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納得出来ない

月は月の宮を照らしていた。

蒼が自分の部屋でそれを見上げていると、ずっと黙っていた十六夜が話し掛けて来た。

《蒼…理不尽だよな。》

蒼は、驚いたが、頷いた。

「やっぱり聞いてたんだね。緑青のことだろう?」

十六夜は頷いたようだった。

《いくら多数を救うためとか言っても、オレには納得出来ねぇ。だけど神世のことには口出しするなと親父が言うから、黙ってたんでぇ。蒼があれだけ言うのも、オレには理解出来る。だが、維月が言うには、維心の言うことも理解出来るんだそうだ。だから、口出し出来ないらしい。確かに、戦は酷い。月の宮の軍神が巻き込まれたことを、オレは忘れちゃいねぇよ。お前だってそうだろう?》

蒼は、険しい顔で頷いた。

「だからこそ、オレは永世中立を選んだんだからな。今の軍なら、恐らくあそこまでの犠牲は出さないろう。だが、それでも戦は避けたいよ。わかってるさ。だけど…。」

十六夜の声は、労るように言った。

《だよな。善良で罪のない神が、それで捨て石にされる謂れはないわな。オレもそう思う。》

蒼は、ため息をついた。

「わかってるんだ。何もかも。それでも誰も犠牲にしない道はないかと考えてしまう。緑青は、気のいい王なんだ。確かに、何を選ぶかは緑青次第何だから、どうなろうと緑青の責任何だとはわかる。それでも、こちらが迷うような要因を与えてるのは事実だろう。少なからずオレも関与してるんだから…。」

十六夜は、しばらく黙ってから、言った。

《分かった。蒼、お前は黙ってろ。オレ が動く。》

蒼は、慌てて空を見上げた。

「何だって?十六夜、変な事をしてまた、鵬明が逃れたら維心様が他の手を考えなきゃならなくなるんだよ。」

十六夜は、笑った。

《どうなるかは、オレにも分からねぇ。だが、やってみないと分からねぇよ。オレは緑青を信じる。》

蒼は、口ごもった。

「だが…十六夜…、」

十六夜は、構わず言った。

《とにかく、オレはオレの好きなようにする。親父だって同じなんだからな。じゃあな、蒼。》

蒼は、何をするつもりなのか分からず、急いで月を見上げた。

「十六夜!ちょっと待て、何をするつもりなんだ!」

しかし、十六夜からは返事はなかった。

あの碧黎の息子の十六夜であるので、蒼は心配で気が気でなかった。


明けた日に、維明は帝羽の居る客間へと急いでいた。昨夜、夜遅くまで昔話に付き合っていた維明だったが、帝羽はずっと涙を流していた。もう月が傾いて来たのを見て、慌てて辞して自分の部屋へと戻ったが、帝羽が休む様子はなかった。なので、もしかして、寝ていないかもしれないと思ったからだ。

父と母は、昨夜から月の宮へと出掛けて帰っていなかった。父だけで出ようとしたのだが、母が居ないと結界を抜ける時、十六夜か蒼が通してくれるのを待たねばならないのが面倒だと言って、母も連れて出たのだ。母が居れば、月の結界は全く関係ないからだった。

父は、出かける前に自分に名代を言いつけただけで、言っていた沙汰の方はまだ降りていなかった。皇子として、してはならないことをしたので、維明にはどんな沙汰でも受けるつもりでいた。だが、後悔はなかった…帝羽を桐に会わせてやれたこともだが、自分の不甲斐なさを知ることが出来たからだ。父は、前世でたった200歳の時に王座に就いて、もっと殺戮の世で油断のならない世界で君臨したのだと聞く。それなのに、自分は同じような歳でまだ、父王の結界に守られて安穏としている甘い皇子なのだ。

それが知れただけでも、維明にとって益のあることだったと思っていた。

帝羽の部屋の前に到着した維明は、少しためらった。もしかして、眠っていたらどうしたらいいのだろう。

しかし、戸の前に立つと、中から帝羽の声がした。

「維明。入るが良い。」

維明は、その声が落ち着いていたので少しホッとして、戸を開いて中へと足を踏み入れた。

「帝羽…寝ておらぬのではないのか。」

維明が客間の居間へと足を進めながら言うと、帝羽は苦笑した。

「良い。一晩や二晩眠らないことなど、常のことであった。ましてここでこうしてぼうっと過ごして居るのに。」

維明は、帝羽の前に腰掛けた。

「我など思いもしないような環境に居ったのであろうの。我は…主を見ておって、己が恥ずかしくなった。」

帝羽は、片眉を上げた。

「なぜに?主はあの龍王そっくりの気を持つ皇子であろうが。」

維明は、首を振った。

「のう帝羽、神の価値とは、その血ではないのように我は思う。」帝羽は、少し驚いたような顔をした。維明は続けた。「確かに、この気は遺伝するゆえ、それゆえ血が重要視されるのも分かる。だがの、我は皇子としてここで安穏と過ごしておって、世が何たるかを書の上でしかしらなんだ。しかも、神世の裏すら知らずに生きて来た。主や桐のように生きておる、優秀でありながら日の当たらない神がたくさんいることなど、考えたこともなかった。父上に、よう主は甘いと言われておったが、それがなぜなのかやっと知ったことよ。」

帝羽は、じっと考え込むように維明を見ていたが、言った。

「我とて、このように恵まれた所で居れば、恐らく知らずに育ったであろうの。だが、主はそうやって己を省みることが出来るではないか。傲慢で愚かな王も居ると聞くが、主はその限りではないの。知らぬことは、学んで参れば良いのよ。我とて、知らぬことが多すぎる。裏で生きておると、表の光の下は眩し過ぎるのだ。しかし、それでも学ばねばならぬ。我は恐らく、どこかの誰かの皇子であったとしても、第一皇子ではあるまい。軍神として、どこかの宮で臣に下り、仕えねばならぬのだ。自由奔放に生きて来たので、肩の荷が重いの。」

維明は、首を振った。

「我が宮は、神世の中でも殊に決まり事が多く、厳しい宮であるのだ。他はこうではない。主ならば充分にやって行けようぞ。案ずることはない。」と、ふと思い出したように言葉を続けた。「…ならば、主、月の宮はどうか?王の蒼は、元は人である月で、大変に穏やかな性質ぞ。我が母上の前世の子であって、いわば神世のはぐれ者達の世話をかって出るためにあの宮を作ったのだと聞いた。いろいろな神の寄せ集めであるので、奇異な目で見られることもない。母上のご実家であるから、父が力を入れておったので、龍が多いし主には良いのではないか。」

帝羽は、少し興味を持ったように身を軽く乗り出した。

「月の宮?書で読んだ。新しい宮であるの。我の父が判明したら、我はその父に従わねばならぬだろうが、父が判明せなんだら、そこへ世話になれるだろうか。蒼殿が良いと言うてくれたら、我は気兼ねのない宮で落ち着きたいものよ。」

維明は、微笑んで頷いた。

「蒼ならば、絶対に良いと申すはずぞ。我からも頼んでみようぞ。しかしそれより先に、主の父を探さねば。」

それには、帝羽は視線を落とした。維明は、気遣わしげに帝羽を見た。

「帝羽?」

帝羽は、ふっと息をついた。

「別にの、もう良いかという心持ちであるのだ。」維明が驚いた顔をしている。帝羽は続けた。「よう考えても見よ、我が母はなぜにあのような場所でたった一人で住んでおったのだ。我は物心ついた時にはあの屋敷に居って、母と二人きりだった。誰も、世話をするような侍女すら居らぬ。母が死んだ時も、ついには顔を見せることがなかった。父は、我の存在など知らぬのではないか。というよりも、母のことすら覚えてもおらぬのではないか。母は仮初めの一夜を過ごして捨て置かれた、哀れな女であったのだ。今更に出て参って、宮を乱すようなことになるのは本意ではない。これがもし、主の父王であったならどうする?大変な事になっておったのではないのか。」

それを聞いた維明は、もっともな事に下を向いた。確かに、ここまで行方を探す事もなかったのだ…知らぬのだろう。母の事も、忘れているとみた方が自然だ。維明が黙っているので、帝羽は続けた。

「龍玉があったからこそ、一目己の父を見てみたいと思うたまでのこと。だが、あれは偽りだった。ならば、別に会いたいとも思わぬのだ。我は我であるから。我の父は桐なのだ。それで良い。何度も申すが、皇子の身分など要らぬ。それよりはこの身一つで必要とされる場で役に立って生きて参るのが、今の我の望みぞ。」

維明は、この自分とさして歳の変わらぬ帝羽を、畏敬の表情で見つめた。こんな歳で、もうそんなことが言えるのか。

帝羽は、そんな維明に気付かず庭の方へと目を向けた。その横顔は美しく、確かにどこかで見たような顔立ちだった。どこかで会ったような…。

維明は、ただ黙って帝羽の横顔を見ていた。

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