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white minds  作者: 藍間真珠
第一部 ―邂逅到達―
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第九章 「再会」 第八話

「じゃあシリウス、魔神弾を適当な亜空間にもでも放り込んでくれないか?」

 顎に手を当て考える素振りを見せてから、レーナはあっさりそう口にした。断られるはずがないという自信に満ち溢れた言葉だった。まさかの発言にリンは呆気にとられる。シリウスも呆れたように片眉を跳ね上げた。

「私にお願いとは、お前らしくないな」

「そうか? あれを暴発させたくないのはこっちも同じだからな。心配しなくとも、人間たちなら守っておく。これで問題ないだろう?」

 レーナは手をひらりと振りつつ笑みを深めた。彼女の言い振りから推測するに、やはりシリウスはリンたちを守るつもりだったらしい。信じがたいことだが。

 リンは思わずシンと目と目を見交わせ、首を捻り合ってしまった。状況が悲惨なことに変わりはないのに、急に緊張感がなくなってくる。――もう死を心配する必要がない。そんな根拠のない思いが、確実に奥底から湧き上がってきていた。

「私に面倒な役目を押しつけているだけだろ」

「そちらが先にやったことだろう? 交換交換」

 レーナはくつくつ笑い声を漏らしながら、剣を引き抜いてゆったりと歩き出した。リンたちの方へさらに近づいてくる足取りには躊躇いがない。シリウスがこの条件を呑むことはもう確信しているらしかった。

「えっと」

 リンは唖然としながら、すぐ横で膝をついたレーナをまじまじと見つめる。この場合なんと声を掛けるべきなのか。当惑していると、一瞬にしてレーナを中心に結界が生み出されたのが感じ取れた。何の身振りもなかった。先ほどのシリウスの結界に負けず劣らず緻密な結界だ。

「あー、これはまずいな」

 リンが閉口していると、レーナはカイキの顔をのぞき込んで眉をひそめた。シンの腕に支えられたままぐったりしているカイキは、先ほどからぴくりとも動いていない。呼吸の速度こそ普段とさほど変化ないが、それもこの状況にそぐわぬ穏やかさなのが気になっていた。イレイはその傍で地面に横たわっているが、やはり身じろぎ一つない。

「まさかミスカーテの毒か?」

「た、たぶん」

 問うレーナに答えたのはシンだ。当のカイキは青い顔をしたまま目を瞑っており、やはり起き上がる気配がない。仲間の声でも駄目なようだ。イレイも目を覚まさないのは同様だったが、しかし一瞬その目蓋がぴくりと震えたのが見えた。実は意識はあるのかもしれない。まさか力が入らないのか?

「カイキ、イレイ、起きてるか?」

 レーナはそう呼びかけながら右手で自分の頭に触れる。いや、よく見れば指先が金の髪飾りに触れていた。いつも彼女が身につけている物だ。

「薬飲めそうか?」

 ふわりと白い光がこぼれたと思ったら、次の瞬間にはレーナの手のひらに何か白い物が現れていた。小さくてぱっと見ただけではわからなかったが、どうやらカプセルが複数あるようだ。それが薬なのか。

「面倒なのだと厄介だから、できれば飲んでくれよ」

 カイキの肩をとんとんと叩きながら、レーナは指先でその薬を口の中へと押し込む。直視すべきでない光景だとつい思ってしまうのは、アースの姿が脳裏をちらついたからか。それはシンも同様だったらしく、カイキの腕を支えたまま何とも言い難い顔をしている。

 レーナは同じカプセルをイレイの口にも放り込んだ。イレイが最初から口を開けていたところを見ると、やはりレーナの声はきちんと届いているらしい。イレイの喉が動くのを確認したレーナは、即座に立ち上がった。揺れた髪を手で背中へと払いつつ、彼女はやおら振り返る。

「あちらは順調そうだな」

 そこで先ほどまであった細身の長剣が消えていることに気づいた。一体どうなっているのだろう。混乱しつつもレーナの視線を追いかけ、リンは目を凝らした。いつの間にかシリウスの姿まで見当たらなくなっていた。今日だけで何度見たかわからないあの瞬間移動の技を使ったのか? あれは一体どういう技なのだろう。リンが眉をひそめていると、ばちりと何かが弾ける音がする。これも今日何度聞いたことか。黒い鞭が結界にぶつかった時の音だ。

「ところで、神技隊は毒にやられてないのか?」

 蠢く黒い鞭を尻目に、レーナは小首を傾げた。どこを見ているとも言い難い彼女の眼差しは、それでいて鋭い。ひょっとすると気を探っているのかもしれない。黒い触手とレーナの結界のせいでリンにはますます気の把握が難しくなっているが、レーナには可能でも不思議はなかった。

 それにしてもこの結界はどこまで広がっているのだろう。少なくとも簡単には終点が読めないくらいの範囲に間違いなかった。もしかすると滝とレンカがいる辺りまでは覆っているのかもしれない。適当に技使いがいる辺りとでも見繕ったのだろうか。

 そこまで考えたところでリンははっとした。そうだ、おそらく滝もカイキたちと同じものにやられていた。

「たぶん、滝先輩が……」

 リンは怖々と口にした。声に出すことでそれが現実となってしまうような、そんな恐怖が背筋を撫でた。本当にミスカーテの毒だったらどうなるのか。そうでなくとも滝が倒れていることには変わりがないのに不思議だ。

「そうか。あいつ、あちこちばらまいていたからなぁ。わかった」

 するとレーナは心得たとばかりに相槌を打ち、腰を屈めた。静かにリンへと伸ばされた手の中にあったのは、先ほどカイキたちに飲ませたものと同じカプセルだった。違いがあるとすれば透明な袋に数個入っているという点か。

「……え?」

「いらないのか? 解毒剤っていうほど当てになるものではないが。毒の効果は減弱する」

 突き出された袋とレーナの顔を、リンは交互に見比べた。まさかこんなに簡単に手渡してくるとは予想もしなかった。「神技隊を守る」ためなのか? そこまでする理由は何なのか? 

 リンが呆然としていると「リン先輩」と梅花の声が控えめに鼓膜を震わせた。それが現実を意識するきっかけとなった。そうだ、戸惑っている場合ではない。使えるものは使うべきだ。たとえそれが得体の知れない者の施しでも、役に立つ可能性があるならもらっておくべきだ。実際に使うかどうかはともかくとして。

「これも毒って可能性はないわよね?」

 手を伸ばして受け取りながらも、リンは思わずそう確かめてしまう。今さらそんなことをする利点がレーナにあるとも思えないから、疑っているわけではないのだが。冷静に考えればわかる。毒を使うなどと面倒なことをしなくとも、レーナであればいくらでも自分たちを殺す機会はあった。今さらここで手の込んだことをする理由がない。

「信用できないなら使わなくてもいいぞ? さっきも言った通り万能じゃない。ミスカーテの毒にも幾つか種類があるしな。基本骨格は同じだから、どれでもある程度は効くと思うんだが」

 それでも憤慨するどころか全く意に介した様子なく、レーナは微笑んでそう説明した。心が広いのか、疑われることに慣れているのか。リンはこくりと頷き、その場でゆっくり立ち上がった。

「わかったわ」

 少しでも効果がある可能性があるのなら、滝の元へ届けなければ。今のリンにどれだけ走れるのかはわからないが。と、決意して踵を返そうとした彼女の手から、不意に袋が抜き取られた。ひょいと持ち上げられた袋の先へ視線を向けると、そこには青葉が立っている。

「滝にいにはオレが届けてきます」

 摘んだ袋をひらひらと揺らしながら、真顔の青葉はそう言った。彼が動いたことに全く気づかなかったとなれば、想像していたよりも自分は疲労しているらしい。

「リン先輩も体力きついでしょ? オレはまだ平気だから」

 確かに、そうしてもらえる方が助かるかもしれない。自覚した途端どっと体が重くなった。一度気が抜けてしまったのもまずかったのだろう。今からこの廃墟の中を駆けると考えると絶望的な気持ちになった。

「じゃあ行ってきます。梅花たちをよろしく」

 一方、青葉はまだ体力が残っているらしい。返答を待たずに背を向けた彼は、ただちに走り出した。その動きに不安定なところは見受けられなかった。安堵したリンが肩をすくめると、横から苦笑が漏れ聞こえてくる。

「さすが青葉だな。底なしの体力と回復力」

 声の主はシンだ。昔から青葉を知る彼がそう言うのだから、たまたま余力があったというよりも青葉の回復力が並大抵ではなかっただけなのか。どちらにせよこの場に青葉がいたことは幸いだった。あの薬をどうするのかはレンカの判断に任せればよいだろう。

「ああ、終わったようだな」

 すると、レーナが独りごちた。一瞬何を言っているのかリンにはわからなかった。瞳を瞬かせ思考を働かせ、それでようやくシリウスと魔神弾の件を指していると理解する。と同時に絶句した。早過ぎだった。亜空間に放り込むというのが具体的にどういうものなのか想像できないが、こんなに早く終わるというのはさすがに驚きだった。レーナの結界越しなので細かいことは掴めないが、派手な技を使った気配は感じ取れない。

「じゃあそろそろいいかな」

 レーナが右腕を一振りすると、辺りを広く覆っていた結界が瞬時に消える。その途端、吹き込んできた風がリンの黒い髪を揺らした。砂っぽいざらざらとした肌触りのそれが頬に触れる。リンは瞳をすがめ、ゆっくり右方へと視線を向けた。

「ほら、帰ってきた」

 レーナの声が空気に染み込むと、右手から悠然とシリウスが近づいてくるのが見えた。気怠そうに首を捻りながら歩く様にはまだまだ余裕がある。リンたちというお荷物がなければ彼はそれほどに強かったのか。ちりりと焼けるような痛みを胸に覚えるが、それと同じくらい安堵感も湧き上がった。今は余計なことは考えない方がいいだろう。そう自らに言い聞かせていると、シリウスはある程度近づいたところで足を止める。

「お前の希望通り、魔神弾は亜空間に放り込んでおいた。あっちで勝手に暴発して消えてくれればいいがな」

 それだけの実力の持ち主であるのに、彼が纏っている気には圧迫感がなかった。抑えているのだろう。特に根拠はないが、抑え慣れている印象だ。

「そうだな」

 簡素に応えたレーナは破顔する。左手の動きは相変わらず乏しいが、表情だけを見るといつものレーナだった。それでも足下にいる梅花が何か言いたげな顔をしているから、その裏には無理が隠れているのだろう。あのミスカーテや魔獣弾、そして得体の知れない緑髪の男を相手取っていたのだから無理もないか。

「だがまあ、あまり期待しないでおこう。ああいうのはなかなかしぶといから」

 レーナはもう一度辺りを見渡し、それからカイキの傍にまた膝をついた。彼女が動かないのはシリウスの動向をうかがっているためと思っていたが、もしかすると何か待っているのだろうか。怪訝に思ってリンも視線を巡らせる。しかし砂塵の渦巻く周囲には人気がなかった。あの魔神弾の触手が暴れ回っていたのだから当然か。

「さて、面倒ごとが終わったところで問おう」

 そんなレーナの元へと、シリウスが一歩近づく。その鮮やかな青い髪がふわりと揺れた。空気が一変するのがわかった。先ほどと変わらぬ涼しい顔をしているにも関わらず、纏う気配が明らかに変化している。すごんでいるわけでもないのに息を呑まざるを得ない、一種の威圧感が滲み出た。リンは固唾を呑んだ。やはり隠していたのだ。しかし視線を向けられた当のレーナは特段気負った様子もなく、笑顔のまま顔を上げるだけだった。

「どうぞ何なりと」

「このままこの星で好き勝手するつもりか?」

 シリウスの問いは端的だった。冷ややかな眼差しの向こう側に透けているのは一体何なのだろう。リンにはうかがうことはできないが、単純なものではない気がした。

「うーん、好き勝手できている気はしないが、この星を出るつもりはないな」

 それでも気圧された様子もなくレーナは頭を傾ける。魔族やラウジングたちに尋ねられた時と同じく、軽やかな調子だ。

「それならば放置はできないな」

 すると呆れたようにシリウスは嘆息する。それをここで宣言するのかと、そう言わんばかりの様子だった。確かに、表面上でも「好き勝手しません」と表明しておくところなのかもしれない。少なくとも負傷している彼女の方が不利なのだから、そうする方が賢いというものだ。もちろん、それで本当に見逃すかどうかはシリウス次第なのだが。

「われとしては、今日のところは穏便に撤退したいところなんだがな」

 首をすくめたレーナは左腕をさすった。怪我をしている様子はないが、動かせないのは相変わらずのようだった。リンの目にも明らかなのだから、シリウスはとうに気づいているだろう。いや、そもそもレーナには隠すつもりがないのかもしれない。

「帰すと思うのか?」

 そこでシリウスはうろんげな眼差しを向けた。放ったのは挑戦的な言葉だった。辺りを漂う空気には静かな緊迫感が満ちている。人によっては戦闘開始の合図とでも思うのかもしれない。それでもレーナはふわりと顔をほころばせ、頭を傾けた。

「帰してくれないのか?」

 まるで何かを見透かしているかのような問いかけだった。その気にも声にも、確かな自信が含まれている。ここで無意味な戦闘をするつもりなのかとでも言いたいのか? それとも、何を優先するつもりなのかと確認しているのか?

 よく考えてみると、ここで二人の諍いが起きればまずリンたちは巻き込まれることになる。ミリカの町は復旧不可能なほど壊滅的打撃を受けるかもしれない。それを望むのかと、そういう意味だろうか。足手まといの次は交渉材料にでもなった気分で、リンは何だか複雑になる。

「まあそうだな、お前が全力で何かしようとしたらろくなことにはならないな。それは望むところじゃあない。――今のところは」

 それがわかっているのか、それともそもそも本気ではなかったのか、シリウスはあっさり引き下がった。大儀そうな顔でため息を吐く彼の様子を見て、レーナはくつくつと笑い声を漏らす。実力はともかくとして、強気に出ているのはレーナの方らしい。

「ご理解いただけて嬉しいよ」

「だが限度というものがあるからな。そこはわきまえておけ」

 シリウスがそう吐き捨てるように口にした時だった。後方から近づく気配があることに、リンはようやく気がついた。この気には覚えがある。青葉とよく似ているがどこか違う気。――おそらくアースだ。

「ああ、来たみたいだな」

 感じたのはレーナも同様だったのだろう。彼女はゆくりなく立ち上がると、長い前髪を指先で押さえた。待っていたのはアースだったのか。確かに、彼女一人でカイキとイレイを運べるとは思えない。カイキは技でどうにかしたとしても、イレイの体格を考えると二人は厳しい。

 リンがゆっくり振り向くと、瓦礫の向こうにアースの姿が見えた。どうやら誰かを背負っているようだった。あの服装、色合いはネオンだろうか? 彼も負傷していたのか。

「本当に満身創痍なんだな」

 ぽつりとシンがこぼした声が鼓膜を揺らす。先ほどまでの戦闘が脳裏をよぎり、リンは服の裾を掴んだ。どこかで何かを間違えていたら死んでいたかもしれなかった。あの滝だって倒れている。今さらながらその事実を噛みしめると、嫌な汗が吹き出てきた。こうして話ができるのは奇跡的なことなのかもしれない。

「レーナ!」

 あり得たかもしれない未来を思って青ざめていると、アースの声が辺りに響いた。このどこか危機感を匂わせた呼び声を何度耳にしたことだろう。駆け寄ってくるアースの姿を、リンはじっと見据える。人を背負っているとは思えぬスピードだった。そこでようやくレーナも振り返る。

「ああ、アースすまない。こちらは終わった」

「それは見ればわかるが……」

 駆けつけてきたアースは、素早く辺りへ視線を走らせた。仲間たちが全員無事であることを確認したのだろう。その視線が一瞬ぴたりと止まったのにリンは気がつく。どちらへ向けられたのかと振り向けば、その先にいたのはシリウスだった。なるほど、アースにとってはここで唯一の見知らぬ存在になるのか。

「ああ、いいんだ。話はつけたから。まずは一旦戻ろう」

 レーナもそのことに気づいたようだが、気にするなと言わんばかりに軽い調子でそう告げた。あれを「話はつけた」と表現してよいのかリンには疑問だが、シリウスはこれ以上口を挟むつもりはないようだった。アースの視線を受け止めつつ、静かに動向を見守っている。

「ネオンもそのままだと辛いだろう」

 レーナは破顔したままアースを手招きし、そして今度はシンへと双眸を向けた。その理由が思い当たらなかったらしく、シンは怪訝そうに首を傾げる。

「神技隊、念のため離れていてくれないか? カイキたちは横にしておいていいから」

「……え? あ、ああ」

 戸惑った様子で頷いたシンは、そっとカイキたちを地面に横たえた。そして不思議そうに首を捻りながらリンの方に近づいてくる。何故離れる必要があるのかはリンにも不明だが、ここでそんな疑問を口にする気力もない。

「ありがとう」

 入れ替わるようにアースが進み出るのを待ってから、レーナは右手を掲げた。まるで手を振るような気安さで、友好的に微笑んで、悠然と周囲を見回す。

「それじゃあまた」

 そして誰にともなく言い残して、消えた。確かに、今までそこにあったはずの存在が、光と共に掻き消えた。五人一度にだ。まるでそれまで言葉を交わしていたのが嘘のような刹那のことで、リンは息を呑む。

 何度かそのような様子は見たことがあったし、そうなのではないかと疑っていたが、実際にここまではっきり目にしたのは初めてのことだった。本当に瞬間移動したとでもいうのか? 何度瞬きをしてみても変わらない。レーナたちは消え去っている。

 にわかに静寂が訪れた。風のか細い鳴き声が辺りに染み込み、砂と粉塵が舞い上がる。

「五人まとめて転移とは、やることが派手だな」

 沈黙を破ったのはシリウスだった。感心したような呆れたような声で独りごちると、彼はそのまま踵を返す。思わずリンは声を漏らした。全く根拠のないことだが、何故か彼が手助けしてくれるものだと自分でも思い込んでいたらしい。一体何をどう手助けしてくれるのかもわかっていないが、どこか期待していた。

 このままここに置き去りでは、一体どうすればいいのか。町はどうなるのか。

「ミケルダでも呼んでくる」

 そんな混乱が伝わったかどうか定かではないが、背を向けたままシリウスは言い放った。揺れる青い髪が背のフードに触れて、かすかな音を立てる。

「地球の状況がわからない私では手に負えない。すぐに戻るからそこを動くなよ」

 期待が裏切られたわけではなかったらしい。思わずぽかんと口を開けつつ、リンはもう一度シンと顔を見合わせた。ミケルダの名前が飛び出したところをみると知り合いなのか。ならばもう少し信用してもいいのか。

「わかりました、ありがとうございます」

 答えたのは梅花だった。座り込んでいた彼女の口元がわずかに緩み、ついで苦笑を漏らすのを、信じがたい思いでリンは聞く。重々しかった空気がたちどころに和らいだ。どっと疲れを覚えたリンは、ため息を堪えて肩の力を抜く。

「ひとまずは、終わりましたね」

 梅花の一言が胸に染みた。ミリカの惨状を思えば決して手放しに喜べないのだが、こうして無事に立っていられる幸せを噛み締めたくもなる。あとは仲間たちがみんな無事であることを祈るばかりだ。

「そうね」

 軽く唇を噛んでから、リンは頷いた。吹き荒んだ風が、乾いた土の上を撫でていった。

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