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ある宮にて

そこは、回りを木々に囲まれた神世では中規模の宮だった。宮の序列で言うとそう低くはない、月の宮の序列表示で言うとBランクというらしい。月の宮では人世からの帰還者に神世を教えるため、そうやって人にも分かりやすいようにしている。もちろん、龍の宮や月の宮は最高ランクのSでたった4つ、Aランクの宮が7程度、Bランクが10程度、Cランクが30、Dランクが50、後の残りの大部分はEランク。そんな風に300以上の宮は分けられている。そして、その中でまた序列があった。神世では、持って生まれた力が全てで、努力ではどうしようもない。下位の宮々では上位の宮の庇護を受けて生活していた。

人で言うのなら50代になるかという姿のその男は、自分の居間で晴れ渡った空の下の、庭を眺めていた。

「王。」低い声が、語りかけた。「偵察の任を与えられていた(はん)様の宮の軍神が、全て亡骸となって発見されました。」

王と呼ばれた男は、険しい顔で眉を寄せた。

「…気取られたか。」

その軍神は、視線を落とした。

「恐らくは…。一瞬の事であったのでしょう、抵抗した後もなく、刀を抜いた形跡すらありませんでした。」

その王は、頷いて窓の外を見た。

「ならば判はもう使えぬ。恐らく数日中に消されるであろう。いや…」と、その軍神の顔を見た。「先に消すべきか。」

その軍神は、険しい顔で王を見上げた。

「もう、遅いかと。」

王は、更に険しい顔をした。首謀者は誰か掴むため、口封じのために判を消しに来るのを見越して、誰が来るかと見張っている可能性があるということだ。そこへ自分の軍神であるこやつが行けば、こちらの事も気取られる。

王はそう考えて、再び空を見上げた。あやつのこと、こちらに隙あらばという気持ちがあることは察しているだろう。それでも、確固とした証拠がない限り、今の神世では攻め入る事など出来ない。前世の戦国の時ならいざ知らず、太平になって久しい。反発した神達との全面戦争になれば、多くの命が失われることを、皆知っているのだ。今までは、尻尾を掴ませずに来た。が、今回はどうか…。判が消される前にこちらのことを白状したとして、書状などで指示したことがない以上物的証拠は残っていない。ならば、今の状態ならばこちらへ攻め入ることが出来ないだろう…。

そこへ、別の声が割り込んだ。

「王、お客様がお越しでありまするが…。」

臣下筆頭の、(かい)だった。

そうだった、今日は次の会合の終わりに遊びに来いとか言うておった、あやつが段取りに訪ねるとか何とか…。

「通せ。」そして、櫂が頭を下げて出て行ったのを見て、側の軍神に言った。「主は下がれ、李俊(りしゅん)。」

李俊は、膝を付いたまま頭を下げると、サッと立ち上がって庭の方から出て行った。その後すぐ、ほぼ入れ替わりで、居間の戸が開き、聞き慣れた声が親しげに言った。

鵬明(ほうめい)!相変らず宮に篭っておるのか。」

鵬明と呼ばれたその王は、途端に親しげでありながら、呆れたような表情で客を振り返った。

緑青(ろくしょう)。主はほんに、軽々と宮を出て参るの。いくつになっても変わらぬ。」

緑青は、遠慮なく側の椅子に腰掛けた。

「数百年前のことが嘘のようよ。鶴が滅びる危機に晒されておったのに、今は蒼殿のお蔭で気に困ることもなく、それに常に守られておるから、我が宮を空けても誰も文句を言わぬ。なので、こうしてふらふらと遊んで回れるということぞ。」と、伸びをした。「我も、そろそろ皇子に代を譲るかの。太平であるし、成人しておるのだ、問題もあるまい。戦国の世ならあれでは心もとないが、今は良い世であるのだ。」

鵬明は、顔を上げた。緑青は、一瞬その目に過ぎった鋭い光に驚いたが、すぐにいつもの軽快な表情になったので、気のせいだったのか、と流した。

「確かに我ら、もう若くはないからの。上位の宮の王のように、老いが止まっていつ死ぬか分からぬというほどに時間がある訳ではない。気ままにしたいという主の気持ちも分かるがの。」

緑青は、大げさにため息をついて見せた。

「そうそう、我ら歳が近いゆえ、一緒に隠居せぬか?最近の人世は、この間の気の乱れでかなり損傷して数百年退行した世になっておるそうな。うるさい電波とか言うものもあまり飛んでおらぬのだと聞いておるし、遊びに行っても良いと思わぬか?」

鵬明は、苦笑して首を振った。

「何を言うておる。王とは、死ぬまで王であろうが。譲位する王は少ない。それに、我はわが子に少しでも良い状態で譲位したいと望んでおるの。」

緑青は、驚いた。ここは、大変に綺麗な宮。鵬明が父王から譲り受けた時も、同じ序列の宮の王達からも羨ましがられているほどだった。宮の増設でもしようというのか。

「主の宮は恵まれておるだろうが。まだ大きく設え直させるつもりか?」

鵬明は、苦笑したまま緑青を見た。

「いや…我が言うておるのは、そんな入れ物のことではない。」

緑青は、また驚いた顔をした。

「何と?…だが、序列はどうにもならぬだろうが。我の父王も、主の父王もその祖父王も、皆同じ状態で来たのだ。気の大きさだけはどうにも出来ぬからの…子に引き継がれてしまう。だが、我らは良い方よ。上から三つ目なのだからの。大部分の王達は、我らの庇護にすがって自分の宮を守っている状況ぞ。それに比べたら、恵まれておる。そうは思わぬか?」

鵬明は、少し黙って、不安そうに自分を見る緑青の目を見つめた。何を案じておる…昔から変わらぬな。

「こら緑青、その表情は何ぞ?」鵬明は、わざとからかうように緑青を見て意地悪く笑った。「分かっておるわ。ちょっとからかっただけぞ。まあ、つまりは我はまだ退位するつもりはないということだ。父王だって祖父王だって、命が尽きる瞬間まで王だった。我も、同じようにありたいと思うておるだけなのだ。」

緑青は、ホッとしたように肩の力を抜いた。

「ああ…そうか、主らしいの。」緑青は、笑って言った。「そうであるの、我も主が頑張っておる間は、王座に居るか。どうせ後数百年ぐらいの生なのだ。ここまで王をやっておったのだから、それぐらいいいよの。」

鵬明は、微笑んだ。若い、まだ成人する前から語り合い、あちらこちらで悪さをしたりして一緒に来た友。こうして500歳を越えても、何も変わってはいない。この友だけは、巻き込みたくない…。王座に就いてから、ずっとそう思って来た。そのせいで、最後の一歩が踏み出せないことも一度や二度ではなかった。だが、今この友の存在が、重要になって来てしまっている。そう、緑青が月の宮の庇護下に入って、王の蒼とも気安いから…そんなつもりはなかったのに、緑青が自分を守っているような状態になっている。何があっても、緑青は自分を庇うだろうから…。

鵬明は、目の前で気兼ねなく話す緑青を見て、複雑な気持ちでいた。

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