栄の帰還
維心は、維月を抱いて栄の宮に到着した。
その後ろから十六夜が、そして炎嘉が到着し、すぐに墓所の方へと向かおうとした…宮からは、それを気取った軍神達が出て来て手こずるかと思ったが、出て来たのは数人で、維心達の前に膝をついた。
「墓所でございましょうか。」
炎嘉が、頷いた。
「先に来ておるの?」
軍神は頷いた。
「はい。ご案内致しまする。」
その、三人ほどの軍神について歩いて行くと、どこの宮にもある墓所特有のシンプルな石造りの低い小さな建物が見えて来た。これが墓所の入り口であることは、皆には分かっていた…地下に、たくさんの埋葬の場があるのだ。
入るとすぐに一つ部屋があり、そこから四方に階下へ下る階段がある。軍神は、中央に見える階段の方へと四人をいざなった。
暗い階段を降りると、その先でボーッと光る場所があるのが見えた。碧黎が居て、頼達がその後ろに並んで立ち、清が緊張した面持ちで立っていた。そして、この宮の臣下達が壁際にずらりと並んで立っている。
炎嘉が、声をかけた。
「碧黎。終わったか?」
碧黎は、こちらを見た。
「少し栄の体の調整をしておった。これからぞ。」
清が、戸惑い気味に言った。
「炎嘉殿…この方は兄上のお命を戻されるとおっしゃる。半信半疑で墓所を開けて見ると、兄上はまだ生前のまままるで眠っているかのようであられて…我は、何を信じて良いのか。」
炎嘉は、清がこんなことには慣れない小さな宮の皇子だったことを思い、なだめるように言った。
「案ずるでない。信じて良いぞ。かなり特殊な事ではあるが、栄は戻って来れるのだ。」
すると、清は幾分ホッとしたような顔をした。碧黎がそれを見て苦笑して言った。
「この地である我より、主の言うことを信じるとはの、炎嘉よ。」
炎嘉は、碧黎に歩み寄りながら言った。
「それは我はこの辺りの神を世話して来たのであるから。して、行けそうか?」
碧黎は、維心を見た。
「我より、維心がやったほうが良いの。」
維心は、維月を腕に抱いたままだったが、眉を寄せた。
「我に出来て主に出来ぬことなどあるまい。」
しかし、碧黎は頷かなかった。
「出来ぬことはないが、何度も言うがこれは主ら神の間のこと。我はあまり干渉せぬ方が良いのだ。それでなくとも、我は栄の体をこうして保って来るのに力を貸しておる。これ以上神世に干渉するのは良うない。」
維心が迷っていると、維月が維心を見上げて懇願するように言った。
「維心様…。」
維心は、維月を見て思った。維月は、栄を生き返らせて欲しいのだ。自分のせいで死んだのだと思っているから…。
「わかった。」維心は、維月を見て言った。「主の憂いを取り去るためよな。ならば、力を貸そうぞ。」
維心は、維月から離れて碧黎へと歩み寄った。棺の中の栄は、確かに眠っているかのようで、この体へ戻ることは可能なようだ。
碧黎は、手の上に浮かべていた命の光の玉を、維心へと渡した。
「主ならば一瞬であろう。我は命専門ではないからの。」
維心は、命の玉を受け取って眉を寄せて栄へと向き直った。
「誰も好きで命を司っておるのではないわ。」
そうして、前置きなく維心はその命を栄の体へと放り投げた。
「十六夜!維月を支えておれ!」
十六夜が、慌てて維月の肩を抱く。維心の体から、気が一気に吹き上がって頼の時と同じように回りに激しく渦を巻いた。
「うわ!」
回りに居た神達は、軒並みふらついて何かに掴まらざるを得なかった。維月は十六夜にしっかりと庇われていたので無事だったが、側の軍神は吹き飛ばされて壁に叩き付けられていた。炎嘉は、咄嗟に自分をしっかりと気で床に頚木を打つようにして留まったが、叫んだ。
「維心!主はもう、維月さえ無事なら良いのか!少しは警告せよ!」
維心は、それを無視して呪を唱え出す。渦を巻いた気は、光となって栄の体へと流れ込んで行く。
「…何という力ぞ…。」
頼は、自分の時は見えなかったこの光景を目の当たりにして、呆然としていた。力の、差…。これが宮の序列の差であり、そして背負っているものの大きさの差なのだ。
間近に居る碧黎は、全く平気なようでその光景を眺めている。しかし、他の神達は、とても立ってはいられなかった。
「…収まったの。」
碧黎が言うと共に、維心の気の流れはスッと収まり、維心も呪を唱えるのを止めた。棺の中の栄が、ハッと息をついて、詰まるような変な呼吸を繰り返し始める。清が、床に這いつくばっていたのを、必死に立ち上がってそれに駆け寄った。
「兄上!兄上!」
栄は、まだ変な呼吸をしている。頼と実久、蒔もそれに駆け寄りながら、不安そうに維心を見た。維心は、そちらを見もせずに言った。
「呼吸を忘れておるだけぞ。そのうち思い出すであろうぞ。」そして、維月に歩み寄って維月の頬に触れた。「これで、主は何も悪うない。あれは戻って来た…憂いるでないぞ。」
維月は、涙ぐんで維心を見上げ、そして頭を下げた。
「ありがとうございます、維心様。いつもそうして、助けてくださる…。」
維心は、十六夜から腕を引いて維月を引き寄せ、抱きしめた。
「何を言う。主は我に頭を下げることなどない。我は何事も、主の思うままと申したであろう。」
十六夜が、ふんと面白くなさそうに維心を見た。
「また、こんな時に自分の株を上げようと思ってさ。ちょっといろいろ知ってるからっていい気になるなよ。だいたい今度のことは、親父が栄の体を保ってたのが良かったんだしな。」
維心は、維月を抱いたままムッとしたような顔をした。
「何ぞ、こんな時に無粋なことを。まあ良いわ。主のように術にも気付かず共に掛かるなどということは、我に限ってはないからの。」
栄の様子を見て、回りに居たこの宮の臣下達に指示を出していた炎嘉が、そんな維心達を振り返って呆れて言った。
「主らは!ここがどこだと思うておるのだ!墓所であるぞ?そういう内輪揉めは、帰ってからにせよ!」
すると維心は、急に表情を険しくすると維月をまた十六夜に渡し、何事かと驚く二人を置いて栄の方へと戻った。他の神は、維心が側に来ただけで緊張気味に固まって頭を下げた。炎嘉は、その目が頼と実久、蒔を見ているのを見て、こやつらの処分か、と自分も険しい顔をした…この維心が、ここで沙汰を下してさっさと厄介払いしようと思っても、おかしくはない。前世、何度簡単に滅して表情も変えないのを見て来たことか。
頼達も、維心の表情を見て、覚悟した…ここで、消されるのかもしれない。
じっと黙って頭を下げていると、維心はしばらく黙っていたが、言った。
「…沙汰は追って下す。今は栄が戻ったばかりでこちらも落ち着かぬしの。それぞれの宮へ戻っておれ。」
炎嘉は、驚いた。いつなり、そんなことには構わなかったのではないのか。回りが大概迷惑しても、さっさと斬って捨てたりしておったのに。
維心は、そんな炎嘉には構わず、維月を抱き上げると横の十六夜に言った。
「我が宮へ帰るぞ。全く里帰りさせるとろくなことがないわ。」
十六夜は、隣りを歩きながら言った。
「うるさいな。そっちに居たからって安全なわけでもないだろうが。」
維心は、早足に出口へと向かいながらちらと十六夜を見て答えた。
「我が宮に居ったら我が気取るからこのようなことはないわ。」
「だったら月に戻ってたらいいんだ。」十六夜が、負けじと返した。「どこよりも安全だぞ?」
「うるさい!二言目には月へ返す返すと。そもそも主は…」
そこで、墓所を出た。
頼達は、やっと呼吸が正常になり始めた栄を宮へと運びながら、陰の月絡みで苦労しているのは、何も栄だけではないのだ、龍王ですら気苦労が耐えないのだと、しみじみ思っていた。




