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父は

帝羽は、謁見の間に呼び出されて、膝を付いていた。

ここは、大変に大きな部屋で、正面の数段高い場所には、王座が設えられている。じっとそこで待っていると、臣下の兆加が現われて、言った。

「龍王、維心様、王妃、維月様のお越しでございます。」

帝羽は、慌てて深く頭を下げた。王と、王妃が来られたのか。

頭を下げる帝羽の前、数段高い場所に、驚くほどに大きな気が、感じたこともないような癒しの気と並んで移動しているのを感じた。それが龍王と王妃なのかと驚いていると、低く深い声が言った。

「帝羽。表を上げよ。」

帝羽は、小刻みに震えながら顔を上げた。そこに居たのは、将維と維明と全く同じ、独特の深い青い色の瞳に、黒髪の、それは美しい神が座って自分を見ていた。その気は強大で、とても抗えない強さを感じた。その隣りには、気が強そうでありながら、優しげでこちらを包み込むような癒しの気をまとった、こちらも美しい女神が座って、その王に手を取られていた。思わずその気に引き込まれそうになった帝羽は、慌てて気を遮断した…この気は、飲まれる。

それを見ていた王が、フッと笑った。

「良い判断ぞ。」帝羽が何のことかと驚いていると、続けた。「我が妃の気、特殊での。まともに受けると、大概が骨抜きになってしまうわ。我のようにの。」

維心は、皆の面前でも、遠慮なく維月の頬に自分の頬を摺り寄せた。維月は、困ったように微笑んだ。

「維心様…。」

帝羽が、何と答えようかと困っていると、維心は言った。

「帝羽、主は我の子ではない。」突然のことに、帝羽は目を見張った。維心は続けた。「気を読めば一目瞭然ぞ。恐らく、維月も知ったはず…維月は、月であるから、神よりより深くその神の奥底まで見ることが出来るのだ。」

維月は、帝羽に言った。

「あなたは、維心様のお子ではありませぬ。しかし、その心に偽りも、そして悪意もありませぬ。私は、あなたの中に闇を気取りませんでした。」

帝羽は、そんなことまで分かるのかと驚いたが、しかし顔を上げて維心を見上げた。

「では…あの玉は?我は、一体誰の子であるのでしょうか。母が、何も言わずに世を去ってしもうたゆえ、我には何もありませぬ。育ててくれた軍神が、100年前に母から預かったものだとあれを我に託し、それゆえこちらへ参った。しかし、それは偽りであったと?」

維心は、頷いた。

「帝羽よ、こちらで調べた結果、龍玉が持ち出されたのは、ほんのひと月ほど前のことだと判明した。」

帝羽は、目に見えてショックを受けた。何だって…ひと月前?!

「では…我は、ここから持ち出されてすぐにそれを、手渡されたということになりまする。」帝羽は、冷静に言った。「ひと月ほど前、それを受け取り、それが何であるかを確かめるためにそれまで世話になっておった軍神の屋敷を出た。では、あれは偽りであったということなのですね。」

維月は、気遣わしげに帝羽を見、そして維心を見た。維心は、頷いた。

「そうであるの。今、我らも調査中であるが、神世にはいろいろな動きがあるのだ。帝羽よ、もしかしたら主は、何かに利用されておるのやもしれぬ。それが明らかになるまで、主の親のことは待つが良い。全て片付いたら、我の力でもって主の親を探してやろうぞ。」

帝羽は、下を向きながらも、言った。

「お気遣い、痛み入りまする。つまりは我は、これが無事解決するまでこちらへ足止めということに?」

維心は、片眉を上げた。思いの外、頭の回転が速い。

「そういうことになるの。どんな輩が主を狙って来るかも分からぬし、どう利用しようとするかもわからぬ。主は龍であるし…我が眷属であるのは確かなのだから、ここで龍として学ぶのも良いのではないか。」

帝羽は、頷いた。

「父のことは全く分かりませぬが、母は龍でありましたので。よう分かりませぬが、我も龍なのでしょう。」

維月が、驚いた顔をした。

「まあ。それも知らずに来たのですか?」

帝羽は、自嘲気味に笑った。

「はい。龍身も、取ったことがありませぬ。何しろ、回りはそんな術を知らぬし、我もそんなことが出来るとは、采様の宮へ行って書を見るまで知らなかった。そして、我が龍なら父も龍だと思い込んでおり申したが、母が龍だったと聞いておることから、必ずしもそうではないことを知った。」

維心は、頷いた。

「龍は、誰と交わろうと龍を産む。同じ性質を持つ鷹ですら、龍と交わると龍が出来る。しかも半龍ではなく、完全な龍をの。そうやって、龍は栄えて参ったゆえ。」

帝羽は、維心を見た。

「はい。それすら、我は知らずにおりました。」

維心は、頷いて立ち上がった。

「我が子ではないが、我が眷属よ。宮の客間を許すゆえ、その間に己を学ぶが良い。そうしておる間に、此度のことも解決しようぞ。さすれば、主の父を探すとしよう。」

帝羽は、維心に頭を下げた。

「は。感謝致しまする。」

維心は頷くと、維月を促してその場を歩いて出て行った。

帝羽は、その背に頭を下げながら、実は見た瞬間に父親ではないのだと直感していた…気が、違う。龍王が言っていることは真実だ。血の繋がりを感じない。では、我に龍玉を与えたあの(きり)は…我を謀っていたのか。それとも、桐自身が誰かに謀られていたのか。分からない…自分は何に巻き込まれておるのだ…!



鵬明は、膝を付く李俊に言った。

「そうか。では、公青は鷹と結ぶとな。」

李俊は、頭を下げた。

「は…まさかこの時期にあの数の縁談の中から、あちらがこれほど迅速に選ばれるとは思いませず、油断致しました。」

鵬明は、クッと笑った。

「まあ、こちらは年寄りであるし、あの皇女にとってもそちらの方が良い縁であろう。」

李俊は、慌てて頭を上げた。

「そのような!王として、こちらの方がいくらか偉大であられまする!」

鵬明は、苦笑した。

「別に良いわ。ちょうど、もう良いかと思うておったところ。公青の力は必要ないと見る。」

李俊は、驚いた顔をした。

「しかし…まさかの時の軍は。」

鵬明は、首を振った。

「あれより、余程信頼出来る味方が出来た。」相手が不思議そうに見るので、鵬明は続けた。「緑青よ。」

李俊は、あからさまに仰天した顔をした。まさか…巻き込まぬとおっしゃっていたのではないのか。

「しかし…しかし王、」

鵬明は、首を振って窓の方を向いた。

「何も申すな。もう、決まった事よ。」

李俊は、その背にグッと黙った。緑青様…何があろうと、緑青様だけは巻き込みたくはないと、今まで密かに動いていらしたのではないのか。公青が挙兵した時も、緑青様の宮を通ることを知って、それに加わるのを断念されたのではなかったか。そう、公青すらも利用して、どうにかして龍王や炎嘉様の独裁を変える機を作ろうと思うておられたにも関わらず…。

それを、今違えると。そこまで、王は追い詰められておられるのか。

李俊が、黙って膝を付いているのを、ちらと見た鵬明は、微かに息をついた。そして、言った。

「李俊よ…我は、焦っておるのやもしれぬ。」李俊は、顔を上げた。鵬明は、己に呆れたように笑っていた。「緑青は、ただ蒼から自分の動きを知らせろと言われたのが悔しくて、我に愚痴をこぼしに来ただけであったのにの。いつものように、仕方のないことだと、愚痴を聞いて帰せばよかったのだ…なのに、我はあれを口車に乗せてしもうた。共に、同じ志に向かえればと、ずっと願っておったゆえ…つい魔が差したの。気がつけば、あれは我に力を貸すと申した。月の宮に密着しておる、あの地の王である、あれがの。」

李俊は、その事実に気付いて見る見る目を見開いた。そうか、緑青様の宮は、一部を月の宮と結界まで繋がっている。気を月の宮領地から、緑青の宮へと送るためだ。ならば、それを利用することは出来るのか。何か…。

鵬明は、李俊の表情を見て、頷いた。そして、表情を険しくした。

「緑青まで巻き込むとなると、もう後には退けぬ。送り込んだ帝羽は宮を乱すことは出来なかった。前世より、陰の月は思慮深くなっておるようよ。龍王も機嫌よくしておるらしい。この上は、あまり余計なことを話さぬ間に、始末させよ。」

李俊は、表情を固くした。

「…100年もの間、何かの役に立つと世話しておりましたので…。」

鵬明は、李俊を見た。

「主が世話しておったのではあるまい。あれに指示せよ。帝羽を殺れるのは、あれしか居らぬだろうからの。その後は、主に任せる。」

李俊は、下を向いたまま、しばし黙った。自分に任せるということは、消せということか。つまりは、帝羽に関わったものは、消し去ってしまえと。

「王…ですが桐は、もはやあの屋敷は引き払って身を潜めておりまする。龍王の手の者も、探し出すのは困難かと。」

鵬明は、じっと李俊を見た。

「帝羽を殺るには、おびき出さねばなるまい。そうなると、目に付くやもしれぬ。万が一にも、ここへ繋がることを残すわけには行かぬのだ。我が民と、今や緑青のためにもの。我は、いくらでも非情になろうぞ。」

李俊は、拳を握り締めた。そして、サッと頭を下げた。

「は!仰せの通りに!」

李俊は、出て行った。

鵬明は、もはや引き返すことが出来ないのだと悟った。緑青の命まで、自分は握っているのだ。友を道連れにするわけにはいかぬ。絶対に、気取られてはならないのだ!

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