攻撃
維月は、地下牢に膜に篭められたまま放り込まれ、どうしようもないまま夜を明かしていた。十六夜が追って来ていたのは、感じで分かっている…きっと、様子を伺っているのだろう。
気は、まだ充分にあった。少し減っては来ていたが、まだ人型を維持するのに困らないぐらいだ。本体の月との繋がり切れて、どれぐらいで気がなくなるのか維月にも分からなかった…前にヴァルラムと一緒に篭められた時は、その膜の性質が違って、自分の力を吸い上げられていて、気が消耗するのが異様に早かったので、単に閉じ込められた時の気の消費量が全く分からなかったのだ。
とにかくは十六夜が助けに来るまであまり動かないほうがいいと、維月が側の粗末な椅子に腰掛けていると、上の方で気配がした。維月が、構えてじっとそちらを見ていると、公青と隼が階段を下りて来て、地下牢の格子の前に立った。
維月がそれをじっと睨んでいると、公青が言った。
「月もこうなると哀れなものよな。気が強いようだが、我らに手出しは出来まい?」
維月は、それでもただじっと黙って公青から目を離さなかった。公青は、側の隼とちらと見て呆れたように頷き、そしてまた維月に向き直った。
「さて、気が強いだけの女であるのに、龍王妃に返り咲こうとしておったようだが、ここに篭められておる限り無理よ。龍王を捕らえてまで、妃になろうとは何と浅ましい。」
維月は、じっと公青を見ていたが、言った。
「…何とでも思えばいいけれど、維心様はこちらへ攻め入って来られるかもしれないわよ?これは単に月の宮とあなた達の問題ではなくなってしまったわ…龍王の、妃を奪って来たことになるから。愛情云々ではなく、面子の問題よ。」
公青は、ふんと鼻を鳴らした。
「では、なぜに妃の実家が襲われておるのに軍も出さぬのだ?片腹痛い。」
維月は、首を振った。
「何を言っているのよ。そんなの、蒼が単独で始末出来るから、大きなことにならないように、手出ししないで欲しいと頼んだからよ。」と、ずいと公青に近寄った。「あなた、維心様が怒ったらどんなに怖いか知らないでしょう。皆殺しにされてしまうわ。悪いことは言わないから、私を自分から解放した方がいいわよ。」
公青は、維月を睨みつけた。
「何を偉そうな!口先でそこから出してもらえると思うな!」
維月は、ため息をついて呆れたように言った。
「あなたのためでなく、臣下達のために言ったのに。では聞くけれど、私を追って来た陽の月はどこに居るの?」
隼と公青が、明らかに困惑した顔をした。確かに追って来ていたはずなのに、必死に飛んでいたら、気が付くと居なかった。まいたのだと思っていたが…月から、身を隠せるわけなどない。
その表情を見た、維月が言った。
「ほら、居場所を把握してないんでしょう。十六夜はね、きっと様子を見ておるのだと思うわ。私のことはいつでも助けられるけれど、まだその時期ではないんでしょうね。」と、くるりと二人に背を向けた。「も、いいわ。知らないわよ、ほんとに。せっかく攻め込んで来た軍神達だって殺さずにおいてあげたのに。このままじゃ、あなた達身の破滅よ。月の力も、龍の力も間近で見たことのないあなた達が、自分達が天下を獲りたいと考えても仕方がないのかもしれないけれどね。」
公青が、背を向けた維月にハッとしたように叫んだ。
「こら!我はそれが聞きたいのだ、主らはあれらに何をした!隼に数人連れ出させて、こちらへ連れ帰って参ったが、皆一様に気が使えぬ。まるで、人のようぞ!」
維月は、ちらを公青を振り返って言った。
「ああ、あれは月が気を奪ってるのよ。私たちが解くか、それとも死なないと戻らないわ。そうそう、言い忘れたけど、知らないようだから教えてあげる。月はね、不死なの。意識の消滅はある可能性があるけれど、私たちを殺せるのは維心様の命を切り離す術のみ。後は、陰陽でお互いを消すしかないわ。月と繋がっている限り、私たちを殺すなんて無理よ。」
公青は、目を見張った。不死だと?!
「そんなこと…誰も言うておらなんだぞ?!」
維月は、ふんと向こうを向いた。
「聞かなかったからじゃないの?もう、うるさくしないで欲しいわね。私、余計な力を使いたくないの。」
それを聞いた公青は、はたと気付いた。もしかして、今この状態は、陰の月は月と繋がっていないのではないのか。
「主、今、月と繋がっていないのか。」
維月は、怒ったように振り返った。
「そうよ!繋がってればとっくに帰ってるわよ!維心様だってそれを知ってるから、きっと私が篭められたのを知ったら一瞬でこっちへ向かうわよ!十六夜が居るから、死ぬ前に助けてくれるだろうけれど、維心様ってそういうところを十六夜に任せて置けないかただから…。」
最後の方は、ぶつぶつと維月は自分に向けて言うようにいい、そのままじっと黙った。公青は、隼に合図するとすぐに上階へと駆け上がった。龍王が来る…恐らく、陰の月は嘘を言ってはいない。女としても少し変わった女だが、それでもあれは、嘘を言ってはいない。今龍王に来られたら、ここは確かに全滅する!龍王を敵に回すつもりはなかったからこそ、龍王を救うためとか何とかわざわざ戦の大儀の中に入れたのだ。このままでは、あやつが来る…!
その時、上空で衝撃が走った。
ほんの一瞬で、公青の張った結界が破られてしまった衝撃だった。
一方、維心は激怒して西へと向かった。維月が連れ去られたということは、月と分断されているということ。早く助けなければ、命が危ないとじっとしていられなかったのだ。
維月の命を危険に晒すなど、何という恐ろしいことを!
維心は、ただただ公青に激しく怒りを覚えていたのだ。
普通に考えてもあの公青の宮を討つには多すぎる軍神達を引き連れて、維心は公青の結界の前までたどり着いた。慎怜が、全軍に留まるように命じ、維心に追いついて宙で膝を付く形になった。
「王。いかがなさいますか。」
維心は、スッと手を上げた。
「結界を破る。出て来た軍神はすぐに始末せよ。我は維月を探すゆえ、主らは他のやつらの始末を。」
慎怜は、それが宮の全てを殺すという命なのだと悟った。そして、頭を下げた。
「は!」
戦とは、本当に残酷なもの。王の命で動いた軍神達、そしてその配下の臣下達は、皆王と運命を共にしなければならない。王の判断ひとつで、一族全ての運命が決まる…確かに、神世ではそうだったのだ。
維心が軽く気を放つと、その結界は一瞬の内に無に帰した。何度も見慣れた光景ではあったが、慎怜はこの維心の力の底の無さには、己の王でありながら身震いがする思いだった。
「参る!」
下から、慌てた僅かな数の軍神達が決死の表情で向かって来る。維心がそんなものには見向きもせずに宮へと一直線に向かおうとすると、そこに急に真っ白い光が舞い降りて来た。その気に、月だと皆が悟って目を凝らすと、蒼がその光が消滅した場所に現れて、叫んだ。
「お待ちを!維心様、こちらに攻め入る必要はありません!」
維心は、蒼を青く光った目で睨んだ。
「何を言う!我が妃を奪ったヤツとその一族に思い知らせてやらねばならぬ!維月の身に何かあったら何とする!」
蒼は、首を振った。
「十六夜が居りますから!母さんは死にません!ここには、もう軍神は数人しか居ないのです!だからこうして」と、蒼は茫然とこちらを見上げる公青の軍神達に光を降らせた。すると、すぐにその軍神達は地に落ちてじたばたともがいた。「気を奪ってしまったら済むこと!軍など要りません!」
維心は、歯軋りした。
「そう言うて我らが力を貸さなんだから、維月は連れ去られてしもうたのではないか!」と、月に向かって叫んだ。「十六夜!維月は無事であろうな!」
すると十六夜の声が、下から飛んだ。
「ああ、全くもって維月は元気だ。だが、ここへそんな大人数で攻め入ったらお前の名折れになるぞ?ここにはもう、気を使える神なんて一人も居ないんだからよ。」
皆が一斉に下を見た。
十六夜が、宮の窓の前で浮いて、来い来いと手招きしている。
「軍神達はそっちへ置いておいて、二人でこっちへ来い。あいつらの話ってのを、聞いてみたらいい。」
蒼と、維心は顔を見合わせた。そして、維心はフッと小さく息をつくと、慎怜を振り返って頷き掛けた。
「…ここに待機せよ。」
そして、蒼と二人で十六夜の方へと飛んで行ったのだった。




