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終息

見送った後、碧黎が伸びをした。

「さて、我は去ぬ。我が息子のせいで、またしばらく気が使えぬ…人型が維持出来ぬようになって来たゆえ。」

十六夜が、ゆらりと揺らめいた碧黎の姿を見て、びっくりして立ち上がった。

「え、今の会話の中で、言っちゃいけないことなんてあったのか?」

碧黎は、苦笑した。

「あのな、普通は言わぬと言うたであろうが。鵬明と李俊の責務のことだ。そんなもの、己で探すものであるのに、どさくさに紛れて聞きおって。まあ必要だと思うたから答えたがの。」と、姿が光になった。《いつもと同じ。しばらく地に戻って眠って参るわ。その間、手に負えぬようなことをしでかすでないぞ?我は気取ることも出来ぬからの。》

箔炎が、慌てて立ち上がってその光に言った。

「碧黎、我の!我の責務は?!ついでぞ、教えぬか!」

その光は、宙を舞った。

《何を言うておる。もう側まで来ておるわ。主とて鵬明と同じようなものだと思えば良い。これ以上は無理ぞ。ではの。》

すーっとその光は消えて行った。十六夜は、どこまでが碧黎にも見えない、遠い存在の許容範囲なのか分からなかったが、何度も父に無理を言うあまり、元へ戻れないなどということが起こらないかと心配になった…最近の碧黎は、前よりずっと自分達のために無理をするようになっているように思う。

十六夜が珍しく考えに沈んでいる前で、箔炎はため息をついた。

「何が側まで来ておると申す。箔翔のことか?あれを見守るためということは、我の死斑があれに譲位する前であったことを思っても無いはずであるが。あった、ということは、後で分かったような口ぶり。思ったより箔翔が頼りない王であるからなのだろうか。…よう分からぬ。100年しかないというのに。」

箔炎は、ぶつぶつと愚痴るように言った。蒼が、なだめるように言った。

「まあまあ箔炎様、とにかくは、友の宮を巡るのだと言うておったのではありませんか。ここで思いもかけず手間取ってしまわれましたが、次は維心様の所か、炎嘉様の所でありましょう。帰られる時に、一緒に行かれては?」

維心と炎嘉が、顔を見合わせた。

「主の責務が、我の所にあるとは思えぬの。」炎嘉が、真面目な顔で言った。「あるとしたら、ごちゃごちゃといろんなものが集まる維心の所ではないのか。」

維心が、あからさまに嫌な顔をした。

「好きで集まられておるのではないわ。すっきりさせよといつも申しておるのに、出入りの激しいこと。我は好かぬ。」

蒼が、思い出して言った。

「そういえば、将維から箔炎様に来て欲しいと伝言があったと言っておりましたね。維心様の所になさってはいかがでしょうか。」

箔炎は、気を取り直して頷いた。

「ああ、確かにの。将維が何を確認して欲しいのか確かめねば。それにしても、もう数時間で夜が明ける。今日も陽華の顔を見ることが出来なんだ…ここ最近でこれほど離れておるのは初めてぞ。気になって仕方がないこと。」

維心が、ハッとしたように顔を上げた。そうだ、維月。いつなりこういう時は側に来て口を出すのに、此度は静か。何かあったのか。

「維月は?どこか悪いのか、このような時に居らぬとは。」

維心は、きょろきょろと回りを見回した。まるでその辺りの椅子の下にでも居るような感じだ。十六夜が苦笑した。

「維月は、自分がいると感情的になるからと、お前が帰って来るのを気取って奥へ引っ込んだのさ。あれも、何だか女神っぽくなっちまってるじゃねぇか。考え方が、お前と似て来てるんだな。物分りがいいっていうか。」

維心は、嬉しそうに表情を崩すと頷いた。

「我ら、考え方の違いはお互いに歩み寄って近づけて行っておるのだ。そうか、維月は我の政務を理解してくれるようになっておるか。」と、立ち上がった。「後数時間、維月と過ごそうぞ。我は行く。主は帰るのか、炎嘉?」

炎嘉は、恨みがましい目で維心を見て言った。

「残って我も維月とと申したら、主はどう申すのだ?」維心が眉を寄せるのを見て、炎嘉は立ち上がった。「我は帰る。しばらくは落ち着くまで鵬明をしっかり監視せねばなるまい。龍軍を出すか?」

維心は、頷いた。

「義心に命じて、見張らせる。案じずとも、あれらも宮ごと滅ぼされたくはないであろう。動くことはあるまい。」

炎嘉は黙って頷くと、立ち上がった。そして、蒼に軽く会釈すると、そこを出て行った。

維心は、もう維月の元へと軽く浮いて、まるで人の世のオートウォークの上を歩くように素早く歩き抜けて行ったのだった。



将維は、明けて来る日に目を細めた。どうやら、月の宮のほうは、昨夜のうちに片を付けたようだ。月の結界が復活し、そうして静かなものだった。

箔炎が今日、維心と維月と共に龍の宮へ来ると連絡があった。自分が呼んだからだが、帝羽はあまり気が進まないようだった。今まで探しもしなかった皇子が出て来たと聞いても、父王は疎ましく思うだけであろうと言うのだ。

確かにそうかもしれない。しかし、神世ではその血筋が重要視される。気の大きさが、そのまま遺伝するからだ。箔炎の子ならば、今はそこそこの力だったとしても、後の箔炎のように気が成長する可能性があるので、神世では優遇される。確かに帝羽は、誰の目から見ても大きな気を持っているが、出自が明らかになったほうが、どこの宮へ行くにしても肩身が狭い思いをしないで済むのだ。

しかし帝羽は、不遇の中に居たので、そんなことは気にしないようだった。己の力だけで生きていけると、父王との面会に前向きではなかった。維心に会いに来た時は、龍玉という宝物があった。なので、父が自分にいつか会いたいと思っているだろうと思えたのだろう。しかしそれが偽りであったと知った今、何もないところで父に会いたくはないというのだ。

望まれない子…。

将維は、ため息をついた。そんなものが、王族にあるとは。しかし、自分はあの父であるからそんなことは無かったが、他の王は結構遊び回って、そんなことが頻発していたようだった。なので、帝羽だけが特別ではなく、世間にはいくらでもそんな思いをしている神は居るのだろう。

だが、箔炎の子。これは、かなりの力を持つので、簡単には済まされない。箔炎の鷹の宮は、序列第一位に入っている宮なのだ。地位が高いということは、それなりの力を持っているのだ。

将維は、箔炎にどう切り出したものかと、じっと考えていた。


その頃、箔翔は結局龍の宮に留まることになり、客間に居た。宮へ連絡を入れると、玖伊からうるさいほどなるべく早くお帰りをと書状が来て、箔翔はうんざりしていた。王など、何もいいことはない。多分、一刻も早く戻るべきなのだろうが…。

しかし、この自分に弟が居たとなると話は別だった。帝羽は、よく見るとやはり自分と顔立ちが似ていた。帝羽は、母親似なのだと言っていたが、全体の雰囲気が自分や父に良く似ているのだ。瓜二つというほど似ているのではないので、どこかで見たことがある、といった印象でしかなかったのだ。

ずっと帝羽のことばかり考えていて、結局眠ることが出来なくて、箔翔は隣りの部屋に居る帝羽を訪ねることにした。

自分の部屋の戸と抜けて隣の部屋の戸の前に立ち、どう声を掛けたものかとじっとそこに佇んでいると、中から声がした。

「…箔翔殿か?」

箔翔は、ハッとして見えないのに思わず頷いた。

「話がしたいと思うて。」

戸が、スッと開いた。帝羽は、昨日の着物のまま正面の椅子に座っている。箔翔は、帝羽も眠れなかったのかと思いながら、そこへ足を踏み入れた。

「早朝にすまぬの。」

箔翔が言って椅子へと進むと、帝羽は、首を振った。

「眠れなんだので、かまわぬ。」

しかし、見れば見るほど、体格から自分の父に似ていた。黒髪に明るい青い瞳なので、感じが違うだけで、やはり似ているのだ。龍の器に鷹の気を持つ神…。

「主は、我の弟なのだな。」

箔翔は、思わず心で考えたことがいきなり口に出た。帝羽は、驚いた顔をしたが、下を向いた。

「弟と言うて、まだ父上が我を認めたわけでもないものを。母を覚えておられるかも怪しいものよ。」

箔翔は、首を振った。

「何を言う、帝羽。父上がどう言われようと、主は我の弟なのだ。気があの色の神が、まさか父上と我のほかに居るとは思わなんだ。それに、父はもう王ではない。我が王。父が主を認めなんだとしても、我が主を弟と認めようぞ。実を言うと我は、いきなりに譲位されてそれは四苦八苦しておったのだ。主が、我の助けになってくれれば、これほどのことはない。」

帝羽は、驚いた顔をした。

「我が?箔翔殿、しかし我にはそのような力はない。政務関係は何も知らぬからの。我は無法者に育てられたゆえ。」

箔翔は、頷いて微笑んだ。

「学べば良いではないか。我も龍の宮で学んでおる最中であったのに、父の思いつきで突然に呼び戻されて譲位されたのだぞ?中途半端なのだ。武術もそれほどでもないし。我は、恐らく主と立ち合って勝てるのかどうか。」

箔翔は、ため息をついた。帝羽は、それをじっと見ていたが、フッと笑うと、立ち上がった。

「では、少し立ち合ってみられるか?」

箔翔は、驚いたような顔をしたが、立ち上がった。

「我では勝てぬだろうがの。維明が勝てなんだと聞いておる。その維明に、我は勝てぬのだから。だが、弟にそう言われて後ろは見せられぬよな。」

そうして、二人は訓練場へと向かったのだった。

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