11.会議
晩餐も終わりに近づいて、デザートのかぼちゃプリンを楽しんでいたところを、川本が急に立ち上がって、「みんな、食事が済んだら、ここに居残ってもらいたい」と発言したものだから、テンションは一気にさがってしまった。できることならこいつの顔は、食事中には見たくない。
「なにをするつもりなのよ」天敵である丸山が、すかさず突っ込みを入れる。
「話し合いだよ。いろいろな」
「今じゃなきゃダメなの?」
すると堂林が、「今日の一針は明日の十針――。話し合いをするなら、今こそがそれにふさわしい。なぜなら、もうすぐ九時ですからねえ」と、割り込んできたから、わたしはあやうく咳込みそうになるところであった。食事中にこいつのうんちくを聞かされるくらいなら、三流政治家が行う街頭演説を聞かされた方がまだましだ。
「九時?」とっさにわたしは反応してしまった。
「そう。処刑用の電気椅子が使用できるようになる、九時のことですよ」と、例のごとく、堂林が得意満面の笑みを浮かべた。
「まさか、誰かを……?」丸山の顔がさっと蒼ざめる。
「だから、そいつをこれから話し合うんじゃないか」と、最後は川本が締めくくった。
わたしたちは食事を済ませると、そのまま食堂に居残った。そこにいたのは、わたし高木莉絵と丸山文佳、西野摩耶に川本誠二、堂林凛三郎に久保川恒実、そして、藤ヶ谷隼だ。一ノ瀬夫妻は食事の片付けにいっぱいいっぱいで、この話し合いには参加しなかった。
さっそく、川本が場を仕切る。これもいつものことだ。
「時刻は今、八時になったばかりだ。九時まであと一時間ある。この話し合いは、さしずめ、人狼ゲームにおける処刑リンチ前の村人集会といったところだな」
「馬鹿馬鹿しい。人狼ゲームと現実は違うわよ」と、丸山が反論した。
「いいや。こいつはまさに、リアル人狼ゲームなんだ。とにかく、俺たちの中に一人紛れ込んだ人狼を見つけ出して処刑をしなければ、このゲームは終わらないのだからな」と、堂林は川本を指示した。
「まさか……、今晩誰かを処刑するっちゅうことか?」久保川が心配そうに訊ねた。
「なにせ、人が一人死んでいるんでね。場合によっちゃ、そいつもあり得るな」と、川本は素っ気なく返した。
「絶対に無理よ。情報が少なすぎるわ」と、丸山が不満をあらわにした。
「そうよね。こんな状況で処刑される人が選ばれたんじゃ、その人が浮かばれないわ」わたしも追随した。
「俺も反対だ。処刑道具を使うなんて時期尚早過ぎる」と、藤ヶ谷もすっかり弱気の様子だ。
「大丈夫よ。どうせ決まりっこないんだから」丸山がはっきりと断言した。「処刑をするということは、あたしたち全員の責任でその人物を殺すってことと同じなのよ。あたしはまっぴらごめんだわ」
「ふふふっ、そういっていられるのもいつまで続くことやら。まあともかく、まずは相沢の殺害事件の検証から始めよう」川本が口元に笑みを浮かべた。
「相沢は素っ裸のままで殺されていました」堂林が立ち上がって、ゼスチャーを交えながら説明を始めた。「そばにはバスタオルが落ちており、さらにはバスルームの換気扇が、遺体の発見が翌朝の八時半になっていたにもかかわらず、依然として回っていました。
さて、みなさん。ここから導かれる純粋たる論理的帰結がお分かりでしょうか。それは、相沢がシャワーを浴び終えてバスルームから出た瞬間に殺された、という事実であります。
さらには、相沢の部屋の扉には鍵が掛かっていませんでした。さあ、みなさん。これはなにを意味するでしょうか?」
堂林の語り口が演出じみてきた。まるでどこぞの名探偵気取りだ。
「相沢が鍵を掛け忘れたんじゃないかしら?」丸山がつぶやいた。
「そうかもしれません。でも、もっと現実的な可能性があるのです」
「なんだ、それは? もったいぶるな」川本がのりだした。
「相沢は、自らの意思で犯人を自室へ招き入れた……」
表情を変えずに堂林が答えた。途端にざわめきが沸き起こった。
「よく分からんな。こんなゲームに参加させられた極限状況の中で、警戒心が湧かなかったのかな」と、川本が首を傾げた。
「相沢は、招き入れた相手から殺されることになろうとは、露ほども思ってなかったでしょうね。警戒心を上回る特別な感情が、その時の彼を支配していたのです。そうです。相沢は自室へ招き入れた相手に恋愛感情を抱いていました。そして、その人物をベッドで待たせたままで、自分は無防備にも素っ裸となって、シャワーを浴びたのです。
すなわち、ここから導き出される重要な結論は、人狼が女性である――、ということです!」
堂林がいい終えた途端に、その場にいる男どもの視線が、一斉にわたしたち三人の女の子に降りそそがれた。
「なるほど。たしかに筋が通っている。相沢がいとも簡単に殺されてしまった理由がなあ」川本が感心した。
「で、誰なんだよ。そちら三人の……」藤ヶ谷がわたしを指さした。
「ここにいる三名の女性はみなそろって魅力的な方々です。つまり、どなたにもその可能性があります」堂林がすまし顔で答えた。
「その推理は不完全です。別な可能性があります」西野が反論した。
「ほう、どういう可能性ですかな」堂林が興味深げに西野の顔をのぞき込んだ。
「犯人がマスターキーを所持している可能性です。マスターキーを持っていれば、相沢さんがシャワーに入った頃合いを見計らって、部屋の中へ侵入して、バスルームから出てきたところを不意打ちすることができます。だから、男性の方々も容疑者からは外せません」
「なるほどね。懸案のマスターキーか……」川本が再度うなずいた。
「アオイの話では、マスターキーは一個だけしかないということだが、いったいどこにあるんだ?」藤ヶ谷が落ち着かない様子で首を左右に振った。
「たしかにそいつが人狼の手に落ちると、我々はどこにいても危険に晒されることになりますね」動揺することなく、堂林が答えた。
「そりゃあ厄介なことじゃ。早う見つけ出さんとのう……」久保川がおののいて、亀のように首をすくめた。
「見つけ出したとして、それからどうする?」突然、川本が問題を提起した。
「どういう意味よ?」丸山が食って掛かった。
「見つけ出した鍵を、誰が管理するのかってことさ?」川本が答えた。
「マスターキーを潰して使えなくしちまえばいい」藤ヶ谷が提案した。
「なるほど、そいつは一案だな。だが、それをやっちまうと別な意味で困ることが生じるかもしれん。まあ俺の個人的な推測だが、マスターキーはおそらく一ノ瀬氏が管理しているんだと思う」川本があっさりと断言した。
「一ノ瀬氏は以前に、マスターキーのことは知らないっていっていたぜ」堂林が反論した。
「いや、それ自体が嘘なのさ。彼はこの屋敷の執事を任されているんだ。マスターキーの在り処を当初から知らされていて、俺たちゲームプレイヤーにはそのことを口外してはならぬと、高椿子爵から命令されているんだよ」
「じゃあ、一ノ瀬氏が人狼ということか?」堂林が首を傾げた。
「そうと決めつけるのは、まだ早い。単にマスターキーを守っているだけかもしれんしな。いずれにせよ、マスターキーはこのまま一ノ瀬氏に任せておく方がいいと思う。下手に見つけ出してしまうと、今度は俺たち自身が管理に困ってしまうからな」と、川本は結論づけた。
「困るとはどういうことだ?」藤ヶ谷が訊ねた。
「分からねえか。うっかりマスターキーを見つけ出してしまえば、そいつを誰かが保管しなければならなくなる。いったい誰に任せるんだよ?」
「でも、もし一ノ瀬氏が人狼だったら、それこそ事態は最悪だ」と、藤ヶ谷が食って掛かった。
「まあ、その時はやっかいには違いないが、必ずしも最悪というわけでもない。一ノ瀬氏が人狼と分かれば、仮に襲ってきたとしても対策はいくらでも立てようがあるからな。なにせ、相手は五十を超えた爺さんだぜ。基礎体力は俺たちの方がずっと上なんだ」川本が冷静に返答した。
「そうだな。一ノ瀬氏に任せておくのが、たしかに賢明だ」堂林が賛成した。
「だがな、一ノ瀬氏がマスターキーを管理していると本当に思うのか?」藤ヶ谷が心配そうに訊ねた。
「あとで一ノ瀬氏を捕まえて、その点を問いただしておく必要があるな。
それより、間もなく時刻は九時になる。そろそろ、処刑の議論に話を移さねば……」と、川本がせかした。
「とにかく、今晩の処刑は無理よ。人狼であるとはっきり断言できる人物なんて、誰もいやしないんだから」丸山がまっこうから否定した。
「たしかに現状から人狼を特定するのは難しい。しかし、当てずっぽうで誰かを処刑してみたら、たまたまそいつが人狼であって、俺たちは全員無事に解放される、なんてラッキーなシナリオも、場合によっては起こり得るかもしれないんだ」何かに憑りつかれたように、川本が自分勝手な主張を繰り返した。
「そもそもあんな装置でひとが殺せるのかしらね」丸山が茶化した。
「そうだな。いずれにせよ、試してみなければならんな……」と、堂林が不気味に笑った。
「わしゃごめんじゃぞ。あんな装置に実験台でかけられちまうなんて……」久保川が一人でわめき立てた。
「電気椅子の威力を確認したいのなら、実際に誰かを装置にかけないとだめだ。突き詰めれば、今宵の機会にいけにえに差し出すことで、より多くのプレーヤーが生き残ることにもつながるんだ」川本が持論を展開する。「さて、そういうことで、いけにえとすべき人物だが、もしこの議論で誰も人狼であると断定できないようならば、役に立たなそうな人物から順番に選び出すことが肝要かと、俺は思う」
川本の魚のような目が、まるで一人ひとりの顔をなめるように、動いていった。「お調子者の私立探偵、威勢のいい婦警さん、筋肉隆々のスポーツインストラクター、売れっ子のピアニスト、人がよさそうな町医者、ツンデレの女子大生、それに俺――まあ、例えるなら、孤高の数学者といったところか。さらには、忠実なる老執事に、中年太りぎみの家政婦と……。
さあて、この中で、一番世の中の役に立たない人物というと、いったい誰になるんでしょうかねえ……」
「それは……」藤ヶ谷がなにかをいい出そうとした。
「その通りだ。どう考えても……」川本は親指で調理室の方向を指差した。
「ふっ、影の薄いやつから殺される。まさに人狼ゲームの鉄則だな」こらえきれずに堂林がくすくす笑い出した。
「まさか、本当に一ノ瀬夫人を今夜やるのか?」藤ヶ谷が目を輝かせた。
「そうだよな。どう考えたって、この中で世の中の一番役に立たなそうな人物といえば、満場一致だろう」川本が総括した。
「なんて恐ろしいことを考えるのよ。あたしは絶対に反対よ」丸山が首を横に振った。
「そうよ。あんたの方がよっぽど役に立たない人間なんじゃないかしら?」と、わたしは川本に向かって、はっきり告げてやった。
「わたしも同感です。美味しい食事を作り、お掃除をしてくださる親切な方と、なにもせずに言いたい放題わめき散らす身勝手な人間と、果たしてどちらの価値が高いというのでしょうか」西野もわたしたちに加勢した。
「やれやれ、仕方ねえなあ。じゃあ、誰をいけにえに立てるんだ。俺たち七人から選ぶのかい?」と、川本が口を尖らせた。
「投票するなら無記名がいい。あと腐れないようにな」と、藤ヶ谷が提案した。どうやら、こいつは議論の流れがちっとも読めていないみたいだ。
「馬鹿じゃないの? こんな情報が乏しい中でのいいかげんな投票で、犠牲者を決めるべきではない、といっているのよ」丸山が吐き捨てた。
「そうはいうものの、もう時刻は九時二十分をまわってしまった。処刑のために残された時間は、あと四十分だ」川本が急き立てる。
「わたしは処刑自体には賛成です。とにかく、人狼を処刑しなければここから解放されないのですから、みんなの意見が一致すれば、その人物を処刑すべきです」と、西野がポソっと主張した。わたしは西野って子が急に分からなくなってしまった。仲間意識といった感情が、彼女には欠如しているのだろうか。
「そうはいってものう。お嬢ちゃんがいけにえに選ばれちまうことだってあり得るんじゃよ」久保川がいやらしい視線を西野に送る。
「そうなったらそうなった時です。仕方ありませんわ」西野が即答した。案外この子、度胸は据わっているようだ。
「じゃあ、うかがいましょうか、西野さん。あなたには誰か処刑すべき人物の心当たりがありますか」意地悪い口調で堂林が横やりを入れた。挑戦状をたたきつけられた西野の口元には、かわいらしいえくぼが浮かび上がった。
「わたしの意見をいってもよろしければ、発言させてもらいます。わたしが人狼だと思う人物は――、堂林さん、あなたです!」
「これはまた、意外なご意見をうかがってしまいましたな。どうして俺が人狼だと思うのですか?」表情は変化しなかったものの、わたしといい通してきた自分のことを俺呼ばわりするなど、堂林には、明らかに動揺が見られた。
「推理小説などでは遺体の第一発見者が犯人である可能性が一番高いんです。今回の相沢さんの遺体を最初に発見したのが、あなたでしたよね」西野は堂林をにらみつけた。「それに、わたしのペルパピで判明するまで、あなたは本名を偽って名乗っていた人物ですし、なにからなにまで全部があやし過ぎです」
「たしか、ペルパピじゃなくて、パピルスと呼ぶことにしたんじゃなかったですかねえ」堂林は皮肉で応戦した。「やれやれ、そうはいうものの、こいつは困りました。わたしが美しいお嬢さんからもらいたいものは接吻であって、死刑宣告ではないのですがねえ」
こいつの減らず口は相変わらずである。
「いいじゃないの、わたしは賛成よ。口うるさい探偵さんを高価な装置の実験台に使っちゃうのはね」
下らない冗談が鼻に突いたので、わたしもいじめてやった。さあ、彼はどう反応するだろうか?
「先ほどの議論に話を戻しましょう」堂林が弁明を始めた。「相沢くんは、昨晩自室に人狼を、いえ、自らを殺そうとたくらんでいる犯人を招き入れました。人狼は女性で、なおかつ、すこぶる魅力的な人物であるはずなのです。
先ほどは気を使って婉曲的に表現いたしましたが、自分が殺されそうになった今、もはやそんな悠長なことをいってはいられません。この際ですから、はっきりと申し上げましょう。
みなさんの中で誰が人狼なのか? 実はその答えは、もはや明白なのであります!」
「こいつは面白くなってきたな。じゃあ、誰なんだ。お前が思う人狼は」川本が愉快そうに訊ねた。
「ふふっ、貴さまならもう察しているんだろう」堂林が川本に目配せをした。「相沢くんは、シャワーを浴びるあいだじゅう一人切りで部屋に待たせておくほど、犯人に愛情を抱いていました。自分が殺されることを恐れるより、セックスへのめくるめく期待感が上回っていたとしか考えられません。さて、この場には実に魅力的な三名の女性が見えますが、ずばり相沢くんが心奪われた女性は、果たしてどなただったのでしょうか?
そして、わたしにはそれがはっきり断言できます」
そういって、堂林はまわりを見回した。わたしはとっさに彼から目線をはずした。
「相沢くんの性格ですが、血液型はA型。部屋の中はきちんと整頓されていて、殺される直前に入ったシャワーでは、浴室の入り口に脱いだ衣服が丁寧にたたまれていました。あこがれる女性を招き入れて、部屋に二人切りになったのにもかかわらず、いきなりベッドには入らず、せかす気持ちを押さえて、まずはシャワーを浴びて身体を洗う。これらの事実から推測されるのは、彼が極めて几帳面な潔癖症であるという事実です。
では、お相手候補である三名の女性は、それぞれどのような個性の持ち主なのでしょうか。
まずは丸山文佳嬢。長身でスリムな美貌の持ち主。あねご肌で他人の面倒を見るのが大好きです。そして、ここが極めて重要なのですが、ペルパピによれば、いえ失礼しました、パピルスによれば、彼女は相沢くんよりも年上の女性です。つまり、相沢くんにとって、丸山さんという女性は母性愛を求める対象であることになります。
次に、高木莉絵嬢。ピアノの才能に満ちあふれ、男性に対しては極めて魅惑的なダイナマイトボディの持ち主。性格はおだやかで、多少あまえんぼうの雰囲気が見受けられますが、もしかするとそいつは演技かもしれません。相沢くんにとっては、彼女は年下になります。もしも相沢くんの恋愛の対象が、年下のかわいい女性に向いており、女性を支配することに欲望を持っているのなら、彼女はまさにうってつけであるように思われます。しかし、本当にそうでしょうか。わたしにはこの点に関して大いなる疑問を抱いております。
パピルスによれば、高木嬢はすでに結婚を経験されているのです。今でこそ彼女は、ご主人とは死に別れて独身ですが、とどのつまり、処女ではないわけです。潔癖症の相沢くんが、シャワーを浴びてまで念を入れてセックスにのぞむようなお相手であるようには、どうにも思えません。さらには、高木嬢が好むセックスの体位が騎乗位であることが、わたしは気になります。騎乗位といえば女性が主導権を握る体位であり、年上の相手に甘えるのが好きな男性ならばいざ知らず、年下の女性を支配したがる男性にとっては、やや興ざめしてしまう個人情報ではないでしょうか。
さて、それに対して、三番目の女性である西野摩耶嬢は、相沢くんにとっては、年下ですし、妹系でこの上なく魅力的な女性です。パピルスによれば、お好きなセックス体位は背面立位、通称立ちバックです。女性の脚が長くないとやりづらい体位でありますが、お尻が小さいマゾヒストな女性が好む体位ともいわれています。もしも相沢くんが女性を支配したいタイプであるならば、まさに西野嬢はおあつらえ向きの女性なのです」
「もうやめてよ。男の偏見に満ちた、聞くに堪えない低俗な論理だわ。侮辱するにもほどがあるじゃない」と、丸山が怒りをあらわにした。
「いやいや、なかなか面白いよ。俺はぜひ、その名推理を拝聴したいな」と、川本が堂林をうながした。
「どうもいたしまして。さて、ここで問題です。相沢くんは果たして、女性に対して『母性愛』を求めるタイプでしょうか。それとも、『支配欲』を抱くタイプでしょうか?」堂林が声高に問いかけた。
「そんなこと、いまさら分かるわけがないじゃない。相沢は死んでしまったのよ」と、即座にわたしは決め付けた。
「そんなことはありません。事実は明白なのであります。
パピルスによれば、相沢くんは、プー太郎のくせに見栄を張って、自分の職業を大学院生だと嘘をいいました。その行為は、裏を返せば高いプライドの現れ、すなわち、『支配欲』が強いタイプである兆候です。それから、相沢くんの好きな体位は正常位。正常位を好む男性には、女性を支配したがるタイプが多いのも、まごうことなき統計的事実です。そして、世間話の中で相沢くんは、自分の趣味がコンピューターゲームであると口にしています。コンピューターゲームといえば、二次元美少女。すなわち、相沢くんが、理想的に完成された女性にしか関心を抱かなかった可能性も考えられます。しかしながら、ここにいらっしゃる西野嬢は、ご覧の通り、三次元世界なのにまるで二次元美少女であるかのような、清涼感に満ちあふれた女性です。
もうお判りでしょう。相沢くんがセックスを期待した魅惑的な女性、さらには、今回の事件における恐ろしき人狼は、そこにいらっしゃる西野摩耶嬢――、その人であります!」
「ちょっと待て。相沢が少女嗜好というのは同感できる。だけどな、その相手がそこにいる西野だということに、俺はちょっと納得がいかねえんだ」突然、藤ヶ谷が大声を発した。
「どうしてだい。まさにうってつけ。これ以上の美少女はまずいないぜ」と堂林が反論した。
「だってさ。西野は、パピルスによれば、立ちバックが好きな淫乱女だろう。二次元美少女を追いかけるオタク族なら、速攻で拒否ると思うけどな」と、藤ヶ谷が決め付けた。
「はははっ、そんなことか」突然、堂林が笑い出した。
「なにがおかしいんだ」藤ヶ谷がムッとした。
「パピルスに書かれたからといって、西野嬢が本当にセックス経験者だと断定できますかねえ。この屋敷の主人になって考えてみてください。セックス体位についてパピルスを制作しようとしたけど、よくよく調べてみたら、処女や童貞が参加者の一部に紛れ込んでいた。さあ、困りました。こうなってしまうと、主人は果たしてその人物のことを『virgin』と表記するでしょうか?」堂林が疑問を呈した。
「たしかにそうだ。それにさ、逆に特定の人物が処女であることを断言するのは、実質上不可能なんだ。むしろ、その人物のキャラを見て、なにか適当なセックス体位を書いておいてお茶をにごす方が、ありそうな話だ」川本がうんうんとうなずいていた。
「まあ、西野摩耶嬢が処女であるかそうでないのかは、我々男性陣には極めて関心度の高い項目でありますが、少なくともここでの議論では直接関与はいたしません。大事なことは、相沢が女性を深夜に部屋に招き入れたのなら、その女性は、まぎれもなく彼女であるということです」と、堂林は結論付けた。
わたしはそっと西野に目を向けてみたが、思った通り、長い髪の上から耳元を手で押さえ付けて、じっと目を閉じながら、引きこもっていた。たしかに聞くに堪えないひどい議論なのだが、そんなリアクションを取れば、余計に男どもがつけ上がってしまうような気がする。
「ひどいことを抜かすのう。でもな、わしゃあ、お嬢ちゃんの味方じゃぞい」と、久保川がいいとこ取りの発言をしたが、もちろん、誰も相手にしていなかった。
「それで、どっちにする。口うるさい探偵か、いたいけな女子大生か。今晩のいけにえは……」と、川本が採決を迫った。
「そうじゃな。時刻は間もなく十時になる。そろそろ、いけにえを縄で縛り上げんとなあ……」
先ほどの発言などどこ吹く風か、久保川が西野に目を向けて舌なめずりを始めた。
「やめなさいよ。電気椅子の処刑なんて、所詮は無意味な議論なんだから……」と、丸山がうったえるように叫んだ。
「処刑候補者が複数いる時に、遊びの人狼ゲームではどうするか知っているかい?」川本がさり気なく切り出した。
「それは、多数決で処刑者を決めるんだろう」と、藤ヶ谷が嬉しそうに答えた。
「だから、それを決めることが無理だといっているのよ」と、丸山が必死に食い下がる。
「そんな時によく取られている常套手段があるのさ」
「なんじゃい、そいつは?」久保川が首を傾げた。
「容疑者を片っ端から処刑していく。いわゆる、皆殺しってやつだ」と、川本が口元に悪魔的な笑みを浮かべた。
「わたしに一つ名案があります」突然、堂林が両手を掲げてみんなをさえぎった。これ以上勝手な議論をされてしまえば、本当に処刑されかねない緊急時に、いったい彼はなにを提案しようというのか。
「ふん、処刑候補者からの名案なんて、どうせ詭弁に過ぎんだろう」と、川本があっさり切り捨てる。
「そうでもないと思いますよ。貴重な電気椅子の実験機会を見過ごさず、しかも、どなたもいけにえに出さずとも済む、極めて現実的で有益な選択肢がね」堂林はじらすようにしゃべり続ける。
「いったいどんな選択があるというんだ。もう時間はほとんどないんだぞ」川本がいらつくように問い返す。その様子を見た堂林は、ふっとあざけるように口元を緩めたが、すぐにまた、いつものすまし顔へ表情を戻した。
「ほかでもない」堂林の目がきらりと輝いた。
「今宵の実験台には――、相沢くんになってもらうのですよ!」
「そうか。相沢の遺体を電気椅子にしばりつけて、その威力が本物かどうかを確認する。そいつは名案だ」川本が声を張り上げた。
「そういうことだ。もう時間がない。あと十時まで、残り九分だ」さっきまでの引きつった顔などどこ吹く風といった感じで、堂林が主導権を取っていた。
川本と堂林、それに藤ヶ谷の三人が目を合わせると、いっせいに駆け出して部屋を出て行った。行き先は、電気椅子がある地下の霊安室だ。あとになってみれば、この解答を用意していたからこそ、堂林は平然としていられたわけで、またしてもこいつの与太話に全員が振り回されてしまったということだ。
「さあ、あたしたちもついて行くわよ」と丸山がいって、久保川とともに部屋から出て行った。わたしは、泣きじゃくる西野の肩を抱きかかえながら、あとからみんなを追いかけた。
わたしと西野が霊安室に着いたとき、すでに川本らによって、相沢の遺体は電気椅子に拘束されていた。相変わらずおちんちんはむき出し状態であったのだが、死斑があちこちに現れはじめていて、好感が持てる裸体ではなくなっていたのが、ちょっと残念だ。
「椅子に座らせるのにもひと苦労だったぜ。身体が折り曲がらなくなっちまっているから、無理やり椅子に押し込めてやったんだ」汗をたっぷりかいた川本が、ぼやきを入れた。
「死後硬直がはじまりかけているんだ。殺されたのが一時から二時のあいだとすれば、今は八時間以上が経過していることになる。すべてがピッタリと計算に一致するな」堂林が説明した。
「タオルくらいかけてあげればいいのに」と、わたしは聖女ぶって心に思っていることと反対の意見を口にした。
「もう時間がないからな。十時まで残り二分だ。じゃあ、いくぞ」川本が、堂林と藤ヶ谷に目で合図した。三人の男性が、ほぼ同時に三つ並んだ電気椅子のスイッチを押した。
途端にバチンという大きなはぜる音がして、椅子に座っていた相沢の身体が、一瞬ふわりと大きく浮き上がったが、ベルトで固定されているので、すぐに反動で強く引き戻されて、椅子の中へぐしゃりと崩れ落ちた。
「すげえ……、まさかこれほどとはな」川本がポカンと口を開けた。さすがの堂林も声が出ないようだ。藤ヶ谷の方へ目を向けると、男のくせに腰が砕けて、尻もちをついていた。丸山は堂々と立っていたが、相沢が裸でいる電気椅子室の中を決してのぞこうとしなかった。久保川は興味深げに老眼鏡に手を添えて掛け位置を調整していた。西野はわたしのうしろによたれかかって、顔を伏せたままだった。もしかすると気を失っているかもしれない。
状況を確認した男三人が、電気椅子室の中へ入ろうと扉を開けた時、肉が焦げるような嫌なにおいがツンと鼻を刺激した。
「どうやら実験は成功のようだな。この電気椅子は人を殺す破壊力を十分に持っている」震えながらも、川本は胸をなでおろした。
堂林がいきなり電気椅子のスイッチに近づいて、三個のスイッチを所かまわず押しまくったが、今度はなにも起きなかった。
「おい、なにをする?」川本がびっくりして怒鳴った。
「まだ、十時前だったよな。いちおう、試してみたんだ。この電気椅子が、一度使用した直後に、ふたたび使えるかどうかをな。でも、これではっきりした。アオイがいった通り、この電気椅子が一日で使えるのは、たったの一度切りだ」と、すまし顔の堂林が答えた。
忌まわしい議論を交わし、おぞましい実験をやり終えて、わたしたちはそれぞれの自室へと戻っていった。さすがにもうくたくただ。
わたしは部屋の鍵を掛けたことを確認してから、シャワーを浴びた。一刻も早くあの焦げ臭い嫌なにおいを洗い落としたかったからだ。シャワーを終えて、髪をドライヤーで乾かして、ようやく気持ちも落ち着いたころには、時刻はもう深夜の零時を過ぎていた。
コツコツ……。
ノックの音がした――。明らかにこの部屋の扉を叩く音だ。こんな夜更けにいったい誰が……?
「誰なの?」わたしは扉へ向かって語りかけたが、返事はなにも返ってこなかった。
足音を立てぬよう細心の注意を払いながら、わたしはそろそろと扉へ近づいていった。