第二話
『――へえ、そういうのもあるんだ』
『そーそー。ウチらは何ていうのかな、そういう性質っていうか……あ、新しい子が来たっぽいねー。よっすよっすー』
七海は画面が切り替わったものの数秒で、小指の先まで硬直した。
『おーい、大丈夫かあー……やっぱりいきなりボイチャはまずいんじゃないのー?』
『そんなことはない。はい、今来たあなた、ちゃっちゃと自己紹介して』
七海の動悸は最高潮に達した。慌てて画面を確認すると、知らぬ間にボイスチャットが起動され、しかも自分もメンバーに加えられていた。
「な……これ……どうして……?」
慌ててマイクをオフにしようとするが――効かない。
『あー、これこっちの設定でこうなってるの。ここではボイチャ強制なの。はい、プレイヤーネームと県名言って。この連合本部、バグか何かでクリックしてもキャラクター情報見れなくなってるから』
妙に慣れている口ぶりで、プレイヤーの一人が促した。
「え? ええと……」
七海は頭をぐるぐると動かし、連合本部なる空間をVRゴーグルで見渡した。内装は中世ヨーロッパを意識したレンガ調の壁紙と、あとはウッドテーブルにウッドチェア、そこにそれぞれ七人ばかりのプレイヤーキャラクターが腰を下ろしている。
『何キョロキョロしてるのよ、早くなさい』
一人だけ席を立っていたキャラクターが、七海へと歩み寄ってきた。
「へっ⁉ あっ、すすすみません‼ えと、佐賀県代表になりました、ななみ――Nanami_15と申しまして、えっとっ」
取り乱し、声を弾ませる七海に、一際豪奢な戦闘服に身を包んだキャラクターが声を掛ける。振る舞いようからしても、かなりこなれているらしかった。
『まあ、落ち着いて。……これで全員ね。初日からこうして顔合わせできるとは思っていなかったけれど、流石といったところかしらね』
緋色の長髪を揺らすキャラクターが七海の前から一歩引くと、視界には各県の代表プレイヤーたち……それぞれの県を勝ち抜いた強者たちの面子が、一堂に会している。
『それじゃ、私たちからも自己紹介をしなきゃね。まずは……沖縄から』
リーダーらしい振る舞いをする七海の傍のキャラクターは、まず手前に座るキャラクターに自己紹介を指示した。
やたら際どいハーフパンツ、キツネ耳としっぽのアクセサリーを付けた短髪の彼女は、
『どうもー。ウチは沖縄。ギルド所属は「♰漆黒のカルマ♰」だよ。レートは1455で多分九連最弱だけど頑張るよー。本職はサモナーで他職はまあ適当にやってる感じ? とりあえずよろしくー』
ギルド名に面食らった七海は、返す言葉に迷いあたふたとした。
「え⁉ えと……よろしく……お願いしま」
『じゃ次ねー。はい鹿児島』
七海は生唾をごくりと飲み込んで、目をぱちぱちさせてから視線を移した。
男性キャラクターとも遜色ないほどの高身長、ものめずらしい白と紺の弓道着を装っている。彼女は無言のままゆっくりと腰を上げ、淡々と呟いた。
『……私は鹿児島。ギルドは「高杉CLUB」の所属だ。レートは1778。職は――本当は剣士をやりたいところだったのだが、いまいちこのゲームのそれは私のイメージにそぐわなくてな。狙撃が専門だ。まあ、よろしく頼む』
何故そこでスナイパーを選んだのか疑問が残るが、七海はあえて触れないでおく。
「はあ、よろしくお願いします」
『次、大分』
『どもども! 自称連合の盛り上げ役、大分だよー♪ ギルドは「九州友の会」、こっちのみーちゃんとはギルドで仲良くなったんだ。職は盗賊、接近戦闘が得意ー! レートは1863! お手柔らかによろしくどうぞっ』
艶やかなゴールドのショートカットを揺らして、無邪気に笑って見せる。要所をプロテクターで守りつつ動きやすいように無駄な装飾を排除しているらしい彼女は、ある意味では現在の七海の装備に最も近いように思われた。
「ど、どうぞこちらこそ、お手柔らかに……」
『はい、次は宮崎ね』
ゆっくりと、どこか遠慮するように奥手に座る少女が立ち上がる。ピンクを基調としたフリル付きの豪華なドレスが、素人目に見ても充分すぎるほどに似合っている。
『さっき、大分ちゃんに紹介して頂いた宮崎です。えっと、レートは1863、ヒーラーをやらせて頂いています。なるべくこの連合に貢献できるよう頑張っていきたいと思っています。どうぞ、今後とも末永いお付き合いを』
「ええ、こちらこそ……よろしくお願いします」
どこかお姉さんのように頼りがいのある、優しい声音だった。お陰で七海もこの時ばかりは幾分緊張を紛らすことができた。
『次は……熊本ね』
呼びかけられて起立するは、小さめの――女の子と言うべきか、それとも少女と言うべきか、そんなキャラクターだった。
こちらは宮崎のそれほどボリュームのある衣装ではないが、彼女自身の持ついじらしさを究極に突き詰めた印象があった。腰から垂れる赤いリボンが特に七海の目を惹いた。
『初めまして……え、えっとぉ……私はくまも……と……です……。……えと……あのっ、レートは2389でっ……そのぅ……』
『――彼女は炎の魔法使い。ああ見えてかなりの腕前よ。九州では右に並ぶ魔法使いはいないと名高いわ』
『……あうぅ』
もじもじとうつむく熊本の代弁をするリーダー格の少女は、続けて長崎を指名した。
「はい次。長崎」
すっくと立ちあがる細身の彼女は、鍔の広い魔女帽子と漆黒のコート、それに杖と魔導書という定番中の定番な装いだ。
『長崎。レート値は1929。職はメイジ。――以上』
必要最小限の言葉を発するや、長崎は早々に着席する。「あ、よ、よろしくお願いします……」という七海の掻き消えそうな言葉に、彼女は目深にかぶった魔法帽を少しだけ傾けてみせることで応じた。
『さて、これで一通り終わったわね。最後はあたし、福岡。この連合のリーダーよ。リーダーは各連合、最もレートが高いプレイヤーに任命されるわ。私のレートは2539よ。本職は魔法剣士。他職はまあ……そうね、大抵のものはこなせると思うわ。ギルドは「ひよこ組」所属。とりあえず、よろしくね』
さきほどまで自己紹介を仕切っていたキャラクター、やはり彼女がリーダーということだった。初心者同然の七海にしてみれば、やはり経験が多少あるとみえる福岡にはそれなりのカリスマ性があり、まさにリーダーとして適任だろうと思えた。
『そう言えば……さっちんのジョブとか、まだ聞いてないよね?』
大分が思い出したように訊ねてくる。
「さっち……もしかして、私のこと?」
『そうだよ! 県名に「ちゃん」とか「ちん」をつけるのが可愛くってねー、沖縄とか特に』
『うー、流石におっちゃんはウチとしてもきついなー』
『じゃあ、おっちん?』
『ウチは女だからなー』
『あら、割といいんじゃないの? 響きもいいし』
意外なタイミングで福岡が会話に入る。それに対して鹿児島、
『……福岡はそのキャラでいて、割とこういう話題にも乗っかるのだな』
『ただの冗談よ。変な勘違いを起こさないでよね』
チャット内で笑いがこだまする中、七海はどうにもノリについていけずに、愛想笑いで誤魔化す。
(この流れでさっきの話題、忘れてくれればいいんだけどな)
というのも……無論七海はレート1000。ジョブは? と聞かれても、一体自分が何の職なのかすらさえ実は理解できていないのだ。初期装備の鉄剣を一応扱っているから剣士、というのは流石に頂けない冗談である。
『――でさでさ、さっちんのジョブは? このイベGvGらしいし、味方のジョブ知っとかないと! ってふーちゃんも言ってたよね』
(げっ……)
その言葉に、七海の背筋がぴくりと震えた。
福岡はその通りねと頷いて、
『とりあえず今のところ、九連――九州連合には、軒並みバランスが良いように各ジョブの専門プレイヤーが揃っているわ。やや魔法系に寄ってるのが気にかかるところだけど』
「は、はあ……そうなんですか」
『もしかして、佐賀ちゃんも魔法系統のジョブだったりするんですか?』
柔和な笑みを絶えず刻みながら、宮崎も問うてくる。「笑」のモーションを連発させるその姿には、今の七海には若干の恐怖すら覚えさせられた。
「いやあ、私は……なんていうかな、あはは」
『もー、つれないなあさっちんは。あ! もしかしてレアジョブとかだったり~? 鑑定士? 非戦闘系ジョブってやたら人気なくて存在自体がレア化してるってのあるよね!』
『――私は初期、街のギルドで交易商をやっていた』
小さく、だが意外に芯が通って聞き取りやすい声を発したのは長崎だ。
『うおっ、なっちゃんって自分から喋る感じなんだねー!』
『気が向いたら、だけど。……ただ気付いたのは、このゲームにおける非戦闘系ジョブはあまり存在意義をなさない』
『……確かにね。扱う物品のレベルは低いけど、NPCの商人もいるわけだし。どうせなら戦闘系に回った方が、ゲームを楽しめるわよね』
『そう。それで私はメイジに転向した』
長崎のインベントグラティアにおける職の経緯を、七海は半分うわの空で、それでも半分は興味ありげに聞いていた。
『で、佐賀。あんたのジョブは?』
「にゃっ⁉ いやぁ、だからそれは――」
『『それは⁉』』
少なくとも三人以上の声が重なりあって、七海の耳に届く。
(こうなったら――仕方ない。嘘は言ってないんだから、構わないよね……?)
息を吸い、ぷはーと吐く。蓄積するボイチャでの無言という重圧に押し出されるように、七海はこう口にした。
「私は――――剣士ですっ!」