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逆転

維月は、十六夜になだめられながら部屋へと帰り、そこで侍女にコーヒーを入れてもらった。もう日が暮れて来ていて、夕日が部屋の中をそめている。そこにいい香りが漂い出して、それだけで機嫌が直って来ていた維月だったが、入れてもらったコーヒーに、その小瓶の液を垂らした後は一気に表情が変わった。

あの、薫るだけで癒されるようなコーヒーの香りが、更に深みを増してえもいわれぬ甘い、芳醇な香りを発し始めたのだ。

「まあ…!いつも思うけど、人って凄いわ!こんなものを作り出していたなんて、知らなかった。」

十六夜は、基本コーヒーに何も入れないのだが、その香りに誘われて、思わず瓶を手に取った。

「オレも入れてみよう。だが寝る前にコーヒー飲んだらなかなか寝付けないってお前、言ってなかったか?」

維月は、苦笑した。

「確かにそうだけど、月なんだから。それは人の頃の話でしょ?」

維月は、カップを持ち上げた。十六夜も、同じようにコーヒーを口に運んだ。

「うわ…うまい!」

十六夜は、叫んでそのまま一気に飲み干した。維月も同じように飲み干して、ほっと息をついてから、またポットに手を伸ばした。

「コーヒーをこんな飲み方したの初めて!ほんとに止められないわ。」

そして、興奮気味にまたカップにコーヒーを注ごうとすると、十六夜が言った。

「もう、ポットに入れちまえよ。その方が早い。」

維月は頷いて、小瓶からポットの中に直にそれを入れた。今度は瓶が半分くらい空になった。

「大事に飲もうね。」維月は言って、十六夜のカップにコーヒーを注いだ。「もう半分しか残ってないし。」

十六夜は、またカップに口をつけながら笑った。

「何言ってんだよ、維心が居るだろうが。気に入ったんなら、あいつに取り寄せさせたらいいんだよ。あいつに手に入らないものなんかないんだからな。」

維月は、苦笑してカップを口に運んだ。

「もう、そんなことに利用しないで。でも、無くなったら頼んでみようか。」

二人は笑い合いながら、そうして楽しくコーヒーを楽しんだのだった。


次の日は、維月が龍の宮へと帰って行く維心を見送ってからちょうど一週間が経過する日だった。

たいだい、維心は一週間で維月に会いに宮を出てこちらへやって来る。本当はひと月我慢する約束だったが、こればかりは維心は前世からどうしても我慢出来ないことのようで、例に漏れず早朝から月の宮へと降り立った。

「母さん?」蒼の声が、戸の方からした。「維心様が来たよ。まだ寝てるって言ったんだけどさ。出来るだけ早く来てね。苛々しててオレも、対応大変だからさ。」

維月は、寝返りを打った。維心が夜明けには起きることは知っていたが、維月はいつも日が昇るまで寝ている習慣があったのだ。なので、手を出して蒼にわかった、と振って見せた。蒼のため息が聞こえ、蒼の気配は戸の前から去った。

「うーん…。」

維月は、重い体を起こした。早く行かないと、蒼がかわいそうだ。十六夜も、同じように地上に居る時は日が昇るまで寝るので、まだ寝ているだろうと起こさないように注意しながらそちらを見て、維月は固まった。

びっくりするほど、綺麗な女が一人、寝ていたのだ。

「え…。」

維月は、びっくりして回りを見回した。十六夜が居ない。昨夜、何かあったんだろうか。それで、ここへこの女の人を寝かせて、どこかへ行ったんだろうか。

「えーっと…もしもし?」

維月は、その女に呼びかけた。そして、口を押さえた…自分の口から出たのは、低い声だったからだ。

そして、目の前にある自分の手が尋常でないほど大きいことに気がついて、パニックになった。どうして、こんなに大きな手なの。というか、声がどうして低いの。

気の乱れを近くに感じたのか、目の前の女がうーんと唸って寝返りを打ちながら目を開けた。そして、維月を見てびっくりしたような顔で飛び起きた。

「え…誰だ?!」

美しい、鈴を転がすような声だ。しかし、その自分の声に驚いたようで、慌てたように口を押さえる…そして、維月と同じようにその手を見て叫んだ。

「何だこれ!どうなってんだよ、病気か?!」

青銀の長いサラサラの髪に、金茶の瞳の相手を見ていて、維月は思った…これは、十六夜だ。気が、十六夜だもん。

「十六夜…?」

相手は、何度も頷いた。

「そうだよ!で、お前は誰だ?」

「維月。」相変らず低い声に、気分を落ち込ませながら維月は答えた。「もしかして、私も男になってる?」

十六夜らしいその女は、とっくりと維月を見てから、言った。

「何処からどう見ても、男だ。しかも、維心ばりに体格がいいじゃねぇか。オレがこんなに小さいってのによ。」

維月は、布団をめくって自分の体を見た…本当。間違いなく男だわ。

「…どうなってるの。陰陽が逆転したってこと?」

十六夜は、首を振った。

「いいや。オレは相変らず陽の力の波動を持ってるし、お前は陰だ。だが、性別が代わっちまったんだよ。」

維月は、青い顔をした。

「そんな!どうするのよ、どうやったら元に戻るの?!」

十六夜は、維月の襦袢を寝台の上にごそごそと探しながら言った。

「別にいいんじゃねぇか。性別が逆転したってオレはオレだしお前はお前。対なのには変わりねぇんだし。」

維月は豪快に首を振った。

「いいはずないでしょ!維心様は男なのよ!嘉韻だってそうだし。お父様に何とかしてもらわなきゃ!」

十六夜は、面倒そうに維月の襦袢に手を通すと、自分の襦袢を放って寄越した。

「オレのを着な。何でも親父に何とかしてもらおうってのが間違いだぞ?親父は、自然に逆らうことが出来ないんだからな。」

「性別逆転がまさに自然に逆らってるんじゃないのよ!元に戻すのは、お父様の責務でしょ?!」

維月は叫びながらも、仕方なく十六夜の襦袢を身につけて寝台から降りた。そして、側の衣桁に掛けてあった袿を羽織る。十六夜も、維月の袿を羽織ってスッと浮き上がった。

「お、力は問題なく使えるぞ。」

「元の人型に戻れそう?」

十六夜は、黙って目を閉じた。しかし、体は光輝いたが、姿はそのままだった。

「だめだな。何かで強力に固定されてる。さ、行こう維月。とにかくは、維心と蒼に見せてなんとかせにゃ。」

維月は頷いて、スッと同じように浮き上がると、十六夜と手を繋いで宮の中を飛んで蒼の居間へと向かったのだった。


蒼は、苛々する維心を前に、小さくため息をついていた。さっき呼びに行ったにも関わらず、維月はまだ来ない。何しろ極限まで我慢した後維心はこうして龍の宮を抜け出して月の宮へ来るので、ここへ来た時には限界をとうに越えていて不機嫌この上ないのだ。

毎回これじゃあなあ…と蒼が大概迷惑していたところへ、甲高い女の声がした。

「蒼!待たせてすまん。」と、維心の方を見た。「お、維心。相変らず不機嫌そうじゃねぇか。」

蒼は、仰天した。維心様に、何て口の利き方を!名を呼んでいるってことは、龍王だって知ってるだろうに!

「維心様、ご無礼申し訳ありません。」蒼は、茫然としている維心に言った。そして、その女に向き直った。「何の用だ?無礼だぞ。」

すると、後ろについて来ていた、それは美しい黒髪に鳶色の瞳の男が、おずおずと口を開いた。

「蒼…ごめんなさいね。突然にこんなことになってしまって。」

蒼が、何のことやらと口を開こうとすると、維心が立ち上がって蒼を制した。

「蒼。これは、十六夜と維月ぞ。気を読むのだ。」蒼がびっくりしていると、維心は男の方へと手を差し出した。「維月…何としたこと。その姿は何だ?また、何かの遊びでそのような型を取っておるのか?」

維月は、首を振った。そして維心の手を取ったが、その手がいつもより小さく見えて戸惑った。そうだ、自分は男だから…。

「あの…目が覚めたら、こうで。」維月は、手を引っ込めながら言った。「元の姿に戻ろうとしても、何かに強力に固定されていて、戻れませぬ。」

そういう維月は、男の蒼から見てもかなり凛々しかった。陰の月の男版…。それは維心に通じるような風格の持ち主だった。

維心は、十六夜のほうを見た。

「主もか?」

十六夜は、頷いた。

「そう。戻れねぇ。親父にどうにかしてもらおうって維月は言うんだけどよ、親父を呼ぶか。」

「呼んだか?」

いきなりに背後から声がして、十六夜は仰天したように身を退いた。

「親父!まだ呼んでねぇ!呼んでから来いっていつも言ってるだろうが!」

碧黎は、十六夜の姿を見て苦笑した。

「なんと可愛らしい姿になってしもうて。」と維月を見た。「主はまた、そのまま神世へ出たら女どもが大変だぞ。」

維月は、言った。

「お父様、冗談ではございません。このようなことになってしまって…元へ戻して頂けまするか?」

碧黎は、維月の方を見てまた苦笑した。目線が同じだからだ。

「維月、これは我にはどうにも出来ぬのだ。というのは、我が使える力はあくまで自然の力であって、仙術のようにそれを曲げて使う術に関してはどうにも出来ぬ。出来るものもあるが、此度のことは生物に関わっておるから、我が試しに何かしてその命がどうにかなってしまわぬとも限らぬのだ。つまりは、これの正当な解き方を探してそれを行なうことが、一番安全な道であろうの。」

維心が、ため息をついた。

「そういうと思うたわ。これは、つまりは誰かが仙術などを駆使して行なったことであるというのだな?」

碧黎は、頷いた。

「我は知っておるが、教えることは出来ぬ。維心、主には以前から言うておったではないか。神世を監視せよと。」

維心は、フッと肩の力を抜いた。

「義心に見張らせておるが、何もない。十六夜よ、どうか?」

十六夜も、首を振った。

「オレだってずっと見てたが、頼のヤツはおとなしく宮に居る。他に訪ねて来た神も居ないがな。」

碧黎は、腰に手を当てた。

「だから遅い。主らは、ほんに世を統べておるのか?心もとないの。」

維心は、そこでやっと眉根を寄せた。

「…つまりは、我らが見張る前に何かしておったということか。」と、維月を見た。「維月、とにかくは無理に人型を変えようとせず、術を解くまで待つのだ。まずは原因を調べようぞ。命に何かあったら何とする。」

維月は、しかし申し訳なさげに言った。

「でも…私がこのような姿になってしまって、維心様には大変にご辛抱をおさせせねばならなくなってしまって。」

思ったより、維心があっさりと、しかも淡々と冷静に事に当たっているので、維月はためらっていたのだ。さぞかし大騒ぎするかと思っていたのに。

しかし、維心は何でもないという顔をして首を振った。

「我慢など。別に主が男であるなら、我が女に身を変えれば済むことであるし。主は主なのだから、我は気にしておらぬ。」

維月は、びっくりした。そういえば、十六夜も同じようなことを言っていたっけ。

「維心様には、私が女でも男でも構わぬのでありまするの?」

維心は、すぐに頷いた。

「命が主ならの。身など、どうにでもなるわ。そんなことより、主がどう思うかであろうが。主、男が嫌なのだろう?」

維月は、大きく頷いた。

「はい。今まで女しかして来なかったのですから。」

維心も、頷いた。

「ならば戻そうぞ。さ、では原因を考えるとしよう。」

維月は、複雑な気持ちになりながら、蒼の居間の椅子へと座った。その隣りに維心が、反対側の隣りに十六夜が座る。

碧黎がそれを見て、言った。

「では、我はこれ以上は踏み込めぬ。せいぜい頑張るが良いぞ。」

そうして、消えて行った。

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