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裁き

栄は、龍王によって黄泉から戻されたと神世に告示され、それによって神達は震撼した…今まで、これほどに長い時間をあけた後、黄泉から生還したなど聞いたことがなかったからだ。

そうして、維心が前世と変わらぬ大きな力と能力を持つことが広く知れ渡り、今生、まだ若い龍王だと少し見下していたような王達も、深く頭を下げるようになった。そして益々に前世の統治していた頃の雰囲気と同じように、いい意味の緊張感が漂う神世へと変わり始めていた。

清から栄へと、またここ数ヶ月の政務の引継ぎを行い、清は皇子に、栄は王にと戻った。清にしてみれば、緊張と困惑の数ヶ月だった。今まで、兄が全て引き受けてやってくれていたことが、どれほどに重い責務であったのかと清は身に沁みて分かった。なので、体を気遣うのもあるが、より一層栄を補佐するようになった。

栄は、まだ宮で謹慎している頼達のことを思った…あれからひと月にはなるのに、まだ龍の宮からの沙汰は来ない。栄が、自分への沙汰をと連絡した時も、栄には関係のないことだと突っぱねられて、部外者としてこのことは口外ならぬと強く口止めされていた。つまりは、今頼、実久、蒔の三人は、宙ぶらりんの状態だったのだ。

謹慎中の身で宮を出て来ることも出来ない頼達のことを思い、自分が代わりに行こうかと思ったが、栄も今は来客に忙しかった。何しろ、黄泉から戻ったのだ。近隣の宮は喪に服してくれていたと聞いているし、栄はその対応をしないわけにはいかなかったのだ。

栄の元気にしている様子を臣下達から聞くにつけて、頼はどんどんと冷静に世の中を見るようになっていた。

自分達がしたことが、どれ程に愚かな事だったのかも分かった。そうして、せめてもと命のある間、頼は王として臣下達のために黙々と責務をこなしていた。臣下達にも、今度の事は話して聞かせた。なので全て知っていて、皆、沙汰はまだかと落ち着かなかった。まさか、王が居なくなってしまわれる事はあるまいが…。

それでも、龍王の非情さを知っている臣下達には、あまり希望はなかった。

頼には妃が二人居たが、気が向かないと通わない王だった。なのに頼はあの事件からきっちり交互に通うようになった。それが、自分が命を落とした後の事を考えて、王族の血筋を残そうと考えているように見えて、臣下達も居たたまれなかった。

「王!」

筆頭重臣の紀伊が駆け込んで来て膝をついた。頼は、書見をしている最中だったが、顔を上げた。

「何事ぞ、紀伊。」

紀伊は、息も絶え絶えな様子で、必死に文箱を差し出した。その文箱は、見たこともないほど良い塗りではあったが、それでも何の飾りもない、公式の文書を送るためのものだった。その設えから、明らかに格上の宮からの書状なのだと分かった。

「…龍の宮からか。」

紀伊は、頷いた。

「どうぞ、ご覧になってくださいませ。」

紀伊の後ろから、ぞろぞろと慌てた様子の臣下達が居間へと駆け込んで来る。

頼は、落ち着いてその文箱の紐を解くと、中の書状を見た。それには、本日龍の宮へ出頭せよ、という龍王からの短い命が、臣下の代筆で書かれてあった。

「…参る。」

頼は、立ち上がった。侍女達が、公式の着物を持って入って来る。臣下達は、顔を見合わせた…恐らく、沙汰が下されるのだ。

呼び出されるということは、ここへ攻め入って全てを滅するということではない。頼は、それに感謝した…とにかくは、我が一族は自分のせいで滅ぶということを免れたのだ。

それでも、紀伊は言った。

「王、このまま出頭なさっては、お命も危ういかもしれませぬ。どうか、軍神達をお連れになって、身をお守りくださいませ。」

しかし、頼は苦笑して首を振った。

「何を言うておるのだ。あちらは軍神ですら我より気が大きく強いのであるぞ?まして龍王になど、誰が敵うと申す。良い、主らはここで待つが良い。我にもしものことがあっても、神世を統べておる龍王のこと、先を考えてのことぞ。あちらで王を指名して参るであろう。元はといえば、我の責。主らは案ずることはない。」

紀伊は、食い下がった。

「しかし、王は栄様のことを思われてなさったのではありませぬか?だからこそ、龍王の知れるところとなり、ああして栄様もお戻りなることが出来たのでございます。王は、何も間違っておられませぬ!」

頼は、侍女に着物を着付けられ、紀伊に向き直った。

「王として、我は間違っておったのだ。もう少しで主らも滅しられてしまうところであったのだぞ?我は、自分のしたことを償う義務がある。」と、集まっている臣下達を見回した。「主らも、よう我に仕えてくれたことよ。あちらでお会いした父上も、此度のことは我を諌めておられたのだ。もしものことがあろうと、あちらで迎えてくださる。我のことは案じず、主らは後を頼んだぞ。」

臣下達は、涙ぐんで下を向いた。

「王…。」

頼は、いつもは窓から気軽に出て行くのに、この日はきちんと出発口へと出た。そして、二人の妃と臣下達に見送られ、もう最後かもしれない自分の宮を飛び立ったのだった。


龍の宮の結界に近付くと、大きな気を持つ軍神達がすっと寄って来た。たった三人であったが、頼はその内の一人であっても勝てることはないことがすぐに分かった。相手は言った。

「頼様でございまするか。」

相手は言う。頼は、頷いた。

「維心殿よりの命で、こちらへ参った。」

軍神は、頷いた。

「我は龍の宮筆頭軍神、慎怜。頼様、王がお待ちでございまする。」

慎怜は、先を飛んで行く。

頼は、自分の軍神二人と共に、慎怜について飛んだ。慎怜が、龍の結界へとすり抜けて入って行くのに遅れてはならぬと通ろうとすると、その結界はびっくりするほど分厚い構造をしていて、まるで身の中を通って行くような心地悪さを感じた。

龍の結界とは、何と変わったものであることか。

頼は、体の細胞の一つ一つまで抉られるような気持ち悪さを感じた後遺症を一生懸命振り払いながら、宮へと降りて行ったのだった。



維心が、自分の居間で空を見上げて言った。

「…揃ったようよ。」

維月は、居間の椅子から維心を見た。

「頼様が来られたのですか?」

維心は、頷いた。

「あれで最後よな。」と、維月に歩み寄ると、その額に口付けた。「行って参る。時は取らぬゆえの。」

維月は、微笑んで維心の頬に口付け返した。

「早ようお戻りくださいませ。」

維心は嬉しげに微笑むと維月の頬に頬を摺り寄せた。

「おお、すぐに戻る。待っておれ。」

維心は、そのまま居間から出て、謁見の間へと歩いて行った。

その途中、回廊の所で、慎怜が歩いて来て維心の前に膝をついた。

「王。皆様揃われましてございます。」

維心は、頷いた。

「皆、無事か?」

慎怜は、顔を上げた。

「は。何事もなく結界を通り、こちらへご案内を。」

維心は、軽く頷いてまた歩き出した。

「参る。」

「は!」

慎怜は、維心について歩いて、謁見の間へと向かったのだった。


頼は、通された見たこともないほど大きな謁見の間で、実久と蒔に久しぶりに再会した。

「頼!」

実久が、歩み寄って来る。頼は、思わず表情を緩めて実久の方へと足を踏み出した。

「実久。」と、緊張気味に青い顔をしている蒔を見た。「蒔。主、大丈夫か?」

実久は、それを聞いて首を振った。

「ああ、さっき結界を通る時にの。龍王の結界とは何と分厚いものか。我は思わず身を退きそうになった…心地悪うての。蒔はその後遺症でまだ気分が悪いのだ。」

頼は、顔をしかめた。

「あれは確かに、我もそのように。」と、きょろきょろと回りを見回した。「我らだけか。主らも、軍神は入るなと?」

実久は、頷いた。

「あれらに、最後を看取ってもらおうと思うておったのに。軍神というてここの神達の足元にも及ばぬのだから、一緒に居っても良いと思うのにの。」

頼は、肩をすくめた。

「仕方のないことよ。我らは咎人なのだ。贅沢は言えぬ。」

大きな気が近付いて来るのを感じて、三人は反射的に身構えた。すると、玉座脇の布が揺れて、そこから龍王、維心が入って来た。そして、維心が玉座に着くと、その横に慎怜が膝をついて控えた。

頼と実久、蒔は慌てて頭を下げた。

「表を上げよ。」

維心は、淡々とした声で言った。その声からは、何を考えているのか想像もつかない。何しろ龍王は、顔色一つ変えずに、妃の候補まで斬り殺したことがあるのだと聞いている。

三人が顔を上げると、維心はじっと三人の顔を見た。そして、言った。

「申し開きはもう終わった。我は気が長い方ではないし、主らの口から聞くつもりもなかったゆえの。」

三人は、びっくりして維心を見上げた。申し開きと…ただの一言も発しておらぬのに?

しかし、別に何も言い訳するつもりもなかった頼は、不公平な扱いも特に腹が立つこともなかった。確かにかなりの迷惑を掛けたことには違いないし、栄を連れ帰って命を戻してくれたのもこの龍王なのだ。

「元より、何も申し上げることはございませぬ。」

頼が言うと、維心は立ち上がった。

「良い心がけぞ。」と、維心はスッと手を上げた。「何しろ妃に、早よう帰ると約しておるゆえなあ。」

頼達は、来る、と頭を下げて目をつぶった。

こんなに簡単に、しかも気軽に消されてしまうのか。

諦めにも似た気持ちのまま、三人はすぐに来るはずの衝撃を待った。

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