宴席で
式が終わって、堅苦しい雰囲気は無くなった。
維月を含めて他の神達もホッとしたようだったが、維心と炎嘉は式の間から全く変わらなかった。同じように二人で話をして、炎嘉の軽口に維心が返すという形で、ずっと同じ調子だった。皆、明るく開放的な感じの宴席の場へと移り、それぞれ宮の序列にあわせて座っていると、白虎の宮の志心が寄って来て、言った。
「相変らずであるの、維心殿、炎嘉殿。」志心も、高い序列なので、炎嘉の向こう側の席に座っていたのだ。「このような席で、あのようにいつもと変わらぬ様子で。」
維月は、自分の方が恥ずかしかったが、黙っていた。維心が言った。
「主は生真面目であるから。我らは、来ただけであやつらのためになっておるのだ。座っておるのが、我らの務め。務めは果たしておるよ。」
炎嘉が、大真面目な顔で頷いた。
「そうであるぞ、志心。維心ですら、こんな式で真面目に座っていることが少ないのに。主は、序列上位であるのに律儀なのだ。」
志心は、言っても無駄だと思ったのか、ため息をついて頷いた。
「主らには敵わぬの。」
そこへ、聞き慣れた声が割り込んだ。
「こら。主らはほんにもう!」箔炎だった。「式の間中軽口を叩きおってからに。聞こえておるのだ、壇上に!少しぐらい黙っておれぬか。」
後ろには、ベールに包まれた陽華、それに箔翔がついていた。それを見た炎嘉が、箔翔を見て言った。
「おお箔翔。主はもう、鷹王であるの。こちらで酒でも飲め。」
箔翔は、ちらりと箔炎の方を見たが、仕方なく炎嘉の横へと座った。箔炎は、こちら側へ陽華を伴って座りながら続けた。
「聞いておるのか、炎嘉!」
炎嘉は、箔炎を見た。
「良いではないか、いつなり我らとこうして式に挑んで来たのに。主だって同じだったのだからの。」
そう言われてしまうと、箔炎は返す言葉がなかった。陽華は、ベールの中で扇をあげたまま微笑んで言った。
「まあ、しようのないこと。箔炎様も、大変においたが過ぎた時がおありでありましたのね。」
箔炎は、勘弁してくれと言いたげな表情で陽華を見た。
「主まで何ぞ。まあ、確かにそうだが…。」
維月は、久しぶりに見る母の姿に、息を飲んだ。確かに、自分に似ている。髪と目の色を揃えたら、これほど似ていたなんて。しかも、父と同じで磁場逆転の影響で、姿が自分と同じ年頃になっているのだ。
維心が、じっと陽華を見つめてから、維月を見た。維月は、維心が何を言いたいのか分かった。
「…お父様は、母に似せて私を作ったと申しておりましたから。」
維心は、頷いた。
「それでも我には主しか居らぬがの。」
小声ではあったが、炎嘉が耳ざとくそれを聞き取って言った。
「維心~己だけポイントを稼ごうとしても無駄ぞ!我だって、維月が良い!」
維心が、炎嘉を睨んだ。
「何を我が妃に向かって!」
志心が、まあまあと割り込んだ。
「ここでそのような話をするでない。今日は祝いであるぞ?ほんにもう。」
面倒を見切れないといった様子だ。箔炎も、陽華の肩を抱きながら言った。
「いつまでそのようなことをやっておるのだ、主らは。全く成長しておらぬぞ?」
ふふんと鼻で笑うような様に、炎嘉がムッとしたように言った。
「何を己は妃を見つけたからと偉そうに。良い良い、我はいつかこやつから強奪してやるゆえな。」
維心は、自分を指差す炎嘉の手を払った。
「させぬわ!」
回りが迷惑するのも構わず、ぎゃあぎゃあとやり合う維心と炎嘉に、維月も志心も呆れていたのだった。
箔翔は、やっと宴を抜け出す事に成功し、ホッとして庭を奥へと歩いた。主役の自分が居なくなっても分からぬほどに、皆が酔うまで待ってようやく出て来れたのだ。
箔翔は、王となってもまだ、実感が湧かなかった。突然に譲位すると言われ、突然に王となった…父がまだ、あれほどに元気であるにも関わらず。
箔翔がため息をついて、奥にある湖の岸で佇んでいると、声が聞こえて来た。
「では、お兄様はまだお部屋へは?」
美しい、聴いたこともないような女の声だった。
「はい。王におかれましては、恐らくまだまだお戻りになれぬかと。何しろ、あのように上位の宮の王達と同席なさっておいでなので…あちらが退席せぬうちは、ご無理かと。」
女は、ため息をついた。
「そう。では、我は先に戻るわ。お前、先に行って部屋を準備してくれる?」
相手の女は、頭を下げた。
「はい。では、お待ちしております。」
…どこかの宮の皇女か。
箔翔は思い、驚かせてはならぬと踵を返そうとして、油断して側の石を蹴り上げてしまった。石は、意に反して目の前の湖へと飛び、音を立てて沈んで行く。女は、ビクッとしてこちらを振り返った。
「誰?!」
箔翔は、ため息をついた。なんと不甲斐ない。女一人に気取られずに去ることも出来ぬ王とは。
仕方なく、箔翔は足を踏み出した。
「驚かせるつもりはなかった。去ろうとしておったのだ。」
そして、月明かりに照らされて、箔翔ははっきりとその女の顔を見た。美しい黒髪に、青い瞳。素直そうな、それでいて高貴な顔立ち。見たこともない、それは美しい女であったのだ。
「…あ…鷹王様…?」
相手は、驚き過ぎて呆然としていたが、慌てて頭を下げた。箔翔は、進み出てその顔を上げさせた。
「なんと…主、名は?」
相手は、小刻みに震えながら、言った。
「ゆ、結蘭と申しまする。」
「我は箔翔。」箔翔は言って、目を離せずに続けた。「主は、皇女か?」
結蘭は、まだ震えながら頷いた。
「はい。あの…兄はまだ、その、志心様と共に上座に居て…。我は、戻る所でありました。」
箔翔は、それでもまだ結蘭を見つめた。志心殿と共に?ならば、そこに居た…あれは、なんと名のっておったか。
箔翔が黙っていると、結蘭は隙をついて箔翔から離れた。そして、言った。
「し、失礼致しまする!」
箔翔は、驚いて足を踏み出した。
「待たぬか、結蘭…、」
結蘭は、急いで庭を引き返して行く。追う事も出来たが、箔翔は追わなかった…自分は、王。軽々しい事をしてはならない。だが王なのだ。望むなら、正式に話を申し入れれば良いのだ。この鷹の宮の王として、何事も叶う身なのだから。
急いで宴席に戻ると、父はもう退席していて居なかった。そういえば、酒もあまり進んでいないようだったし、維心も炎嘉も、無理に父に酒を勧める事はしなかった。箔翔がそれを少し怪訝に思いながらも席に戻ると、炎嘉が言った。
「こら箔翔!勝手に出て行きおってからに。主の父は疲れたと戻ったぞ?歳には勝てぬな。」と、箔翔に酒瓶を差し出した。「さあ飲め!主は王であろう。」
箔翔は、仕方なく杯を差し出しながら言った。
「しかしながら、炎嘉殿。そろそろ部屋へ戻る方々も居るようです。龍王妃殿も、あのように。」
見ると、維月は維心に支えられて完全に眠っていた。維心は、腕の中の維月に、小声で呼び掛けた。
「維月…起きよ。だからこのような場で寝てはならぬと常、言うておるであろう?」
維月は、うーん、と動いたが、まだ半分寝ているような状態だった。
「維心様…朝ですの?」
「いや、まだ夜中ぞ。」維心は律儀に答えながら、これは寝ぼけている維月だと慌てて袖で維月を隠した。「維月、起きよ。さあ、目を開けるのだ。」
維月は、クスクスと笑った。
「まあ維心様ったら…仕方のないかた…。」
維月は目を閉じたまま、するりと維心の首に腕を巻き付けると口付けた。回りの皆は、仰天した…女から、あのように。
神世では、女はとかく待ちの状態なのだ。しかしいつもの維心と維月はこうなので、維心は慌てたが維月を咎める事も出来ずに、とにかく維月から唇を離すと、必死に言った。
「維月、寝ぼけておるのだ。ここは寝所ではない、鷹の宮ぞ。」
それを聞いた維月は、事態を悟ってぱちっと目を開けて、慌てて維心から離れた…しかし、回りの視線は自分に向いていた。
炎嘉が、ブスッと膨れっ面で言った。
「何ぞ、ほんにまあ。我はそのように、維月からしてもろうたことはないぞ。」
維月は恥ずかしくて、扇で顔を全て隠して下を向いた。ああ、やってしまったわ。しかも、他の宮の宴席で。
維心は、維月があまりに真っ赤になっているので不憫に思い、袖で皆から隠して抱き寄せながら言った。
「我らは常、こうよ。夜中に我が目覚めて起こす事もざらよ。なので、勘違いしたのだ。維月が悪いのではない。我が良いのだから、これで良いのだ!とやかく言われる筋合いはないわ。」
炎嘉は、呆れたように自分で酒を注ぎながら言った。
「そうかそうか、常の。だからこそ、離せぬ妃なのだろうの。ほんに腹の立つ。」
志心が、苦笑して言った。
「羨ましいと言えばどうか、炎嘉?」と、横に座る公青を見た。「のう?公青よ。」
公青も、女から王に口付けるのを目の前で初めて見たので呆然としていたが、その声にハッと我に返って頷いた。
「ああ…確かにそのように。我もそのような妃を迎えるかの。」
箔翔は、公青と聞いて、そうだった、と思い出していた。そうだ、公青。先頃龍王のためと皆を先導して月の宮へ攻め入り、それでも蒼から沙汰を受けずに済んだと聞いた…神世を知らぬからだとか。酒を進めるうちにいろいろと聞いたが、こちらの神世をあまりにも知らぬということで、志心が世話をしていろいろと教えておるのだという。だから、志心と共にいるのか。しかし、気は炎嘉ぐらいはありそうだ…力は持っている。
箔翔がそんな風に思って公青を見ていると、公青がその視線に気付いて、箔翔を見た。
「箔翔殿?」と、フッと口元を緩めた。「主は、まだ一人の妃も居らぬのだとか。このような話は、まだ興味のないことであったか。」
箔翔は、まだ自分が未熟だと言われているのかと思うと面白くなかったが、同じようにフッと笑った。
「機会がなかっただけのこと。しかし、これからは主らのような良い血筋の姫でも探して、考えねばならぬの。」
公青が、その様子に驚いて口を開こうとした矢先、維心が維月を隠したまま立ち上がった。
「話の途中ですまぬが、我らはもう部屋へ戻る。妃を休ませてやらねばならぬからの。」
その実、維月が恥ずかしがって顔を上げないので、不憫に思った維心が、ここから連れ出してやろうと思ったからだった。炎嘉が、ふんと横を向いた。
「何が休ませるぞ。余計疲れさせるくせに。」
ますます維月が赤くなる。維心は、炎嘉を睨んだ。
「うるさいぞ、炎嘉。妬むのも大概にせよ。我が妃が我を愛しておって、何が悪いのだ。これは我のもの。誰にもやらぬわ。」と、くるりと踵を返した。「ではの。」
そうして維月を引きずるように歩いて行ったが、他の席から見えない位置に来ると、維心は維月を抱き上げて、そうしてさくさくと歩いて行ったのだった。




