真実
盗賊の捜査は、遅々として進まなかった。
何しろ、何の痕跡もない。王の結界が張ってあるにも関わらず、簡単に中へと入って、龍玉の入った厨子だけ持って、そして出て行ったことになる。
そんなことが出来るとなると、やはり龍王しか考えられなかった。皇子でさえも、王の結界に入るとなると、王に気取られるものなのだ。
それが、維心も知らぬ間に維心の結界が敷かれた宝物庫に侵入して出るなど、本当に無理な話だったのだ。
維心と炎嘉は、義心と共に執務室へ篭り、その報告を聞いて頭を抱えていた。これでは、自分の有罪を実証しているようなものだ。
炎嘉は、ますます憔悴して来る維心を見て、言った。
「維心…ほんに、覚えがないのか。もしかして、何か一夜だけでも間違いがあって、忘れてしまいたいだけなのでは…しかし主はそのように無責任ではないゆえ、龍玉だけ置いて来たとか。」
維心は、やはり首を振った。
「ない。我はそのようなことは絶対にせぬ。前世、それでどれほどに辛い思いをした。妃に娶っておらずであれだったのに、そのように簡単に娶ると思うか。維月だけは失いとうないのは、今生でもそうよ。あれ以外など、要らぬのだから。」
この南の宮の、庭の花がとても気に入っている維月が、窓の外の、階下を遠く侍女達と歩いているのが見える。炎嘉は、それを見下ろしながら言った。
「主を、信じておらぬ訳ではない。だが、このままでは主が父親だと証明するだけで、不利ぞ。宮へ戻って直接に見極める他ない。」
維心は、炎嘉と共に窓際へ寄って、維月の姿を遠めに見つめた。
「しかし、それで我が違うと言うても、この状態では己の子であるのに認めなかった父、という見え方になるであろう。」
炎嘉は、渋々頷いた。
「確かにの。もっとはっきりと、維明や将維のように主そっくりであったなら、間違いないと臣下達でも判断出来るのだが、あまり似ておらぬ、というだけで、似ていなくもない、と思う程度であるそうな。」
維心は絶望的な状況に、本当に頭を抱えてしまった。別に冤罪で子ぐらい何人増えてもいいが、維月にだけは知られたくない。何もないのに維月に疑われて、維月の心が離れて行くなど、考えたくもない…!
炎嘉が、それを見て気の毒そうにした。
「維心よ、起こってしもうたことは仕方がない。主は龍王であるし、誰か知らぬが主の皇子と策して送り込みたいやつがおったのやもしれぬし、もしくは偶然そんな風になってしもうたのかもしれぬし、世間に広く知られるとはそういうことぞ。我とて、鳥王の時はそんな話が山とあって、己の素行が悪かったこともあるが、大変であったわ。いちいち落ち込んでおっては、きりがないぞ。」
維心は、しかし維月のことで頭がいっぱいでそれどころではなかった。どうやって、維月に話せば良い。どうすれば、維月が我の話を最後まで取り乱さずに聞いてくれ、そうして、我が無実だと信じてくれるのか…。
炎嘉は、そんな維心を見つめることしか出来なかった。いったい、どんな手を使ってあのようなことをしでかしたのか。
一方、維月は仲良く侍女達と庭を歩いていた。ここの庭は、規模自体は大きくはないが、とても大振りの花が咲いていて、とても華やかだ。それが、炎嘉に通じるところがあって、楽しめた。
ここは元は鳥の宮の跡地に、維心が立てた砦であった。つまりは炎嘉の慣れ親しんだ土地であるので、龍の宮とは大地から感じる気が違うようだった。明るく暖かい気。炎嘉を思わせる、太陽の下の宮といった感じだ。
維月が、上機嫌で居ると、宮の侍女らしき女が数人、寄って来て頭を下げた。
「維月様。我が王が、維月様をあちらのお庭へご案内せよと。」
維月は、侍女達が指す方角を見た。そこには、また新しい花が植わっていた。前に来た時には、なかった花だわ。
「嬉しいこと。では、参りましょうか。」
維月は、自分の侍女達にも頷きかけて、そうして、そちらへ向けて歩いて行ったのだった。
そこは、本当に花の園、といった感じだった。侍女達が言うには、炎嘉が維月が来た時のためにと、こうして作られてくれておったらしい。そばには、茶を飲むためのテーブルと椅子もあり、皆でそこに座って、喉の渇きを潤すことにした。
炎嘉らしい、華やかで明るい設計のその庭で、維月は心の底まで明るくなれる気がした。維月は気さくで侍女達とも対等に話すので、皆でわき合い合いと話しているような感じになる。まるで女子会さながらに、並べられた小さなケーキを摘みながら茶を飲んでいると、侍女の一人が言った。
「そういえば…出入りの茶葉商人から聞いたのですけれど、今維月様は大変であられまするわね。」
維月は、もぐもぐと口を動かしながら言った。
「え?なぜに?」
維月の侍女達も、不思議そうな顔をした。その侍女は、え、と口を押さえた。
「まあ。あの、では気のせいでありまする。」
しかし、維月は身を乗り出した。
「ちょっと待って。その茶葉商人って龍の宮にも出入りしているわよね。あちらのこと、何か言うておったの?」
その侍女は、首を振った。
「いえ、我の気のせいですわ。」
維月は、ムッとした顔をした。最近、維心も炎嘉もおかしい。義心ですら、宮の様子を尋ねても、何もございませぬと多くを語らない。何かを隠しているよう、とここ数日は思っていたのだ。きっと、その何かなのだ。
「きっと、皆で私に隠しておるのよ。でも、知る権利はあると思うの。あなたから聞いたとは絶対に言わないから、教えてくれない?王妃なのに、知らないっておかしいわ。」
その侍女は、迷うような顔をした。しかし、維月の真剣な眼差しに負け、息をついた。
「あの…最近、宮での催しがあったのはご存知であられますわね。」
維月は頷いた。
「ええ。維明が開いたものね。でも、とても強い軍神が居て、負けてしまったのだと聞いたわ。」
侍女は、頷いた。
「その軍神は、帝羽様とおっしゃいます。それが、大変に気が大きく強いかたで、100数年のお歳。皆が龍の宮からお帰りになっても、帝羽様だけが残っていらして、なぜだろうと皆が言うておりましたが…それが、帝羽様は龍玉をお持ちであって。父から与えられたと…つまりは、龍王のお子であるという話になっておるとか…。」
維月は、手にしていたカップを落とした。100数年前…維心様は、どうしていらしただろう。もう結婚しては居たけれど、でも、ご政務もあるし、外出も…。まさか、その時の?
それを見た維月の侍女が、慌てて言った。
「でも、そのようなことは龍王など高い身分のかたなら多いことですわ!そうでなくても、皇子として宮に入ることが出来ようかと、謀る輩も居ると聞きまするもの。」
しかし、相手の侍女は言った。
「それが、臣下達も必死に真偽を調べた結果、確かに帝羽様のお歳から考えた辺り、龍王様は北の方へお出かけであられ、そうして、そこに三日滞在された記録が残っておるのだとか。龍玉は、王の結界が張られて誰も入ることの出来ぬ宝物庫にあるにも関わらず、荒らされた様子もなく持ち出されておって…それが、帝羽様のお手にあったと。なので、状況から見て間違いはないだろうとのことであるようで、後は龍王様ご自身が見られないことには、詳しい気を読むことが出来ぬとか。しかし、何分龍王様にしか分からぬことであるから、そうではないとおっしゃっても、状況が状況なので…と…。」
そうであっても、違うと言えるということだ。つまりは、そうやって認知しない親も居るのだろう。
維月は、呆然としてそれを聞いた。では、本当に維心様にはお子が。それも、後でそれと分かるように、龍玉までお与えになって…。私は、まだ一度もその宝物を、見たことがないけれど…。
「…そうなのね。」維月は、言った。微かに震えている。「分かったわ…。」
侍女達が、気遣わしげに見ている。しかし、維月にはもう、回りの何も目にも耳にも入ってこなかった。維心様が。維心様が私に隠して妃をお持ちだったということなの。どうして隠すの…ではそのかたを迎えるとおっしゃったらよいのに。あのように、私を離縁した期間もおありなのに…どういうこと?もう、何が何だか分からない…!




