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仙術

それから、頼は宮に篭り、外へ出ることがなかった。王の会合も欠席し、どんな行事にも出て行かなかった。そんな場合ではなかったのだ。あの陰の月を、栄の元へ送ってやらねばならない。しかし、正攻法で行って、あの龍王と陽の月に守られた陰の月を、黄泉へと送ることなど出来るとは思えなかった。そもそも、月は不死なのだ。

頼は、必死に過去の記録を探った。確か、あの二人も一度命を落としているのだ。つまりは、月でも黄泉へ行ったのだから、その方法があるはずなのだ。

あまりに書庫に篭っていたので、実久と蒔が心配して訪ねて来た。頼は、書の山の向こうから二人を見た。

「…なんだ、実久、蒔。」

実久は、頼の顔を見てホッとしたような表情をした。

「元気そうではないか。あまりに長く出て来ぬから、主までどうにかしてしまったのではないかと思うて…。」

頼は、ふんと鼻を鳴らした。

「どうにかとはなんぞ。それより実久、手伝わぬか。主、陰陽の月が、前世なぜに命を落としたのか知っておるか。」

それには、蒔が横から言った。

「歴史か。それならば我が得意ぞ。」頼と実久は、蒔を見た。そういえば、蒔はそういうことが好きで、よく書を貸してくれと宮へ来た。蒔は続けた。「陽の力を打ち消すのは陰、陰の力を打ち消すのは陽。闇に憑かれた陰を消すために、陽が力を放ち、陰の力を取り入れて、そうしてお互いに消えて逝ったのだ。闇を消滅させるため、自分達の命を犠牲にしたのだの。」

頼は、ぐっと眉を寄せた。

「それでは答えにならぬ!我は…栄のために、陰の月をあちらへ行かせたいと思うておるのだ。あちらには、身分などない。邪魔な龍王も居らぬ。ならば栄は、自由にあれと話せようが。」

実久と蒔は、目を見開いた。そんなことを考えていたのか…陰の月だけを、黄泉へ。しかし、そんなことが出来るのか。

蒔は、少しためらいながら、言った。

「…そういえば、一度命を落としかけたと聞いた。」蒔は、じっと考え込んでいる。「確か、仙術の掛かった小刀か何かに刺された時。仙術は人が作ったもので、邪のものは自然の理を捻じ曲げていて不死の月でも危うかったのだとか。」

頼は、それを聞いて立ち上がった。

「仙術か!」そして、奥へと歩いた。「確か、少しはあったはず。ここらに昔仙人が居ったと父上がおっしゃっておったし…父上は、人がお好きだったから。」

実久が、その背に言った。

「我の父もよ。ならば、我の宮の仙術の巻物も持って参ろうか?」

頼は、奥から頷いた。

「頼む!」

踵を返す実久について、蒔も慌てて歩いた。

「ならば、我も!すぐに持って来るゆえ!」

そうして、三人は頼の宮の書庫で、それぞれの宮の巻物を持ち寄って、仙術を調べることに没頭した。


そうして、調べているうちに、父王達と交流のあった仙人は、とても善良で神の悩みを解決するような仙術ばかりを編み出して、記していたのだとわかった。つまりは、役に立ちそうな仙術は一つもなかった。

「…困ったことよ。まあ父上達が庇護していた仙人なのだから、悪い輩ではなかったであろうが、これでは我らの役には立たぬ。」

頼も、肩を落とした。

「確かにの。どうしたら良いのだ…他の巻物といえば、皆龍の宮や月の宮にしかないと聞く。」

三人は、黙り込んだ。他の巻物を、何とかして探し出さねば。他の…。

「そうだ!」頼は、立ち上がった。「鷹ぞ!鷹の宮の王が、同じく陰の月を望んで叶わないのだと聞く。龍王から略奪するのだとか言って、巻物を出させよう!鷹の宮にも、巻物はあると聞く。」

残りの二人は、驚いて頼を見上げている。頼は、すぐに駆け出した。

「待っておれ!行って参る!」

そうして、頼は箔炎を訪ねたのだった。


しかし、箔炎は全くのって来なかった。あの慕わしい気を、恨む事もなく想いに苦しむ事を選んでいた。頼には、理解出来なかった…己のものにならぬ女など、なぜに庇うのだ。

険しい顔をして戻った頼を見て、うまくいかなかった事を悟った実久は、頼の肩に手を置いた。

「他に方法を考えようぞ。頼、急いても上手くは行かぬ。」

しかし、散らかされた巻物の中に座る蒔は、じっと何かを考えている。頼は、蒔を見た。

「蒔?その巻物はどうしたのだ。」と、中を覗いた。「…なんだ、『身は女なのに、心が男であった神を、身まで男に変える術』?確かに、よほどの力が無ければ、持って生まれた身の性を簡単には変えられぬの。見た目だけならいざ知らず。それが何ぞ。」

蒔は、顔を上げた。

「この術を、かけるのだ。」

実久と頼は、目を丸くした。

「なんだって?」

蒔は、あくまで真剣だった。

「これをかけて、男に変える。さすれば、何とかして戻そうと皆、考えるだろう。」

実久と頼は、顔を見合わせた。

「確かに…そうであろう。だが、それが何ぞ?」

蒔は、巻物を置いて二人に示した。

「ここを見よ。」と、術のかけ方の最後の注釈を指す。「『但し、必ずかける前に本人の意思を強く確認のこと。二度目はない』つまり…戻そうとまた術をかけたら、死に至るのだ。」

二人は息を飲んだ。これは、もしかして願ったりなのではないか。あくまで命を狙っているのではなく、男に変えるため…。そして、術を解こうと再び術をかけるのは、あちらの勝手なのだ。

「良い案よ!」頼が、言った。「蒔、主はほんに利口なやつよ!」

そして、術を気取られぬように、様々な香料などの関係のない術まで絡め、それは完成した。

実久が、月の宮へとそれを献上し、後は術の発動を待つばかりだった。


すぐに、遠く術が発動したのを感じたが、大騒ぎになるのかと思いきや、神世はとても静かだった。

確かに、術はかかったはずなのに。

頼は、どうなっているのか分からなかった。もしかして、月の維月が飲んだのではなく、誰かに毒味でもさせたのであったなら?

頼も実久も、ただやきもきと毎日を過ごした。

そんなときに、清から連絡があり、龍の宮から皇子の維明が名代で来る予定だったが、王の遠縁の男が来るのだと知った。

「なぜわざわざ、そのような男を?栄とは何の面識もなかろうに。そもそも龍王とは話した事もないのだからの。」

実久が言うのに、頼は考え込むように顎を触った。

「…もしかして、調べに参るのではないか?」実久は、驚いて頼を見る。頼は続けた。「実久があれを持って行ったが、実久が術をかけたのか分からない。この法要に実久が来る事は分かっている。恐らく龍王の息がかかった者ぞ。上手く術がかかったからこそ、調べに参るのだ。そして龍王が動くのは、妃の一大事だからなのでは?」

蒔と実久は、顔を見合わせて頷いた。

「ならば、上手くやらねばならぬ。その男をいいように言いくるめて、今一度あれを飲まさねば。」

そうして、法要の当日、わざと隙を見せるために三人で庭へ出た。思った通り碧黎というその男は出て来た。こちらへ来る様子が無かったので、頼から先頭切って碧黎の前に出た。

思ってもいなかったほど、碧黎は純粋そうな神だったが、栄の事を思うと、とても後へは退けなかった。

頼達は、芝居をうった。上手く行ったと思う…。

しかし、栄と同じように陰の月の犠牲になって苦しんだという碧黎を利用するのは、頼も気がひけた。

だが、栄が逝ってから数ヶ月経っている。待っているだろうと思うと、もうためらっている訳にはいかなかったのだ。

後は、陰の月がもう一度あの薬を飲み、黄泉へ行くのを待つばかり…。


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