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動き

日が、昇り始めていた。

維心は目を覚まして、隣りの維月を見た。すると、いつもは日が高くならないと起きない維月が、維心が微かに動いただけで目を開けた。維心は、驚いて維月を抱き寄せ、額に口付けた。

「どうした?いつもなら、揺すっても起きぬほどなのに。」

維月は、苦笑して維心の背に腕を回した。

「よく眠れませんでしたの。維明が気になって…。」

維心は、苦笑して小さく息をつくと、維月の髪を撫でた。

「維月、義心がついておるのだ。あれに何かあることはない。何かあるとしたら、帝羽の方よな。それにしても、我は前世もう維明の歳には王座に就いて殺戮の現場に立っておったのに…あれはあまりに修羅場を知らなさ過ぎるのだ。甘やかせ過ぎたのやもしれぬ。このままでは、あれは腑抜けと言われようぞ。」

維月は、維心を見上げた。

「でも、太平の世なのでございます。それも、致し方ないことではありませぬか。」

維心は、首を振った。

「見せ掛けだけの太平ぞ。世を乱そうとしておる輩は、まだ居るわ。我の力を恐れておるゆえ、おとなしくしておるだけよな。このままでは維明の代には龍はどこかに攻め込まれるようなことにならぬとも限らぬ。やはり維明も、少しどこかへ修行に出すべきか。」

維月は、心配そうに維心を見た。

「どちらへですの?」

維心は、ぽんぽんと維月の頭を叩いた。

「そこは、我に任せよ。維月、過保護は未来の龍王のためにはならぬぞ。分かったの。」

維月は、仕方なく頷いた。すると、侍女の声が戸の外から言った。

「王。お目覚めでしょうか。」

維心は、横になったまま答えた。

「起きておる。何ぞ?」

侍女は続けた。

「維明様、義心様、帝羽様をお連れになってお戻りでございます。」

維心は、頷いた。

「居間で待たせよ。」

「はい。」

侍女の気配が戸の前から去った。維心は、半身を起こして維月を見た。

「さあ、戻ったぞ。参ろうか。」

維月は、頷いて維心と共に寝台を降り、着替えを手伝うと、居間へと向かったのだった。



その頃、箔炎は月の宮を訪れていた。

碧黎が、まずは友を訪問せよと言ったからだ。しかし、維心と炎嘉は今、鬱陶しく水面下で動く輩の相手で忙しいことは知っていたので、とにかくそれらに一番近い位置にいる蒼の所へ行ってみようと思ったからだった。陽華も連れて来ようかと思ったが、陽華はしばらくは月の宮には帰らない、と言って地の宮に残った。

箔炎が案内されて蒼の居間へ入って行くと、珍しく十六夜も共に出迎えてくれた。

「何ぞ?珍しい。」

箔炎が言うと、十六夜は答えた。

「到着した時上から見てた蒼が、お前の寿命が延びてると大騒ぎしてたんで見に来たのさ。ほんとだな、100年ほど延びてる。おふくろのヤツにそんな力があったのか。」

すると、箔炎は苦笑して首を振った。

「違う、これは碧黎ぞ。我を訪ねて参って、まだ責務があると申す。あれは、主らには話しておらぬか。」

十六夜は、笑って首を振った。

「親父はいちいちオレ達にそんなこと報告しねぇ。聞けば話したろうがな。そうか、責務が残ってるってか。何の責務だ?」

箔炎は、ため息をついた。

「我が聞きたいわ。友の宮を回れば良いようなので、何か分かるかとこちらへ参った。」

蒼が、箔炎が立ったままなのを見て、慌てて椅子を勧めた。

「どうぞ、お掛けください。でも、箔炎様の友なら、維心様や炎嘉様のことでは?」

箔炎は、椅子に座りながら、また首を振った。

「今、あやつらに何を言いに行っても無駄ぞ。わかっておろう…北のあれが秘かに動いておるゆえ。」

蒼は、固まった。そして、十六夜と顔を見合わせる。それを見た箔炎は、眉をひそめた。

「…聞いておらぬのか?」

蒼は、首を振った。

「聞いておりません。ただ、緑青と輝重の動向を報告させるのを義務づけ、逆らうようなら気の供給を断つように言われました。」

箔炎は、考え込むように息をついた。

「さもあろうの。輝重はどうあれ、緑青は…」

箔炎が言いかけると、蒼が真剣な顔をしてじっと自分を見ているのを感じ、箔炎は落ち着かず椅子の背に深くもたれ掛かった。

「言うて良いのかどうか。あれは、主に話しておらぬのだろう?」

それには十六夜が答えた。

「聞かねぇから言わないだけかもしれねぇ。蒼が、神世に関わらないと宣言したしな。必要なことだけ話してるだけって感じだ。隠すつもりもないみてぇだし。」

箔炎は、しばらく考えていたが、頷いた。

「まあ確かに、蒼が知ったからどうにかなるものでもないからの。良い、では話そうぞ。」

箔炎は、椅子に座り直した。

「その前に、輝重と緑青はどうよ?何か変わった動きはあるか。」

蒼は、首を振った。

「いいえ。いつもと変わらず宮に居て、政務をしておっただけ。内容を見ても、確かにそれだけの事をこなすには一日掛かるだろうといった感じで、怪しい所はありません。何しろ結界が繋がっておるので、気が気取れるから不在ならすぐに分かるのです。」

箔炎は、それを聞いて眉を寄せた。

「…一日宮に?輝重はそういう性格だが、緑青もか?」

蒼は、ハッとした。確かにそうだ。緑青は、三日に明けずここに来て、よく話して帰る王だった。ここに来ない時でも、よく友の宮に行って来たと話していた。それが、ここのところ出掛ける様子もない。監視されていると思うと、沈みがちなのだろうか。

「はい…確かに、出掛けてはいないようでございます。」

箔炎は、頷いて話し始めた。

「我も宮に長く篭っておって、軍神達の報告でしか深くは知らぬが、まだ維心が前世統治していた頃。炎嘉も存命で、二人で世を二分していたの。その頃、ある宮の王…序列は上から二つ目。その王が、会合の後の宴席で、侍女を見初めての。確かにその宮には美しく嗜み深い女しかおらぬから、ようそんなことはあったのだがな。」

蒼は、じっと聞いていた。十六夜は、イライラと先を促した。

「そんな千年以上前の事が何だよ。」

箔炎は、呆れたように言った。

「何事も順序があるのだ。黙って聞け。」そして、続けた。「そして、その宮の王に、侍女を娶りたいと申し出た。王は、自分の眷族を不幸にせぬなら良いと言った。侍女は気が進まぬようだったが、王の命なのでそこへ嫁いだ。」

十六夜は、まだイライラしている。蒼は、十六夜を小突いた。

「事の起こりなんだから、聞かなきゃ先が分からないんだよ。」

箔炎は、頷いた。

「そうよ。落ち着け。月はせっかちよな。」そして、また続けた。「その場はそれで済んだ。侍女も王に嫁ぎ、そしてその王の子を産んだ…だがしかし、その眷族はな、我が鷹族と同じで、誰の子を産んでも、生粋の同族を産む。つまり、その王の子でありながら、王の子ではないように王には見えた。自分の眷族ではないからの。もしもその子が王座にでも就けば、相手の眷族になるのだぞ?面白くない…どころか、支配されてしまうわな。」

蒼は、目を見張った。聞いた事がある…。強い血を持つ眷族。それって…。

箔炎は、蒼の顔色に気付いていたが、先を続けた。

「普通は娶る時分かるものだろうが。なのに、その王は恐怖のあまり、生まれでたばかりの我が子を殺し、あろうことか己の妃であるその侍女まで切り捨てた。そしてそれは、侍女の眷族の王の知るところとなった。」

蒼は、己の事のように身震いした。

「箔炎様、それって…。」

箔炎は、頷いた。

「維心よ。」箔炎は、頷いた。「己の眷族が、そのように殺された事を知らされた維心は、激怒した。だが、侍女のことであるから、維月に対してほどのことでは無かったがの。」

「維月だったら、髪を一本切られただけでも攻め滅ぼしただろうがな。」

十六夜も、深刻な顔をしている。箔炎は、苦笑して頷いた。

「そうであろうの。だが、侍女も同じ龍。維心の守るべき同族なのだ。見てみぬふりは出来ぬ。維心は、次の会合の席で、炎嘉の同意も得てその宮の序列を下げた…未来永劫、三つ目の序列にな。」

蒼は、少しホッとした。その王を殺したのかと思ったからだ。

しかし、箔炎は厳しい顔をした。

「たかが序列ではないぞ、蒼よ。神にとって、それは力。実質的な力は変わらずとも、それからは全て下の序列と同じ扱いになるのだ。政治的な発言力も下がる。現に、上から二つ目までは主テーブルに座るが、それより下は皆横並びに後ろの椅子に座るであろう。その屈辱は、並みではない。まだ滅ぼされた方がましだったやもな。」

蒼は、そう言われて確かにそうだ、と思った。生まれながらにその序列に座っていたならいざ知らず、自分が父王に譲り受けたのはその上に序列だったのだ。なのに、自分の代で序列を下げられ、そこから未来永劫、子、孫にとその序列を引き継がねばならない…。

その王の、落胆はどれほどだったんだろう。

蒼が思っていると、箔炎が続けた。

「その王も、その屈辱に耐えられなかったのだろう、それからすぐに体を悪くして世を去り、息子が王として即位した。もちろん、序列は三つ目のまま。現在は、その次の王、鵬明がその宮を継いでおる。」

その名を聞いて、十六夜が険しい顔をして身を乗り出した。

「つまりは、その怨嗟の気持ちは、孫の鵬明の代まで受け継がれてるってことだな。」

箔炎は、頷いた。

「恐らくはの。しかし表立っては何も気取れずに来た…維心は、神世を広く見ておるから、もちろんのこと鵬明が、まだ自分に何らかの恨みを引きずっていることは気取っていた。神のちょっとしたいざこざなども、元を辿るとふっつりと途絶える。だが、そこにいつも鵬明の影を見るのだと、維心は言っていた。証拠が出ない限り、表立って維心から何某か仕掛けるわけにも行かぬ。鵬明は巧みで、自分の配下の宮の王に指示してやらせる。しかし、その指示は書状など残るものでは絶対にしない。なので、維心も分かっていながら手が出せずにいる。」

蒼は、心配そうな顔で箔炎を見た。

「その…鵬明は、緑青の昔からの友だと。もしかして、維心様は緑青のことも疑って、だからこそこうして監視するように言われたのでしょうか。」

箔炎は、じっと蒼を見て、そして首を振った。

「蒼よ、やはり主は神世に関わらずに正解よな。違う。緑青が怪しいと思うておるなら、主にわざわざ正式に面と向かって主らを監視する、などと言わせると思うか?そうではなくて、これは鵬明に行動させるための策よ。」

蒼は、驚いた顔をした。

「え…緑青を監視することで?でも、緑青はさっきも言った通り、最近は宮へ篭りがちですし、鵬明と話すこともないかと思うのですが。それに、友に不利になるようなことを、緑青がこちらへ報告するでしょうか。」

箔炎は、ぐっと眉を寄せて窓の外、結界の向こうの、緑青の宮の方角を見た。

「…だからこそ、よ。蒼、なぜに緑青は出かけぬのだ。おとなしくしておらねばならぬ、何があるのだ。主から監視すると言われた緑青の反応はどうであった?もしかして、憤って出て行ったのではないのか。」

蒼は、見ていたようにそう言われて、ためらいがちに頷いた。

「はい…一時は誰かの下に下るのが嫌だと、一族で滅ぶことを選んでいた王でございますから。」

箔炎は、頷いた。

「ならばそれを、誰かに愚痴ると思わぬか?今まで何も言わなかった主が、そんな指示をして来るからには維心や炎嘉の影があるのは、誰しも分かること。」

蒼は、悟って立ち上がった。

「まさか…!箔炎様、でも緑青は…!」

箔炎は、厳しい表情を崩さずに、息をついた。

「…放って置けば、戦が起きる。その際の犠牲に比べれば、たった一人の王の命など、維心の前には何でもないのだ。受けるにしろ、受けないにしろ、本人の意思であるのは間違いないからの。」

蒼は、悟っておろおろと結界の向こうを臨んだ。では、緑青はこのための捨石にされたのか。監視されることへの不満を、鵬明に話すことで鵬明が緑青を抱きこむことに成功しやすいようにと…緑青が組みすれば、より分かりやすくなる。なぜなら、月の宮と接近しているあの状態を、利用しないはずはないからだ。

十六夜は、ただ黙って結界を見ていた。

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