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追跡

維心は、自分の居間でため息をついていた。あれが我に逆らって結界を破る手伝いをしようとはの。

維月は、そんな維心を見上げて言った。

「…陰の月の力が、使われましたわ。」と、北東を指した。「あちらの、方角で。」

維心は、頷いた。

「我が見ておるだろうことは、あれにも分かるであろうにの。これがあの、主が言うておった反抗期とかいうやつであろうか。我にはなかったゆえ、分からぬが。」

維月は、窓に寄って月を見上げた。そうして、じっとそのまま見つめて言った。

「…北へ方向を変えました。義心達が昼間に調べに行った方角と同じですわ。」

月から、その様子を見ているのだ。維心は、同じように月を見上げた。

「そうか。ならばやはり、生家を目指しておるのだな。」

義心が、二人の後ろに膝を付いて控えている。維心は、義心の方を振り返った。

「して、どこまで調べがついた。」

義心は、頭を下げた。

「は。北の、帝羽殿が言うておった屋敷はもぬけの空でありました。誰一人として、住んでいた痕跡すら残っておりませなんだ。周囲に聞き込みましたところ、あの辺りにははぐれ者の軍神がよく立ち寄っていたとのことでございまするが、何分ならず者扱いでありまするので、皆近寄らないようにしていたそうでございます。」

維心は、眉を寄せた。

「…周到なことよ。どうあっても、己に繋がらぬように考えておるのか。」

義心は、頷いた。

「は。恐らくは王が疑っておるあの王が、どこか下位の宮の王に命じてあれらを使わせておったのではないかと思われます。帝羽殿は、幼い頃よりその気の力を知り、利用しようと育てられた可能性が強うございまするな。此度満を持して龍の宮へ送り込んだものの、思うような働きが出来なかったので、おびき出したとすると、恐らく…。」

維心は、頷いた。

「主、参れ。維明だけでは実戦では不利。帝羽は、生かしておかねばならぬ。あれから漏れては困ることがあるからこそ、消そうとしておるのだ。おそらくは、そのならず者達もの。」

維月は、口を押さえた。消そうと…そんなに長く、帝羽を育てて置いて?

義心は、すぐに頭を下げて、サッと立ち上がると飛び立って行った。維心は、それを見送って言った。

「まあ、良い学びになろう。維明は、あまりに平和な中で育ちすぎておったのだ。我など何度暗殺者に襲われたことか。将維ですら、幼い頃に一度さらわれておる。未来の龍王が、平和の上に胡坐をかいておるような王ではならぬ。」

しかし、維月は気が気でなかった。

「そのような!維心様、維明は経験が少ないのですわ!それなのに、たった一人で帝羽に付いて行ってしまったなんて…。」

維心は、苦笑した。

「過保護ではならぬぞ。神世の厳しさも知らねば、王にはなれぬ。なに、義心も行った。それまでぐらい、持ちこたえるであろうよ。」



帝羽と維明は、声が誘導する場所へと警戒気味に飛んで行った。途中、帝羽が住んでいたという屋敷も通りかかったが、そこはもう、もぬけの空だった。

「恐らくは、追手を避けるため。」帝羽は、飛びながら維明に言った。「桐は、今まで指示を受けていた先の王から、狙われておるのだと聞いた。ここに居ては危ないと、潜んでいるのだろう。」

維明は、固唾を飲んで頷いた。つまりは、その宮の正規の軍が狙っているということか。

「ならば、急がねばならぬの。正規の軍隊になど襲撃されては、一溜まりもないだろう。」

帝羽は、心持ち青い顔をして頷いた。

「まだ、無事でおってくれれば良いが。」

帝羽は、声の指示に従って、何の手入れもされていない森へと降りて行った。そこは、真っ暗で月の光すら通さない場所で、確かに潜むなら絶好の場所だろう。

帝羽が、ふと耳を澄まして、そして維明を振り返った。

「この、奥らしい。」

帝羽は、森の奥深くにぽっかりと開いた高さ二メートルほどの小さな洞窟に、先に立ってためらいもなく入って行く。

維明は、足場の悪さに驚きながらも、帝羽についてその穴へと入って行った。


奥へ奥へと進んで行くと、突き当たりに、ぼんやりと光る場所を見つけた。そこに、神が一人座って、そうして手を翳して光を作っているのを見て取った。すると、それが見えるや否や、帝羽は一気に飛んでそちらへ向かった。

「桐!」

それは、甲冑を身につけた、がっちりとした体型の、茶色の髪の男だった。もう、歳は500歳ぐらいだろうか。相手は、帝羽を見て薄っすらと微笑んだ。

「帝羽。戻ったか。」

帝羽は、頷いた。

「主が狙われておると聞いて…しかし、他の仲間はどうした?なぜに、こんな所に居る。たった一人で居ては、襲撃された時不利であろう。」

桐は、帝羽を見た。

「帝羽よ、何を言うておる。我は、一人ではない。」

そう言ったかと思うと、回りが急に明るくなった。帝羽が、何事かと構えると、回りにはどこかの宮の軍神らしい、きちんとした甲冑を身につけた神達が十人、ぐるりと壁際に、まるで囲むように立って刀を構えていた。帝羽は、桐を見た…桐は、言った。

「言うたであろうが。決して、信じてはならぬと。己が見たもの調べたものだけを信じよと。」

帝羽は、桐を睨んだ。

「…やはり、我を謀ったのか。龍王の皇子などではないと、知っておったのであろう。」

桐は、頷いた。

「龍王ほどの地位があって、なぜにこんな場所に子を隠しておかねばならぬのだ。そんなはずはあるまいが。あったとしても、龍玉などを与えるはずはない。あれは、次の王に譲られるものだ。まだ素質も分からぬ我が子に、簡単には与えぬ。」

帝羽は、唇をかみ締めた。

「ならば、なぜに我を育てた。主に何の得もあるまいが!」

桐は、肩をすくめた。

「いつか役に立つと命じられたからよ。退屈な任務であった。」

何と馬鹿だったのか…我は、こんな男を親とも思って慕っておったのか!

「ならば、遠慮はすまいぞ!」帝羽は、刀を抜いた。「掛かって参れ!」

回りの軍神達が、一斉に構える。桐は、手を振った。

「ああ、主らは手を出さぬのであろう?」と、刀を抜いた。「我に任せよ!」

よく見ると、他の仲間も岩に張り付くようにして浮いている。そして、こちらを見て叫んだ。

「帝羽!」

様子がおかしい…それに、維明はどうなった。

しかし、帝羽はそれを確認できるだけの余裕がなかった。桐が突っ込んで来る…!

帝羽は、必死に桐と戦っていた。


維明は、帝羽と共に入った洞窟の入り口で、突然に義心に後ろから羽交い絞めにされて、洞窟の外へと引きずり出されていた。そのままずるずるともがきながら義心に引きずられて洞窟から離された維明は、義心の手を振り払って言った。

「何をする、義心!帝羽を、一人に出来ぬのだ!」

義心は、維明を鋭く見た。

「維明様、これは遊びではありませぬ。中には、およそ20人の軍神が居りまする。」

維明は、仰天した。

「それは、帝羽の仲間か?」

義心は、首を振った。

「かつての仲間。半数はそうでありまする。」

維明は、冷たいものが背筋を流れた。つまり、後半数は…。

「…敵が、待ち構えておると。」

義心は、頷いた。

「はい。恐らくは、帝羽殿を消し去ろうとする輩が仕組んだことでありましょう。」

維明は、急いで洞窟の方を向いた。

「ならばもっと一人になど出来ぬ!」

すると、義心がそれを留めた。

「我が参りまする。維明様、これは普通の戦闘ではありませぬ。決まった型で切り込んで来るような輩は、一人も居らぬでしょう。龍の皇子が来ているとなれば、間違いなく殺しにかかる。ここで待っていてくださいませ。」

維明は、首を振った。

「我にも何か出来よう!」

義心は、キッと維明を睨んだ。

「今の維明様では、足手まといになるだけでございます。ここでお待ちを。」

維明は、ショックを受けた。足手まとい…。技術だけでは、駄目だと申すか。

義心は、心を鬼にして、そこを離れて単身洞窟へと飛んだ。

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