16.予兆
リアル人狼ゲーム――。十人の見知らぬ男女が、それぞれの意に反しながらも、深い森の中にある閉ざされた洋館にて一堂に会し、寝食を共にすることとなる。初日の夜は単なる顔合わせで、七並べなどに興じながら、和気あいあいと時を過ごしたが、二日目になると、一転して、謎のAIメイド東野葵子からの一方的なゲームの開始宣告。途端に互いが信じられなくなり、その夜のうちに、宿泊客の一人である相沢翔が惨殺されてしまう。そして、三日目の夜には、ピアニストの高木莉絵が見るも無残な姿の遺体となって、翌朝になってから発見される。さらに追い打ちをかけるように、その日の午後には、つまりは四日目の午後ということだが、使用人の一人である家政婦一ノ瀬歩美子の行方が、突如として途絶えてしまう。果たして、彼女は現在もどこかで生きているのであろうか。
そして呪われた人狼館は、静かに五日目の朝を迎えた。食堂へ集まったのは俺と川本の二人だけ。時刻は七時半をほんの少し過ぎたところだった。給仕は一ノ瀬氏が一人で担当しているが、並べられた皿には、ひとかけのバターと、こんがり焼かれたコッペパンが二つ、崩れた目玉焼きに、ウインナー、心ばかりの千切りキャベツがのっかっているだけで、これまでのものと比べるとかなり貧相なものになってしまったといわざるを得ない。
「堂林さま、コーヒーのおかわりはいかがでございますか?」
一ノ瀬氏が気を使って声をかけてきた。幸いなることに、コーヒーの出来具合が昨日までの水準を保っているのが、俺にとっての唯一の癒しであった。となりにいる川本が小声でぼやいてきた。
「こいつはいったいどうしたことだ。昨日までのごちそうが、見るも無残な……」
「どこのどいつだったっけ。一ノ瀬夫人が役に立たない人物だって断言をしたやつは……」
「前言は撤回だ。食事がしょぼくなっちまえば、こんな化け物屋敷、なんの楽しみもありゃしねえからな」そういって、川本は肩を落とした。
「今朝は、お二人以外はどなたもおみえになりませんねえ。藤ヶ谷さま、久保川さま、丸山さま、それに西野さまも……」と、一ノ瀬氏が不安げな声でつぶやいた。
俺も少し心配になってきた。藤ヶ谷はともかく、西野になにかあったらどうしようと思ったからだ。
「もう八時になります。丸山さんはいつもお早いのですけどねえ」
「ちょっと探してきましょう。おい、川本、いくぞ」
無理やり川本を引きずって、俺は階段を上った。まずは藤ヶ谷の部屋からだ。
「さあて、人狼閣下はお目覚めかな……」川本が、わざと中まで聞こえるように、大声を出した。
藤ヶ谷の部屋――すなわち六号室は、扉が開いていたが、中には誰もいなかった。仕方ないので、次に久保川医師の八号室へ行こうとしたのだが、途中に横たわる二階のガフの扉に鍵が掛けられていて、その先へは進めなかった。
「どうも嫌な予感がする」川本がボソッとつぶやいた。「いや、なにな……。俺が思うに、あの医者は、キャラ的にそろそろ殺されちまうような予感がするんだ」
それについては俺も同意見である。キャラが薄いどうでもいい人間から順番に殺されていくのが、連続殺人ミステリーにおける鉄則なのだ。それに、どうせ誰かが殺されなければならないのなら、西野や丸山のような美人が殺されるより、久保川が殺される方がありがたいとも思った。
「どうする。ガフの扉を蹴破るか?」
「まあ、待て。まずは西野と丸山の安否確認が先だ。ドアを壊すのはそれからでもいいだろう」
俺たちは駆け足で、今度は東側の廊下へ移動した。万が一にも、絶世の美女西野摩耶が高木のように無残に殺されてしまったのかと想像するだけで、気が気ではなかった。
丸山の部屋の前で立ち止まると、中から人の気配がした。かすかにすすり泣く声が聞こえてくる。ドアを叩いてみると、
「はーい、ちょっと待って。今すぐ出るから」と、間髪を入れずに、元気そうな丸山の声が返ってきた。しかし、それから二分くらいの間をおいて、ようやくドアが開かれた。縦筋セーターを着た丸山がヌッと顔をのぞかせるが、いつもの眼鏡は掛けていなかった。
「なんの用なの?」ちょっと機嫌悪そうに、丸山が訊ねた。
「いや、朝食を早く片付けて欲しいと、一ノ瀬さんが困っているようだったから、呼びに来たんだ」俺は軽く言いわけを取り繕った。
「じゃあ、俺は西野を呼んでくるぞ」と、後ろから川本の声がした。それは俺もしたいことなのだ。先駆けはずるいぞ、川本……。
「摩耶ちゃんなら、ここにいるわよ」丸山が無表情な顔で答えた。
「なに、どこにいるんだ?」
川本が俺を押しのけて中をのぞき込もうとしたのを、丸山が身体でさえぎった。
「ちょっと待ってよ。部屋の中をのぞくことはあたしが許さないわ。摩耶ちゃんは、今大変なんだから」
丸山はノブが引きちぎれんばかりにドアを強引に閉めると、中から鍵を掛けてしまった。
「丸山さん、われわれも西野さんの身の安全も確認しなければ引き下がれません。なにしろ、状況が状況なのですからね」
俺はドアを両こぶしで叩きながら叫んだ。やがて、カチャリと鍵が解かれて、扉がさっと開いた。西野摩耶が、丸山に両肩を抱えられて一緒に廊下へ出てきた。ああ、生きている。よかった!
西野は目が真っ赤で、やや放心状態であるようにも見えた。明らかにいつもの西野ではなかった。そういえば、着ている服装も、これまでは、イスラム女性のアバーヤを連想させる、黒いロングスカートのワンピースだったのに、今は、白くて長い腕を露出させたフレア袖のブラウスに、明るい色彩のカジュアルなデニムパンツを履いていて、腰回りの細さがより際立って見えた。
「誰かがこの部屋のドアをノックするから、開けてみたら、摩耶ちゃんが真っ蒼な顔をしながら呆然と立っていたの。そのう、いいにくいことだけど、藤ヶ谷からいたずらをされたらしいわ……」丸山が事情を簡単に説明した。
「なんだと、ぜってえ許せねえ。畜生、藤ヶ谷の野郎。殺してやる」川本が満面に怒りをあらわした。
「西野さん、あなたの口から直接おうかがいしたいのですが」
「ちょっと、摩耶ちゃんはねえ……」丸山がきっと眉を吊り上げた。
「はい、大丈夫です。わたし対応できます」西野が丸山をさえぎるように答えた。「わたし……、その、昨晩、藤ヶ谷に襲われまして……」
「場所はどこですか?」
「ええと――」
「覚えていないのですか」
「いえ、場所は……、自室でした」西野は言葉に詰まりながらも答えた。
「自室ですか。どうして鍵を掛けていなかったのですか」
「ああ。あのう、鍵は掛けていました。けど、たぶんマスターキーで開けられたんだと思います。気が付いたら、藤ヶ谷がわたしの部屋へ入り込んでいて、わたし、ベッドで寝ていたんですけど、急に口を塞がれて、そのあとはなにも覚えていません」
「それで、襲われたということですね。でも、具体的にはなにをされたのですか、藤ヶ谷から……」
西野のまぶたから涙がぽろぽろこぼれてきた。どうやらその先はしゃべれなさそうだ。
「時刻はいつ頃でしたか?」
西野が口ごもっていると、丸山が代わって答えた。
「あたしの部屋へ摩耶ちゃんが来たのが、たしか六時半頃。そうねえ、六時よりは絶対に後だった。まだ陽が昇るかどうかという時刻だったわね。そうよね、摩耶ちゃん――?」
丸山が目配せをした。西野ははっとしたように身体を震わせた。
「はい、そうでした。廊下から見える外の景色はまだ暗かったので、そのくらいだと思います」西野はこくりとうなずいた。
「それから、いまの時刻までずっとここに?」
「はい」
「いいにくいことだと思いますが、とても重要なことなので。藤ヶ谷から襲われた時刻は、おおよそ推測できませんか?」
「わたしが昨晩床に就いたのが十二時でした。それからぐっすり寝ていましたが、ふと気付いた時には、部屋に誰かがいて、上からのしかかられていました」
途端に西野は両手で顔を覆って泣き崩れた。
「それが藤ヶ谷だったわけですね。間違いありませんか」
「ええ」
「あなたは襲われてからすぐに丸山さんの部屋を訪れた。つまり逆算すれば、藤ヶ谷が破廉恥行為に及んだ時刻は六時前後だったということでよろしいですか」
「さあ、正確な時刻は分かりません。もしかしたら、もっと前だったのかもしれません。とにかく、夢中だったので……」西野の答えは、依然としてあいまいだった。
「分かります、分かります。それで、あなたを襲った藤ヶ谷はどちらへ行きましたか。その……、ことを済ませた後ですけど……」
「わたし、その、抵抗しているうちに気を失ったみたいなんです。だから……」
「ふむ。藤ヶ谷の行方は分からないということですね」
「あの、もしかしたら、襲われた時刻は、もっともっとずっと前だったのかもしれませんわ」
「ずっと前というと、四時とか?」
「さあ……、そうかもしれません」
どうもこの話しぶりでは、藤ヶ谷が西野を襲った時刻は、西野が寝入った十二時から、丸山の部屋に行く直前の六時までの間なら、いつでもあり得るということになってしまうみたいだ。こいつはちと厄介だな……。
「そして、気付かれてからすぐに丸山さんのお部屋へ行かれたというわけですね」
「ええ、そうです」
「丸山さんにお聞きします。西野さんがこの部屋へ来たのが六時半頃ということでしたけど、より正確な時刻は分かりませんかねえ」
「そうねえ。摩耶ちゃんったら、名前をいわずにただ扉を叩いているだけだったから、ここへ来てから五分くらいは廊下にたたずんでいたのかもしれないわね。私は壁時計を確認したのが、たしか六時二十五分だったけど、実際にドアを開けたのは五分以上経過していたと思うから、摩耶ちゃんがここへ来たのは、実際には六時二十分頃になるわね。それでいいかしら、摩耶ちゃん」
「ええ……」
「そうですか。それから、今が八時過ぎですから、かれこれ一時間半も経っていますよね。その間、西野さんはずっとここにいらしたんですか?」俺は首をかしげる仕草をした。
「ええ、ここへ来てから、摩耶ちゃんはすぐにシャワーを浴びたのよ。結構念入りに身体を洗っていたわ。まあ無理もないことだけど……。それで、出てきてから落ち着かせているうちに、この時刻になってしまったのよ。今にしてみれば、あっという間だったわね」
たしかに西野の顔はノーメイクの状態だった。それでも普段とそれほど違いが感じられないのが、根っからの美人たるゆえんということか? それに対して、丸山はすっぴんではなかった。
「あの、丸山さん。あなたは西野さんにいきなり起こされたということでしたが、でも、今はお化粧を済まされていますよね。あなたは昨晩、化粧をされたままベッドに入ったということですか?」少々気になって、俺は訊ねてみた。
「ああ、これね。摩耶ちゃんがシャワーを浴びている間に済ませたのよ。どうせ、もう朝だったし。それに摩耶ちゃんったら、一時間くらいシャワーを浴びていたから、メイクを済ませるには十分過ぎるくらいの時間だったわ」
「なるほどね。よく理解できました」
食堂に戻ると久保川がいた。このくそおやじ、まだ無事に生きていやがったのか……。こちらは朝の散歩に出かけていて、今帰ってきて食事を取り始めたとのことだった。俺が、西野が藤ヶ谷から襲われたことを話したら、久保川が少し考えてから、こう答えた。
「そういえば、藤ヶ谷なら、今朝見かけたぞい」
驚愕の発言である。
「えっ、どこでですか?」
「朝の散歩中にじゃ。東屋の前の小道を、森の方へ向かって走っていったんで、声を掛けてみたけど、完全に無視されちまったわい」
「時刻は……」
「六時半じゃな。まんだお日さんは昇っとらんかったけんど、辺りはだいぶん明るくなっとったからのう」
「そのう、六時半とは正確な時刻ですか」
「そうじゃの、わしゃ時計を持ち歩いとるんで、まあだいたい間違いはないと思うがの」久保川は懐から懐中時計を取り出して見せた。
「藤ヶ谷の様子は、どんな感じでしたか?」
「どんな感じといわれてものう……。目がうつろじゃったな。落ち着いてはおらなんだ。そうじゃ。なんかうわ言をつぶやいとったな。『俺じゃない。俺がやったんじゃない……』とかいっとったぞい」
「俺じゃない。俺がやったんじゃない、ですか……」
「そうじゃな。全く意味不明じゃがのう」
西野が意識を失ったというのが仮に真実だとすると、藤ヶ谷が西野を襲ったのはもっとずっと前、つまり、夜中の二時、三時辺りが相場となる。しかし、藤ヶ谷は目的を果たすと、なぜか朝の六時過ぎまで待っていて、その後で錯乱しながら館の外へ出て、久保川医師とすれ違ったことになる。その間に藤ヶ谷の思考に、なんらかの重大な変化があったということか?
「これで決まった。人狼は藤ヶ谷だ!」うしろで控えていた川本がポンと手を叩いた。「やつをとっ捕まえて、電気椅子に掛ければ、この忌まわしき人狼ゲームはジ・エンドだ!」
その日の昼。俺と川本、丸山に久保川、そして、西野が食堂へ集まった。もっとも一ノ瀬氏の話では、西野は午前中の間じゅうずっと食堂にいたらしい。一ノ瀬夫人と藤ヶ谷の行方は、依然として不明である。ようやく一ノ瀬氏が昼食の皿を並べ終えた時、時刻は正午の十分前であった。
俺も川本も久保川も、男連中はみんな西野のことが気になるようで、しきりに横目で西野の様子をうかがったが、当の西野はそれに気付く様子もなく、普段通りのツンツンした女の子に戻っているように見えた。昨晩の嫌な記憶を気には留めていないのだろうか。
すると、大広間の大時計が十二時を告げる鐘の音が、かすかにここまで聞こえてきた。さあ、いよいよリアル人狼ゲームも、五日目の昼を迎えたということか。
突然、天井の方から聞きなれた甲高い声が響き渡った。
「紳士淑女のみなさま、ご機嫌いかがでしょうか。わたくし、この屋敷のご主人高椿素彦子爵さまのお仕えする忠実なる女使用人、東野葵子でございます。ちょっぴり名前が長いですから、簡単に『アオイ』とお呼びくださいませ。
さて、みなさま。よもや、わたくしの存在をお忘れではございませんよね。みなさまがわたくしに賢明なるご質問をされてから早や三日が経過いたしました。これよりみなさまのさらなるご質問を一つだけ、アオイはうけたまわらせていただきます。でも、例によって、お答えできないご質問への応対はお断りいたしますのであしからず」
どよめきが一瞬起こったが、めずらしく一ノ瀬氏が真っ先にしゃしゃり出た。
「あの、みなさま。でしゃばってしまいまして、誠に申し訳ございません。でも、わたくしはもはや居ても立ってもいられないのでございます。
アオイさま、どうかお答えくださいませ。我が妻は生きておりますでしょうか?」
「確認します、一ノ瀬祐之さま。それはアオイへのご質問ですか」例の無機質な台詞が返ってきた。
「はい、さようでございます」
その直後、アオイが答えるまでにしばしの時間が経過した。ざっと五秒くらいであろうか。
「申し訳ございませんがお答えいたしかねます。そして一ノ瀬祐之さま。あなたの質問権が、たった今、消費されました」
人工知能からの返事は、実に素っ気ないものであった。一ノ瀬氏は肩を落として呆然としていた。夫人の行方はアオイにも分からないということなのだろう。それを見て、川本が口を開いた。
「今度は俺の番だ。藤ヶ谷は今どこにいる?」
さすがにその質問は徒労に終わるだけであろう……。
「確認します、川本さま。それはアオイへのご質問ですか」
「ああ」
「申し訳ございませんがお答えいたしかねます――」アオイから返された言葉は、やはり予想通りのものであった。「そして川本さま。あなたの質問権が、たった今、消費されました」
「誰かがしなきゃならん質問だろうが……」と、誰も咎めてはいないのに、川本が勝手に捨て台詞を吐いた。
「次はわしの番じゃ」
久保川医師が立ち上がった。さて、彼はなにを質問するのだろうか。
「昨晩、そこにおらす西野嬢が藤ヶ谷から襲われてしまったそうじゃが、その際に彼女の貞操は守られていたのかのう?」
「ちょっと、なにをいい出すのよ」と丸山が叫んだが、それに気付いていないかのように、アオイの淡白な声が返ってきた。
「確認します、久保川さま。それはアオイへのご質問ですか」
「そうじゃよ。早う答えんかい」久保川が鼻息を荒げた。
「その前に質問がございます。久保川さま、貞操が守られるとはどういうことでしょうか?」
アオイからの問いかけに、久保川がじれったそうに答える。
「つまりじゃなあ、藤ヶ谷の男性器が西野嬢の女性器の中へ挿入されたのか、そうでないのか、という質問じゃよ」
「お答えします。昨晩の出来事で、藤ヶ谷さまの男性器が西野さまの女性器の中へ入れられたという事実はありません――。そして久保川さま。あなたの質問権が、たった今、消費されました」
久保川が得意げに絶叫した。「やったぞい、ほうれ見たか。みなの衆!」
さすがに、この質疑応答に関して、喜びをあらわに顔に出すわけにはいかなかったが、アオイの返答に俺も内心安堵したことを、ここに告白しておく。となりにいる川本も、ひっきりなしに口元が緩んでいた。肝心の西野本人はというと、相変わらず目を閉じてツンとお高く澄ましているが、いつものような過敏な表情は見せてはいなかった。数々の執拗なる嫌がらせに、いよいよ彼女にも免疫ができてきたということだろうか。
「丸山さんはなにか質問はあるかい」と、俺はさりげなく振ってみた。
「もう少し様子を見させてちょうだい。今、あたしにはしたい質問はないわ」
「じゃあ、西野さんは?」
「では質問します」西野が淡白な返事を返した。こいつは予想外だ。果たして、彼女はなにを質問するのであろうか。
「アオイさんにうかがいます。このお屋敷に監視カメラはいくつ設置されていますか?」
こいつ、なにを質問しだすんだ……?
「確認します、西野さま。それはアオイへのご質問ですか」
「はい、そうです」
「このお屋敷に設置された監視カメラは、全部で百八個でございます。そして西野さま。あなたの質問権が、たった今、消費されました」
なんということだ! 俺の鋭敏な頭脳が一瞬だがわずかなる混乱をきたした。しかし、西野はうろたえる様子もなく平然としている。なるほど、冷静になって考えてみれば、この屋敷にはいたるところに監視カメラが設置されているというだけのことなのだ。先ほどの久保川のきわどい質問に対してアオイが答えを返したということは、逆をたどれば、西野の部屋にも何個かの監視カメラが仕込まれていて、そこに映された画像を調べることで、西野が藤ヶ谷から男根を挿入されていないことが、アオイに判断できたということになる。そしておそらく、この屋敷で起こった出来事は、すべてが主人である高椿子爵のもとへ、百八個の監視カメラから送られる膨大な映像データとして、送信されていて、アオイは、その情報から導かれる結論を、忠実に我々に提供しているだけに過ぎない。しかし、屋外となると、設置できるカメラ数にも限界があるから、一ノ瀬夫人と藤ヶ谷の居場所は依然として彼らも分かっていないというわけだ。そして西野は、それらの事実を冷静に判断して、アオイにこのような質問をしたのだ。なるほど、川本がかつて西野は頭がいいといっていたのも、まんざら的外れではなかったということか。
さて、それでは、いよいよ俺の番だ。ここにいるやつらにあっといわせる質問をしなければならないな……。
「おい、アオイ。今度は俺から質問をさせてもらう」
声高らかに俺は宣言した。一同の視線が俺に集まってくる。
「人狼について説明してくれ――」
「確認します、堂林さま。それはアオイへのご質問ですか」
「ああ、そうだよ」
やや抽象的な質問なのだが、果たしてアオイは受け入れてくれるのだろうか。
「よくぞお訊ねいただきました。堂林さま――」小鳥がさえずるような東野葵子の声が一段と甲高くなった。
「それでは語らせていただきましょう。身の毛もよだつ、世にも恐ろしき人狼伝説を……」