法要の日
その日、月の宮から密かに龍の宮へと戻った女の姿の維心と、男の姿の維月は、お互いの着物に身を包んで輿へと乗り込んだ。王の遠縁ということで行くので、少ないながら軍神も伴い、二人は栄の宮へと降り立った。すると、龍の宮からの輿だと知った、栄の弟の清が奥から出て来て頭を下げて出迎えた。女の姿の維心は、輿からそれを見て維月に囁いた。
「あれは清。栄が子を遺さず逝ったので、次の王になる栄の弟ぞ。ま、主が知らずとも問題はない。我らは今まで田舎の屋敷に引っ込んでいたということになっておるから。」
維月は、緊張気味に頷くと、自分よりちょっと小さめの背丈の女に変化している維心の手を取ると、その姿に惚れ惚れとした。本当に美しい…前世の維心の妹・瑤姫よりも凛々しい気の強そうな美しさは、気高くてとても手を出せそうにない女に見えた。維月がその姿に絶句していると、維心がちらと維月を見上げていた不思議そうに言った。
「維月?どうしたのだ。」
維月は、ふわっと自分から陰の月の気が維心に向かってまるで包むように湧き上がるのを感じた。維心は、それを感じて不意に顔を赤らめる。維月は、慌てて横を向いた。
「あ、あの、申し訳ありません。あまりにお美しいので、勝手にこのように。」
維心は、胸を押さえて首を振った。
「…良い。我も、今は女の身であるから、女のように反応してしまうものよ。とにかくは、お互いに演じようぞ、維月。」
維月は頷いて、常の維心の様を思い出した。堂々としていて、誰にも文句を言わせないような威厳を、黙っていても相手を威圧するような自信に満ちた様を、真似ようと気持ちを切り替えた。
途端に、維月は驚くほどに精悍で堂々とした美しさをたたえた男の顔に変貌し、その表情の変化に今度は維心が見とれた…なんと美しいことよ。やはり、維月は男だろうと女だろうと慕わしくてならぬ。
そんな維心の手を引いて、維月は輿を出て前で待つ清と向き合った。
そこに居た、他の神々も絶句した。なんと美しい二人なのだ。
「出迎えご苦労であるの。清殿か。」
維月が言うと、清はハッとして慌てて言った。
「はい。此度は兄のため、わざわざのお越し感謝し申す。」
維月は常の維心のように軽く頷いた。
「我は、我が王維心様の大叔母にあたる瑤姫様の嫁ぎ先のお子に縁の者で、碧黎。これは我が妻の陽蘭ぞ。此度は王のご名代として参った。」
何の事はない、要は瑤姫の嫁ぎ先とは月の宮、蒼の子の縁、つまりは地の二人を暗に演じて居るのだが、誰にも分からなかった。
清は、ボーッと維心に見とれたが、すぐに首を振って正気に戻り、言った。
「龍王殿には、大変にお気遣いを頂き感謝しておりまする。どうぞ、法要の間へ。」
維月は、頷き、維心の手を引いて清について歩いた。他にいた女神達が維月を、そして神達は維心を見て呆然としている中、維月は、少しも緊張を感じさせずに振舞っていた。維心はそんな維月について歩きながら、女とは何と楽なのだろうと思っていた。黙って、回りをじっと見ていても誰も何も咎めることがないので、遠慮なく回りを探っていられる。清の対応は皆維月がやってくれるので、話ながら他を見る必要がないので、本当に楽だ。
そうして、法要の席へと案内され、栄の冥福を祈る話や、栄の生前の様子などの話が終わり、法要の後の酒の席へと移動させられて、やっと維心は頼と実久を見つけることが出来た。
龍の宮は、宮の序列が高いので最前列の席なので、後ろを振り返らねば法要の席では見ることが出来なかったのだ。いくら女が自由とはいえ、後ろを振り返ってちらちらと他の男を見るなどということは出来ないからだった。
維月は、相変らず清が隣りに座っていて、その話に耳を傾けている。維心はその斜め後ろに座り、術の気配などを読んでいたが、そんな気配は全くなかった。酒が進んで来て、回りでは移動して話し始める神達も増えて来た。維月がじっと黙ってそんな様子を見ていると、側に酒瓶を持った女が恥ずかしげに寄って来て、その瓶を差し出した。
「碧黎様、いかがでしょうか。」
維月は、自分の杯を見た。確かにかなり減っている。しかし、あまり神の酒は好きではなかった。それは、男になっても変わらなかった。だが、いくら飲んでも酔う気がしないのには驚いてはいた。
ここは、受けるべきなんだろうか。
維月が杯を差し出すと、その女はぱあっと明るい顔になって、傍目にも分かるほど嬉々として酒を注いだ。維月が何をそんなに嬉しそうなんだろう、と驚きながら見ていると、次から次へと目の前に酒瓶が見えた。何事かと目を上げると、その一瞬の隙に自分の回りは女ばかりになっていた。
「碧黎様、杯を干してくださいませ。」
目の前の女が、キラキラと輝く瞳で見上げながら言う。維月は、もしかしてこれは、維心様が普通の神の男だったらなってしまっていたシチュエーションなのでは…。
維月が思ってドン退きしていると、後ろから維心がぐいと維月の袖を引いて、被っていたベールを下ろしてキッと他の女達を睨んだ。それを見て女達は、あまりの迫力に表情を氷つかせた。
「碧黎様、このお席は栄様のご法要のお席と聞いておりますのに。このような様は、どうしたことでございましょう。」
それを聞いた女達は、顔色を変えた。確かに、法要の後の酒の席ではこのように女を侍らせて飲むような騒がしいことは慎むのが礼儀で、まして女から酒を干すことを乞うなど礼儀に反することだった。維月は、確かにそうだと常の維心を思い出して、女達を冷ややかに見た。
「…騒がしいのは好かぬと申して、王は法要でそのようなことはないとおっしゃったからこそ参ったものを。」と、清の方を見た。「我ら、長く他の神とは接してこなんだのでの。法要とは、このように鬱陶しいことに耐えねばならぬのか。」
清は、慌てて回りの女達に手を振って言った。
「そのように嗜みのない!下がるが良いぞ。どちらの宮の者か。」
中には、どこかの宮の皇女なども混じっていたようだ。皆、さーっと潮が退くように維月の回りから離れた。維心は、不機嫌そうに眉を寄せたまま、扇で顔の半分を隠してその女達を目だけで睨んでいる。その深い青い瞳は大変に美しいが、こうして不機嫌でいるとそれは冷たく恐ろしいものだった。維月は、そんな維心を苦笑して見てから、清を見た。清は、続けた。
「失礼を。我もまだ慣れませず…申し訳ありませぬ。」
維月は、少し同情したように清を見た。そういえば、栄の代わりに突然に王になることになった弟の第二皇子なのだ。生まれながらに王にと育てられた第一皇子とは意識が違う。それは、維月も前世将維と明維を見ていて分かっていた。なので、言った。
「清殿も、突然のことでいろいろと大変であろう。何か困ったことでもあれば、申されるが良い。我が王は、大変に懐の深いかたであられるので、お力添えくださろうから。」
清は、驚いたような顔をした後、少し目を潤ませたように見えた。しかし、涙を流すことはなく、軽く頭を下げた。
「はい。大変に心強いことでございます。」
維月は、そしてふと庭の方を見た。そちらには、頼と実久が、もう一人別の神と共に三人で暗くなって来ている芝の上を歩いている。あっちへ行って、話でも聞いて来た方がいいんじゃないだろうか。
維月は、ちらと維心を見た。維心を連れて行くと、女連れで聞ける話も聞けないような気がする…男同士の方が、相手も何かあっても話すはず。
維月は、どうしようかと思ったが、連れて来ていた軍神の一人を呼んで、言った。
「我は庭へ出て酒を冷まして参るゆえ。主は、陽蘭を。」
維心は、少し不満そうな色を目に浮かべたが、維月が何をしたいのか分かり、渋々頭を下げた。
「行っていらっしゃいませ。」
維月は、頷くと、スッと立ち上がって庭へと何気ない風で出て行ったのだった。




