第一話
七海はクエスト【冷徹の峡谷】において、推奨レベル15に位置付けられたモンスター『巨人』に対峙していた。
一撃の破壊力が大きく、かつその巨躯のわりに鋭い身のこなしをやってのける少々厄介なエネミーだ。そこそこの装備と俊敏さをもって臨まなければ勝利は難しく、インベントグラティアでは中級者の一歩手前とされるプレイヤーレベル15付近の冒険者に適する相手とされる。
現在七海はレベル9。傍から見ればレベル一桁台での巨人との決闘は無謀でしかないが――七海にはこの一週間で、己の確かな腕の上がりようを自覚していた。
「よーし、一丁やっちゃおうっと」
地鳴りを伴って接近してくる巨人に対し、七海はぎりぎりまで引き付けてこれを回避。まともに喰らえば一撃必殺の拳を寸での所でかわし、小回りの利く自身のキャラクターの特性を活かして、俊敏な動きで裏を取る。
巨人に関しては、裏を取ればよほどのことがない限り勝利できる。要はその裏取りが案外難しいのだが、七海はそれを開始十秒でやってのけた。
巨人が振り返るまでの二、三秒の猶予の間に、七海はキーの連打で数十もの斬撃を肉厚な背中へと振り下ろす。刹那の間に巨人のHPゲージはその明るみを失い、ドロップアイテムと共にフィールド上から消滅した。
(ふう、これもなかなか楽勝になってきたかな)
スライムより何倍も豪華になったドロップアイテムを独り占めしてから、七海は満足してクエストを抜けた。
ここ一週間、七海は対Mob戦をかなりの数こなしてきた。時には敗北もあったが、ネット上で各々の敵の攻略法を頭に叩き込んだおかげで、ほぼ苦労することもなくレベル一桁台での巨人狩りに成功したのだ。
クエストも順調に進み、七海が滞在するウリアル地方のクエストも残り二つを残すところまで到達していた。このままいけば七海のプレイヤーレベルが20をカウントするのを待たずして、次の地方のクエストに挑戦できる驚異のペースだった。
(始めの頃はついていけるか不安だったけど……結構私、センスがあったりして)
にししと心の中で笑みながら、七海は一旦セントラルセンターへと戻った。
アイテムの保管所へ向かい、ドロップアイテムの整理をする。価値のあるものはいずれ使うときのためにしまっておき、不要なものは換金するために持ち出すのが基本だ。七海は次のクエストのための必要最小限のポーションと食料を持ち出した。
続いて換金所へと向かおうとした矢先、電子音と共にメール箱のアイコンがホップアップする。七海は反射的にメールボックスを表示させた。
新着メールは、一件。
【〔運営より〕全国ご当地JK対戦~団体戦編~ に参加されるプレイヤー様へ】
「…………へ?」
七海は気の抜けた殻のように、ディスプレイの前で固まる。
【先日応募いただいた上記イベントへの参加が決定しましたのでお知らせいたします
おめでとうございます!
Nanami_15様は〔佐賀県〕代表プレイヤーとして選出されました。イベント詳細については以下の注意事項をご参照下さい。
○注意事項
・参加が決定されたプレイヤー様の画面上には「イベントボタン」が新たに設置され、イベントで使用される連合本部への転移が可能になります
・イベントにおいては現プレイヤー名の代わりとして「都道府県名」がプレイヤーネームとして使用されます
・連合チームは北海道・東北、関東、中部、近畿、四国、中国、九州の七つのグループによって構成され、全日程でトーナメントでの対戦となります
・ゲーム内容については、後日発表いたします
・イベントまでの猶予期間、イベント出場の対象プレイヤーは獲得経験値が三倍に増加します
イベント開催予定 五月三日~五月五日 ※但し、プレイヤーの参加辞退によるゲームバランスの調整は一切行われません
その他詳細については後日再度連絡いたします
インベントグラティア 運営チーム一同】
「……どうしよう」
僥倖か、あるいはたちの悪い悪運か。
どういった選考が行われていたのかは知る由もない。ただそこには、レート1000の七海が県の代表として、このイベントに参加する旨が記載されていた。
「そんな、まさかだよね……」
七海は一旦メールを閉じ、自分のホーム画面を覗いてみる。
ホームにはメールの内容通り、「イベントボタン」なるアイコンが一番目立つ位置でその存在を示していた。
(…………応募しなきゃよかったかも)
そもそも自分などが通るはずがない、そんな安直な考えで応募した末路だ。
恐らくイベントの特性上、そこそこ腕に自信のあるプレイヤーたちが応募してきていると仮定して、その中から最も強いプレイヤーが各都道府県で選出されているはずである。そんな場所にレート1000の七海がひょこひょこと参戦して、まともな勝負になるわけがない。一方的に叩きのめされるのがオチだ。
(でもこれ、辞退とかできないっぽいしなあ)
メールには「参加辞退によるゲームバランスの調整は行わない」と明記されていた。つまり七海がイベントをすっぽかせば、七海と同じ連合チームのプレイヤーたちはただ一方的にハンデを負った状態でのゲームを強いられることになるのだ。
(ここで恨みを買って、将来ギルドに入ったときなんかに嫌がらせされたりするのは嫌だし……)
七海はいっそここでゲームをやめるか? とも考える。そうすれば面倒な問題はまとめて解決するが――数ある選択肢の中で、それは最も非現実的なチョイスだ。そんな些細なことでやめてしまえば元も子もなくなる。
(しょうがないけど、やるしかないのかな)
七海はイベントボタンをクリックしようとするが、やはりどうしても躊躇の心が指先を萎えさせる。明らかに場違いな場所へ自ら進んでいこうなどとは、やはりどうやっても思えなかった。
七海は数分の葛藤の末――――最後はままよと思い切り……。
各県から選ばれた彼女たちが待つ、九州連合本部へと転移した。