迷子は警察に
妖怪、と言われてあなたなら何を想像するだろうか。河童? のっぺらぼう? それともろくろ首? いや、問題はそこではなかった。問題は、あなたは妖怪の存在を信じるか否か、である。僕はというと、全く信じていない。
霊感が人より強い、という自負がある僕だが、幽霊の類いは信じることができても、妖怪は無理だ。何故か? 霊なら分かる。成仏できなかった魂がさまよう、恨みを持つ相手を呪う、魂だけなので肉眼では見ることができない。なんともありそうな話である。 では妖怪はどうか。顔がない? 首が伸びる? 頭の上のお皿に水をかけると喜ぶ? 一体何を言っているのか。理解に苦しむとはこのことである。まあ、僕の持論にあれこれ言いたい人もいるだろうが、ともかく僕は妖怪は信じていないわけである。
そんなわけだから、目の前に現れた少女が、「あなた、私が見えるの?」と聞いてきたときはひどい中二病だと思ったし、ましてや、「私は座敷わらしだ」とカミングアウトした時は、今の中二病は僕が中二の時より面白いな、とむしろ感心したのである。
しかし、迷子は警察に連れていかなきゃと思い、嫌がる彼女を無理やり交番に連れて行った時に、警察に、こいつは一人で何を言っているんだ? という目をされ、本気で心配されたのにはかなり焦ったし、まさか、自分はついに霊が見えるようになったのか、と理解を改め、「現世にどんな未練があるんだい?」と優しく聞いてあげたら、「まだ死んでないわ!」と本気で怒られてしまったのには、僕も困ってしまった。
そうして、取り敢えず彼女の言うことをちゃんと聞いてみようかと思い、嫌な目でみられた交番を後にし、自分の部屋に戻り、今に至るのである。
「だから、あんた私に触れるでしょ?もし私が霊なら、触れるわけないじゃない」
彼女はかなり憤慨した様子で、そう力説した。冷静になって彼女をよく観察すると、なるほど確かに座敷わらしっぽい風貌である。カラフルなオレンジの着物に、黒い下駄。白くきれいな肌に、丸くて大きな可愛らしい目。そして何より、誰が見ても完璧な形だ、と答えそうな黒いおかっぱ。これだけ揃っていると、別にそういった趣味のない自分でも、すみません、その座敷わらしのコスプレ、最高ですね、と言いながら写真を一枚撮らせてもらうかもしれない。
「ねえ、ちょっと聞いてる?」
「あぁ、ごめん。なんだっけ」
「だから、あんた、私に触れるでしょ? 霊ってのは実体がなくて触れないんだから、私は霊じゃないじゃない」
「僕の霊感が強くなって、ついに触れるまでに至った、とは考えられないのか?」
「ちょっと、怖いこと言わないでよ。そんなことあるわけないじゃない」
自分のことを妖怪だと言うくせに、よく断言できるものだ。まあ確かに、ちょっと無理があるとは思ったが。
「じゃあ、何で警察には見えなくて、僕には見えるんだ?百歩譲って君が妖怪だとしても、僕にだけ見えるのはおかしくないか?まさか、幻覚……?」
「そう思うのなら頬でもつねってあげようか?でもまあ確かに……」
そう言うと彼女は腕を組み、考え出した。
「座敷わらしって基本子供にしか見えないらしいの。それもまだ理性が備わっていないくらいの。だから見ることが出来るのは同じ妖怪くらいしかいないんだけど……」
「おい、僕は妖怪じゃないぞ」
さすがにそれは勘弁してくれ。
「分かってるわよ。だから見えないだろうと安心してご飯もらってたのに……」
「まてまてまて。見えなけりゃ勝手に飯貰ってもいいってか、おい」
「あなたの部屋についたらご飯のいい匂いがして、もう耐えられなかったの! それくらい許してよ、ね?」
それくらいとはなんだ、と反論したいところだが、こんな子供相手にむきになるのはなんだか恥ずかしいので、許してやることにしよう。別に彼女の上目遣いがあまりにも可愛くて、つい許してしまった、という訳では断じてない。
僕は一呼吸おくと、今までの会話を頭の中で整理した。
「で、そもそもお前はなんで僕の部屋にいたんだ?」
そう、よく考えたら、いやよく考えなくても、重要なのはこれである。正直見える見えないだの、妖怪だ霊だの、もう頭のなかはしっちゃかめっちゃかで訳がわからない。整理した意味まるでなし。
「そ、そうね、目的を忘れていたわ。本当だったら、人に私は見えないのだからこんな説明要らないのだけれど……」
そこで彼女は一呼吸おいた。
「自己紹介をするわ。私の名前は雲上殿ひかり。依頼人の命を受け、あなた、吉田一樹に、座敷わらしとして幸福をもたらしにまいりました。これが初仕事の新米ですが、なにとぞ、よろしくお願いします。」
そして、恭しく彼女は僕に向かって頭を下げた。
勘弁してくれ。ますます訳がわからない。僕はもう頭がいたくて仕方がなくなっていた。