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憤り

公青は、長く西の向こうと言われている地を治めて来た王だった。

力は強く、その辺りに昔からあった数十の宮を全て吸収し、一つにまとめて統治した王で、その辺りではこちらの維心に匹敵する扱いであった。

それが、公青の代になってから、東に広くある地を統治しているという王が気になって仕方がなかった。その王の力は絶大で、誰も敵わぬのだという。そして、そこにある数百の宮の王達は、誰も逆らうことがないのだと聞いた。

そんな龍族の王である維心が、北に広がる大陸にまで足を伸ばして勢力を広げ始めていると聞いた時には、公青は俄かに焦った…こんな、西の小さな領地で満足している場合ではない。あちらが、こちらに全く興味を示さず、交流もしてこないのは、こんな小さな領地の王と侮られているからではないか。

公青は、自分に力に自信を持っていた。なので、使者を遣わせ、会合に出て交流を始めたのだ。

初めて会合で顔を合わせた龍王は、それは端整な顔立ちの若い王だった。しかしその大きな気は、抑えているにも関わらず公青の身にも痛いほどの規模で、公青は落胆した…これでは、真正面から行って、龍族に敵うはずはない。

なので、公青はやり方を変えた。生来の饒舌で人懐こい雰囲気を利用して、龍王が見向きもしない格下だと言われている神達を取り込むことにしたのだ。始めは警戒していた神の王達も、気軽に何度でも訪ねて来ては他愛もない話だけして帰って行く公青に、次第に心を許すようになった。

そうして、皆と打ち解けて来ていた頃、あの龍王が正妃をその座から下ろしたのだと知った。溺愛していて、他の妃など迎える素振りもなかったという龍王が、独り身になった。

公青は、驚喜した。これほどの機があろうか。ならばその座に、自分の妹を就けてしまえばいいのだ…そうすれば、次に龍王には、こちらの血筋の皇子が就く。いくら第一皇子が居ても、そんなものはもはや後ろ盾もない皇子。こちらが強く押せば、現にそこに居る妃の子である皇子を無下には出来まい。

公青は、なので何度も龍の宮へと妹を是非に妃にと、申し入れをした。もちろん、仲良くなった宮の王達にも、自分の妹が如何に龍王妃に相応しいか、事ある毎に刷り込んだ。なので、皆の間では、既に龍王妃には公青の妹しかあり得ないであろうという空気にまでなっていた。

しかし、当の龍の宮からは、何の返事もなかった。最初こそ、臣下から丁重な断りの文書が届いたが、再三に渡る申し入れに、最後には使者が宮の結界へ入ることすら叶わない状態になっていた。

膠着状態に陥ってしまったいたところに、龍王の再婚の話が舞い込んで来たのだ。

しかも、相手は再び月の宮の、同じ女だという。

溺愛していたと聞いていた…龍王は、やはりその女に未練があったということか。

公青は思ったが、そんなことを許すことなど出来なかった。同じ女との再縁には、龍王といえども神世の説得が必要になる。龍王妃が、神世の女の地位で最も高いからだ。最低でも、3年は掛かると公青は踏んでいた。

ならば、その間に先にこちらを縁付けてしまえば良いのだ。

公青は、まずは外堀から埋めて行こうと、他の宮の王達に妹のことをふれて回った。それまで以上に、妹の美点をあることないこと言いふらし、龍王自身が何と言おうと、次の龍王妃には自分の妹より他はない、と思わせることにしたのだ。

それは上手く行きそうだった…なのに、そこへ飛び込んで来たのは、月の宮が龍王を強固な結界で閉じ込め、婚姻を成立させてしまったということだった。

公青は、あの龍王を封じてしまうなど、そんな馬鹿なと誰よりも先に月の宮へと飛んだ。

…そこには、知らせの通り強固な結界が敷かれ、そんなものは公青も生きて来た中で見たこともなかった。他の神の王達は、憤るよりも感心したようにその結界を眺め、さすがに月は大したものよと呑気に語り合っていたが、公青は違った。

「月は、何としても龍族を手を組んで置く必要があったと思わぬか?」公青が言うと、他の神達は話すのをやめて公青の方を見た。「考えても見よ。ここまでして、急いで龍族を取り込んだのはなぜなのだ?月には思ったほどに力がないと見た。龍族と繋がっておらねば、世を治めることが出来ぬから、世の同意も得ずにこうして無理に縁付けたのではないか。再縁であるぞ?力のある宮であるなら、そこまでする必要などあるまいが。」

公青の言葉に、他の神の王達は顔を見合わせた。確かにそうだ…月には力があると思っていた。だが、もしかしてそれは、龍族という後ろ盾があったためか。月の宮は軍神達も、龍が多いと聞いている…。戦にも出て来ぬし、こうして結界を張る他は力など見たこともない。

そんな風に公青の話を間に受けた神達が噂し始めるのを横目に見ながら、公青は月との対決を決心していた。こちらは、数で勝る。龍王も、取り込む事が出来ぬ以上、共に討つよりない。所詮守りに特化した月の力。龍王とてこちらを庇うならば隙も出るはずだ。数で囲んで、一気に滅してくれようぞ。


維心は、単独で龍の宮へと戻って来ていた。表向き、正妃に迎える式の日までは通う事になったとしたが、本当は維月も蒼と共に事に当たるためだった。

臣下達は、神世の動向をいち早く知っていて、兆加が不安げに進み出て言った。

「王、不穏な動きが出ておりまする。」兆加は、筆頭軍神の慎怜と並んで膝をついていた。「慎怜が調べさせておりまするが、西に呼応してかなりの宮が戦の準備に入っておるようです。このままでは、全面戦争に突入するのではと思われまする。」

維心は、兆加を見た。

「知っておる。がしかし、此度狙っておるのは月の宮と、聞いておるがな。」

それには、慎怜が驚いた顔をした。

「は…確かにそのように。ですが王、我らもあちらを守るため、出撃の準備は整っておりまするが。」

維心は、わざと面倒そうに手を振って見せた。

「なぜにそのような。此度の事、蒼に手出しは無用と言われて参ったのに。」

兆加が、慌てて膝を進めた。

「しかしながら王、維月様のお里でありまするのに!月の宮単独では、あれほどの大軍を抑える事など無理でこざいましょう!」

維心は、首を振った。

「ならぬ。月を侮るでない。蒼は、己でどうにでも出来ると申しておった…神世では、龍族が居らぬと何も出来ぬゆえ、我との婚姻を強引に決めたなどと言うておるようであるが。」

それを聞いた兆加と慎怜は、顔を見合わせた。

「…それゆえで、ございまするか。」

慎怜が言う。維心は、険しい顔で頷いた。

「月の力は、我の力とは比べものにならぬ。」維心は、空を見上げた。「蒼は、それを証明しようとしておるのだ…神世に向けての。此度は、邪魔をしてはならぬ。平常と同じように振舞うのだ。」

兆加と慎怜は、再び顔を見合わせてからひとつ、頷き合って、維心に深く頭を下げた。

「は!仰せの通りに。」

そうして、龍の宮他その眷属の全ての宮で、平常通りに政務が行なわれることとなった。


頼は、戸惑っていた。

公青という王は、自分達下位の宮の王にも、気さくに話しかけてくれる、それは話上手で親しみやすい王だった。なので、気を許していたのだが、最近では龍の宮絡みで不穏な言動を繰り返すようになり、同じように親しみやすい炎嘉とは違い、その裏に何か違った思惑があるのではないかと感じるようになった。それからは、距離を置いて接するようになり、あちらもあまり訪ねて来ることもなくなった。

栄の一件で、龍王やその回りのことを深く知ることが出来た頼は、実久や蒔にも打診して、栄も共に公青とは付き合わないようになっていた。そして、炎嘉とより近しく接するようにして、何かあった時には炎嘉に助けを求めようと話し合うようになっていた。

そこに、他の宮の同じ格の王から、書状が届いたのだ…『公青殿の下に集い、世を思うままにしようとしている月を討つことになった。此度の龍王の婚姻は、龍王自身も神世も望んだことではない。それを、神世で一致団結して力を示すことで、正そうということになった。三日の内に兵を整え、公青殿の下知を待て。』

頼は、信じられなかった。とても、正気の者がすることではない。あの、月の宮へ攻め入ろうというのか。月の宮の守りは強固で、まず破ることは不可能だろう。あの龍王ですら破れぬのだと聞く。いったい、どうやって月の宮王の首を獲ろうというのだ。

頼は、その書状を握り締めて黙っていたが、不意に立ち上がって、炎嘉の元へ行こうと飛び立ち掛けた…すると、その書状は急に熱を持った。

「!!」

頼は、慌てて書状を床へと叩きつけた。見ると、それは炎を上げて燃え上がり、一瞬にして灰と化した。頼が茫然としていると、そこへ実久が飛んで来て言った。

「頼!おお、主もか。その書状には術がかけてあるのだ…我も驚いたが、我が臣下がその術を読めた。要はあちらへ同意せぬと見たら、そのように無に帰してその瞬間にその書状の送り主に知らせる。つまりは、我らがあちらへつかぬことが、あちらにバレたということぞ。」

頼は、眉を寄せて実久を見上げた。

「だから何ぞ。月に歯向かうなど…どうせあちらも、長くはあるまい。」

実久は、神妙な顔をして首を振った。

「あちらでは、月の能力は守りに特化しておって、攻撃能力などないというのが通説になっておるようだ。いくら月でも、侵攻されて結界を攻撃され続け、それが回りの宮にも被害を及ぼすとなると、出て来ざるを得まい。そこで、一網打尽にしようと考えておるのよ。」

頼は、唇を噛んだ。確かにそうかもしれぬ…あの穏やかな月達が、人や神を殺めている姿など見たことも聞いたこともない。

「…我らはどうするべきであろうな。」

実久は、頷いた。

「我らは我らに出来ることをするまで。一族を守るのだ。こちらをどうにかしようとさせぬためには、炎嘉様に庇護を求めるよりあるまい。全てを知らせ、その代わりに何かの折には助けていただくよりない。」

頼は、実久を見つめて頷いた。

「主の言う通りぞ。栄と、蒔は?」

実久は頷き返して言った。

「既に炎嘉様の元へ飛んでおる。我らも参ろうぞ。」

二人は、意を決して炎嘉の居る南の宮へと飛んだのだった。

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