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鷹の宮2

貴青が、岩場のこちら側から、そっと向こう側を覗き込んで、そして箔翔を振り返った。

「こちらへ。ただ今は外へ出ておる者が多いようでございます。」

箔翔は頷いて、そこからそっと岩場の向こうを覗いた。

そこには、岩の間に隠れるように立てられた屋敷がたくさんあり、それらの造りはとても庶民の者ではなかった。どう見ても、王族が住まうようなしっかりとした気品ある造りの屋敷で、身分のありそうなものが住まうのかと思うほど、大きな造りだった。

そうして、そこに居るのは全てが女だった。男は、小さな子なら居るが、大人の男は居ない。箔翔は、呟くように言った。

「なぜに…このような場所に。」

貴青は、下を向いた。

「遠く、王が王座に就かれた時のことでありまする。」貴青は、言った。「その当時、王にはお子が我が王箔炎様のほかに、皇女が5人、皇子が3人居られたそうでございます。箔炎様が母上を斬り捨てられた時、宮の軍神達が密かに皇女を逃し、こちらへ隠した。それからここにこうして、王に隠して屋敷を幾つか建造し、皇女達の住まいとしておりました。いつしか軍神達は皇女と婚姻となり、その子孫がこうしてここで、暮らしておるのです。」

箔翔は、驚いて貴青を見た。

「隠してとて、父上に結界内のことが見えぬ訳はあるまいが。それに、女ばかりとはどういうことぞ。いくら皇女を逃した場とはいえ。」

貴青は、箔翔を見た。

「はい。箔翔様のおっしゃる通り、王は全てを知っておられた。王は、始めから姉妹を斬るおつもりなどなかったのでございます。なので、見逃してくださっておったのだと、我も我が父から聞き申した。」

箔翔は、そういえば、と思い立った。確かに、父は女嫌いだが、軍神達までそうではないだろう。しかし、宮の回りには誰もいない。女の影もなかった。

「そういえば、主らは婚姻はどうしておるのだ?誰も、婚姻すら出来ぬということか?」

貴青は、首を振った。

「箔翔様、ここになぜに女しか居らぬか、お分かりになりませぬか?」と、貴青は向こうを見た。「ここは、我ら軍神の屋敷。遥か昔、ここで婚姻した先祖から受け継がれ、我らはここに住んでおりまする。今女しか居らぬのは、軍神達が宮で任務についておるから。そのうちに非番になった軍神達が戻りましょう。」

箔翔は、驚いてまた岩の向こうを見た。では…王族の血筋が混じっておる者たちばかりなのか。我の遠い縁者のようなものなのか。

「…知らなんだ。」箔翔は、呆然と言った。「父上は、我にこれを知らせよと申したのか。」

貴青は、頷いた。

「はい。王は、やはり何もかもご存知であられ、全て見逃して来たのだとおっしゃっておられた。しかし、箔翔様の代になってから、ここをどうするかは、箔翔様次第だと。」

箔翔は、ここまでして徹底的に女を嫌っていた父王を思った。それほどに、母が憎かったのだろう。女が、信じられなかったのだろう。そうして、長い生でやっと思えた女は手にすることが叶わず、その傷は癒えることもないまま、それでも、父はこれを自分に託して、元に戻してやって欲しいと言っているように、箔翔は思えた。

父が、王座に就く前の、盛況であったという鷹の宮に戻すようにと、父は自分に言っているのか…。

箔翔は、じっとそこを見つめ続けた。鷹が、世に隠れて、もう1500年になろうとしていることは知っていた。箔炎が、領地が何だと争う様に嫌気がさしたのだと、皆に聞いた。きっと、そうなのだ。だからこそ、龍の宮へと預けられ、そうして、世の王の政務を学んで…。

箔翔は、身が引き締まる思いだった。父は、本当に譲位を考えている。自分に、跡を継がせようと考えているのだ。ならば、自分もいつまでも皇子気分であってはならぬ。もっともっと、精進せねば…。

軍神達が、宮の方角からここへと戻って来始めていた。


箔炎は、暮れてくる夕日を背に飛びながら、結界を出てふらふらとあてもなく空中を漂っていた。

考え事をする時は、よくこうしてあてもなく一人で出掛ける。維心や炎嘉には敵わないとはいえ、箔炎に歯向かえるような神もまた居なかったのだ。

箔炎は、頼の事を考えていた。箔翔と話していて思い出したが、頼が宮に引き込もっていたのは正月からこっち。やっと出てきたのが、この間の会合だ。とはいえ、頼の宮の格では、メインテーブルにつけることはなく、他の宮と同じく後ろの席にたくさんの神達と並んで座っていたのだが、その時の暗い雰囲気は忘れられない。頼に、何があったのか…あやつは、何を考えておるのか。

嘘でも維月を憎いとかなんとか言うて、聞き出しておけば良かった。

箔炎は、己の不甲斐なさに腹が立った。炎嘉ならば、瞬時に上手く口車に乗せたであろう。

気が付くと、結構な距離を飛んでいた。箔炎が戻ろうとしていると、誰もいない池の淵に、女が一人立っていた。箔炎は、驚いて目を見張った…その女は、素っ裸だったのだ。

身投げ?にしてもどこの世界に素っ裸で死のうと思う女が居るだろう。それにあれは人ではない。ここらには、髪の赤い女は居ない。

そのまま立ち去ろうかと思ったが、何かが箔炎を引き留めた。とにかく、こんな時間にこんな所で素っ裸で何をしているのか知りたい気持ちに抗えなくて、箔炎は、その女の前、池の上に浮いて声をかけた。

「主、何をしている。着物も着ずに…」

そこまで言ってしまってから、箔炎は息を飲んだ…この姿は…!

「維月…?!」

箔炎は、慌ててその女の元へ飛ぶと自分の袿を脱いでその女にかけた。女は、不思議そうに箔炎を見上げた。

「あなた様は?これは、何ですの?」

箔炎は、記憶の障害か何かなのかと思ったが、気が維月とは違っているのに我に返った。維月ではない…。しかし、大きく癒すような包み込むような、珍しい維月に似た気だった。こんな気は、感じた事がない。しかも、目が赤く髪が赤いだけで、維月にそっくりだった。声までも似ている。まだ、若い…維月と同じぐらいか。

「我は、箔炎。この先の宮の王。主は?」

女は、首をかしげた。

「それが…分かりませぬの。ずっと眠っておったようで、目が覚めて…起きて来たら、ここで。」

箔炎は、回りを見た。

「起きて来たら?主の家は、この近くか?」

それにも、女は困ったように首をかしげた。

「家?いいえ、家ではありませぬわ。どことて…ここ、としか言えませぬの。」

箔炎は、記憶が無いのだと確信した。

「では、我が面倒を見よう。我と共に来るか?」

相手は、じっと箔炎を見ていたが、頷いた。

「…悪い気は感じませぬ。箔炎様、ではお世話になってよろしいでしょうか?どうしたものか、何も覚えておりませぬで…困り果てておりました。」

箔炎は、その女を袿に包んで抱き上げた。

「では、我が宮へ。まず、主は着物を着る事を覚えねば。裸ではならぬぞ。」

女は、包まれている袿を見た。

「これが、着物ですのね。皆これを?」

箔炎は、頷いた。

「着ておる。身は隠すもの。覚えよ。」

相手は、素直に頷いた。

「はい。他に、何か?」

箔炎は、飛び上がりながら、ためらった。自分を見つめるこの瞳は、本当に維月に似ている。気の強そうな口元まで、そっくり写し取ったかのようだ。

「その髪の色、珍し過ぎるの。髪は黒、瞳は鳶色に。」

相手は、事も無げに箔炎が言った通りに、その色を変えた。

「このように?」

箔炎は、絶句した。似ている…いや、これは維月ではないか。気は陰の月のように誘うような様ではないものの、同じ珍しい癒しの気。どこまでも、維月と同じ。

「箔炎様?」

女が、不思議そうに箔炎を見つめる。箔炎は、涙ぐんで微笑んだ。

「ああ…すまぬ。」と、箔炎は女に頬を寄せた。「名を、覚えておるか?」

女は、また首をかしげた。しかし、じっと考えていたかと思うと、急に目を輝かせた。

「ああ!思い出しましたわ!陽蘭ですわ。陽蘭と、呼ばれておりました。」

箔炎は、頷いた。

「陽蘭。」そして、自分の結界の中へと降りて行った。「共に、過ごそう。」

陽蘭は、微笑んだ。

「はい、箔炎様。」


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