表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
12/103

その理由

維月はさりげない風で庭を歩いて行った。

どうやったら不審に思われずに話が出来るかと思ったが、とにかくは向こうが話しかけずにはいられない状態が一番かと思い、そちらに居ることを月から見ながら、決して地上からは見えない位置を歩いて、他の場所に見とれているふりをしながらじりじりと頼や実久の方へと寄って行った。

すると、向こうが気取ってガサガサと側の茂みを割って、こちらへ来た。そして、維月を見て驚いたような顔をすると、慌てて頭を下げた。

「これは…碧黎殿。」

維月は、軽く会釈を返した。

「これは…確か、清殿が言うておられた…頼殿、実久殿、それから…?」

維月が、わざと知らない風でいると、一人が進み出て言った。

「今まで表に出て来られなかったと聞いておりまする。知らぬも道理、我はこの近くの小さな宮の王、蒔。」

維月は、会釈した。

「蒔殿。失礼致した。して、主らは友人同士であるか?」

三人は、頷いた。

「ここらの神は、幼馴染であります。」実久が答えた。「栄も、そうだった。」

維月は、驚いた顔をした。そうか、皆同じ年頃で、一緒に遊んで育った仲なのだ。

「…では、主らはつらいの。我は、そのようなこと知らなんだゆえ。」と、十六夜の気配がする月を見上げた。「命とは、儚いこと。我の回りには、長命の者が多くてそのようなことに思いが至ることもなかったが。こうして法要とやらに出て参って、それを実感することよ。」

頼は、じっと維月を見ていたが、思い切ったように言った。

「碧黎殿は、なぜに世から離れて暮らしておいでだったのですか。」

維月は、頼を見た。何と言えばそれらしいか。いや、維心ならばどう言うんだろう。相手に、本心を言わせなければならないし。

維月は、僅かな間に知恵を絞って、じっと黙って頼を見ていたが、口を開いた。

「主らに言うて、良いものやら。」維月は薄っすらと笑った。それすらもそれは美しくて、三人は驚いた。維月は続けた。「我はの、叶わぬ女を恋慕う気持ちになりそうになっての。気を遮断して、相手の気を感じぬようにしてもまだ想いは募ってしもうて…ついには、屋敷に篭って出て来ぬようになっておった。陽蘭に出会うまで、我はそれは苦しんだものよ。今は、その苦しみも癒えて、こうして出て来る気にもなった…あまりに引っ込んでおっては、陽蘭が不憫であるしな。しかし、こうして月を見ると思い出すものよ。抗えぬ、あの気にな。」

頼も、実久も蒔も月を見上げた。月…では、その相手とは、陰の月か。

「…龍王妃。」

実久が呟く。すると、維月は困ったように微笑んだ。

「そう、我が王の妃よ。そのようなものに、恋焦がれるわけには行くまいが。」

頼が、言った。

「…陰の月の気は、その気も無いのに相手を惹きつけて離さぬと聞いておりまする。その者の望みの気に変化するのだと。」

維月は、頷いた。

「あれは、陰の月の防御本能なのだ。陽の月のように絶対的な力を持たぬ代わり、相手の望みを体現して自分を殺す気持ちを無くすようにと無意識に変わってしまうらしい。しかし、長くは持たぬ。しばらくすれば、己の本来の気、想う相手の望む気に戻る。それすらも、無意識なのだ。なので、我は仕方がないかと思うておるよ。持って生まれた精神力で、その呪縛から逃れたのであるから。」

しかし、頼は足を進めた。

「誰もが、そのような強い心を持っておるわけではありませぬ。」びっくりしている維月に構わず、頼は続けた。「栄は…栄は、あまりに純粋で女を恋うることなどに無縁な男であり申した。あちらこちらで遊びまわっておった我らとは訳が違う。それゆえ、初めて見た陰の月に、心奪われて…ついには、己の心で己を滅してしもうた。」

維月は、ショックを受けた。では、栄という王は、自分を恋うるあまりにその叶わぬ想いに押しつぶされてしまったと言うの。こちらからは、顔さえ知らないのに。だから、だから頼達は私を恨んでおると言うの。

維月は、涙が流れそうになって、慌てて横を向いた。今は、碧黎という名の男なのだ。軽々しく涙を見せるわけにはいかない。維心様が、皆の前では表情すら変えないのだから。

維月のそんな様子を、じっと三人は見ている。維月は、やっと思いで言った。

「…その、栄殿の冥福を祈る。」維月は、声が震えないようにと必死だった。「その気持ちが、我には我がことのように分かるゆえの。」

維月は、また月を見上げた。十六夜の、維月を気遣うような気が降りて来ている。十六夜も、月で聞いていたのだ。維月は、顔も見ることがなかった栄を思った。自分が気を抑えきることが出来ないために、犠牲になった神…一歩間違えば、もしかして箔翔だってそうなってしまっていたかもしれない。しかし、箔翔は箔炎の息子。並大抵の精神力ではなかった。だから、ああして気を遮断することで乗り切ったのだ。しかし、気が少ない小さな宮の普通の神達では、太刀打ち出来なかったのだろう。

頼が、涙ぐむ維月に気付いて言った。

「…では、その陰の月が男であったら、どうでありましょう。」それを聞いた維月は、ハッとして頼を見た。しかし、自分が陰の月だとばれたわけではないようだ。頼は続けた。「ならば、何人でも妻を娶れば良い。つまりは、犠牲になる男は出ないのでありまする。女であるから、皆苦しむ。なぜなら、龍王という絶対的な王の妃であるのだから。」

維月は、頼を見つめて、言った。

「それは…確かにそうよ。神世は、一夫多妻であるからの。しかし、我が王はどうおっしゃるか。妃が男というわけには行くまいが。」

頼は、それには下を向いた。

「はい。龍王には何の不満もありませぬ。それどころか、妃を出しても居らぬ我らの宮の支援も、途切れることなくして下さる。どれほどに心強いか。しかし」と、頼は顔を上げた。「しかし、我らは我慢ならぬのでありまする。栄は、恐らくはこんなことは望んではおらぬ。しかし、栄のように犠牲になる神をもう出したくはない。名乗りを上げて争奪戦に加わることも出来ず、己の存在すら知ってもらえぬような我らのような身分の神は、ただ苦しんで死ぬよりないのだから。」

維月は、頼の目を見つめてその真っ直ぐさに胸をつかれていた。ああ、だから私を男にしようと、あんなものを作ったのね。殺してしまおうとは考えずに、ただ、男であったら良いと考えて…。

維月は、とても頼達を責める気になれなかった。どう考えても、自分が悪いと思ったからだ。維月は、言った。

「…主らの言うこと、最もぞ。我もそのように。しかし、主らが直接に手を下すでないぞ。もしも事を成して、それが公になれば、龍王は納得しておっても主らを罰しないわけにはいかぬのだ。神世の平穏を保つため、己に逆らうものや仇名すものを、そのままにしておけぬのよ。分かるであろう?我に任せよ。そのような方法ではなく、他の方法を考えて龍王を説得しようぞ。妃を男に変えてしまうというのは、到底王は聞いてはくれぬであろうからの。」

しかし、頼と実久、そして蒔は顔を見合わせた。そして、維月に言った。

「碧黎様…ご忠告は嬉しいことなれど、遅うございました。」実久が、言った。「先日、我は月の宮を訪れて、陰の月のためにと、人の世の珍しい嗜好品に術を加え、それを献上して参った。まだ何も伝わってはおらぬが、そろそろそれを飲んで、男に変化して固定されておるはず…。」

維月は、驚いたように三人の方へ向き直った。本当は知っていることだし、現にそれのせいで自分はこうして男に固定されているんだけれども、もしかしてそれを解く方法を知ることが出来るかもしれない。

「何と。なぜにそのように早まったことを。」と、わざと考え込むような顔をした。「まだ、間に合うやもしれぬ。我はここへ来る前月の宮に居る龍王にお会いして参ったが、別段変わった様子はなかった。ごった返しておったがの…何でも、謁見が常以上に多くてまだ片付かぬのだとか。そこに紛れておるのだろう。どのような物か。」

実久が、言った。

「我が持って参った、小さな黒い袋に入れた小瓶でありまする。しかし、もう今の時点でそれを飲んでおったなら、どうなさるのか。」

維月は、実久を見た。

「どうにかして誤魔化すよりないの。時が経てば戻るものだとか申して、我が術を解こう。あれの解き方は、知っておるか。」

頼が、首を振った。

「何分、我ら仙術には明るくなくて」と実久を見た。「三人で考えて、三月も考えてやっとのことで作り上げたもの。それを、神世に隠れて居る女であるのに男になりたい、中身が男である神に試して、効果が確かだと確かめてから、持って参ったのだ。」

維月が、では術者が死なねば解けぬ類のものかも、と顔色を無くしていると、蒔が言った。

「いやしかし、もう一度使えばどうか?今度は元へ戻るのではないのか。」

実久が、手を打った。

「おお、そうよ!確かにの。それは試しておらぬが、その可能性はある。」

維月は、顔をしかめた。それって、本当の女って言うのかしら。でも、男のままよりはマシかな。

「…では、もう飲んでしまっておったなら、それで試してみようぞ。後は、我が何とでも口添えしておこう。」と、フッとため息をついた。「それにしても…自殺行為ぞ。主ら、そのようなことは己の一族の存続にも関わって来るのだと肝に銘じよ。此度は、我が居ったゆえ、主らの考えを聞いて考慮しようと思うたが、普通はこうは行かぬ。困ったことがあったなら、龍王に言えぬなら月の宮の蒼殿に言えば良い。あれは、どんな話でもよう聞いて考える、元は人の穏やかな王。間違ったことではない限り、真剣に聞くであろう。分かったの?」

頼は、下を向いた。確かに、そうだ…発覚して、龍王が激昂したならこの辺りの宮など一瞬で滅しられてしまうだろう。知っていながら、事を起こさずには居られなかった…。

頼は、涙ぐんで言った。

「…しかし…碧黎殿には分かるであろうか。我ら、幼い頃から兄弟のように育って参った。その兄弟が、あのように命を散らさねばならなんだことに、どうしても納得がいかなんだのだ。我慢が出来なかった。」

維月は、また暗い顔になりながら、頷いた。そうなのだ。恐らく、自分でも耐えられなかっただろう。だからこそ、責める気にならない。全部、自分の気が悪いのだ。

「陰の月のこと、我も真剣に蒼殿に進言しよう。本人も、恐らく気にしておることであるしな。もっと、抑える術を身に付けねばならぬ。まだ月として未熟であるのだ…困ったことよ。」

維月は、自分に向けてそう言っていた。十六夜は、自分の力を制御しているのだ。私も、もっと努力しなければ…。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ