調査
蒼が、口を開いた。
「それで、いつもと何が違ったのか調べないと。母さん、昨日は夕方は普通にしてたよね。あの、献上品の話をした時。」
維月は頷いた。
「ええ。あれから十六夜と、部屋へ帰ってコーヒーを飲んで、すぐに寝たのよ。」
蒼は、維心のような風格の男の口から女言葉が出るので、違和感を感じながら頷いた。十六夜が、付け足した。
「コーヒー飲んでって、いつもより飲んだ。あんまり旨いもんだからさ。」
維月も、手を打った
「ああ、そうね。蒼からもらったコーヒー用の嗜好品が、凄く美味しかったから。」
維心が、眉を寄せた。
「嗜好品?」
それには蒼が頷いた。
「ええ、人世のものだとかで、是非に母さんにって、献上されたものなんです。」
維心は、維月を見た。
「持っておるか?」
維月は頷いて着物の袖を探ったが、何も手に触れない。それを見ていた十六夜が、ハッとして自分の袖を探った。
「着物を入れ換えてるから。こっちにある。」
十六夜がそれを維心に渡すと、維心はその袋から小瓶を出した。そして、じっと外からみていたが、蓋を開けて瓶の口の上に手を翳した。
蒼も、維月も十六夜も、固唾を飲んで見守っていると、維心はその手を降ろした。
「巧妙に隠されておるが、術が掛かっておるの。しかも他の全く関係の無い術と絡めてあって、気取りにくい。これは誰の献上品ぞ。」
蒼は、慌てて翔馬を呼んだ。何しろ昨日はあまりに謁見が多すぎて、覚えていないのだ。
翔馬は、息を切らせて巻物を握り締め、頭を下げて蒼の前に膝をついた。
「お、王、お呼びと聞きまして。」
まだ息が上がっている翔馬に、蒼は言った。
「急がせてすまないな。あの、コーヒー用の人の世の嗜好品は、誰からの献上品ぞ。」
翔馬は、巻物を開いてさっと目を通した。
「それは…実久様でございます。わざわざ人世から取り寄せられたのだと伺いました。それをもらったのだが、自分には使い方が分からぬので、こちらへ、と。」
蒼は、首をかしげた。実久…誰だったか。いつも話す神ではないのは確かだ。
維心が、眉を寄せた。
「…そうか。ならばやはり、頼かの。」
蒼が驚いたように維心を見ると、維心は蒼を見返した。
「蒼、しっかりせよ。いくら多くとも、神世の王の名と顔は覚えておかねばならぬ。実久と頼の宮は隣り合わせておるのだ。実久が関わっておるかは定かでないが、頼が実久にそれを譲り、実久がそれをここに持ち込んだやもしれぬ…もしくは、実久も共犯か。」
十六夜は、美しい眉を寄せた。
「だが、頼だって知らずに譲ったのかもしれねぇ。まだ、あいつらが悪意を持ってこれを持ち込んだと判断するのは早い。」
蒼は、十六夜の口調で綺麗な女声なので違和感を覚えながら、言った。
「十六夜、前世じゃあまり神を信じすぎるなって言ってたのに、今は信じすぎだよ。母さんを恨んでたんなら、何か関わってると考える方がいい。」
翔馬は、その口が悪い美しい女が十六夜だと知って、ショックを受けたように見ていたが、維月が目を見開いて蒼を見たので何も言わなかった。
「蒼…私を、恨んでたって?」
維月が低い男声でそう言うと、翔馬はまた驚いた顔をした。こっちが維月様?!
蒼は、困ったように維心を見た。維心は、ため息をついて維月を見た。
「黙っておった方がよいと思っておったのだ。だが、こうなると言わずにはおれぬの。そう、主のその気が、誰をも誘う風だと恨んでおったのだ。その気もないのに、誰かれ構わず惹きつけるのが、おかしいとの。」
維月は、ショックを受けて絶句した。では…これは、私を狙った犯行だと言うの。
「では…犯人は、私を狙ってこんな術を。男なら、そんなことも起こらぬと。」
維心は、重々しく頷いた。
「我は、そう思うの。」
維月は、黙った。自分でも、うまく制御出来ないこの気のせいで、恨まれていたのか。
十六夜が、維月を慰めるように言った。
「気にするな、維月。前世よりは制御出来るようになって来てるじゃねぇか。お前の気に飲まれないようにブロックする神だっているのに、まともに受ける方が悪いんだよ。」
維心も、頷いた。
「そうだ。珍しい癒しの気であるから、もっともっとと乞う気持ちも分からぬでもないが、それを遮断することもまた神には出来るのにそうしなんだ相手が悪いのだ。言うなれば、酒のようなものか。飲んだことのない旨い酒を、かなり強いと知っておるのに飲むのをやめずに飲み続けた結果、酒に飲まれて中毒になる。そうして、それを求めて命を落とすこともあるという。ようは、己のせいぞ。気だけに惹かれた神は、大概が気を遮断すればつき物が落ちたかのように忘れるというのに…我らのように、その性質までも愛してしまうと、それも出来ぬがの。」
維月は、頷きながらも思考が働かなかった。つまりは、自分の気で迷惑をこうむっている神も居るということなのだ。わざわざ遮断しなければならないなんて。
蒼は、維心を見て言った。
「しかし、どうしましょうか、維心様。これが実久の持って来たものであるとはいえ、実久自身がこれに関わっているかどうか分からぬということは、直接責めるわけにも行きませぬ。」
維心は、フッと息をついた。
「どちらにしろ、実久が持って参ったものでこうなったのであるから、主にも我にも実久を責める権利はある。しかしながら、そうして捕らえたところで、これの解き方を吐くとは思えぬ。首謀者が誰であるかを調べねばならぬの。」
蒼は、困ったように考え込んだ。じゃあ、どうしたらいいんだろうか。何か知っていても、実久も知らない、頼も知らないと言い通すだろう。あちらへ調べに行くよりないが、軍神達も有名になってしまっていて、龍の宮の軍神も月の宮の軍神も、忍びで行くことなど出来ないのだ。
「気が進まぬが」維心が、維月を見た。「維月ならば、誰も知らぬ。この姿を逆手に取って、調べに参れば良いのだ。」
蒼が、ああ、と顔を輝かせた。
「そうか!月なんだから、動きも素早いし。それがいいよ、母さん!」
維月も、渋々ながら頷いた。
「そうね。維心様のおっしゃる通りだわ。私が行く。」
十六夜が、慌てて横から言った。
「じゃあ、オレも。」
しかし、維心が首を振った。
「主はならぬ。どうあっても、主には女のふりが出来ぬだろうが。我が行く。女に身を変えることも、雑作もないしの。それに、我は目上の者に対しての口の利き方をしさえすれば、神世の女で通るゆえ。」
十六夜が、ぷうと頬を膨らませた。
「なんだよ。どうせオレはお前みたいに王族の話し方なんて出来ねぇよ。」
維月は、苦笑した。
「仕方がないわ。月へ帰っていて、十六夜。上から見てくれていたらいいから。私は、維心様の話し方を真似ればいいから、何とか出来そう。」
維心が、頷いて立ち上がった。
「では、早いほうが良いの。蒼、ここにまだ維月が居るように工作させよ。兆加に、我が月の宮へ妃を追って行ったままだと策させる。来週、栄の百日の法要があるのでな。若かったので不憫であった栄のため、本当は維明にでも顔を出させようかと思うておったのだが、我の遠縁だと言って維月と二人で行く。さすれば、あちらも知らぬ顔であるし、あまり警戒もせぬだろう。あれらは、栄の友であった者達…間違いなく、法要には来るであろうて。」
維月は、維心を見て頷いた。
「心強いですわ、維心様が共であるなら、よく見てくださるであろうし…。」
維心は、微笑んで頷いた。
「案ずるでない。我が見てあやつらの真実を確かめようぞ。とにかくは、我もしばし女の型で過ごして、動きを学ばねばな。」
そうして、まだ膨れっ面の十六夜を気にしながらも、蒼は維心に言われた通りの指示を出したのだった。




