると同時に、西野はすくっと席を立ち、そのまま食堂から出て行ってしまった。相変わらずのツンデレ王女さまである。

 さらに、しばらくすると、川本が顔を出した。川本は丸山とは目をそらしながら横を通り抜けて、俺の前の席へ腰かけた。

「間もなく八時でございますね。あとは、久保川さまですが、まだお見えになられていませんよね」と、いつものように一ノ瀬氏が不在者の心配を始める。もっとも、行方不明である藤ヶ谷と一ノ瀬夫人については、朝食の用意はしていないようである。

 そうだな、たしかに嫌な予感がする。俺はしぶる川本を無理やりに引っ張って、いっしょに久保川の部屋へ向かったが、二階東廊下の関所ともいうべきガフの扉に鍵が掛かっていたので、慌てて食堂へ引き返し、今度は全員に声を掛けた。久保川医師が殺されている予感は、いよいよ高まってきた。

 二階のガフの扉の前には、俺と川本、丸山が集まり、そして、あとから一ノ瀬氏と西野もやってきた。西野が来たのには少し驚いたが、どうやら一ノ瀬氏が声を掛けたらしい。彼女は一ノ瀬氏のいうことなら素直に耳を貸すみたいだ。

「早くガフの扉を破っちまおうぜ。俺とお前の二人でぶつかれば簡単だろう」川本がうながすのを、俺は冷静に差し止めた。

「まあ慌てるな。みなさん、人狼の特徴について覚えておいででしょうか。伝説によれば、人狼は密室の中から煙のごとく消えうせる能力を有しているらしいのです。そして、みなさん。このガフの扉の鍵が向こう側から掛けられているという事実は、どういうことを意味するのでしょうか。もしかしたら、久保川医師がこの扉の向こうで殺されているのかもしれないのです。でも現実の世界では、密室などという不可能犯罪は絶対にあり得ません。必ず、トリックがあるはずなんです。ですから、ここからは俺の――、いや、わたしの指示にみなさん全員が従ってください」

「なにをいっていやがるんだ。密室かどうかは、扉をぶち壊して、それから判断すればいいじゃないか」川本が即座に愚痴を入れた。気が短い男だ。

「いや、それが違うのです。いては事を仕損じる――と申します。みなさん、ご存知でしょうか。数多くのミステリー小説で披露された歴代屈指の密室トリックのほとんどが、実は犯行が発見されている瞬間、まさにその真っ最中に構成されているのです!」

「いいたいことがよく分からんな」川本が首を傾げた。

「たとえば、今ここで扉を蹴破って中へ踏み込みます。そして、我々が恐れる予想通りに、中に久保川医師の遺体があったとしましょう。当然、みなの目線が遺体に集中します。ところが、我々のこの中に恐ろしい人狼がまぎれているとしましょう。もちろん、あくまでも仮定の話であります。みなの注意が遺体に集まった隙をついて、人狼は、こっそり現場に、みずから持参しているマスターキーを置いて、さも今現場でマスターキーを発見したかのように主張をすれば、誰もそれがもともと現場にあったものなのか、それとも、今のこの瞬間に部屋外から持ち込まれたものなのかが、判別できなくなってしまいます。だから、現場を検証する際には、そのような現場の証拠を隠滅しようとする邪悪な意思を阻止するように、注意深くふるまう必要があるのです」

「なるほどな。いいたいことは分かった。だから、どうしろと?」

「まず、わたしと川本の二人が前になって現場を調べます。たとえば、机の引き出しを開ける時は、かならず二人で同時に開けて調べることによって、こっそりと引き出しの中にさも元からあったかのように自らの持参物をまぎれこます不正行為ができないようにするのです。さらには、後ろから残りのお三方に監視してもらい、前の二人に不審な動きがなかったかどうか、さらには、後ろのもの同士でも不審な動きがなかったかをチェックするのです」

 俺の説明に、全員が納得をしたようだ。

「それでは、丸山さん。まず確認してください。本当にガフの扉に鍵が掛かっているのか、からです」

 丸山が、ガフの扉に手を掛けてから、いった。「そうね、たしかにこの扉は開けられないわ」

「じゃあ、壊します」

 一ノ瀬氏が持ってきた斧で、俺がガフの扉を破壊した。壊すのにそんなに手間は掛からなかったが、かといって、生身の人間がこの扉をすり抜けるなんて芸当は、絶対にできるはずもなかった。ガフの扉を突破すると、目の前に広がる廊下の左側に、扉が二つ並んで見えた。手前が相沢のいた七号室で、奥が久保川の八号室の扉である。川本が勝手に奥の扉へ近づこうとしたのを、俺が差し止めた。

「待て、川本。行動は二人同時でかならず行うんだ。丸山さんたちは、ここで動かないで待機していてください」

「ちょっと待ってよ。ここからじゃ、八号室の扉が良く見えないじゃないの」

 ガフの扉の前で待機するよう指示された丸山が、文句をいった。

「はい、まだここで待ってください。おそらく八号室の鍵は掛かっていることでしょう。でもその際に大事になるのは、その手前の七号室なのです!」

「えっ、どういうこと?」

「もしかしたら、久保川氏を殺した人狼が、今現在、その七号室で息をひそめて脱出の可能性をうかがっているかもしれないからです」

「つまりは、八号室よりも先に七号室を調べる必要があると……」丸山の顔が急に蒼ざめた。

「その通り。もしも、八号室が現在密室となっているのなら、先にチェックしなければならないのは、手前の七号室なのです。

 じゃあ、川本いくぞ」

 俺と川本の二人は、七号室の前を通り過ぎて、そろそろと八号室の扉へ近づいて行った。

「じゃあ、川本。お前から開けてみろ」

 川本がうなずくと、扉に手を掛けた。

「鍵が掛かっている……」川本が答えた。

「じゃあ、俺も確かめよう。うむ。たしかに、鍵が掛かっている。では、丸山さんだけ、こちらへ来てください。確認をお願いします」

 丸山がそろそろとやってきて、八号室の扉に手を掛けた。

「たしかに、鍵が掛かっているわ。でも、そうだとすると……」

「そうですね。久保川医師の部屋は、現時点で『二重の密室』となっている、ということです!」

「でも、まさか、久保川さんがこの中で殺されているとも限らないし……」

「はい、それも確かめてみる必要があります。でも、その前に七号室から調べてみましょう。西野さんと一ノ瀬さんは、ガフの扉の場所から動かないように。それから、川本はここ八号室の扉の前にいてくれ。今度は丸山さんとわたしで、七号室の室内を調べます」

 七号室、もともと相沢翔の個室であるが、その扉の鍵は掛かってはいなかった。俺と丸山は二人横一列になりながら、一通り七号室の中を、バスやトイレ、衣類収納庫クローゼットの中にいたるすべてを調べあげたが、人間が隠れていそうな余地は発見されず、なにも異常はなかった。

「じゃあ、いよいよ、八号室の扉を壊します。では、一ノ瀬さんと西野さんも、こちらへ来てください」

 俺は全員を招いて、八号室の扉の前に集結させた。

「いいですか、扉を破壊しますよ」

 扉が破壊され、俺と川本が二人同時に中をのぞき込んだが、そこには世にも奇怪な光景が広がっていた……。


 久保川医師が、手足をばたつかせるように上へ向けたままのゴキブリのような格好で、仰向けになって死んでいた。頭部から流れ出た血で、水たまりが床にできていた。相沢や高木と同じく、後頭部を損傷しているようだが、背後から殴られたのであろうか。でも凶器とおぼしきものは、この部屋からはなに一つ発見できなかった。

 そして、なにより異様だったのが、久保川の足元にはバスタオルが一枚落ちていたけど、久保川自身は、一糸まとわぬ生まれたままの姿で、息絶えていたことである。つまりは、まことにいいにくいことではあるのだが、中年男のちょこんと縮こまった男性器も、天井へ向けておっぴろげの状態であった、ということである。

「まずは中へ入る前に、現場をうしろの三人にも確認してもらいましょう。ただ、女性のお二人はくれぐれもご注意を。久保川医師の遺体は、相沢くんの時と同様、局部が丸出しの状態ですからね」

 廊下にいた三人が扉口から室内を見まわした。今回は丸山も西野も冷静な応対を見せた。さすがに、若い男と中年男では、刺激の度合いも違うということであろうか。

「それでは、これから現場の細かい検証を進めます。まずは、書き物机からです」

 俺と川本が同時に引き出しを開けて、中を確認した。すると、引き出しの中から二つの鍵と、一枚のパピルスが出てきた。二つの鍵は、引き出しの中に並べられていたわけではなく、バラバラに入っていた。

「さあさあ、興味深いアイテムがいくつか出てきましたよ」

「鍵が二つもあるけど、もしかしたら、片方はマスターキーか?」

「おそらくそうでしょうね。でも、その確認はちょっと待ってください。その前に、この室内の残りの箇所も調べ尽くす必要があります。まだ、この部屋の中に人狼が隠れているかもしれないのですからね」

 その後、俺たちは久保川医師の部屋の中を隈なく探索した。トイレやバスに隠れている人間はおらず、それ以外にあえて違和感を受けるような事実といえば、化粧台ドレッサーの椅子が反対側の壁の前まで大きく引き出されていたことと、サバイバル入門という本来は本棚に置かれていたはずの本が、書き物机の上に置いてあって、ところどころのページの紙のふちが折り曲げられるなど、かなり深く読み込まれた痕跡が見られたことくらいであった。


挿絵(By みてみん)


 一通りの現場検証が終わって、俺たち五人は部屋の中央に集まった。

「遺体があって、気持ちが悪いのは我慢してください。それでは、パピルスから見てみましょう。久保川医師が、引き出しの中に保管しておきながら、ないと言い張った八番目のパピルスがこれです。


挿絵(By みてみん)


「タイトルのtasteとは、『趣味』のことですね」と、俺が説明した。「なるほど、藤ヶ谷の趣味が『ベンチプレス』で、相沢の趣味は『ビデオゲーム』と。まあ、これらは予想される範疇の内容ですね。ほかには……、うぷっ」

 パピルスの内容を目で追っていた俺は、川本の趣味を現わした英語を見て、思わず吹き出してしまった。

「なんだ、川本――。お前の趣味は『人形集め』か。なるほどな。お前の家の中には、美少女フィギアがいっぱい並んでいるってわけだ。はははっ、こいつは傑作だ」あまりのおかしさに俺は腹を抱えて笑いこんだ。

「ガンプラだよ。人形って書いてあるけど、ガンダムのプラモデルを集める趣味がなにか悪いのか?」顔を真っ赤にしながら、川本が弁解した。

「畜生、堂林のところに書かれたpedantryとはいったいどういう意味なんだよ」と、川本が悔しそうに問いかけた。

「『学者ぶる』ということですね」横からすまし顔で、西野が答えた。

「はははっ、そうか。違いねえや」と、それを聞いた川本が、今度は大声で笑い返した。

「西野さまのご趣味は『ヨガ』でございましたか。わたくしの趣味は『瞑想にふけること』でございまして、道理で、気が合うと思っておりました」と、一ノ瀬氏が嬉しそうに西野に声を掛けた。

「いえ、趣味といえるほどのものではありませんが、昔から身体はやわらかい方なので……」と、西野がポッと顔を赤らめた。

「では、いよいよ問題の二つの鍵を調べてみましょうか」

 俺は化粧台の上へ一時的に置いておいた二つの鍵を、注意深く手に取った。

「ごらんなさい。二つの鍵のそれぞれにはラベルが付いています。ひとつ目の鍵は、八番のラベルです。おそらくこれは、この部屋と二階のガフの扉を開けることができる、久保川医師個人に割り当てられた鍵ということでしょう。そして、問題のもう一つが、ラベルは七番と、おとなりの相沢くんの部屋の番号になっておりますが、みなさんご存知のように、相沢くんの部屋の鍵は、かつてマスターキーの偽札が付いていましたけど、すでに破棄してありますから、この鍵であるはずがありません。つまり、この鍵こそが、我々が血まなこになって探している、懸案のマスターキーなのでありましょう!」

 全員の呼吸が一斉に止まってしまったかのような、不気味な静寂に、室内が包まれた。

 このあとで、発見された二つの鍵のチェックが行われた。ガフの扉と八号室の扉は、両方ともすでに斧で破壊されてしまっているわけだが、鍵穴の金属板の部分はまだそれほど損傷がひどくはなかったので、その施錠ができるのかどうかが確かめられたのだ。結果は、二つの鍵は両方とも、ガフの扉と八号室の扉の鍵を開閉する能力を有していたのである。さらに、七番札が付いた鍵については、相沢の七号室と藤ヶ谷の六号室の扉の施錠もできることが確認され、この鍵こそが、たった一つしかないマスターキーであることが、晴れて、判明したのであった。

「どうして、マスターキーが久保川医師の部屋の引き出しの中にあったのかしら」丸山がふと疑問を口にした。

「さあな、久保川自身が隠し持っていた可能性もあるけど、もしかしたら、久保川医師を殺した人狼が、置いて行ったのかもしれないぜ」と川本が答えた。

「どうして、わざわざ置いて行ったのよ?」

「もう必要がなくなったからじゃねえのか。いずれにせよ、人狼閣下がお考えあそばすことなんて、俺には分かりゃしねえや」川本は軽く話をそらした。

「汝らのせん滅にマスターキーなどもはや必要にあらず、といわんばかりの……」丸山が肩をすぼめた。

「まあ、よかったじゃねえか。とにもかくにも、俺たち村人は、めでたく待望のマスターキーを入手できたんだからな」

「そんなに喜んでいてばかりでいいのでしょうかねえ」口笛を吹いて安堵している川本に、俺は警告を発した。

「どういうことだ?」

「この鍵はたしかにマスターキーです。そして、アオイの話によれば、マスターキーはたったの一つしか存在しません。それがこの机の引き出しの中にありました。

 ところで、久保川医師の部屋とガフの扉の両方に鍵を掛けることができる鍵は、マスターキーと八号室の鍵の二つしかないのです。七号室の鍵はすでに処分されていますからね。そして、その二つが両方とも、この部屋の引き出しの中に収められており、さらには、この部屋とガフの扉の両方にも、内側から鍵が掛けられていたのです。

 よろしいですか。これらの事実から、とてつもなく異様で不可解な結論が導き出されてしまうのです。すなわち、久保川医師を殺害した人狼は、その直後、この完璧に閉ざされた二重の密室から、壁をすり抜け煙のごとく、消えせてしまったことになるのです!」

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