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その理由

維明はまだ、立ち直れずにいた。こんな時、最近ではいつも箔翔が居て、夜が明けるまで話し込んでいたものだった。それが、急に即位が決まり、ここを発った。友が側を離れると、これほどに寂しいものかと維明は身に沁みていた。

箔翔はもう、王座に就いたのだろうか。王として、今他の王達と話して歩み始めたのだろうか。それなのに、我は何と不甲斐ないことか。

維明は、自分の対で沈んでいた。

そこへ、侍女が入って来て頭を下げた。

「維明様、将維様がお呼びでいらっしゃいまする。」

維明は、正直いって今は一人にして欲しかった。しかし、将維が昏倒させた帝羽のこともある。

維明は、重い体を起こした。

「分かった。」

将維が居るのは、恐らく奥の親族用の部屋。

維明は、そこへ向かった。


親族用の、大きな設えの居間へ入って行くと、思った通り将維は椅子に腰掛けて座っていた。そして、維明が入って来たのを見て、薄っすら微笑んで言った。

「来たか。こちらへ。」

維明は、小さく頭を下げてから、将維が示した向かいの椅子へと腰掛けた。

「お呼びと伺いまして。」

将維は、頷いた。

「ああ、帝羽のことぞ。あれは、気がついたぞ。」

維明は、やはりそのことか、と頷いた。

「はい。では、采殿の宮へ報告を?」

しかし、将維は首を振った。

「いや、その必要はない。我が書状を送らせておいた。あれを、ここで召抱えるとの。」

維明は、驚いた顔をした。帝羽を、龍軍に?

「しかしお祖父様、あれは采殿の宮の筆頭軍神でございましょう。気は、確かに龍でございましたが…。」

将維は、苦笑した。

「何ぞ、あれが居っては困るか?」維明が、じっと黙って下を向いたので、将維は首を振った。「あれの能力ならば、龍軍の中でも充分に序列が付こう。だが、我の本意ではない。共に参るが良い。」

将維は、立ち上がった。維明は、慌てて立ち上がりながら将維に並んだ。

「お祖父様?あの、しかし父上の許しなく何某かすることは出来ぬのではありませぬか。」

将維は、歩き出しながら言った。

「父上は、とうにご存知ぞ。」維明が、また驚いた顔をしたので、将維は苦笑した。「維明、主はまだまだよな。命を狙われたこともないし、戦場に立ったこともない。もっと経験を積むことよな。まずは、ここからぞ。とにかく、参れ。」

維明は、黙った。経験がないことは分かっている。だが、今は父上が前世作られた太平の世で、戦などついぞ起こったことがない。そんな中で、どうやって経験を積めとおっしゃるのか…。

維明が少し拗ねた感じでいるのに、将維は気付いていたが、まだ若いと内心笑うだけで、黙って歩いていた。自分にも、こんな頃があった…恐らく、父上にはこんな風に見えていたのだろう。

そう思うと、将維はあまり子供をかわいいと思わぬ方だったが、維明のことがかわいいと思う自分に驚いていた。


治癒の対へ行くのだと思っていた維明は、将維が別の方向へ行くので戸惑っていた。この方向は…。

目の前に、両開きの戸が見えた。両脇に居る、軍神達が頭を下げる。

「将維様。」

将維は、言った。

「様子はどうか?」

軍神の一人が答えた。

「は。静かなものでございます。」

将維が頷いて、軍神達は戸を開いた。そこは、地下牢への入り口だった。

「お祖父様…あの?」

将維は、何も答えずに足を進める。維明は、まさか自分を殺しかけたからと帝羽は罰しられているのではないのか。あれは、帝羽のせいではない。立ち合いの時、誰しも回りが見えなくなることはあること…軍神は、自分の闘争心を抑えるのが難しい時もあるのだ。

しばらく進むと、罪の軽いものが入れられる、上階の小奇麗な牢の一室に、帝羽が黙って腰掛けているのが見えて来た。維明は、やはり、と慌てて言った。

「お祖父様!あの、あれは我が不甲斐ないばかりに起こったこと。帝羽のせいではありませぬ!」

将維は、維明を見て片方の眉を上げた。

「何と申した?」と、帝羽を見てから思いついたように言った。「ああ、これが主を殺しかけたから牢に繋がれておると思うたのか。違うぞ。」

維明は、首をかしげた。

「ならば、なぜ…。」

将維は、ため息を付いた。

「あのな、皇子を殺害しようとしておったなら、今頃殺されておるわ。いくら手だれでも、これぐらいであれば我が宮の軍神達数人で掛かれば事足りる。我が出て行くほどでもなかったやもしれぬが、あの場合は主が間に合わぬようであったし。」

維明は、その時のことを思い出して下を向いた。もう少し、速く動けておったなら。

将維は、そんな維明を苦笑して見てから、帝羽を見た。

「我が誰か分かるか。」

帝羽は、じっと将維を見つめた。

「…龍王か?」

将維は、首を振った。

「我は六代龍王。今は隠居の身ぞ。主が会いたいのは、七代龍王、維心であろう?」

帝羽は、気で封じられた格子ぎりぎりまで寄って来て、言った。

「分かっておるのなら、龍王にお取次ぎを。我は、どうしても維心様にお会いしたいのだ。」

将維は、じっと帝羽を見た。

「だから、どうしても維明に勝たねばならなかったのか。して、なぜに主はそれほどに維心に会いたいのだ。」

帝羽は、下を向いた。将維は、まだじっと帝羽を見つめた。

「ただの軍神ではないことは、我らには分かっておる。主は、ほんのひと月前まで、采の宮には居なかった。此度ここへ来たのは、采に取り入って渡りをつけさせたからではないか?我らは、始めから知っておったわ。しかし、何の用かと泳がせておったのだ。維心を殺そうと思うておるなら、やめた方が良いぞ?指一本で始末されるわ。」

帝羽は、急いで首を振った。

「そのような!殺すなど…」そして、肩を落とした。「…我の、父ではないかと聞いたため。」

将維と維明は、仰天した顔をした。父上の、子?!

「いや…それはないと思うぞ。」将維は、急いで言った。誰も聞いていないか、回りを無意識に見回している。「我らは、皆瞳がこのように深い青。主は、同じ青でも、少し違うであろう。」

そんなことになったら、母上がどれほどに騒がれるか。

維明も、将維もその気持ちばかりが先に立って、とても冷静に話せなかった。今ここで隠し子とは。そんなはずは…しかし、父上も男であるし、分からない。つい魔が差して、ということがあったやも…。

しかし、帝羽は、食い下がった。

「母に似ておるのやもしれませぬ。我が母は、このように青い目であったゆえ。まだ幼かったゆえ、我も覚えがないのだが…しかし、世話をしてくれた男が、父上がこれをと置いて行ったと言って、我に渡して行った。」

帝羽は、懐から巾着を取り出して、必死の顔で将維に差し出した。将維は、自分が張った格子の膜なので、難なくそこへ手を差し出すとそれを受け取った。

「幼かったと…主は、何歳になる。」

帝羽は、頷いた。

「100と少し。」

維明も将維も目を見張った。まだ成人しておらぬのか!あまりに技術に優れているので、とうに成人しているものと…。

「して、母は?」

帝羽は、下を向いた。

「我がまだ10ぐらいの時に、亡くなり申した。それから、我は側の結界の軍神達から世話をしてもらって、時に無法者の神を討伐に行くのに出かけたりと、共に行動しておった。その神から、つい最近それを渡されて…父が、置いて行ったものだ、己の出自を知りたいのなら、これで調べられるだろうと。」

将維は、巾着を開いて、中を見た。そして、目を見張ったと思うと、突然に叫んだ。

「兆加!」維明も、帝羽すら驚いた。将維の勢いは、ただ事ではなかったからだ。「兆加!」

すぐに、兆加が息も絶え絶えの様子で駆け込んで来た。そうして、ふらふらと将維の足元に膝を付いた。

「し、将維様。お呼びでございましょうか。」

将維は、その巾着を兆加にぐいと見せた。

「すぐに王の宝物を、調べよ!」将維は、叫んだ。「この玉が、確かに宝物庫にあるか調べて参れ!」

兆加は、腰を抜かさんばかりに驚いた。

将維が見せていたのは、龍王に受け継がれる宝物のひとつ、龍の玉だったからだ。

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