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喧嘩

頼と実久、蒔、そして栄は、そうしてまた穏やかな日常に戻って行った。

伝え聞くところによると、頼はまた妃達に通うことはなくなったようではあったが、それでも以前よりは格段に王らしく、政務にも真面目に取り組んでいるらしい。王の会合で会う時も、四人とも落ち着いていて、顔つきが変わっていた。元よりそれほど小さな宮の王達を見ることのない維心はあまり興味もないようだったが、世話をしている炎嘉によると、皆落ち着いた暮らしぶりなのだということだ。

維月が、ホッとして王の居間で庭を見ていると、十六夜が急に目の前に実体化した。

「維月。」

維月は、びっくりして手で口を押えた。

「まあ!まるでお父様のようよ、十六夜!そんなことが出来るようになったの?」

十六夜は、得意げにふふんと笑った。

「親父に出来てオレに出来ないなんてシャクだからさ。親父を見ていて何度か試してみたら、出来るようになった。お前も出来るんじゃねぇか?」

維月は、苦笑した。

「無理よ。気の大きさが全然違うんだから。維心様も似たようなことがお出来になるけれど、瞬間移動には半端なく力要るし、コツが要るんだと言っていらしたわ。それに、到着先の条件が揃わないと無理なのですって。そんな、十六夜やお父様みたいに、軽くぽんぽん行ったり来たり出来ないのよ。」

十六夜は、維月の肩を抱いて言った。

「ま、必要な時はオレが抱いて飛ぶしいい。で、維心は?」

維月は、微笑んだ。

「ああ、今宮の会合なの。」

十六夜は意地悪く笑った。

「ふーん。お前、ついて歩くのやめたのか。」

維月は、困ったように笑った。

「あんまりべったりだと、さすがの維心様も困られるでしょう?それに、私もあまりべったりしていると、探してもらえなくなって、つまんないんだもの。」

十六夜は、呆れて言った。

「なんだよ、探して欲しいのかよ。」

維月は、拗ねたように頬を膨らませた。

「だって、側に居て当たり前になって来て、維心様ったら前みたいに探し回ってくれなくなったんだもの。居間でじっと待っていたら、すぐに戻って来るのが分かってるから。」

十六夜は、維月の頭をぽんぽんと叩いた。

「はいはい、かくれんぼじゃねぇんだから。維心だって落ち着いたんだよ。今までが異常だったんだからな。まさにストーカーで。」と、維月の頬に自分の頬を摺り寄せた。「じゃあ、言わないで連れて帰っても大丈夫かな。里帰りでもどうかって、言いに来たんだけどよ。暑いし、宮にある滝の前のプールで泳ごうかって思ってさ。」

維月は、嬉しそうに手を打った。

「ああ!小さい頃からよく一緒に泳いだものね!行こう!」

維月が、運べとばかりに十六夜の首に腕を回した。十六夜は維月を抱き上げながら、苦笑した。

「あのなあ、いくらなんでも何も言わないで連れてったら維心は怒るぞ。お前の気配が自分の結界内から出たら、絶対大騒ぎになるとオレは思うね。」

維月は、いたずらっぽくふふっと笑った。

「そうかしら?試してみてもいいんじゃない?」

十六夜も、同じようにニッと笑った。

「おもしれぇ。だが、維心がめちゃくちゃ怒っても知らねぇぞ?」

維月は、頬を膨らませて言った。

「いいもーん。ちょっと探してくださったらいいんだもん。それに、今日は政務が詰まってるから夕方まで気づかれないわよ、きっと。」

十六夜は、苦笑したまま維月を抱いて空へと飛び上がった。

月の宮までは、すぐだった。


そうして、維月は月の宮の結界内にある滝の下に作られたプールで十六夜としこたま泳いで楽しんだ後、宮で碧黎や蒼、嘉韻達とスイカ割りをしたり、夕方になって浴衣に着替えて花火をしたりと夏を楽しんでいた。すると、蒼と碧黎、それに十六夜が一斉に空を見上げた。

「え?なに?」

維月が団扇を手に言う。十六夜が、維月を見てあーあ、という顔をした。

「…だから言ったじゃねぇか。メチャクチャ怒ってるぞ、どうするんだよ。」

「思わず結界通しちゃった。」蒼が言った。「母さん、維心様に言わずに来たの?」

維月は団扇で口を押さえた。すっかり忘れてた。

「来られたの?」

碧黎が、呆れたように肩をすくめた。

「知らぬぞ、ほんにもう。あやつは怒ると手が付けられぬのだからの。」

すると、回りの木々が激しく揺れて風が渦を巻いて降りて来るのが分かった。上空から、維心を中心に回りの気が尋常でないほど乱れているのがはっきり見えた。碧黎が、見かねて言った。

「こら維心!気が乱れる、落ち着かぬか!」

維心は目を青く光らせて降りて来た。維月は息を飲んだ…ほんとに怒っている。

「…維月の気が消えてどれ程に結界の中を探し回ったことか。」維心は、唸るように食いしばった歯の間から言った。「軍神総出で近隣全てを捜索したのだぞ!連れ帰るならなぜに言わぬ!維月!主も我に黙って里へ帰るとは何事ぞ!」

維月は震え上がった。維心は本気で怒ると本当に恐いのだ。

「ここに居たんだからいいじゃねぇか。オレが迎えに行った時、お前会合で居なかったからよ。確かにオレ達の気配はお前の結界に掛からないから出たのは分からないかもしれねぇが、まずオレに聞いたら良かったじゃねぇか。」

維心は、それでも言った。

「何を言うておる!呼び掛けておるのに応えなんだのは主ではないか!」と、庭の芝の上に降り立った。「何かあったのかと、李関に問い合わせれば、何事もなく維月と遊んでおるという始末。我が午後からどれ程に案じておったと思うておる!」

十六夜は、維月と一緒に遊びまわるのに夢中で、そういえば何か聞こえたような気がしたが、無視してしまっていたのを思い出した。何しろ自分に語りかける声は人も含めてとても多いので、無視モードに切り替えると本当に聞こえないような状態になってしまうのだ。

十六夜は、そこは悪かったと思った。

「…すまねぇ。ほんとに全然聞いてなかった。まさかそんなに心配するなんて思わなくてよ。」

維心の回りの気が、幾分収まった。だが、まだ気は吹き上がっていた。

「維月も維月ぞ!だいたい、妃は王が許さねば側を離れただけで死罪であるような世の中で、自由にさせておるからと言うて勝手に出て行って良いはずはなかろうが!」

維月は、小さくなって下を向いた。

「申し訳ありませぬ…。」

蒼は、同情気味に維心を見た。きっと、維月の気配が消えた直後から、必死に探し回ったのだ。宮の軍神総出といったら、あの三万の軍隊が出動して大騒ぎになったということになる。そこまでして、相手は呑気に里で遊んでいたとなったら、それは腹も立つだろう。

碧黎が、横から言った。

「元々、そういう気ままな命ぞ、維心。」碧黎は、怒っている訳でも、同情している訳でもなく、ただ淡々と言った。「いくら前世の記憶を継いでおるとはいえ、今生は我らと共に育ち、その中で生活して来た月なのだ。そういう意味では、十六夜と維月は今生、前世よりよう似ておる。いくら同じ魂でも、やはり新しい生を生きておるのだからの。諦めよ。もし理解出来ぬのなら、主も新しい生を生きるために他の道を探すことぞ。我ら、これで問題なく生きておるのだ。主は神なのに、我らと共になど、ストレス以上の何ものでもあるまい?無理をすることはないぞ。」

碧黎が、あてつけでも何でもなくそう言っているのは、そこに居る誰もが分かった。維月は、慌てて言った。

「お父様、私が悪いのでございまする。少しぐらいなら、ここまで心配なさることもないであろうと軽い気持ちで出て参ったのですわ。自覚が足りませなんだ。」

しかし、碧黎は首を振った。

「何を言う。我がもし維心であったなら、それにこれが十六夜であったなら、ここまで大騒ぎはせぬし、ああそうかで済ませるぐらいのことなのだ。母を見よ、鷹の宮で箔炎の妃をやっておるのだぞ?我がそれで騒いだか。十六夜は、維心と主に子が出来たと騒いだか。騒がなかったであろうが。しかし維心はちょっと居らぬようになっただけで案じてここまでするのだろう?維心にとって、重荷以外の何ものでもないのなら、主はあちらを出るべきぞ。」

維月は、反論しようと口を開きかけたが、出来なかった。気ままと言われれば、確かに気ままなのだ。前世の自分から見て、今生の自分は考えが軽かった。維心にとってのストレスなどといわれては、反論できなかったのだ。

維心は、碧黎を睨んだ。

「また命がどうのと言いおって!」維心は、激しく怒ったまま叫んだ。「どうにもならぬことを持ち出して、維月から手を退けとそうして我に圧力を掛ける!我とて好きで神なのではないわ!ならば我も地や月であったなら良かったのか!我は…どうせ主らから見たら狭量で頭の固い男なのであろうよ!好きにすれば良いわ!もう、帰らぬでも良い!」

維心はそう言い放つと、一気に飛び上がって結界を抜けて出て行った。維月は、必死に叫んだ。

「維心様!維心様ー!!」

しかし、維心は振り返ることも、戻ることもなく、龍の宮へと帰って行ってしまった。

「…維心様の気、最後はとっても悲しそうだったんだけど…。」

蒼が、小さく呟く。維月は、涙を流した。軽い気持ちだったのに。維心様に、今度こそ愛想を尽かされてしまったのだわ。私が、こうしてふらふらとしているから…。

「維月…。」

十六夜が、歩み寄って維月の肩に手を置いた。維月は、首を振った。

「もう、いい。十六夜、ごめんね。ちょっと一人になりたいの。」と、碧黎に頭を下げた。「お父様…少し、お母様のお部屋をお借りして良いでしょうか。」

碧黎は、頷いた。

「使うがよい。」

そうして、維月はそこを離れた。

十六夜にも、今度ばかりはどうしたらいいのか分からなかった。

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