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告白

維月は、侍女達と共に部屋へと戻った。まだ維心は戻っていなかったが、戻って来たらどんな顔をして迎えればいいのかと沈んだ。きっと維心だって男だから、何かの折につい、ということがあったのかもしれない。でも、現に維心は自分を愛して側に置き、あのように離縁した後ですら、維心は誰も迎えなかった。そして、また自分を許して側に置いてくれると言ってくれた。だから、ここで強く問いただしてもいけない。

維月は自分に、必死に心の中で言い聞かせていた。表に出してはいけない。維心様だって、きっと折を見て話そうとしてくれておるはず…。何にしろ、その子には罪はないのだ。自分は正妃なのだし、気を大きく持って…。

それでも、維月の頬に知らず知らずの内に涙が流れた。どうして、人の記憶なんて持って生まれたのかしら。これがなければ、神世の女と同じように、王ならば多数の妃が居て当然という、常識を受け入れて生きて来られたはずなのに…。それに、自分には十六夜だって居るじゃない。嘉韻だって…それでも、維心様はああして耐えて来てくれているのだ。自分も耐えなきゃ。愛してるんだもの…。

維月が必死に感情を抑えて涙を拭い、平静を装おうとしていると、後ろから声が聞こえた。

「維月。」

維月は、仰天した。維心様の声。何の気配もなかった…!

「は、はい。」維月は、慌てて背筋を伸ばすと、何とか微笑んで振り返った。「もう、お仕事はお済みになりましたか?」

維心は、思いつめたような顔をしていた。そして、大股に維月に歩み寄ると、突然に維月を抱きしめた。維月はびっくりして言った。

「あ、あの…いかがなさいましたか?」

「すまぬ。」維心の声は、震えていた。「すまぬ…主に辛い思いをさせてしもうた。」

維月は、維心を見上げた。どうしてそんなことを。

すると、維心は自分も涙ぐみながら、維月の頬をそっと撫でた。その後がひんやりして、維月は自分がまた涙をこぼしてしまったのだと知った。維月は、表情を崩した。

「維心様…。」

ぼろぼろと涙をこぼす維月に、維心まで涙を流しながら言った。

「どこからか、耳に入ったのであろう?子のことがどうのと…。我に覚えはないのだ。だがしかし、それが真実だと知ってもらうまで、主をどれだけ苦しめるかと、言い出せなかった。龍玉まで出て参って…我は、あれが宝物庫から持ち出されたことすら知らなんだ。我の結界が張ってあるにも関わらず…ゆえ、更に我にとり、分の悪いことになってしもうておる。」

維月は、維心を見上げて涙を拭った。

「維心様、良いのですわ。子に罪はありませぬ。私は…そのように、聞き分けのないことを言うたりは致しませぬから。維心様にも、そのようなことがおありになっても、仕方がないかと…。」

しかし、言った端から維月は涙を落とした。維心は、たまらなくなってまた維月をぐっと抱きしめた。自分が維月を悲しませている事実に、耐えられなかったのだ。

「維月…!ほんに我は主以外など手を付けた覚えはない。前世今生あわせて主だけしかこの手に抱いて来なかった。なのに、今更にそのような行きずりで誰かに手を付けるなどあろうか。誰も信じておらずとも、主だけは信じて欲しいのだ。我には、本当に主だけなのだ。心を繋いでも良い。我は主に偽りなど申しておらぬ。」

維月は、維心を見上げてその瞳を見つめた。維心の深い青い瞳は、悲しげに維月を見つめている。維月は、その目をじっと見て、頷いた。きっと、誰も信じてくれないような状況なのだ。自分が、維心を信じてあげなくては…。

「はい。」維月は、しっかりとした口調で言った。「信じまするわ。維心様は、偽りを申しておられませぬ。」

維心は、維月がそう言った途端、ホッとしてまた涙が流れた。維月は、憤ったりしなかった。きちんと話せば、分かってくれたのに。我は、余計なことを案じて、維月を余計に苦しませてしまったのかもしれぬ…。

維月は、維心の涙を自分の袖で拭った。

「さあ、ではお話を聞かせてくださいませ。一緒に解決して参りましょうね。維心様に覚えがないとすると、いったい誰が何のためにそのようなことを…その、帝羽という神自身が願ったのか、それとも、誰かが策したのかもしれませぬし。そうしたら、宮を乱そうと考えている輩が居るのかも…。」

維心は、頷いて維月の肩をそれは大事そうに抱くと、居間の方へと歩いた。

「今この時期のことであるし…元々、我と義心が宮を離れたら、恐らく何か仕掛けて来るであろうと踏んでおったのだ。そこに、あの催しがあったし、そこに見知らぬ神が出て参ることを事前に知っておってな。調べて捕らえて吐かそうと思うておった矢先…その神が、龍玉を出して参って混乱しておるという始末。将維からの報告によると、帝羽自身は何も策しておらぬようだと。ならばと、その背景を今、義心らが調べておるところぞ。」

維心は、居間の椅子に維月を伴って座った。維月は、維心に寄り掛かりながら胸に頬を摺り寄せた。維心は、その仕草に愛おしくて、そのままぎゅっと維月を抱きしめた。もう、どうでもいいような気がして来た…維月さえ居たら。

しかし、維月は考え込むような顔をして、維心を見上げた。

「何も知らぬ軍神などを、いくら手だれとは言うて宮へ送り込んで、何のメリットが?相手の望みは何でありましょうか。」

維心は、真剣な顔をした。

「分からぬ。本当に分からぬのだ。炎嘉も義心も、考えあぐねておるところ。」

維月は、首をかしげた。こんなことがあって、困るのは誰だろう。ほとんど間違いないと言えるほど、完璧な証拠を備えた皇子候補が出て来たとして、そうなったら宮はどうなっただろう。

「…本来ならば、宮へ戻ってこの事実を共に聞いたはずですわ。そうしたら、維心様が否とおっしゃっても、状況から事実はそうであると皆に思われてしまったでしょう。事実そうであっても、認知しない親として。」

維心は、頷いた。

「その通りよな。そして、前世のことを考えても、主は烈火のごとく怒って、里へ帰ると考える。あの時、主は貴子(きし)が我が妃になったと思い込んで、姿を消したの。我とて主がそう行動すると思うて、事実ではないのに言い出せずにいた。」

維月は、目を丸くした。確かにそうだ。前世の私は、今より短気で維心様の話をろくに聞かなかった。その反省からか、今生ではもう少し落ち着いて見れるようになっていたのだわ…。

「それは、きっと神世の誰もが知っておりまするわね。あれほど派手に騒いだのでありまするから。」

維心は、苦笑して頷いた。

「知っておるだろうの。我はあれで、主がおらぬから呆けてしもうて、体も痩せ細り、最後には殺しに来た女ですら避けようともしなかった。龍王は正妃が居らぬと生きては行けぬと、誰もがあれで周知した出来事であったし…。」

維心が、維月に唇を近付けたが、維月は何かを真剣に考えていて見ていなかった。

「維心様!ならば、宮を乱すためですわ!やはり、私を出て行かせようとしたのです。そうして、維心様がまた、あのように力なく気力なくなるのを、望んで!」

維心は、維月が勢い良く動いたので、顎を維月の頭で打った。維月はびっくりして慌てて維心の顎を撫でた。

「も、申し訳ありませぬ。」

維心は、顎を撫でながら頷いた。

「良い。つまりは、我の力を無くすためか。だが、前世のように思うようにはならなんだの。」

維月は、頷いた。

「はい。この後の策も、それで崩れるのなら良いのですが…」維心は、眉を上げた。維月は続けた。「だって、そうではありませぬか。維心様の力を奪って、然る後に始末しようと考えたのでしょう。力を奪うだけなんて、おかしいですもの。」

維心は、頷いた。

「確かにの。主は賢い妃よな。主がそこまで思い至るとは思わなんだ。だがしかし、我らもそこは考えておるのだ。どちらにせよ仕掛けて来るのは確かであろうから、警戒はしておる。案じるでない。」

維月は、維心を見上げた。

「維心様、宮へ戻りましょう。あちらの思惑が、外れてしもうたことを、思い知らさねば。私達の仲が、それほどに脆いものではないと、見せ付けてやれば良いのですわ。」

維心は、驚いたような顔をしたが、それは嬉しそうに微笑んだ。そして、維月を抱きしめて言った。

「おお維月、そうよな。我らはそれほどに脆くはないの。」そして、維月の頬に、自分の頬を摺り寄せて口付けた。「維月…何と愛いヤツよ。我は主しか要らぬ。これほどに溺れておるのに…。」

維心は、維月を抱き上げた。維月は、慌てて言った。

「まあ、維心様、まだ帰ろうと思えば帰れる時間でありまするわ。日が暮れそうでございまするし…、」

維心は、首を振った。

「良いではないか。我はこのことがあってから、主がどうのように思うかと心が痛んで主と愛し合うのも気もそぞろだったのだ。やっとであるから…明日にしようぞ。今宵は、ここで。」

維月は、苦笑した。しかし、維心の首に腕を回して、そして維心に唇を寄せたのだった。

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