【02】キスの話
「よしお兄ちゃん誠実な話をしよう」
「今度は誠実トークでもするのか?」
よしきた。
妹トークに比べればこっちは自信があるぜ。
誠実さが服を着て歩いているとさえ言われてるこの僕だ。
初対面だろうと妹だろうと僕の全てをさらけ出すのになんの抵抗すらないね。
けれど違ったようだ。
「それは誠実『の』話でしょ?誠実『な』話をしようよ、あるいは誠実『に』話をしようと言い換えてもいい」
「……へぇ」
つまり本題に入ろう、と。
なるほど無駄話が過ぎたな。
過ぎたるはなお及ばざるが如しとは言うけれど与太話が過ぎてもなお本題には至らない。
マイナス×マイナスだとプラスになりそうなのにやっぱりそれは数学上だけの話みたいだ。
もっともあらゆることに意味を見出すのが得意だと言う彼女ならば無意義な話も有意義な話だったのかも知れないが。
僕と彼女は別に兄妹でもなければ仲良しの友達ってわけでもない。
悪魔と人間だ。
ならば人間、
「貴様の願いはなんだ?」
「お兄ちゃんキスしよう!」
ぽかっ。
「痛い!何するのお兄ちゃん!しかも結構な距離あったのに瞬きする間もなく詰めるという無駄なスペックすら見せて何するのお兄ちゃん!」
「何するのも無駄なのもお前だ、誠実な話しろよ誠実に話しろよ」
「誠実じゃん!キスって誠実じゃん!」
妹とするキスが誠実な世界線があってたまるか。
「そんな!お兄ちゃんは妹のパンツにキスするのに妹の口にキスするのは嫌な変態さんなの!?」
「人聞きの悪いことを言うな」
「妹の下の口にはキスするのに妹の上の口にキスするのは嫌な変態さんなの!?」
「エロ同人誌みたいに言うな!?」
「えー、キスしてくれないの……じゃあもう帰っていいよバイバイ」
「いや、帰れねーよ!?ルール的に帰れねーしこんなの感じで帰りたくもねーよ!?」
「えー……お兄ちゃんとキスするために召喚したと言っても過言じゃないのに、だってキスしてくれないんじゃな……」
「過言であってくれよ……大言壮語であってくれよ……」
「ああうん、確かに過言じゃなかったね、『お兄ちゃんとキスするために召喚した』じゃ言葉足らずだ、私の気持ちを説明するにしては言葉が足りないよ思いがけず想いに足りずだ」
「重いよ」
それは軽口を叩いてるのに重い言葉だった。
重々しい口調から繰り出されるものなんかよりも断然重たい言葉だった。
「着てる服を脱いで全てをさらけ出すのになんの抵抗もない誠実さじゃなかったの?」
「露出狂じゃねーか」
言葉の並べ方次第で大惨事じゃねーか。
しかし彼女はめげてないのか顔を僕の顔へと近づける。
けれど悲しいかな彼女の背はせいぜい僕の胸までだ、背伸びしようと届かない。
「お兄ちゃん!んーーー!」
「しねーよ」
背は届かなくとも唇は届かなくとも流石に届いた手が僕の首に回された。
そして目を閉じて唇を突き出しやがる。
「もう!お兄ちゃんは誠実じゃなかったの!」
「妹にキスする誠実さがあってたまるか!」
「妹にはキスするもんでしょ!?」
「妹に恋人ってルビを振るな!」
「え!?お兄ちゃん知らないの?妹には妹って読み方があってね!」
「さっき聞いたよ!」
僕の首に手を回したまま間違えればこちらから彼女の額にキスしてしまいそうなほどの距離でギャーギャーギャーギャー彼女は騒ぐ。
まあとはいえこの身長差なら間違いが起こりようも無いのだけれど。
「なーんて思ってそうだねハルトお兄ちゃん」
なっ──
なんて言う間も無く彼女はニヤリと笑った。
「こうすれば届くよね」
その調子はさっきまでの軽口だけれど、軽い口調だけれど、その言葉は重くのしか掛かった。
僕の心にじゃない、僕の体にだ。
言葉の重みではなく物理的な重みとして彼女はそのまま僕に体重を預けて来たのだ。
もちろん、そんな瑣末な問題ではない。
そんな瑣末な体重など僕には問題ない。
彼女は重さを僕の体に預けて来た。
彼女は重い事態を僕に預けた。
彼女は妖しく嗤った。