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申し開き

公青は、心持ち青い顔を上げると、維心の視線を真正面から受け止めた。維心は、維月を腕にまだ鋭く青い瞳を光らせて公青を見据えている。維月は、気が気でないようで不安そうにこちらを見つめていた。炎嘉のように…しかし、自分はまだこちらの世に来て日が浅い。炎嘉と深く話す暇もなかった。いつも神の会合で進行を務め、場を速やかに収めていた。聞いていたのは、下位の宮の神達が、口を揃えて言う言葉だけ…「炎嘉様は、華やかに饒舌で大変に世話好きの、高貴なかたには珍しいそれは親しみやすいかたでありまする」。

公青は、表情を弛めた。維心が、心持ち驚いたように目を細める。それを見てから、公青は口を開いた。

「…まさかここまで強い力をお持ちとは。我は試さねばならなかった…何しろ、何も知らぬのだから。」

維心は眉を寄せた。

「片腹痛いの。試すとは何ぞ?主ごときの力で、月や我の力を試すなど出来ようはずはあるまいが。」

一見、取り付く島もないような状態に見えた。しかし、維心は本当にどうでもいいと思っていたら、相手の話など聞くことはない。つまりは、会話にならない。今の状況ならば、公青が話し始めた時点で、うるさい!と一喝して斬り殺して終わりだっただろう。しかし、返答を返したということは、とにかくは話を聞くつもりであるということだ。

維月は、それを悟って少しホッとした。しかし、公青の方はそんな事情は知らないので、龍王に聞く耳を持たせるにはどうしたらいいのかと頭の中を激しく回転させた。

「…そんなことすら、我にはわからなんだ。」公青は、慎重に、しかし表向きは落ち着いた風で言った。「同じ神とは言え、我らは長くこちらと交流などしておらなんだ。最初は慣れねばと必死であったが、主ら上位の神達は、こんな新参者には見向きもせなんだであろう?ゆえに我は、下位といわれておる宮の王達と話、何とかしてこちらの事情というものを知って参ろうとしたのだ。いろいろなことを話した…しかし、あれらも詳しくは知らぬようだった。全ては身分の違いとやらで、主らと話すことが少ないゆえのことよな。」

維心は、じっと公青を見ている。しかし、最初ほど怒った様子ではなかった。

「…まあ、そうよの。」維心が黙っていると、後ろから炎嘉の声がそれに答えた。「特に維心は滅多に下位の王達と話すこともないしの。ただ、臣下達や軍神達から様子の報告を受けるのみよ。後は、我に任せておるような状態であるゆえ。」

維月が、驚いたように炎嘉を見た。

「炎嘉様!」

炎嘉は、維月に微笑みかけるとその頬を指でスッと撫でた。

「おお維月、良い顔をしておるの。やはり主は、憂い顔は似合わぬわ。これで良い、我に気を遣うことはないぞ。」

維月は、炎嘉に微笑みかけた。

「炎嘉様…。」

すると、維心がせっかく緩みかけていた表情をまた険しくして維月を抱きしめた。

「我の妃ぞ!気安く触るでない!」

炎嘉は、うんざりした顔で維心を見た。

「何を偉そうに。この頑固者めが。この間は深く追求せなんだが、主の、自分勝手なのだ。己から離縁しておいて、どうしても離れておられぬとは何事ぞ。ならばもっと早よう素直になれば良かったではないか!ただの夫婦喧嘩で離縁しておったら、世に離縁暦のない夫婦などおらぬわ。」と、公青を見た。「見よ、公青のように、知らぬからこんなことを起こす輩も出るのであるぞ?我に言わせたら、此度のことは主のせいぞ。」

維心は、それには一瞬、バツの悪そうな表情をした。光っていた目も、落ち着いた色に戻る。

「…少なからず、それは分かっておるがの。」

炎嘉は頷いて、公青を見た。

「して?主は真実何を思うて軍を起こした。表向き、龍を思うままにして地を治めようとする月を討つとかであったが?」

公青は、頷いて炎嘉を見た。炎嘉は、恐らく自分に考える時間を作ってくれたのだ。炎嘉から、こちらに対する憤りは感じなかった。

「我は、こちらの世に来たのは、もっと他の神の事も知らねばならぬと思ったゆえ。何しろ、あちらでは我以上の力を持つ神は居らず、井の中の蛙ではないかと思うたからだ。思った通り、大きな気を持つ神がこちらにはいた。閉じ籠っていた我でも聞いた事のある名…龍王、維心殿。それに、炎嘉殿。他にもその後ろに居られる志心殿、鷹の箔炎殿、(からす)の久島殿。これほどに力のある神が、それでも太平にしておるこの世を、良く学ばねばと思った。ゆえに、我は先程も言うたように気軽にこちらに答えてくれる、下位の王達と交流したのよ。そして、世が太平なのは維心殿がその力で押さえ付けているからなのだと知った。」

維心は黙っている。炎嘉が頷いた。

「その通りよ。我ら上位の宮の王は、戦の虚しさも知っておる。それに、維心には敵わぬ。なので無駄な事はせず、こうして維心と共に太平の世を維持するように努めておるのだ。」

公青は、しかし眉を寄せた。

「だが、そこの」と、蒼を見た。「月の宮王蒼殿はどうか。穏やかな見た目とは裏腹なその大きな気。何も言わぬが回りの上位の王達に一目置かれ、何事も譲られて尊重されておるようだった。聞けば、月は神と力を異にしているという。龍王すらも抗えぬのだと。溺愛しているとは言うて、長く独り身で妃を持たなかった王が、月だけを娶ってこの世最高位に就けているのは、ひとえに月の圧力のせいなのではと、考えた。そこに、我にしてはやはりというように、龍王からの一方的な離縁の話…ならばそこに自分の妹を就けて、月の影響力を世から削ごうと考えた。」

維心は、視線を下へ向けた。炎嘉は、そんな維心を見て深いため息をついた。

「まあ、主にしてはそう考えるであろうの。これまでの事情もしらぬし。」

公青は、更に畳み掛けるように言った。

「そして、月の強行手段。これはもう、世を、龍王を、手中に収めて離さぬためだとしか我には考えられなかった。このままでは太平の、均整の取れた世が崩れてしまう…なので我は、兵を挙げたのだ。龍王も、それに他の我に加わらなかった王達も、それに手出しはしなかった。我は、己が間違っていないのだと判断した。」

上手い事収めおったな。

炎嘉は内心そう思っていたが、顔には出さなかった。維心も恐らくそう思っていただろうが、公にこう言われてしまってはどうしようもない。何しろ、そうとしか考えられないような状況だったからだ。何しろ、公青はまだこちらの神世に来て日が浅い。こう考えてもおかしくはないからだ。

志心が、言った。

「…確かにそう見えたやもしれぬの。しかし、我らは前世より知っておるから言えることであるが、月は神世に興味などない。地を親に持ち、その力は地上を広く治めて余りあるであろうが、そんなことをせずに来たのだ。我らが手出ししなかったのも、月の力というものを主に知ってもらうため。月は単独で力を持ち、我らや龍王の力など欲しておらぬ。何より、神世を欲してもおらぬ。欲しておったのは、こちらの方ぞ。」

すると、黙っていた維心が、重い口を開いた。

「…我が、欲したのだ。」そこに居た皆が、維心を見た。維心は、腕の中の維月を見た。「前世、月の片割れである十六夜と夫婦であった維月を、我は無理を申して己の妃にした。そしてこうして、生まれ変わっても共にと記憶を持って転生して来て、そうしてまで側に置いて来た。全ては、我が望んだこと。月は、我を望んでおらぬ。」

維月は、慌てて維心を見上げて言った。

「維心様、そのようにおっしゃらないでくださいませ。私は、確かに維心様と共と望んで転生して参ったのですわ。だからこそ、お互いに前世よりこうして指輪を握り締めて転生して参ったのではありませぬか?」

維月は、自分の指の指輪を維心に見えるように差し出しながら、訴えた。維心は、フッと微笑んで頷いた。

「そうよの。分かっておるよ、維月。」

その様子を見て、公青は真に龍王が維月を溺愛していることを悟った。維月からというよりも、龍王から維月を望んだのだ…片割れという、体を同じくする存在が居るにも関わらず。

それはそれで、龍王もつらい思いをして来たのだろうと、公青は同情のような気持ちが湧いて来るのを感じた。離縁も、恐らくそんないろいろなことが合わさって、耐えられなくなった維心が勢いで行なったことだったのだろう。

「…ならば、我は間違っていた。」公青は、慎重に言葉を繋いだ。「どうあっても月と龍王を再縁などさせてはならぬと思ったゆえに、苦し紛れにここへと連れ帰っただけのこと。どうにでも、ご処分くだされば良い。」

炎嘉は、維心を見た。維心は、じっと黙って公青を見ている。しかし、もう怒りの感情は感じ取れなかった。炎嘉は、仕方なく蒼を見た。

「で、どうするのだ?これは主のこと。維心が軍を動かしたゆえ、我らも急ぎ参ったが始めから手出しするつもりもなかったこと。いくら勘違いとはいえ、主の宮に10万もの兵を引き連れて攻め入ったことは確かなのだからな。」

蒼は、じっと考えている。公青は、ただ黙ってそんな蒼を見守った。今の話は、龍王や炎嘉達には納得させる大儀だったかもしれないが、蒼にとっては腹の立つことだったに違いない。

しかし蒼は、表情を変えずに、言った。

「…追って、沙汰をする。」と、十六夜と維月に向き直った。「一度帰ろう。宮の回りにうろうろとまだもがいている、力を失った軍神達のこともあるし、このままって訳にも行かないだろう。とにかく、あっちを片付けてから、考えよう。」

十六夜は、頷いて維月に手を差し出した。

「さ、行こう維月。維心とは、まだ一緒に居られないだろうが。正式に龍の宮へ入ってからにした方がいい。」

維月は、ためらいがちに維心を見上げた。維心はせつなげに維月を見たが、そっと維月を離した。

「行くが良い。近い内に、迎えに参るゆえ。」

維月は、頷いて維心から離れて十六夜の手を取った。

「はい。お待ちしておりまするわ。」

そうして、月の二人は光に戻って空へと討ち上がって行き、蒼はふわりと浮いた。

「では、維心様、炎嘉様、志心様。また、次の会合で全ての沙汰を致します。」

三人は、頷いた。

「では、あと二週間はこのままということであるな?」

炎嘉が言うと、蒼は頷いた。

「はい。しばらくは、人と同じように暮らすことになるでしょうが、攻め込んだのだからそれぐらいの責は追わねばならぬのではありませんか?」

蒼は、そう言うとスッと窓から飛んで出て行った。炎嘉は、それを見送ってから、公青を振り返った。

「では、公青よ。しばらく不便であろうが、沙汰を待つが良い。」と、踵を返して維心の前を通り過ぎながら言った。「維心なら有無を言わさず宮ごと消滅させられておったところ。まあ、良かったということであろうて。」

維心は、そんな炎嘉に倣って踵を返しながら、それについて歩いて言った。

「話ぐらいは聞くようになったと、先日申しておったばかりではないか!我は、そんなに安易に殺すことはないわ。」

炎嘉は、はいはいと何度も頷きながら飛び上がった。

「わかったわかった。うるさいの、相変らず。」

志心が、それを苦笑しながら見送って、そして公青に声を掛けた。

「沙汰の後、命あったなら我の宮へ来れば良い。話相手にはなるであろうぞ。知らぬことは、我に聞くが良い。」

そうして、志心も公青の宮を後にした。

公青は、初めて己と同じ力を持つ神と話して、不思議な感覚を感じていた…今まで、守る対象としか話したことはなかったものを。

そうして、力を失ったまま、沙汰の日を待つこととなった。

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