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離縁

宮へ戻った維心が、開口一番、言った。

「…維月が我の妃を降りた。部屋を片付けよ。侍女は他の任へ振り分けよ。」

兆加、他臣下達は仰天して維心を見上げた。維月様を、離縁なさると?!

「王?!しかしながら…あの、いつものお里帰りでは?」

維心は、首を振った。

「違う!あれはもうここへは戻らぬ!左様手配せよ!」

維心は怒鳴ると、側の物を気で吹き上げて飛ばして、辺りに当り散らして奥宮へと歩いて行く。あまりにも機嫌の悪い維心に、誰もそれ以上近付くことも出来ず、言われた通りに手配した。奥の間の次の間にあった維月の部屋は、なのでその日のうちに片付けられて、がらんとした空間へと戻った。元は維心の着物を並べて置く場所であったそこは、前世のそのままに、また維心の着物が置かれて、維月の部屋は跡形もなくなった。

維心が、政務のために書状を読んでいると、兆加が控えめに進んで来て、膝をついた。

「王…。」

維心は、目を上げた。

「何用ぞ。」

兆加は、言いにくそうに言った。

「あの…維月様のお着物でありまするが。大変な数がございます。こちらは、どう致しましょうか。」

維心は、眉を寄せた。

「月の宮へ送ればよかろう。」

兆加は、頭を下げた。

「はい。では、そのように。」

すると、後ろから声が飛んだ。

「維心。」居間の入り口に立っていたのは、炎嘉だった。「邪魔をする。」

維心は、ますます眉を寄せた。

「何ぞ、誠に邪魔よな。」

炎嘉は、構わず維心の前の椅子に腰掛けた。兆加が、入れ替わりにそそくさと出て行く。それを見送ってから、炎嘉は言った。

「…まさかと思うたのに。誠に主、維月を降ろしたのか。」

維心は、また書状へ目を向けながら言った。

「だからどうした?政務はいつも通りぞ。」

炎嘉は、手を振って笑った。

「ついに飽きたか。数百年も独り占めしおって、いつになったら我の番が回って来るかと待っておった甲斐があったというものよ。」と、立ち上がった。「ま、それだけ確認出来れば良いのだ。ではの。」

維心は、炎嘉を睨んで言った。

「何を言うておる!主の手に負えぬわ!」

出て行こうとしていた炎嘉は、維心を振り返った。

「だからどうした?」炎嘉は、維心をじっと見た。「それでも片恋で年に二度しか会えぬ上、心が他の男に向いておるのに耐えるよりはマシよ。やっと我の番が回って参ったのだ。出来る所まで我はやる。それで維月を理解出来なんだとしても、仕方がないことであるしな。我は維月の心が欲しい。身など側に無くとも良いわ。何百年も維月の心を掴んで離さなかった主には、我のことなど分からぬの。やっと主から解放された維月の心を、我は今度こそ自分のものにしてみせる。主は降りたのだからの。口出しするでないぞ。もはや他人の女であろうが。」

維心は、言葉が出なかった。炎嘉は、そんな維心をひと睨みすると、さっとそこを出て行き、月の宮の方角の、結界を抜けて出て行った。維心は、黙って手元の巻物に視線を落とした…どうしろという。維月と我は、違う命で考え方が違う。前世でも違ったが、それでも何とかやって来た。譲歩もした…それでも、分かり合うことが出来なかったのに。

維心の手は、ぐっと書状を握り締めた。どうあっても、越えられぬ壁があるのだ。命が、違うのだ…。


維月が、ぼーっと今空室の陽蘭の部屋から庭を見ていると、蒼が来て言った。

「母さん?炎嘉様が、来てるけど。何か、百合が咲いたからとか何とか。」

維月は、思い出した。そういえば、前に炎嘉様の宮へ行った時、二人でまだ葉だけの百合を見ていたっけ。その時、咲いたら届けると言ってくださっていた。

維月は、振り返って言った。

「お会いするわ。お通ししてくれる?」

蒼は、頷いて出て行った。

あれから、何日経ったんだろう。

維月は、ただ流れる時間の中に、漂っているように思えた。今まで、維心の愛情の上に胡坐をかいて、そして好き放題して来た。それでもいつも追いかけて来ては、自分を抱きしめて何かあっても放さずに居てくれる腕を、当然のように思っていた。だが、ついに維心に見限られてしまった。思えば、もっと早くにこうなっていてもおかしくはなかったのに。

龍の宮から、あちらに置いてあった着物が大量に送られて来たのだと侍女達に聞いた。あちらは私を全て消し去ってしまって、早く忘れたいと思っていることだろう。思い出せば、腹が立つから…。

維月は、ため息をついた。こうなってしまったからには、受け入れるよりない。維心様を想っていても、あちらはただ迷惑なだけなのだ。本来、維心はとても女嫌いで女神を側に寄せ付けない。自分も、そのその他大勢の女神達を同じ位置に…いや、それ以下になってしまったのだから。

「…憂い顔よの、維月。」

後ろから、聞きなれた声が聞こえた。振り返ると、炎嘉がそこに立っていた。

「炎嘉様…」維月は、慌てて立ち上がった。「ようお越しくださいました。」

炎嘉は頷いて、維月に歩み寄って肩を抱き寄せた。

「百合が咲いた。約したであろう?そこへ。」

炎嘉が指す庭の方を見ると、侍従達が根ごと持ち運んで、庭に植えようとしているところだった。

「まあ…。根ごと持って来てくださいましたの?」

炎嘉は、頷いた。

「ここの庭へ植えておけば、離れておっても同じ百合が見れるであろう?」と、維月に口付けた。「碧黎に挨拶をして参ったのだ。」

維月は驚いて炎嘉を見上げた。

「え、お父様に?」

炎嘉は、頷いた。

「実はここへ来るのは、主に会うのもだが、碧黎に会って、願わねばならぬことがあったから。あれは、主の父であろう?」

維月は、頷いた。

「はい…。ですが、何を?」

炎嘉は、維月を見て微笑むと、急に膝間づいて、その手を取った。

「維月、どうか我の妃に。」そうして、びっくりしている維月を見てまた微笑むと、立ち上がって言った。「碧黎に、主を妃に欲しいと願って参った。十六夜も来て、それは維月次第だと言われた。主がここのところぼーっとして元気がないので、元気になるなら何だっていいと言うのが十六夜と碧黎の意見だったのだが。」

維月は、涙ぐんだ。

「まあ…。二人がそんなことを。」

炎嘉は、頷いて維月を抱きしめた。

「まあ、もう主は我の妃と同じ扱いであって、年に二回とはいえ共に夜を過ごすのであるから、何も変わることはないがの。変わるのは、いつなりこうして誰はばかることなく会えることぐらいか。」と、維月の髪に頬を寄せた。「我を頼るが良い。これまであれほどに会えぬというのに耐えたのだ。今更何であろうか。のう維月…我がここへ、通うても良いから。」

維月は、炎嘉を見上げた。炎嘉様の、妃に…。でも、炎嘉様は維心様のご親友であられるから、そのうちにお顔を見るなんてこともあるかもしれないのに。維心様を忘れることが、まだ出来ていないのに…。

「まだ…気持ちが落ち着きませぬ。」維月は、下を向いて袖で口元を隠して言った。「とても誰かに嫁ぐという気持ちになれませぬの。このまま、父と兄の下でゆっくりしていたいというのが本音でございます。」

父と兄。碧黎と十六夜。分かっていたので、炎嘉はため息をついて頷いた。

「で、あろうの。そう答えるだろうと思うておった。では、ここへ会いに来るのは許してくれぬか。こうして、共に過ごそうぞ。」

維月は、炎嘉を見上げて、そのいたわりに感謝して微笑んだ。

「はい。炎嘉様は…本当におやさしいかたですこと。」

炎嘉は、困ったように眉を寄せた。

「仕方のない。やさしいだけの男で終わってしまいとうないがの。」

そうして、庭へと植えられて行く百合を二人で眺めながら、たわいもない話をして過ごしたのだった。

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