表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/103

不安

君がため

おしからざりし

命さへ

ながくもながと

おもいけるかな

(君に逢う前は、いつ死んでもいいと思っていた。だが出逢った今は、少しでも長く共に生きていたいと思っている。)


箔炎は、金髪で金色の瞳の、もう千数百年の間、神世とは隔絶された己の宮で生きて来た美しい顔立ちの鷹族の王だった。

その女嫌いは世に知られて久しいが、その理由を知るものは少ない。数少ない友である、かつて鳥の宮の王であった炎嘉、そして龍の宮の王維心と、その回りの者が数名知るだけだった。

その友の二人ですら、一度死して黄泉から転生して帰って来たにも関わらず、箔炎はずっと生きていた。それは、恐らくは自分が世の責務を果たしていないからだと、箔炎は思っていた。その責務とは、王として次代の王、つまりは己の血を引く力の強い鷹を残すことだろうと考えていた。

しかし、箔炎はそれを果たせることはないだろうと考えていた。己の父が箔炎の母であった妃を大変に溺愛し、その女の言うがままになって宮は大変なことになっていた。それは、幼い箔炎の心に残っていた…しかも、自分を王座に就けたいばかりに、あろうことか箔炎の母は他の皇子を廃してしまうことを頼み、父王はそれに従った。そんなことをしなくても、箔炎は充分に力の強い皇子であったので、黙っていてもおそらく王になったであろうと思われた…臣下達も、なので反対はしなかった。

それでも、箔炎はそんなことを父王に願い、そのうえやりたい放題であった母を憎んでいた。あのような女が母だと思うだけで虫唾が走った。なので、父王が亡くなって王座に就いた時、母を殺して女という女を、自分の宮から放り出した…それから、箔炎は決まった女を側に置くこともせず、時にふらっと夜を過ごしても妃になることが出来ないような身分の低い女ばかりをよって通い、そうして暮らしていた。同じ女に通うことなど、一度もなかった…女は、皆母と同じだと思っていたからだ。

そんなある日、箔炎は維月に出会った。そこで、一目でその珍しい気に魅せられ、妃に迎えようと思った。しかし、それは既に維心の妃であり、手にすることは世を乱すことになると知って、手を出さずに来た。維心は、誰もが敵うことのない力を持つ王。そんな王の妃で、飲み込まんばかりに愛している維月を、元より手にすることなど出来なかったのだ。

そして、その求める者を得られない寂しさゆえに、箔炎は維月がほんのりと持つ人の気を、同じように持つ人の女の元へと、一夜だけ通った。その女は、維月に似ていなくもなかったが、人でしかなかった。神が人を相手にすることは、維心が世に禁じていた…神の子を人の女が産むと必ずその気を食らい尽くされて命を落とすからだ。

しかし、箔炎は己を抑え切れず、維月をその女に求めて関係を持った。

そのまま、反って虚しくなった箔炎は、そこへやはり通うこともなった。しかし、一年後連絡があり、その女が死んだこと、そしてその死の原因になった子を遺したことを知った。間違いなく、大きく強い鷹の気がすると言われて仕方が無く出かけて行った先で、箔炎は間違いなく自分の気を放つ男の赤子と対面した。

…これで、我は責務から解放される。

箔炎は、その赤子を抱いてそう思った。そして、その子を箔翔と名付けて、皇子として宮で育てた。箔翔を、立派な神の王に育てねば死ねぬ。

箔炎は、そう思ってひたすらに箔翔に王としての責務の全てを教えて行ったのだった。

そうしているうちに、箔翔の気性が自分よりも社交的であることに気が付いた。つまりは、他の神との交流も積極的に行なう気質で、人見知りはなかった。

ならば、箔翔の代になれば鷹族は表に出るようになるやもしれぬ。

箔炎は、再び世に出て行く覚悟をした…それはひとえに、この責務から解放されて黄泉へと旅立ち、報われない想いの重さから逃れたい一心でしかなかった。



「王、側の宮の、(らい)様がお越しでありまするが。」

筆頭重臣の、園明(えんめい)が、膝を付いて言った。箔炎は、面倒そうに手を振った。

「頼?なぜに今頃あれがここへ来る。」

園明は、おずおずと言った。

「先ごろ、王の会合に出られておられるので。そこでお顔を見たので、お話したいことがあるとおっしゃっておりまするが。」

箔炎は、眉を寄せた。そういったことが嫌いで、表から引っ込んでおったのに。

しかし、箔翔が治めるようになれば、それもまた必要なことかもしれない。

箔炎は、気だるげに頷いて、立ち上がった。

「仕方のない。では、謁見の間へ出る。そこへ来させよ。」

園明は、ホッとしたように肩の力を抜いた。

「は。では、すぐに。」

そうして、箔炎は面倒に思いながら謁見の間へと出て行ったのだった。


そこに到着すると、先回りした園明が案内して来ていた頼が立って待っていた。箔炎の方が格上の神になるので、待たせても何もおかしいことはない。なので箔炎は、ゆっくりと歩いて玉座へと到着すると、そこへ座った。

「頼。して何用ぞ。」

箔炎は、いきなり言った。早く済ませたいからだ。しかし、頼は気を悪くした風でもなく顔を上げた。

「箔炎殿。相変らず、ご機嫌の悪そうな風情であられるが、我もしばらく引っ込んでおった身、そのお気持ちが分かりまする。なので、手短にしましょうぞ。」

箔炎は、仏頂面で頷いた。

「良い心がけぞ。」

頼は、続けた。

「まずは箔炎殿、我が引っ込んでおった間、何をしておったのかご存知か。」

箔炎は、首を振った。

「知るはずはあるまい?我は主にも何にも興味はないからの。」

頼は、フッと笑った。

「ご興味の先、我は知っておる。月ではないか?」

箔炎は、スッと眉を寄せた。途端に、一気に険しい顔つきになって、怒りの気がふわっとわきあがった。

「…何を言うておる。」

頼は、自分より大きな気の力の持ち主である箔炎相手に、物怖じせずに続けた。

「月…たった二人きりの陰陽の人型。特に陰は、催淫の効がある気を発して回りを惑わせる。しかも、相手の望みを感じ取って体現してしまう能力まで持つというではないか…それが、罪でなくて何であろうか。」

箔炎は、少し戸惑うように気を変化させた。

「…あれは、維月のせいではない。維月自身どうしようもないのだ。あれは、無意識の防御本能のようなものであるから。力が弱いゆえ…他に保護させねばならぬという。」

頼は、首を振った。

「しかし、あれを放置しておるではないか。あの気に魅せられるのは、何も龍王鳥王、鷹王、白虎王などのように、力の強い王だけではない。それらが望むゆえ、口に出せぬ者達とて大勢居るのだ。我は…そんなものを許す訳には行かぬと思うておる。」

箔炎は、じっと頼を見た。まさか、頼も?

「頼…まさか、主もか?」

しかし、頼は何度も首を振った。

「なぜに我が!確かに初めて見た時にはその慕わしさに驚いたもの。だが、そんなもの一瞬で消し飛んでしもうたわ!」と、怒りの気を必死に抑えているような様で箔炎を睨んだ。じっと自分を見ている箔炎に気付いて、頼は何とか自分を抑えきったようだ。「…いや、良い。しかし、箔炎殿。主の気持ちは分かった。主は、これっぽっちもあの月のことをどうにかしようなどと思うては居らぬ。骨の髄まで陰の月に入れあげておるのだ…龍王と同じよ。少しは、あれに惑わされた己を省みて逆に恨んでおってもおかしくはないと思うておったのに。」

箔炎は、じっと頼を見た。怒りより、何を考えているのか分からない頼に、戸惑ったのだ。

「…勝手に想うておるだけであるのに、恨むなど。我は、そこまで誇りを無くしてはおらぬ。あれを手に出来ぬのは、己の力の無さゆえ。それこそ逆恨みというものよな。」

頼は、今度こそ激昂して声を上げた。

「逆恨みと?!元はあれがその気もないのに誘う気を放っておるのが間違っておるのではないのか!主の考えは、理解出来ぬ!」と、頼は踵を返した。「もう良い、話にならぬ!」

箔炎は、立ち上がって言った。

「待て!言いたいことは、それだけか!」

頼は、ちらと箔炎を振り返って言った。

「主になど、何も話さぬ!」

頼は、そこから出て行った。

箔炎は、言い知れぬ不安を感じた…あれは、しばらく引っ込んでいて神世に出て来ていなかったと軍神達から報告を受けていた。それが出て来たかと思うたら、維月にあれほどの憎しみ。どう見ても、引っ込んで居た間に何かあったように思うのに。

「…箔翔を、呼び戻せ。」

園明は、急に出て行った頼に驚いたようだったが、慌てて頭を下げると、書状を遣わせに戻って行った。

箔炎は、龍の宮に居る箔翔に、ここ最近の龍の宮の様子を聞くべく、鷹の宮で佇んでいた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ