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箔炎は、もう王座を退いた元王であるので、初日に箔翔に全てを受け渡す儀式を終えて、最後に皆と宴会に出た後、陽華と共に宮を出ていた。

全ての王は、そうやってそれから後二日の客の接待を新しい王にさせ、自分抜きの外交というものを初めて体験させる。そうして、父王がもう居らず、全て自分でしなければならないことを実感し、自立心を持たせるのだ。

今日も、地の宮で陽華と二人、箔炎は庭を眺めていた。この地の宮は、小さな物だが外からは見通せないような造りになっていて、その上庭と呼べるものを作っていないにも関わらず、回りの林がまるで庭のように美しく見えた。なので、箔炎はここに居る、動物を変化させたのだという侍従達に指示して、それらに少し手を加え、本当に庭と呼べる形にしていた。陽華は、それを見て大変に喜んで、そうして二人で庭を眺めるのは、毎日の日課になっていた。

驚いたことに、ここへ来てすっかり体が楽になっていた。

鷹の宮に居た頃は、じっと座っているだけでも、身の内を物凄い速さで年月が進んで行っているような感覚がしたものだったが、ここに来てからそれがない。ただ、緩やかに時が過ぎているような、そんな焦りのない感覚だった。

「不思議よな。」箔炎は、陽華の肩を抱いて寄り添いながら言った。「ここへ来てから、何やら時が緩やかぞ。これほどにのんびりとしたのは、久しぶりのことだ。」

陽華は、微笑んだ。

「今までは、王としての責務に縛られておられたから。」と、箔炎の頬に触れた。「それに、ここは我の現れた場所。つまり、我はここから地上へと実体化しておるのですわ。地の力の流れが、ここから多く流れておりまする。つまり、碧黎の力も、ここから。」

箔炎は驚いて陽華を見た。では、陽華は自分の力だけではなく、碧黎の力もここから使っておるのか…碧黎に言わず、勝手に?

「…しかし、それは碧黎は知っておるのか。」

陽華は、苦笑した。

「碧黎に分からぬことなどありませぬわ。きっと、自分の力を私が横から掠め取っておるのを、気取ってはおるでしょうね。でも、何も言うて来ぬということは、見逃しておるのですわ。良いのです。私は全力で、箔炎様を引き止めると決めたのですから。」

箔炎は、少し呆れたようにフッと息をつくと、陽華の髪を撫でた。

「しようのないことよ…主に引き止められて、おとなしく旅立てる男など居らぬだろうの。」と、唇を寄せた。「我は今、真に幸福というものを感じておる…。」

陽華は、箔炎の首に腕を回した。

「箔炎様…。」

そうして、二人は穏やかに日々を送っていた。


それとは対照的に、維心は緊張気味に出発口に立っていた。炎嘉が、目の前で言っている。

「だがの、とにかくは我だって龍であるのに、こやつは一度もこちらへ来たことがないのだ。あちらには将維も維明も居るのだろうが。大丈夫ぞ、主がそれほどに案じずともの、維月。」

しかし、維月は困ったように、しかし力強く言った。

「ですが炎嘉様、もう三日も維心様が宮を離れておりまするのよ。この三日の間でも、義心があちらの様子を聞いて来たりと維心様にも落ち着かぬご様子。本日も宮を案じて余裕のないご様子であるし、私もこのように案じていらっしゃる維心様を見ていると居た堪れないのですわ。やはり、一度宮の方へ戻ってから、炎嘉様の所へは、改めて日を決めてお訪ねするということで…。」

維心は、横から言った。

「維月、しかし宮には将維が居るし、何事もないようであるから、我もこの際外出のついでに炎嘉の宮へ行っても良いかと思うておるのだ。」

維月は、維心を心配そうに見た。

「ですけれど…とてもお疲れのようですわ。本日は朝から気もそぞろであられまするし…。」

炎嘉は、つくづく維心は維月に嘘がつけないのだと悟った。ならば、何としても冤罪を晴らすまで維月に気取られる訳には行かぬ。

「維月、主は分かっておらぬ。維心だとて、王として宮へ戻ると、それなりにせねばならぬことが多いのだぞ?離れておれば義心がどうしてもという用件ぐらいしか言うてこぬし、他は全て将維か維明がするが、帰ったら全て維心一人に言って参るのだ。今疲れておるというのなら、また戻ってすぐから臣下達が寄って来て維心に政務を言うて参るのはどうよ?維心とて、それを思って元気が無うなっておるのやもしれぬぞ。」

維月は、炎嘉にそう言われて、ハッとしたような顔をした。そして、急いで維心を見ると、その頬に触れて言った。

「まあ…だから最初はご機嫌がよろしかったのに、本日急にそのようにお元気が無くなっておったのでございまするか?」

維心は、政務など朝飯前だったので、そんなことで元気が無くなったりはしないが、しかし維月を見て小さく頷いた。こんな些細な事でも、維月に嘘をつくのは気がひけるのだ。

維月は、途端に維心の頬を両手で包んだ。

「ああ、気付かなくて申し訳ありませぬわ。では、炎嘉様の所でもうしばらく休ませて頂きましょう。政務は、将維がしてくれまするから。」と、炎嘉を見た。「炎嘉様、申し訳ありませぬ。では、お邪魔させて頂きまするわ。維心様はこのようなこと、滅多に言われぬかたなのに、私ったら気付きもしないなんて…。」

維心は、慌てて維月を庇うように言った。

「主が悪いのではない。我が少し、わがままを言うておるだけで…。」

維月は、首を振った。

「良いのです。維心様が少しぐらいわがままを言うたところで、誰も責めませぬから。さ、では輿へ。参りましょう。」

維心は、ホッとして炎嘉を見た。炎嘉も、ホッとしたようで維心に小さく頷き掛けると、見送りに来ていた箔翔を見て言った。

「ではの、箔翔よ。騒がせてすまぬな。また、会合で会おうほどに。困ったことがあれば、言うて参るが良い。何なりとの。」

箔翔は、頷いた。

「お気遣い、感謝する、炎嘉殿。では、また。」

炎嘉は、頷いて自分の輿へと向かった。

そうして、やっと来客が全て飛び立った鷹の宮では、新しい王による政務が始まったのだった。


公青も、やっと宮へと帰って来た。

この、神世の付き合いというものも、必要だと志心に諭されたからこそ出掛けたが、あんなことがあった後にたくさんの神の好奇の目に晒されるのは、面倒でならなかった。しかし、それを気取っていた志心が、常に連れ歩いてくれたお蔭で、公青も少しは楽だった。

志心は、本当に穏やかで優しい神だった。妃を持っていたこともあると聞いたことがあるのに、志心自身の老いが止まっている間に亡くしたのだと聞いている。その実、今は独身なのだが、妹を娶って欲しいと頼んでも、それだけは苦笑して受けてはくれなかった。どうやら、訳あって思う女と添い遂げる事が難しいらしいが、それでも想っているだけで良いのだと本人は言っているようだった。

志心が無理となると他を探さねばならないが、めぼしい男が居なかった。龍王も炎嘉も陰の月に執心であるのは嫌になるほど見て来たし、箔炎は隠居して溺愛する妃と二人暮らし、蒼は、自分が攻め込んでしまった月の宮の王。他の宮の王は、まだ良く知らなかった。下位の宮なら知っているが、出来れば高い序列の宮の王に嫁がせたい。あれほどに美しい妹なのだから。

公青が居間で悶々と悩んでいると、重臣筆頭の相良(あいら)が入って来て膝をついた。

「王、書状が参っておりまするが。」

公青は、戻ったばかりでなんだと思いながらも、頷いて相良に向き直った。

「誰からよ?」

相良は、ためらいがちに言った。

「それが、ご交流のなかった宮でありまして。しかしながら、此度いろいろとご交流があったのやもしれませぬが…。」

公青は、眉を寄せた。確かにいろいろな宮の王と話をした。神世の序列が上から三番目までは、三日間も一緒だったのだ。

「まあ良い、見せよ。」

相良が差し出す文箱は、美しく上質な設えだった。しかも、この季節に相応しく紅葉の柄が描かれている。朱の紐を解いて書状を取り出した公青は、しばらく絶句した。…結蘭を、娶りたいと。

「…結蘭の、縁談ぞ。」

相良は、驚いた顔をした。

「おお、それはそれは!いったいどちらから?序列は高うございまするか?」

公青は、頷いた。

「上から三つ目。しかしのう…我は出来たら若い神が良いのだがの。」

相良は、顔をしかめた。

「序列が高いのなら、文句は言えませぬ。何しろ、上位の王にはなかなかに嫁げないとどこの宮の王も娘の嫁ぎ先には難儀すると聞いておりまする。あちらから話が来るなど、稀なこと。良いではありませぬか?」

公青は、ため息をついた。

「分かっておる。いくつになろうと、王であれば妃を迎えるからの。しかし結蘭は200を過ぎたばかり、相手は500を越えた辺り。それが結蘭にとって良い縁であると思うか。龍王や炎嘉殿、志心殿のように老いが止まっておったならまだしも、結蘭の気持ちを考えると…。」

公青は、とにかく妹には幸せになって欲しかったのだ。自分も正妃が居ないし何人か居る妃にも子はないし、唯一身内と大切にしている結蘭。ただ序列が高いなどというだけで、決めてしまいたくなかった。

「…時をくれと。何しろまだ娘が抜けぬので、こちらも突然のことにためらっておるでも返事をせよ。我もよう考えるわ。」

相良は、頭を下げた。

「は。して、どちらへ?」

公青は、書状を相良に渡した。

「鵬明殿。」と、考え込むような顔をした。「北北東辺りにある、神世では大きい方の宮の王よ。」


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