表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/103

起こっている事

緑青は、月の宮との境目に当たる、結界境を見つめていた。

そこは、清々しい気が無尽蔵に供給される場で、それを受けているだけでも体調が良くなるということで、鶴の宮の治癒の間になっていた。

鵬明からは、まだ行動しておらぬのかと、急がせる書状が来た。確かに、あまりに遅れると策も崩れるのだろう。だが、自分はまだ決断できずに居る。鵬明は、恐らく龍王を恨んでいるのだ。そして、それを龍王に気取られている。だからこそ、龍王は鵬明を監視しているのだろう。もしかしたら、鵬明は他にも何か仕掛けているのかもしれない。ならば、これを自分がすることで、龍王は自分のことも咎めるだろう。そうしたら、やっと助かった我が眷族達はどうなるのだ。皆、世を乱す輩として滅ぼされてしまうのではないのか…。

緑青は、鵬明から渡された紙を握り締めて迷った。だが、鵬明の気持ちも分かる。それに、自分を信じてこれを託してくれた鵬明を裏切ることも出来ない。だが、何も知らない蒼を巻き込んで、月の宮の民達まで危険に晒すことは…。

緑青は、じっと結界の境を見た。この両脇にこれを貼るだけでいいのだと言う。後は、鵬明が全てを引き受けると言っていた。鵬明は、自分を信じて待っているのだ。これを、貼るだけで…。

緑青は、震える手で、紙を結界の端へと運び、そこへ恐る恐る近づけた。すると、聞きなれた声が言った。

「…それで、お前は本当にいいのか?」

緑青は仰天して飛び上がった。そして、慌ててその紙を背後へと回すと、声の方向へ視線を向けた。すると、そこには十六夜が浮かんでこちらを見下ろしていた。緑青は、全く気取れなかったことに驚き、回りを見回した…大丈夫、誰も居ない。

「なぜに、ここに居る。何を言っているんだ?」

十六夜は、ふっと息をついて下へ降り、床へと降り立った。

「オレがどうしてここに居るのか、お前には分かるはずだ。」十六夜は、じっと緑青を見つめて言った。「お前がどうしても自分の命より友達との約束の方が大事だってんなら、オレは止めねぇよ。だが、お前はそんな無責任な王じゃねぇよな?もう、何が起こってるのか分かったんじゃないのか。」

緑青は、じっと十六夜を睨んでいたが、力なく視線を落とした。分かっている。やはり自分が思っていた通りなのだ。

「…皆、知っておるのか。」

十六夜は、頷いた。

「恐らくお前が知ってることよりたくさんのことをオレは知ってる。何しろ、月だからな。だが、お前が選ぶことだ。オレは干渉しねぇ。それで迷惑掛けられることは想像がつくが、それでもオレらは大抵のことは解決しちまうからよ。親父だって居るし。それでも、蒼があんまりにも心配するし、お前の様子を見に来たって訳さ。」

緑青は、それを聞いてふらふらとそばの椅子へと歩くと、そこへ崩れるように座った。手にしていた紙は、ふんわりを宙を舞って床へと落ちた。十六夜はそれを見て、確かに仙術の魔方陣が描かれてあるのを知った。やっぱり、仙術を使って結界を破るつもりだったのか。

緑青は、もはやそんなものは見ていないように、肘掛に肘をついて、額を押さえて下を向いた。

「…我は間違っていた。鵬明が謀反を考えておるというのなら、反対して思い留まらせねばならなかったのだ。それなのに、組しようとするとは…だが、どうすればいいのだ。我とて、監視されておるような状況に不満を持っておったのは確か。あれが長く龍王を恨んでいただろうことは、此度のことで思い至ったこと。あやつはこれまではそんなことは、億尾にも出さなんだので、我は知らなんだ。なぜにこのようなことになったのか…。」

十六夜は、頷いて緑青を見た。

「あっちにもこっちにも利用されるだけでいいのか?なあ緑青、お前は人が良すぎるんだよ。いや、お前って神だから神が良すぎると言うべきか。そんなこっちゃあ、鶴は滅ぼされちまうぞ。お前が守るべきなのは誰なんでぇ?雛を娶って、子だって居るだろうが。あいつらを路頭に迷わせるなんて、お前に出来るのか。旦那なんだぞ。」

緑青は、ハッとしたように十六夜を見た。そして、じっと考え込んでいたが、頷いた。

「そうよな。十六夜、我は今の今まで妻と子のことまで考えておらなんだわ。確かに民のことは脳裏を過ぎったが…夫として、失格よな。」と、フッと息をついた。「分かった。我は間違っていた。このこと、蒼殿に話そうぞ。さすれば、良いようにしてくれるであろう。しかし…鵬明は、どうなるのか。あれが罰しられることは、我は望んでおらぬ。」

十六夜は、それには顔をしかめた。

「いや…あいつはなあ…。緑青、お前の知らないあいつも居るってことだ。これは未遂で終わったとしても、他のことがある。あいつはいろいろと責任を取らなきゃならねぇのさ。それは、維心が考えることだろうから、オレにはどうにも出来ない。あいつのことは、諦めな。」

緑青は、また下を向いた。そして、しばらく何かを考えていたが、思い切ったように顔を上げた。

「十六夜よ、我は確かに蒼殿に会いに参る。だが、しばらく待って欲しい。やらねばならぬことがあるのだ。」

十六夜は、気遣わしげに緑青を見た。

「お前…変なこと考えるなよ。鵬明を説得しようと思うのなら、それは無理だ。あいつの憎しみってのは筋金入りだからな。既に犯した罪の事もある。もう、お前じゃどうしようもないんだ。」

緑青は、首を振った。

「そうではない。そんなことを話しても無駄であろう。あれは、我を利用しようと考えたのであろうから。だがの、これまでだって、我を利用しようと思えば出来たはずなのだ。それなのに、しなかった。今回こうして我に手を貸せと言って来たということは、それなりに追い詰められておるはずなのだ。少しでも、気を楽にしてやりたいだけだ。書を送る。その間だけ、待って欲しい。」

十六夜は、緑青の気持ちも分かった。長く親友として生きて来たのだ。もはや助けられないのだとしても、その心だけでも助けてやりたいと思うのだろう。緑青らしいことだった。

なので、渋々頷いた。

「分かった。だが、今日中にな。監視している神は、気の長い方じゃねぇ。痺れを切らして何をしやがるかわからねぇしな。」

緑青は、苦笑して立ち上がった。

「急ごうぞ。いろいろ世話になったの、十六夜。」

十六夜は、ふんと横を向いた。

「全くだ。困ったヤツだよ、お前は。」

十六夜は、そこから消えた。

緑青は、急いで自分の部屋へと走ったのだった。


維心と炎嘉、そして箔炎は、蒼の居間で丸くなって座っていた。とは言っても、椅子と椅子の間隔はかなり開いているので、間近で顔をつき合わせているわけではない。しかし、もう今日は半日、こうして向かい合っていた。

「…遅いの。」箔炎が、心持ち苛々とした風で言った。「何をしておるのか。事を起こすなら起こす、起こさぬなら起こさぬと、さっさと決めてしまえば良いものを。」

炎嘉が答えた。

「まあ、そう吹っ切れるものでもないであろう。ことは大きなものぞ。密かにここを抑えて神世を制圧してしまえれば良いが、発覚してここを抑えることが出来なんだら、我らに一族ごと滅しられる。ええっと、人世ではこれを、何と言うかの、蒼?」

蒼は、ため息をついてから、答えた。

「ハイリスク、ハイリターンですかね。」

炎嘉は、パッと表情を明るくした。

「おおそれよ!賭けのようなものであろう。なかなかに思い切りが付かぬのも道理よ。」

維心が、呆れたように言った。

「賭けとな。このように勝率の低い賭けなどに興じる余裕などあれらには無いはずではないか。己の命だけでなく一族の命を賭けてまで、何を手に入れようとしておるのだ。我とて、滅多やたらに神を斬り捨てるのは気が進まぬのだ。今生こそ、平和な世でそのようなことをせずとも世を治めて行きたいと思うておったのに。」

箔炎が、気だるげに外を見た。

「どちらにしても、早よう決断してくれぬことには。我は時を無駄にしておるような気がしてならぬ。我の責務とは何か、探さねばならぬのに。」

炎嘉が、眉を上げて箔炎を見た。

「責務?我らの手助けではないのか。」

しかし、箔炎は首を振った。

「いや、そうではなかろう。それならば、これまでであっても同じこと。なのにその役目は箔翔に移り、我には死斑が現われた。それに碧黎は、まるでつい最近気付いたように言っておった。主にも責務が残っておった、と。」

維心が、首をかしげた。

「主ほどの力の持ち主に課せられた責務なのであるから、恐らくは我らと同じようなものであろうと思うておったのにの。他に何があるのか。」

箔炎は、ため息をついてまた首を振った。

「分からぬ。誠にあの、地と申す者ははっきりと物を言わぬの。知っておるなら、教えてくれれば良いものを。」

炎嘉が、苦笑しながらも頷いた。

「それは、我もそのように。だが、言えぬこともあろうな。何もかもが見えておって、それはそれであやつも歯がゆい思いをしておるのやもしれぬぞ。」

じっと黙って聞いていた蒼が、口を挟んだ。

「碧黎様も、神世を知るようになられてそれなりにジレンマをお持ちのようですよ。」維心も炎嘉も、箔炎も驚いたように蒼を見た。蒼は続けた。「だって、本当なら何も言わずにただ見ているだけでも良いのですから。なのに、わざわざ出て来てヒントと言えるようなことは教えてくださる。助けてやろうという気持ちは持ってらっしゃるのだと思います。」

維心は、考え込むような顔をした。

「…確かにそうやもな。いつなり、ただ見ているだけで居たのに、最近ではよういろいろと教えてくれる。はっきりしたことは言わぬがな。」

炎嘉は、少し黙って維心の顔を見ていたが、ふんと横を向いた。

「…何やら、あやつが憎めなくなる。あのような大きな気を持つ存在は、昔から悪者であると相場が決まっておるのだ。今更に役割を変えられてもの。」

蒼は、苦笑しながらも黙ってそれを聞いていた。

本当に人も神もそうでない存在も、真に悪者など居ないのではないか。その環境で考え方が歪んでしまっているだけで、その実は皆、善良なのではないか。そう、鵬明だって…。

蒼は、そう思いたかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ