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責務2

維心が、しばらく黙った後に、口を開いた。

「…つまりは、我は鵬明の責務を背負うのだと?」

碧黎は、頷いた。

「そうよ。知らなんだか?」

維心は、軽く碧黎を睨んだ。

「誰も教えてはくれぬからの。」

碧黎は、頷いた。

「確かにの。戦場で死する軍神は、大体が寿命で死んで逝く。しかし、幾らかはまだ責務を遺しておる。それらは、知らぬ間に殺した相手が別の形で負っておるのだ。そうやって、とにかくはバランスを取るのであるの。だが始めから、負い切れぬような責務を背負うことにはならぬ。維心のように能力の高いものでなくば、大量虐殺など出来ぬだろうが。力が違うからの。維心は力を持って生まれておるが、それについて来るリスクはまた大きいということだ。知らぬ間に、とてつもない物を背負わされておる時もあるからの。」と、じっと維心を見て自分の顎を撫でた。「…ま、今生はまだ少ないことよ。前世ほど世が乱れておらぬから、主も殺さずに済んでおるのだの。」

維心は、険しい顔をした。

「…なぜに、今それを話した。」

碧黎は、とぼけた顔をした。

「なぜにと?我が子が聞いたからぞ。親であるから、答える責務があるであろうが。」

十六夜が、急いで言った。

「で、鵬明の責務ってのはなんでぇ?」

碧黎は、十六夜を見て、呆れたように肩の力を抜いて見せた。

「普通は教えぬものだと、知っておるのだろうが。」そして、苦笑した。「己の宮の行く末が、しっかりと成るのを見届けることぞ。皇子がまだ成人したばかりであろう。それが王座を継いで、きっちりやって行くのを見届けたら逝くことが出来るであろう。ちなみにそこの軍神、鵬明が逝った後も皇子を支える責があるぞ。共には死ねぬ。」

李俊が、それを聞いて驚いた顔をした。我は、皇子を支えねばならぬのか。もしここで滅しられたら、それも叶わぬ…。

維心が、炎嘉を見た。炎嘉は、じっとそのやり取りを聞いていたが、ため息をついて碧黎を見た。

「全くもって、腹の立つことよ。つまりは、これを殺すべきではないということよな。」

碧黎は、またとぼけたように言った。

「そのようなことは言わぬぞ?これらの責務を代わりに負ってやれば良いのだ。さすれば、こやつらはあちらへ逝けるのだから。」

炎嘉は、碧黎を睨んで黙った。維心も、同じように黙っている。蒼と緑青は、気が気でなかった。しかし箔炎は、涼しい顔をして言った。

「責務なあ。我とて責務のお蔭でこうして世に残れたが、己一人の事なら迷わず嬉々として逝っておったわ。子を見守るだけなら、人であっても出来ようほどに。のう、維心よ。」

維心は、ハッとしたような顔をして箔炎を見た。そうか、人…。

維心は、立ち上がって刀を抜いた。

「鵬明。そこへ直るが良い。」

緑青が、驚いて立ち上がった。

「維心殿、どうか時を…、」

しかし、維心は首を振った。

「どかぬか、緑青。」

しかし、李俊も進み出た。まだ後ろ手に縛られたままだった。

「龍王様、どうか!」

しかし鵬明が、二人を制して穏やかに首を振って言った。

「ならぬ。李俊よ、主には鵬加を助けてもらわねばならぬ。主は我とは共に来れぬのだ。我は、皆に未来を与えねば。それもまた、責務よ。」と、維心を見上げた。「やってくれ。」

維心は、頷いた。

「主らはどいておれ。我は無駄な責務まで負うつもりはないわ。」

李俊も緑青も、鵬明を庇おうと前に出ようとしたが、維心が軽く気であちら側へと吹き飛ばし、それは叶わなかった。

「維心様!」

蒼が思わず立ち上がった。十六夜と炎嘉は、ただ黙って維心を見ている。維心は険しい顔をしてサッと刀を振り切った。

「王!」

「鵬明!」

緑青と李俊の悲痛な声が叫ぶ。鵬明に刀が当たった様子は無かったが、それでも鵬明は何かの衝撃を受けて、後ろのソファの方へとのけ反るように倒れた。

「おお、鵬明!鵬明!」

緑青は、吹き飛ばされた位置から飛ぶように走って鵬明の両肩を掴んだ。

「…慣れたものよな。」

炎嘉が、小さく言った。箔炎も、満足げに頷いた。

「うまいことやりおるの。初めて見たが、器用なものよ。」

維心は、ふんと鼻を鳴らして刀を鞘に収めた。

「もう幾人目か。前世ではこんな面倒な事はあまりせなんだからの。」

「う…。」

鵬明が、目を瞬かせた。もはやうなだれていた李俊が、希望に満ちた目でそちらを見る。

「おお、まだ息が…。」

側の緑青が、鵬明の顔を覗き込んだ。龍王がしくじるなどということがあるのだろうか。だが、鵬明はこうして生きている…ただ、気が…。

「鵬明?!」

緑青が言うと、鵬明は緑青の方を見た。

「緑青…何やら静かぞ。主の声も、何やら常と違って聴こえる。回りがおかしい…。」

維心が、椅子へ腰掛けながら言った。

「主はもう、神ではないからの。勘のいい人。その程度ぞ。」

緑青と李俊が、仰天して維心を見た。人?!

「人と?!なぜに…そのようなことを!」

維心は、面倒そうに答えた。

「子を見守ることぐらいその知識があれば出来る。人であってもの。我は鵬明の、神としての命を殺したのだ。鵬加に譲位するが良い。そうして、その成長を見守るのだ。李俊が居れば、それも可能であろう。此度の騒動の代償は、主の神の命よ。人としてなら、まあ後数十年はあるであろうて。」

炎嘉は、憮然として言った。

「ぬるい気がするが、まあ神としては死んだのであるから。人の主など何の脅威でもない。この辺りで妥協してやっても良いわ。」

いつの間にか、維心の気の拘束が解けている。鵬明は、ふらふらと立ち上がった。頭が割れるように痛い。今まで感じていた神の気を、一切感じなくなっている…いや、遠く耳を澄ませるようにすれば、何となく感じられる程度。勘が良い人というのは、そういうことなのか。

「…神としての我が死んだというのは、こういうことか。」

鵬明が言うのに、維心は頷いた。

「何も出来ぬぞ。気を使うようなことはの。しかし、主はこれより先、子を見守り人と同じように老いて逝く。己の責務は己で果たすが良い。我もこれ以上他人の責務など負って生きたくないわ。」

緑青が、心配そうに鵬明を横から支えた。箔炎は、李俊の拘束を解いた。

「李俊、鵬明を連れて戻るが良い。軍を撤退させよ。このような寛大な処置で済むこと、滅多にないことぞ。本来ならこのまま主の宮へ攻め入って滅ぼされても文句は言えぬのに。まだ神世が寝静まっておる間に、とく去ぬるが良い。」

蒼は、それを聞いて空を見上げた。月が、かなり傾いて来ている…神世が起き出す時間が近い。

李俊は、鵬明を見た。鵬明が、頷いた。

「撤退を命じよ。犠牲になった軍神達を連れ、我が宮へ。」

蒼が、立ち上がった。

「我が宮の軍神達を監視につける。宮へ戻るまでな。」と、戸の外へ言った。「嘉韻!」

すると、スッと入って来た嘉韻が、蒼の前に膝を付いた。

「御前に。」

「沙汰は下った。鵬明は神としての命を断たれ、人となった。コロシアムの軍神達と鵬明が、宮へ戻るまで監視せよ。犠牲者は、皆集め終わっておるか?」

嘉韻は、顔を上げた。

「は、全て袋に入れてコロシアムに運んでおりまする。そろそろ軍神達も気付き始めており、明人と慎吾が見張っておりまするが。」

蒼は、頷いた。

「では、全て引き渡すように。」と、李俊と鵬明を振り返った。「嘉韻について、コロシアムへ向かうが良い。そちらで、主は軍神達に敗戦と沙汰を告げねばの。」

「我も!」緑青は、鵬明の横にぴったりついている。「鵬明を送って参る。それに鵬明が隠居すると申すなら、我だって皇子に譲位してこれの助けになってやりたいのだ。もうよい歳であるし。」

鵬明は、緑青を見た。

「緑青…我はもう、主の力になってやれぬぞ。」

緑青は、笑った。

「いつなり助けてもろうたことなどないではないか。心がつらい時は助けてもろうたがの。神の主でなくとも、それは出来よう。さ、もう悪夢は終わった。戻ろうぞ。」

鵬明は、ふっと肩の力を抜いて、頷いた。

「そうよな。戻るとしよう。」

二人は、李俊と嘉韻と共に、そこを出て行った。出て行く時に見えた鵬明の表情は、穏やかなものだった。

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