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波動

碧黎を見た頼達は、びっくりしたような顔をした。突然に現れたこともだが、それよりもその大きな気と、そして、自分達が知っている碧黎とは違っていたからだった。

その碧黎は、言った。

「見ておった。波動とな?人が使う仙術は、我が使うものとは別種のものぞ。しかし、波動を読むことは出来る。維月達が掛かった仙術の波動は既に知っておるから、彎が遺したものを見れば良いということか。」

ただただ驚いている頼達には目もくれず、維心は頷いた。

「そうだ。同じものならば、彎の遺した解き方で事足りるやもしれぬ。ここの仙人は解き方を見つけられなかったが、彎は見つけておったのやもしれぬからの。」

碧黎は、頷いた。

「確かにの。やり方は違えども、同じように変化させる術であるのだから、可能性はある。しかし、その方法がとんでもない方法であったならどうするのだ。我はあれを一応読んでみたが、厄介な条件などが課せられた上で行なうようなことが多かったぞ。」

そこに、十六夜の声が割り込んだ。

《なんだよ親父、そっち行ってたのか。》そして、続けた。《ああ維心、炎嘉。調べて来たぞ。蒼が読み上げた通りに言うから、聞いてくれ。その六。基本的には解けない術に使う。生きている間は解けないので、一度黄泉へと向かう必要がある。黄泉の道の空間に晒されると、黄泉の強力な浄化の力が働いて本来あるべき姿へと戻る。こちらへ戻ることさえ出来れば、この方法はどんな術にも有効である。しかし、これを成しえることは龍王の命を司る力を借りねば無理であるので、試さぬことを勧める。》

碧黎が、あからさまに顔をしかめた。

「なんだ、つまりは解けぬということではないか。もったいぶってからに。」

しかし維心は首を振った。

「つまりは、我が迎えに行ったらいいわけではないか!解けるぞ!」

碧黎は、手を振った。

「ああ待たぬか。その前に箔炎が持ち帰る巻物の術がどんな波動を発するのか見てからぞ。連れ帰ったわ連れ戻されたわでは時ばかりが費やされて無駄ぞ。」

維心は、言い返そうとして、止まった。碧黎の背後の戸のところに、箔炎が黙って立っていたからだ。維心が黙ったので、碧黎は振り返った。そして、箔炎を見ると、言った。

「おお、箔炎か。巻物は持って参ったか?」

碧黎は、極普通に言う。しかし、維心は思っていた…陽蘭は、箔炎の宮に妃として留まっているのだ。それを、碧黎が知らないわけはない。それに、箔炎も陽蘭がこの地である碧黎の片割れであることを、知らぬはずはなかった。そんな複雑な状況の二人が、こうして顔を合わせたのだ。

箔炎は、碧黎に巻物を差し出しながら言った。

「碧黎。我は…」

箔炎が言い出すのに、碧黎は別段気を悪くしているような顔もせず、手を振って言った。

「ああ良い。後にせよ。」と、巻物を開いた。「…これか。そうか彎は、呪文を使って波動を作り、それを相手の身の中へと流し込んで変換する方法を編み出したのだな。こちらの仙人が薬にして飲ませるのを選んだのと、考え方が違ったわけぞ。」

維心が、横から覗き込んだ。

「ならばその術を試してみなければなるまい。その波動を読まねばならぬからの。」

そして、ちらと頼達三人の方を振り返った。頼達は、一斉に身を縮めた…女に、されるのか。

しかし、維心は手を上げた。

「案ずるでないわ。術が掛かった後は黄泉へと送ってやるゆえ。さすれば元に戻ろうが。」

黄泉へ送ってやると聞いて、安心する者など居るだろうか。しかし、自分がそれをやらねば他の二人が変換されてしまう。

頼は、震える足を必死に押さえながら前に出た。

「我に術を。」

実久と蒔が、それを聞いて頼を見た。そして、慌てて自分達も前に出た。

「いや、我が!」

「我が致しまする!」

維心は、面倒そうな顔をした。

「運が悪ければ死ぬだけぞ。主らもこれが終われば沙汰が下るのであるから、どうせ同じよ。どいておれ。頼に掛ける。」

というが早いか巻物を手に呪を唱え始めた。維心の力は半端なく強いので、一瞬の内に頼は、精悍な顔立ちの女へと変貌した。

頼は、自分の手が細くて小さいのを見て、目を丸くしている。女に、なったのか。

着物がぶかぶかだ。実久と蒔が、大きく見えた。その二人は、頼を見て呆然としている。

「何というか…頼、その、主は女でも充分にやっていけそうぞ。」

実久が、そう言ってまじまじと頼の顔を見ていた。頼は、可愛らしいが精悍な感じの、気の強そうな女で、確かに神好きのしそうな顔立ちだった。

しかし維心は興味がないのか、すぐに碧黎のほうを見た。

「して、どうだった。」

碧黎は、維心を見た。

「あのな、波動を見て欲しいのなら、もっとゆっくりかけよ。一瞬であったではないか。」

「なら、今一度か。」

維心が、また手を、今度は実久に向けて上げた。しかし、碧黎が慌てて止めた。

「こら!見れておらぬとは言うておらぬであろうが。せっかちであるの。」と、維心が手を下ろすのを待って、続けた。「発した波動は違ったが、身の内を流れた波動は同じであった。つまりは、同じ術よな。」

それを見ていた十六夜が言った。

《ふーん、つまりは味噌か納豆かって感じか?形も味も違うが、元は大豆だから栄養は同じみたいな。》

碧黎は、顔をしかめた。

「まあ、そう言っていいのか分からぬが、そんな感じかの。しかし、味噌と納豆は栄養が違ったのではなかったか。維月が言うておったような。」

炎嘉が、呆れたように言った。

「主ら家族が何を話して何を食しておっても良いが、我らには皆目分からぬわ。とにかくは同じもの、ということであるな?」

碧黎は、頷いた。

「その通りよ。維月は今黄泉に居るから、もう浄化されて術は解けておるということであろうの。なので、十六夜の中の維月の命が安定しておるのだ…術に引っ張られておらぬから。」

維心が、嬉々として手を上げた。

「ならば黄泉への道を開く!」ドンッと音がして目の前の空間に亀裂が入った。簡単にしているが、これは龍王しか出来ない術だった。「維月を迎えに行って来る。」

しかし碧黎が、それを止めた。

「こら。十六夜をどうするのだ。あれも黄泉へと送らねば。そうそう、そこの頼もの。」

《オレは簡単だ、もう一回月の宮へ降りてあの薬を飲んで来るから。そっちの頼はサクッと殺してしまわなきゃならねぇんじゃないか?》

十六夜の声が言うのに、頼は身震いした。やっぱり、黄泉へ行くのは死ぬしかないのか。

しかし、炎嘉が巻物を見て言った。

「いいや、もう一回術を掛けたらいいらしい。こっちも二回掛けたら死ぬと書いてあるからの。」

やっぱり死ぬしかないんじゃないか!

頼は思ったが、仕方がなかった。維心が、スッと軽く手を振った。

「よし掛けた。では、行って参る。十六夜、主も早よう来い。連れ帰ってやらぬぞ。」

維心が手を振った瞬間に、頼はばったりとその場に倒れていた。その姿は、すーっと男の頼に戻って行く。実久達が、慌てて頼に駆け寄って見た。

「頼?!」と、頼の顔を覗き込んだ。「そのようにいきなり!頼は構えることも出来なかったではないか!」

頼の意識は、なかった。

維心は、それを確かめることもなく、実久達が言うのも気に掛けている風でもなくさっさと開いた亀裂の中へと、維月を探して飛び込んで行ったのだった。

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