周知
ほどなくして龍の宮からは、兆加を始めとする重臣達が一同に介して月の宮を訪れ、婚姻の申込みの書状を蒼と碧黎の前で読み上げた。前回は維心が皇子の時だったので、ここまで大層ではなかったのだが、月の宮でも宴を開いてその臣下達を労った。
それによって神世には、龍王が再び陰の月の維月を望んでいることが知れ渡り、やはりあまり歓迎ムードではなかった。一度は離縁して返した女で、しかも再婚して子までなしている。それに、神世には月を是非自分の宮の妃に、と望んでいる王が多かったからだ。。維月をどうのというよりも、月の宮と縁戚になるのを望んでいて、碧黎という地の娘を妃に持てば、一気に宮の力は増すからだ。
今まで維心が手にしていて、決して望めなかった月を、里に帰した事で他の宮もにわかに色めきだっていたのだ…次は必ず、その守りを手にすると。
それに、独身になったまだ若い龍王に、自分の娘を嫁がせたいと思っていた王も多数いた。維月が戻れば、月の後押しのある女に敵うはずがなく、妃になれたとしても日影の身になるのは目に見えていた。
そんなわけで、再び維心が維月を戻すと聞いて、いい気はしないのは当然だった。なので、半数以上の宮では、龍王妃に維月が返り咲くのに、いい顔はしなかったのだった。
維心は、そんな神世の動向を見ていた。予想はしていたが、やはりすぐには迎えられそうにない。
龍王なのだから、無理に押し通せば済む事だった。しかし、神世の秩序を保つ自分が、決まりを破る訳にはいかなかった…まして、今度の事は自分のせいなのだ。誰を責めることも出来なかった。
表向きは、他の宮にも月の守りを得る機会を与えるべきだという意見を出して、皆が反対しているので、自分が月の守りが欲しいから再び維月を望んでいるのだと思われないように、本当に維月自身を望んでいるのだと知れ渡るように、維心は政務の間をぬっては、月の宮へ飛んだ。本当に維月に会いたかったからでもあったが、ほぼ毎日ほど通っていた。
今日も政務をやっと片付けた時には、もう夜になっていた。あれから二ヶ月、もう三月の初めだというのに雪も激しく、普通なら出掛ける神はいない。天候を左右出来るとはいえ、自然に降っている雪を、自分の都合で止めることは、維心もしなかった。天候の流れで、普通に降っている雪なのだ。
「王?今からお出ましになるのですか?!」
臣下達は、驚いて維心を止めた。雪とは別に、夜になってから訪ねるのは、礼に反するのだ。しかし、維心は頷いた。
「参る。昨日は、明日も参ると約して戻ったのだ。待っておるだろうに…我は違える事など出来ぬ。」
しかし、臣下達は言った。
「なりませぬ!礼に反する行いでございまする。明日はお出ましになるお時間も取れますでしょう。夜明けまでお待ちを。今からでは、お顔を見てすぐ戻られなければなりませぬ。このような天候でございます。維月様もご無理はおっしゃいますまい。」
それでも、維心は首を振った。
「うるさいわ!参ると申しておる!供は要らぬわ!」
「王!」何も聞かずに飛び立つ維心を見て、黙っていた兆加が叫んだ。「慎怜!」
「は!」
慎怜が、すぐに飛び立って維心を追う。
臣下達が呆然と見送る中、兆加が言った。
「王は、維月様の事に関して妥協はされぬ。皆も、反対などしても無駄ぞ。」
重臣筆頭の兆加の言葉に、皆頭を下げた。王は、離縁されたのを後悔なさっておいでなのだ。決して宮のためなどではなく、本当に維月様を取り戻したいと思うておられる…。
皆は、そう悟った。
「まあ、維心様!」
維月は、慌てて駆け出して来た。蒼も、驚いて駆け出して来る。維心は、肩の雪を払いながら維月に歩み寄った。
「遅うなってしもうた…政務に、時を取られて。」
その後ろから、慎怜が頭にも雪を積もらせながら到着して膝を付く。維月は、維心の肩の雪を、一緒に払いながら言った。
「このような天候の時に…いくら気で雪を避けられるとはいえ、今日は吹雪でありましたのに。」
維心は、苦笑した。
「思っておらぬほど降ってきおって…少し降りかかったが、大したことはない。」と、歩き出しながら言った。「蒼、夜分に騒がせてすまぬの。」
蒼は、首を振った。
「そのような。奥の維心様の対へお入りください。今夜はお泊りになれば良いでしょう。」
維心は、驚いたような顔をした。神世を知っている蒼が、泊まれと?
「しかし…それはならぬだろう。良い、維月の顔を見て、しばらくしたら帰るゆえ。」
しかし、蒼は首を振った。
「慎怜もこの吹雪の中来たのです。休ませてやりとうございます。それに、結界を強化して帰しませんよ。こんな天候であるのに、遠慮などなさってはいけません。」
維心は戸惑った…回りには、驚いて出て来た月の宮の臣下達や侍女侍従が立ち並んでいる。ここで、泊まったら我は維月を娶ったということになってしまう。何しろ、維月に会いに来たのだから。
維月も、ためらいがちに蒼を見た。いつも穏やかな蒼らしくない強引さだったからだ。
「蒼?私も帰り道は心配だけれど、維心様はお帰りにならないと…神世が…」
しかし蒼は、言葉の途中で断固とした調子で首を振った。
「駄目です!帰りに何かあったら、それこそオレのせいになる。十六夜!」蒼は、空へ叫んだ。「結界を、強くしてくれ!」
途端にビシッと音がして、維心の目には吹雪きの向こうの結界が、自分では破ることが出来ないほど強くなったのを見た。蒼もそれを確認したらしく、側の侍従に言った。
「維心様は吹雪が止むまでこちらへ滞在される。お世話をするように。慎怜にも、軍宿舎へ部屋を与えよ。」
侍従は、王の強引さに驚きながら、慌てて頭を下げた。
「は、はい!」
慎怜も、茫然とそれを見ている。しかし、結界を出ることが出来ない以上、ここの王である蒼に従うよりなかった。なので、維心に頭を下げると、侍従についてそこを出て行った。
それを見て、維月は蒼に言った。
「蒼、どうしたの?維心様を、ここに閉じ込めてしまうなんて…。」
しかし、蒼はくるりと維月を振り返ると、断固とした口調で言った。
「維心様は、こちらで滞在してもらうよ。王のオレが決めたことだ。月の宮では、オレが法だからね。」
蒼は、そう言うとさっさと踵を返してそこを出て行った。維心は、ただ呆然とそれを見送った。何が起こっているのか分からないが、確かに蒼の言う通り、この結界の中へ入ったからには、蒼が法なのだ。しかも、あの結界を破ろうと思ったらかなりの力を使い、それでも自分にそれが破れるのか分からなかった。
維月は、蒼の態度にためらいながら、維心を見上げた。
「申し訳ありませぬ、維心様…。常は、あのようなことはありませぬのに。どうしたことでしょうか。」
維心は、同じように戸惑っていたが、それでも維月の手を取って言った。
「良い。蒼の言う通り、ここでは蒼が王で、あやつが法なのだ。我は従うよりない。」と、少し緊張気味に、歩き出した。「参るか。」
維月は、頷いた。維心と共に、宮創設の時に維心のために設えた、対へ入る。本当に、ここ二年近くそんなことは無かったのに。
珍しく十六夜も黙っていて、姿も現さない。碧黎の気配も無かった。そんな中、維心は維月の手を引いて、自分のための対へと入った。
そこは、何も変わっていなかった。いつもここへ来てホッとしていた通りに、維心はここへ入るとホッとした。維月が、慌てて維心の雪で濡れた着物を脱がせて、新しいものに変えようとしている。維心は、維月の手を引くと、首を振った。
「良い。もう休むのであるし。」
維月は、赤くなった。休む…でも、まだ婚姻というわけにはいかないから、私は部屋へ帰らなきゃならない。
「はい。」維月は、ためらいがちに頭を下げた。「では、湯殿はどうされまするか?温まってから、お休みになられるのなら、新しい襦袢の準備を致します。」
維心は、少し考えていたようだったが、頷いた。
「では、湯殿へ。」と、維月を抱き寄せた。「主も参ろう。」
維月は、仰天した。確かに、龍の宮で一緒に居た頃はよく一緒に入ったけれど、ここは月の宮。それは無理だ。
「あの…あの、あちらで分かれまするが、それでもよろしかったら大丈夫でございます。」
維心は、微笑んで頷いた。
「それで良い。」
維月は、ドキドキしている胸を押さえた。維心様は、どういうつもりでおっしゃったのか分からないけれど、本当に、久しぶりでドキドキする…。
そうして、二人は湯殿へと向かったのだった。




