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white minds  作者: 藍間真珠
第一部 ―邂逅到達―
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第三章 「望みの居場所」 第七話

「ラウジングさん!?」

 乱入者の正体を教えてくれたのはジュリだった。驚嘆する声がよどんだ空気の向こうから響いてくる。よつきはかろうじて上体を起こすと、目をすがめつつ顔を上げた。頭上を柔らかな風が通りすぎ、濁った煙が晴れていく。おそらくラウジングの放った風による効果だ。これで状況が確認できると、よつきは首を巡らせる。

「無事か神技隊!」

 焦りを滲ませたラウジングの声が後方から聞こえた。ジュリの勘違いではなかったらしい。わざわざ駆けつけてきてくれるとは意外だ。上は薄情者ばかりだと思っていたが、考え直さなくてはならない。それともこの青の男の存在は、そうさせるだけのものだったのだろうか……。低空を飛んできたらしいラウジングは速度を急に落とすと、よつきの前に着地する。

「手遅れではなかったようだな」

「はい。突然、あの男が空から襲ってきまして」

「それを感知したから来たんだ」

 よつきの簡潔な説明に、ラウジングは相槌を打った。声に動揺は滲み出ていない。まさかまたおびき寄せる囮に使われたのではと疑念が湧いてくるが、それよりも今は青の男をどうにかする方が先決だった。

 よつきは痺れた腕を無理やり動かし、土の上に座り込む。そこでようやく、すぐ横で呻いている人物が視界に入った。倒れているのはゲイニだった。先ほどぶつかったのも彼だろう。よつきは「すみません先輩」と囁きつつ、青の男がいる方へ視線を転じる。

 土煙が落ち着くと、男の姿もはっきり見えた。ラウジングを含め、誰もが動きを止めていた。道端に寄っていたジュリが、ちらりとよつきへ一瞥をくれる。その瞳に安堵の色が見えたところからして、自分の状態はさほど悪くは映っていないようだ。動きにくいのは痺れのせいに違いない。

 先ほどから微動だにしていない青の男は、ラウジングの動向をうかがっているらしかった。ラウジングの手には、よく見ると細身の短剣が収まっている。わざわざ持ってきたくらいなのだから、技にも抵抗できる代物だろう。それで青の男も警戒しているのか。

「下がっていろ神技隊」

 一呼吸おいて、ラウジングは駆け出した。よつきたちの返事を待つつもりはないらしい。ゆったりとした上衣の裾が、深緑色の髪が、風を含んで揺れる。躊躇いなく青の男へ突き進むラウジングを見て、ジュリが忠告通り草むらの方へ下がった。

 ラウジングが突き出した剣を、青の男は半身引くことでかわした。さらにラウジングが踏み込むと、ひらりと飛び上がるような軽い跳躍でそれをいなす。その後も似たような攻防が繰り返された。次々と繰り出されるラウジングの一撃を、男はわずかな動きで避ける。攻撃には出ない。まるで実力を試しているかのようだ。何故だかよつきにはそう感じられる。

 焦れたラウジングは、一度飛び退った。いや、そう思った次の瞬間には、手のひらから薄水色の風を生み出した。ただの風にしては奇妙な気配を纏ったものが、真っ直ぐ青い男へ突き進む。それを不定の刃で切り裂こうとした男は、直前で急に結界へと切り替えた。薄い膜に弾かれて、薄水色の光が瞬く。

「勘の鋭い奴だなっ」

 ラウジングは舌打ちした。男が一体何を読み取ったのか、ラウジングが何をしようとしたのか、よつきにはわからない。彼が怪訝顔でラウジングと男を見比べていると、ジュリが顔を青ざめさせているのが目に入った。彼女は何やら気がついたらしい。だが尋ねるにしても彼女の下へ辿り着くには、青の男が邪魔になる。

 明滅していた光が薄らぎ、消えた。結界を消し去った男は、今度は自分から動き出した。短剣を構えたラウジング目掛けて、黄色い不定の刃を振るう。耳障りな高音が空気を震わせた。ラウジングは男の一撃を短剣で軽く受け流すと、再び左手から薄水色の風を生み出す。先ほどのような広範囲ではないが、近距離からの攻撃だ。これをかわすのは難しい。

 男は結界を張ったが、それは不完全だった。風の残渣が青い髪を、衣服を揺らす。ラウジングの口角が上がったのが、よつきの目でも捉えられた。一方男の口元は歪み、気が揺らぐ。

「――精神系!?」

 ようやくよつきも気がついた。あの薄水色の風は精神系の技だ。ラウジングは精神系も使えたのか。さすがは上の者、実力は確からしい。精神系の技は相手の動きを鈍らせることができるので、こういった場合には有効だろう。

 形勢は逆転した。今度は後退する男を、ラウジングが追いかける。剣での攻撃よりも、精神系による追撃を主体とすることに決めたようで、左手の気が膨れあがるのが感じ取れた。ラウジングはそのまま手のひらを前へ突き出す。

 この細道で広範囲の技を使われたら、逃げ場はない。空へ飛び上がるか結界で防ぐくらいしか、やり過ごす方法はなかった。今まで見たところでは、青の男は接近戦を好んでいたようだ。これはラウジングの方が有利か。空へ飛び上がると木々が邪魔で遠距離向きの技が使えないし、結界を張り続けていたら攻撃に転じられない。青の男に打つ手はなさそうに思えた。

 飛び退る男へと、ラウジングの薄青の風が迫る。かなり広範囲にわたるそれを、技以外の手で防ぐことは難しそうだった。しかし、それが男を捉えることはなかった。突如、体の芯へと染み込んでくるような強烈な気が現れる。いや、そう思った次の瞬間には、何者かが上空から飛び降りてきた。

 降り立った白い影が、ラウジングの前に立ちはだかった。薄青の風は結界に弾かれたらしく、光の粉を撒き散らしながら消えていく。よつきからでは、青く瞬く光が邪魔で様子がわかりにくい。しかしよくよく考えてみると、この気には覚えがあった。

「レーナさん!?」

 よつきは声を張り上げた。光が消えて視界が確保されると、その姿も露わになった。青の男の前にたたずんだレーナの眉根は寄っている。彼女はラウジングに向けていた手を下ろし、結界を消し去った。

「こんなところで精神系を連発する奴があるか!?」

 ついで静かながらもよく通る怒声を発した。レーナが憤っている点はそこらしい。どういう意味かとよつきが首を捻っていると、ラウジングも理解できないらしく怪訝そうな様子だった。それとも、そもそも彼女が現れたことを訝しんでいるのか?

「ここがどういう場所だか、まさか知らないとは言わないよな? 神よ」

 続くレーナの言葉に、ラウジングの纏う気配が変わった。疑問のみを宿していた気に、驚嘆と憤怒が混じる。ラウジングは短剣を彼女の方へ突き付け、一度辺りへ視線を巡らせた。よつきの方も一瞬だけ見た。神技隊の様子をうかがっているようだが、生憎まともに反応できそうなのはよつきとジュリ、ヒメワくらいしかいない。もちろん、誰もがこの事態にはついていけていないはずだ。

「――そこまでわかるとは、お前は魔族か」

 ラウジングはもう一度レーナの方へ向き直った。問うというよりも断言するかのような言い様は、激しい感情を押し殺している者の口調に似ている。一方のレーナは呆れたように片眉を跳ね上げ、頭を振った。

「それはわれの気を感じ取ってなお口にしているのか? まさか魔族を知らないわけでもあるまい」

 心外そうに言い放ってから、レーナは柔らかく微笑んだ。ラウジングが息を呑む気配が伝わってくる。二人は一体何の話をしているのか? よつきには理解できなかったが、どうやらそれは青の男も同じようだった。考えてみると、先ほどから男は一歩も動いていない。レーナとは知り合いなのか? 男に背を向けたレーナも、背後を気にする様子がない。先ほどの動きも男を助けるようなものだったし、無関係ではなさそうだ。

「それは……」

 ラウジングは言葉に詰まっている。二人の反応を見比べるに、レーナの知識がラウジングと同等かそれ以上であることは察せられた。ますます彼女が何者であるかわからなくなる。上の者と張り合うというのは信じがたい。大体、無世界だけではなく神魔世界でも神技隊の邪魔をしてくるのはどういうことだろう?

 よつきが首を傾げていると、ラウジングは俯き気味になり唇を噛んだ。そのまま黙り込んだ彼を見てレーナは嘆息する。諦めと憂いのこもった声が、森の空気を震わせた。

「本当にお前たちは結界に対する認識が甘すぎる。いくら転生神でも長期に渡り安定する技なんて生み出せるはずがない。どれだけの短期間で完成させたのかも聞いているんだろう?」

 レーナの言葉を耳にして、弾かれたようにラウジングは顔を上げた。見開かれた緑の瞳が、一瞬だけよつきの目にも入る。それは驚きだけではなく怯えの色も呈しているように見えた。

「だからお前は警告したのかっ?」

「――それだけではないがな」

 レーナが肩をすくめた、その時だった。それまで沈黙していた青の男を、忽然と白い光が包み込んだ。目映い輝きによつきが瞳をすがめていると、突然男の気が膨れあがったのを感じる。いや、膨れあがったのではなく分裂したのだ。そうと気づいたのは、覚えのある声が鼓膜を震わせた瞬間だった。

「もう! レーナが出てきちゃ意味がないでしょー!」

 この声はよう……否、イレイのものだ。白い光が収まった時、そこに青の男の姿はなかった。代わりに現れたのはアースたち四人だ。よつきは瞳を瞬かせながら首を捻る。一体何が起こったのか、理解するのを頭が拒否している。よつきだけでなくラウジングも絶句している中、ぴょこんと飛び跳ねたイレイはレーナの横に並んだ。

「本当にもうっ」

「すまない。さすがに見過ごせない事態になってしまったので」

 まなじりをつり上げたイレイへ、レーナは微苦笑を向けた。その後彼女がちらとアースの様子をうかがったのは、よつきから見ても明らかだ。目が据わったままのアースは、何も言わなかったが。

 一方、ラウジングは状況が把握できずに呆然としているようだった。口にしかけた言葉の行き先を求めるように、唇を震わせている。さすがにこの流れは彼も予想していなかったのだろう。当然のことだと思う。すぐさま対応できる人間の方が稀だ。

「もうもう、だからってさー! あーもういいや。じゃあ帰ろう? 僕らがいなくなったら、あの緑の人も技は使わないでしょ?」

 両手を振り上げたイレイは、さらに唇を尖らせた。ラウジングさえも「緑の人」呼ばわりとは、さすがイレイといったところか。レーナは一度周囲を見回してから相槌を打った。

「そうだな。われがここに長居するのもよくないだろうし」

 レーナの視線は、よつきにも一度向けられた。彼女の眼差しを直視すると、何かが見透かされているかのように感じられる。本当に梅花とよく似ているが、秘めた鋭さが違った。レーナの双眸は確かに「何か」を知っている者が持つ輝きを帯びている。

「よーし、じゃあ帰ろうっ。帰ろう!」

 意気揚々とその場で回転したイレイが、アースの腕を引っ張った。それまで不機嫌顔でたたずんでいたアースは、迷わず首を縦に振る。最終決定権はアースにあるらしい。カイキとネオンの「よし」と応じる声も続いた。

 はっとしたラウジングが手を伸ばすも、間に合わなかった。よつきがまた瞳を瞬かせている間に、アースたちは空に向かって飛び上がる。その姿は見る見る間に青空の中へ吸い込まれていった。

「しまったっ」

 ラウジングの舌打ちが辺りに響いた。もう追いかけても無駄だろう。いや、そもそも追いかける必要があるのか。息を吐いたよつきはゆるゆると歩き出した。痺れはやや薄れてきているようだ。立ち尽くすラウジングや、その向こう側で困惑顔をしているジュリの方を目指す。

「くそっ」

「あの、ラウジングさん、これは一体……」

 おずおずとよつきが声を掛けるも、ラウジングは気怠げに頭を振るばかりだった。彼の纏う気が、いまだ混乱のただ中にいることを伝えてきている。よつきは仕方なくジュリへと視線を転じた。困ったように嘆息した彼女は、ぎこちない動きでこちらへ近づいてくる。

「よくわからないけど、終わったみたいですね。ラウジングさん、これからどうします?」

 ジュリの言葉がよつきの心を現実へ引き戻した。そうだ、彼らは調査のために来たのだった。この状況でもそれを続行しなければならないのか? よつきは後方を振り返る。仲間たちの大半は青の男の攻撃を受けている。意識はあるしその気になれば動くこともできそうだが、気は進まなかった。彼らが元気に歩けるとは思えない。

「……そうだな、一度宮殿に戻ろう」

 そんなよつきの思いが伝わったのか否か、ラウジングは神妙に頷いた。軽く瞼を伏せたその横顔には疲れが滲んでいる。緑の瞳には、何かを深く思案している気配が宿っていた。

「わかりました」

 ジュリは少しだけ顔をほころばせると、すぐ近くにいたコスミたちの方へ駆け寄っていく。怪我の具合を確認するのだろう。こういう時にすぐさま現実的な行動が取れる彼女は頼もしい。よつきの心も静まっていく。もう一度辺りの様子を確認すると、やや離れた位置にいたラフトたちが、よろめきつつ立ち上がる姿が目に入った。戦闘が終わったという安堵が力をもたらしたのだろうか。これなら各々どうにか自力で戻れるだろう。

「本当に、まったく、あいつらは何者なんだ」

 ジュリの後を追おうとよつきが振り返った時、ラウジングのぼやく声が鼓膜を揺らした。それは皆の気持ちを代弁していた。あの青の男はアースたちだったのか? 一体どんな技を使えばあんな芸当ができるのか? よつきの知識の中に思い当たるものはない。ラウジングの言葉から判断するに、上の者にとってもそうなのだろう。

 上にもわからないことがあるというのは意外であった。けれどもそれは決して喜ばしいことではない。きっと上はますます慎重になるだろう。今後は何をどう判断するのにもさらに時間を要する、というありがたくない事態が推測される。宮殿に戻った後のことを考えると、よつきの心は重く沈んだ。


 よつきの懸念は、その後現実となった。宮殿の小部屋に案内された彼らを待ち受けていたのは、しばし待機せよという無機質な言葉だけだった。

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