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疑惑

鷹の動向がどうのという話を碧黎から聞いてから、維心は神世の王達を警戒するようになった。

といっても、前世の維心のように注意深く見るようになっただけのことで、今生の穏やかな龍の宮の雰囲気が前世のぴりぴりと謹厳で厳しい雰囲気に戻っただけのことだった。

それでも、維月とは相変らず仲睦まじくしていた。今生唯一の皇子の維明と、その友としてすっかり神世にも慣れて来た箔翔と共に、龍の宮は相変らず忙しくしていた。

数ヶ月前にはあれほどに皆が影で案じ、そのために催しまで開かせた箔翔の維月を想うという気持ちも、どうも最近では落ち着いているようだった。維心が観察しているのだが、どうも箔翔は、維月の気をもろに食らってしまわないように、己でガードを敷いているようで、それが功を奏しているのではないかという。真実かどうかは分からないが、維心の観察は鋭いのでそうだろうと十六夜も同意していた。


その日、穏やかに維心と維月はいつものように王の居間に並んで座って、庭を眺めながら何を話すでもなくぴったりとくっついて時を過ごしていた。二人にしてはいつものことで、話さなくてもくっついているだけで幸せであるらしい。そこへ、突然に声が降って来た。

「よう。相変らずぴったりくっついてるな。飽きないのかっての。」

「十六夜!」

維月が、立ち上がって入って来た十六夜の方へと足を向けた。十六夜は、笑って維月を引き寄せた。

「久しぶりだな、維月。人型になるのが億劫で、ずっと月に居たらこんなに経っちまってよ。」

維月は、微笑んで言った。

「月からは毎日話してたじゃない。でもどうしたの?急に。」

十六夜は、維月に頬を摺り寄せて言った。

「ああ、蒼に頼まれてな。もう月の宮の桜が咲き始めてるから、そろそろ桜の宴を開くんだってさ。維心達の都合を聞いて来てくれと。」

すると、穏やかな午後を楽しんでいて、邪魔をされた維心は不機嫌に言った。

「ならばわざわざ来なくとも月から聞けばよいであろうが。何ぞ、穏やかに寛いでおったのに。」

維心は、立ち上がって維月に手を差し出した。維月は、ハッとして慌ててその手を取りに維心の方へと行った。十六夜は、腰に手を当てて言った。

「何だよ、維月を預けてやってるってのに。たまに来た時ぐらいいいじゃねぇか。相変らずだな、お前ってよ。」

維心は、維月を自分に引き寄せながら眉を寄せた。

「ここは我の宮。なので、維月は我の側に。そういう取り決めであろう?」

十六夜は、ため息をついた。

「はいはい、分かったよ。それで、桜の宴は?蒼は、来週ぐらいが見ごろだって言ってるけどな。」

維心は、頷いた。

「桜は維月も毎年見たいと申すし、良い。予定を空けさせようぞ。そちらで決めるが良いと申せ。」

十六夜は、頷いて側の椅子に座った。それを見た維心も、自分の定位置に維月と共に座った。

「あ、来週のいつになるかは蒼に決めさせるってのでいいな。そう伝える。」と、維月を見た。「それで、里帰りだけど、お前いつにする?この前戻って来たのが節分ぐらいだっただろう。オレも戻って欲しいが、嘉韻も苛々してるみたいだし、ここのところお前の顔を月の宮で見てないと親父も言っててさ。そろそろいいだろう。」

維月は、頷いた。

「ええ。じゃあ、お花見の後、あちらへ残る?」と、維心を見た。「それでもよろしいでしょうか。」

維心は、フッと息をついた。どうにも里帰りにだけはいつも抵抗があるようだ。しかし、これは十六夜との取り決めなので、仕方がなかった。

「…良い。では、此度はそれで。」

十六夜が、ぴょんと飛び上がるように立ち上がった。

「決まりだな。じゃ、オレは帰る。維月とくっつくのは、来週帰って来てからでいい。」

維心が、また眉を寄せた。十六夜は、窓へと向かいながら笑った。

「なんだよ維心、お前はずっとそうやって維月を抱え込んでるくせに。もう何百年も経つんだから、いい加減慣れろよな。だが何百年も一緒なのに、未だにそれだけべったりしてられるってのも感心するけどよ。」

維心は、キッと十六夜を睨んだ。

「その数百年前とは事情が違うだろうが。あっちには嘉韻は居るし将維は居るし、それに亮維も行くし碧黎だって…」と、そこははっきりと言わずに語尾を濁した。「とにかく、維月を月の宮に帰すということは、主だけのことではないのだ。なので我も複雑なのよ。」

十六夜は、肩をすくめた。

「ま、確かに増えたよな。だが、お前が一番長い時間一緒なんだ。だから、ちょっとは我慢しろ。」と、維月を見た。「じゃあな、維月。来週待ってるよ。」

維月は、維心の顔色を見ながら、頷いた。

「ええ。」

十六夜は、維月の額に口付けると、飛び立って行った。維心が、何か言おうと口を開いた時、侍女が入って来て頭を下げた。

「箔翔様、お越しでございまする。」

維月はホッとして維心を見上げた。維心は、侍女の方を振り返ると小さく頷いた。

「…通せ。」

侍女は、頭を下げて引っ込んだ。維心は、黙って維月に手を差し出すと、定位置の椅子へと並んで腰掛けた。すると、居間の戸が開いて箔翔が入って来た。

「維心殿。」箔翔は、軽く頭を下げた。「父より、しばらく帰るようにと書状が参りましたので、我は鷹の宮へと一度戻って参りまする。」

維心は、眉を寄せた。鷹…数ヶ月前、碧黎が口にしたこと。やはり、何かあるのか。しかし、箔翔の気に変わったところはない。つまりは、何かあったとしても箔翔は今の時点で何も知らぬ。

維心は、どちらにしろ帰さない訳には行かないので、頷いた。

「そうか。して、どれぐらい出るのだ。こちらへ戻って参るのか?」

箔翔は、首をかしげた。

「はい。そのつもりでございまするが…父上のお考えは分からぬので。ただ、此度はたまには主のこちらでの様子を聞かせよ、とのことでしたので、長く離れることはないかと。居って数日ではないでしょうか。日帰りでもいいぐらいであるのに。」

箔翔は、発ち合いが日々面白くなって来ていて、維明といい感じにし合えるようになって楽しんでいたので、本当なら今帰りたくはなかったのだ。あちらで安穏としている間にも、維明が上達してまた自分では全く太刀打ち出来ないような状況になっていたらどうする、という焦りもあった。

維心は、そんな箔翔をじっと見ていた。そして、頷いた。

「ま、あれも父親なのだろうて。主も、少しは顔見せして来てやるがよい。また戻ったら、あやつの様子を教えよ。我も、はぐれ者の主の父王のことは、気になるゆえな。」

箔翔は、あんな風でもやはり友なのか、と感心したが、軽く頭を下げた。

「は。では、戻りまする。」

「気を付けて参れ。」

維心が言うと、箔翔は驚いたような顔をしたが、頷いて出て行った。維月が、不思議そうな顔をして維心を見上げた。

「維心様が、箔炎様をご心配になっておるなんて、驚きましたわ。」

維心は、苦笑した。

「我とて、あれがまだ一度も死なぬまま、ずっと世に留められておるのには案じておったのだ。あのように篭っておるから、責務も果たせず逝けぬのではないかと思うがの。しかし、箔翔もああやって一人前になって参った…そろそろやも、しれぬの。」

維月は、ハッとした。確かに、箔炎は前世の維心と同じほどに生きている…1800歳だったろうか。ならば、老いが来るという事…?

「…老いが、来るのですか。」

維心は、頷いた。

「あれの望みは恐らくそれであろう。知っておるだろうが、あちらは穏やかで何の責務も課せられておらぬ安住の地。そろそろ、少しは休ませてやるのが良いのだ。というて、寿命ばかりは我にも定められぬものであるし、分からぬがの。」

維月は、袖で口元を隠して下を向いた。

「…わかっておることではありまするが、知っておるかたと世を異にするのは、暗い気持ちになるものでございます…。」

維心は、維月の肩を抱いた。

「こら、主はまた。そうやって、他の男にまで情を掛けるゆえに、ややこしいことになるのだ。主の気は、そういった気持ちに反応して湧き上がり、相手を癒す。それを無意識にやっておるのに、主は気付いておらぬからの。さ、気持ちを切り替えようぞ。」と、立ち上がりながら、維月の手を引いた。「庭でも歩こう。この季節は花々が咲き乱れて主好みの庭になるのだからの。」

維月は、無理に気持ちを維心に向けて何とか微笑んだ。

「はい、維心様。」

そうして、二人は庭へと出た。

庭の花を指して何か言っている維月の横で、しかし維心は険しい顔をしていた。

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