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分岐点

「貴女は、神を信じますか?」



 そう私に問いかけてきたのはラヴィーナ教の司教――バルテス様。

 彼とは以前から面識あるけれど、言葉を交わした回数は数えるほど。それも当然だと思う。だって彼は私の両親を訪ねてくるのであって、私に用があるわけじゃないもの。


 そんな彼が私に用があるらしい、と使用人伝えに聞きたのがついさっき。そして父の書斎で私を待ち受けていたのはバルテス様のそんな言葉だった。


 ラヴィーナ教というのは、世界各地に教会があり人々に広く信仰されている宗教で、聖地はセレネア教国の首都にある神殿。

 セレネア教国と私の住むヴィシュム帝国とは海を挟んだ位置にあって、帝国の最東端の港から数日の船旅で隣国って考えると案外近いのかもしれない。まぁ帝国領は広いから国内の移動を考えると行くことはないと思う。


 広く信仰されているだけあって、私の家族もラヴィーナ教を信仰している。その教義は一般的には厳しいものじゃないから普通に生活する分には特に気にならない。これが教会の司祭様のように教会に属すると戒律を守って生活することになるらしい。


 ――あ、黙っていたからバルテス様が少し困った顔してる。えぇっと、忘れてはいませんよ? 神を信じますか、だったよね。


「司教様、その問いはずるいです。誰だって司教様を前に“信じていない”と言えるはずがないじゃないですか」


 黙っていたことを誤魔化すように答えた私に、司教様は思案顔になりつつ言った。


「ふむ、確かに私のような者を相手に言える者はいませんね。しかし、その口ぶりからすると、エルシリア様は信じていないとも受け取れますが?」


「そんなことはありません。私を含め私たち家族が、敬虔(けいけん)な信徒であることは司教様が一番よくお分かりだと思っていましたが…何か思われるところでもあるのでしょうか?」


「いえいえ、何もありませんよ。もちろんエルシリア様やご家族の皆様が、毎月私どもの教会へと足を運んでくださっていることは私もよく存じています」


 んー、少し答え方が悪かったかな。信じていないわけじゃないけど、だからって信じているとも言えないんだよね。

 だって、信じれば神様が救ってくれるというなら、信者は皆幸せなはずでしょ?まぁ口には出さないけど。


 それにしても、毎月礼拝しに行くだけなのに敬虔な信徒、は私も言っておいてさすがにどうなのかなと思う。でも、定期的に礼拝している事実があるだけでも、こうして何かの助けにはなるのかもね。なってるよね?



「――バルテス様。そろそろ、エルシリアを呼んだ理由を聞かせていただけますか?」


 と、私が入室してからずっと黙っていた父がたずねた。


「おぉ、そうでしたね。少し話が長くなるかと思いますので、座って話をしましょう」


 はい、と私は父の隣へと座り、バルテス様は私達とは机を挟んだ反対のソファへと座った。



「それでは、改めまして――お二人は、クラリス=ビュケをご存知ですか?」


「えぇ、もちろんです」


「たしかラヴィーナ教の聖女様ですよね?」


 父と私は答える。本来なら、応答するのは父だけでいいのだけど、今回は私も指名されているので応えなければいけない。


「えぇ、そうです。そのクラリスですが、若い頃から長くラヴィーナ教の聖女として務めを果たしてくれています。ですが、そろそろ次代の聖女を選び、後継を育てる事も考えなければいけない時機であると、私どもは考えています。」


 言われてみれば、クラリス様は私が物心ついた頃からラヴィーナ教の聖女様だった。そうすると、もう十年は聖女として務めていることになる。


「次代の聖女様ですか」


 父の声に僅かに苦いものが混じる。とは言え、家族の私だから気づける程の僅かなもの。現に司教様に気づいた様子はない。

 

「そうです。ところで、聖女に選ばれる条件はご存知ですか?」


「よく知りません。ですが、歴代の聖女様は治癒系統の魔法を使えましたよね。つまり聖属性の素質をもった女性なのでは、と」


「はい、そのとおりです。敬虔な修道女(シスター)であり、聖属性の素質をもつ者の中から次代の聖女を選びます。もちろん次代を選ぶのは当代の聖女の役目ですので、私達はその手助けをするに過ぎませんが」


 敬虔な修道女に聖属性の素質、そして次代の聖女育成――なにより司教様が私を指名してきたこと。

 ここまでの話の内容と状況から推測できてしまう事は…人生の岐路に立たされようとしているって事。あくまで推測だけどね。

 

「そうなのですね! やはり聖女様ともなると素晴らしい方がなるものと思っていますので、是非次代の聖女様が決まりましたら教えてください」


 私は笑顔で楽しみにしています、といった姿勢を示した。


「そういえば、聖女候補として名前が挙がっている方が何名かいましたよね。やはり彼女達の中から?」


 聖女候補?父は何か知っているのだろうか。


「いやはや、さすがヴァシリー様ですね。えぇ、このままいけば彼女達の中から選ばれる事でしょう」


 司教様はそこまで言ってから、何やら言いづらそうに口を開いた。


「…しかし、お恥ずかしい話なのですが。現在、女神ラヴィーナを信仰している私どもの中にも、俗世の(しがらみ)に囚われている者がおりまして。そのような者達が派閥と称して、発言力を持っている現状があるのです」


 ん、それってどういう事?俗世の柵っていうとお金とか権力とか?でも、それがどう関係してくるのだろう。

 いきなり教会内部の話になり、私の思考はついていけていない。


「それは…その者達が、何か画策しているのではないかと?」


「そうです。彼らにとって都合のいい展開へ――今回で言えば、彼らにとって都合のいい聖女を祭り上げる為に、何か仕掛けてくるのではないかと考えています」

 

 都合のいい聖女を祭り上げる?何のために?

 私はさっきとは別の意味で、話についていけなくなりそうになりながらも、きっと私に関係してくるのだろうという思いで、話を聞き続ける事にした。


 

「そこまで分かっているのでしたら、何か対策や行動を取るべきじゃないでしょうか? それとも、何かできない理由があるのですか?」


 父の問いに対して、司教様はどこか疲れたかのような表情で答えてくれた。


「えぇ、その通りです。正確には、すでに私どもで打てる手を打ちましたが残念ながら、その悉くが失敗したか覆されたと言ったところです。そして、それを煩わしく思った彼らは、私どもに圧力をかけてきました。分かりやすくいえば“これ以上何かするなら実力行使に出る”といった内容を」


「ふむ…」


「しかし、まだ一つだけ私どもにも可能性があるのです。それが聖女候補となる修道女(シスター)です」


「…と言いますと?」


 私は勿論の事だけど、これについては父も意図がわからなかったらしい。


「彼らは自分たちで用意した女性を、聖女候補へと推薦して入れてくる事でしょう。そこに私どもも同じ事をするのです。とは言え、私どもは動けないので、修道女自らの希望で聖女候補に名乗り出て欲しいのです。勿論、その方にこの話に了承してもらうという前提がありますが」


「待ってください。聖女候補とは、立候補が可能なものなのですか?」


「えぇ、可能です。とはいえ、初めに聖女になる条件をお話しましたよね。それをクリアしている事が最低条件ですので、修道女であれば誰でもというわけではありません。それに立候補するにあたり枢機卿一名、大司教一名、司教二名からの承認が必要です。」


「承認ですか…。枢機卿や大司教からの承認を戴く事は難しいのでは?」


「本来なら、それが一番の問題となりますが、その心配は無用です。すでに承認の欄に署名を戴いた物を用意してありますので、あとは立候補して頂ける方だけなのです」



 なるほど…。

 でも、どうして既に承認の署名があるのか、それを司教(バルテス)様が提示できるのか。分からない事は多いけれど、どうやら準備はほぼ出来ているらしい。

 でも司教様、その修道女(シスター)とは誰の事です?ここには修道女なんていませんよ。


「バルテス様、ここまで教会内部のお話を聞かせて頂けて大変有難いのですが…っまさか、エルシリアを呼んだ理由とは――」


「はい。エルシリア様には修道女として、聖女候補に名乗り出て欲しいのです」


 えぇ…。

 でも、まぁ私を呼んだ以上、そうなりますよねぇ。


「なぜ、エルシリアなのです?」


「これは私が率直に感じた事ですが、エルシリア様は他者との関わり方の基準が、普通の方とは違いますよね? あくまで一例ですが…普通でしたら、神を信じますかという私の問いに対して“信じています”といった返答でしょう。それは相手に合わせた、最も無難な対応であり処世術とも言えましょう。ですが、エルシリア様は“信じていないと言えるわけがない”と答えたのですよ。この違いがわかりますか?」


「それは…」


 父はそこから言葉が出てこないのか、口を噤んでしまう。


「その違いとは、私達が無意識のうちに作っている壁の存在についての認識だと私は思っています。先ほどの例でいいますと、司教と信者、もしくは司教と市民という間にどのような壁があるかと考えたとき、そこには地位や肩書きといったものがあるのではないでしょうか。その場合、見えないそれらに縛られてしまい、彼らの選択肢を奪っているのかもしれません」


「…仰りたい事が分かりづらいのですが、エルシリアは地位や肩書きによって関わり方が変わらないと言うことですか?」


 父が横目で私の方を窺いながら、司教様に訊ねている。


「あぁ…いえ、こちらこそ分かりづらくて申し訳ありません。私自身も言葉にするとなると難しいので、今のような説明になりましたが、概ねその認識で大丈夫です。――そうですね、その違いが私には何か重要な気がするのですよ。まぁ直感みたいなものですが」


 司教様はそう言って苦笑いしていたけれど、それだけじゃ理由として弱いんじゃないかな。

 その事は司教様も分かっているらしく、続けてくれた。


「たしかに今言った理由だけでは、私がここへ来ることはなかったでしょう。しかし、ヴァシリー様とエレオノラ様の御息女である事、洗礼時に判明した魔法の素養など踏まえて枢機卿をはじめとした方々に話したところ、エルシリア様を推薦してもいいと仰ってくださいました」


「そうですか」


 つまり、司教様をはじめ大司教様や枢機卿の人に、私の事はある程度知られているって事かぁ。むしろ、後半の部分が私を推薦しようと思った理由なんじゃないかな。


「わかりました。この話は妻も交えて本人の意思の確認したいので、ひとまず返事は保留という事で宜しいでしょうか?」


 本人の意思というところで、二人の視線が一瞬私に向いたが、特に反応はしなかった。

 ただ、父が私の意思を無視して今この場で決めなかった事に、私は安堵はしていた。それは、考える時間がまだ残されているという事だから。


「えぇ、勿論です。よく話し合ってください。ですが、細かい準備もありますので早い返事をお待ちしています」


「はい。後日、こちらから連絡します」


「わかりました。では、私はこれで失礼します」


 司教様はそういって立ち上がったので、私達も立ち上がり司教様が退室するのを見送った。使用人が扉の外に控えているので、帰り道の案内は任せていいと思う。尤も、それなりの頻度で父を訪ねてきているので、玄関から書斎までの道を覚えてしまっているでしょうけど。



「――エル」


 父が声を掛けてきた。それに対して私は、


「お父様、少し考える時間を下さい」


 そう答えることで、父の続く言葉を抑えた。今は、一人で考える時間を確保したかった。先ほどまでの話を整理。そして、気持ちの整理。


「あぁ、わかった。エレンには私から話をしておくから、落ち着いたら私の元へ来なさい」


「ありがとうございます」


 そう言って、私は父へ軽く頭を下げた後、父の書斎を後にした。




 


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