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white minds  作者: 藍間真珠
第一部 ―邂逅到達―
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第三章 「望みの居場所」 第四話

 夜も更けようという時刻、公園には十名の神技隊が集まっていた。予定外の会合となったにもかかわらず、全ての隊が了承してくれた。木の幹に寄りかかった青葉は、ベンチに座る梅花の横顔を見る。

 重たげな書類の束を幾つか抱えて彼女が戻ってきたのは、今朝のことだ。昨日の夕方宮殿に呼び出されたので、半日ほど拘束されていたことになる。どことなく浮かない様子に思われたので理由を問いただしたところ、すぐに神技隊を集めなければならない事態が発生したという。だがもちろん、全員を集めるわけにもいかない。そのため、各神技隊からリーダーを含めて二名ずつ来てもらうことにした。それでも皆の予定を合わせるとこんな時刻になってしまった。青葉としては、体調が万全ではない彼女にこんな時間まで仕事をさせるのは避けたいところなのだが。

「まず、一番重要な点から話しますね」

 書類の束を膝の上に載せて、梅花は口を開く。街灯に照らされた眼差しから、わずかな憂いが見て取れた。それを察したのか否か、真っ先に頷いたのはリンだった。ベンチの背に軽く腰掛けている状態だから、梅花の顔が見えるとも思えないのだが。無論、誰もが気を隠しているので、そこから読み取れるわけもない。

 スピリットからは予想通り、シンとリンが来ていた。シンはリンの横にたたずんでいるが、街灯に背を向けているため青葉からは表情がよく見えない。それでも神妙な顔をしているだろうと想像することはできた。

 梅花は皆が異を唱えないのを確認し、一言ずつはっきりと口にする。

「リシヤの空間の歪みについては、皆さん知っていると思いますが。その歪みが最近ひどくなっているようなんです。その調査のため、私たちの中から二隊ほど、応援に来て欲しいとの要請がありました」

 夜の静寂が深みを増した。一拍おいてから、何人かが「えっ」と声を漏らす。青葉は昼間に話を聞いておいたので、そこまでの衝撃は受けなかった。リシヤの話は、特に技使いの中では有名だ。今から二十年ほど前、突如としてリシヤの街が消えた。街が存在していた場所は森に覆われた世界となり、周囲を含めて空間の歪みがひどくなった。そのため、今リシヤの森一帯は立ち入り禁止区域となっている。ごく一部の技使いだけが、足を踏み入れることを許可されているという。

 だがそういった状態は、取り立てて珍しいことでもない。神魔世界は数百年に一度くらいの頻度で、とある地域が消滅するということを繰り返していた。リシヤの前はナイダという街がそうだった。今はそこには山と谷しかない。空間のひずみに飲み込まれたというのが通説だが、では一体どうしてそんなことが起こるのか、いまだ謎だった。

「リシヤ出身のレンカ先輩なら知っていると思いますが。あの森には無秩序な結界が多数存在していて、それが空間の歪みに影響を与えているのではないかという推測です。結界が、弱まっているのではないかと。それを調査して欲しいんだそうです」

 皆が黙り込んでいるのも意に介さず、梅花はさらに説明を続ける。やはり周囲から言葉はなかった。それにしても、リシヤに多数の結界が存在しているというのは初耳だ。噂にも聞いたことがなかった。他の一般人と同様、青葉もリシヤの近くに出向いたことはない。滝は足を踏み入れたことがあると言っていたが、それは特例だろう。

「それも早急に、だそうです」

 梅花はそこで言葉を切り、辺りを見回した。名前を出されたレンカは相槌を打っていたが、残りの面々は理解の乏しい顔をしていた。結界の話も唐突だが、その調査に神技隊が駆り出される理由がわからない。調べるだけなら宮殿の人間だけでも事足りるはずだ。あそこにもそれなりに技使いがいる。

「えーと、それってつまり、神魔世界に戻るってことよね?」

 静寂を打ち破ったのはリンの疑問の声だった。梅花はリンの方へと一瞥をくれ、大きく頷く。

「そういうことになります。期間については不明です」

「そ、そう……」

「調査期間中は宮殿に寝泊まりすることになると思います」

 わずかな躊躇の後、梅花はそう付け加えた。辺りの空気がますます重苦しくなるのが、青葉にも感じ取れた。全員気は隠しているのに、それは著明だった。全く同じ気持ちだからかもしれない。宮殿の居心地の悪さは、神技隊なら誰もが経験済みだ。長期間に渡る「講義」の際に、嫌と言うほど味わっている。

 困ったことになったと、青葉は内心でため息を吐く。二隊選ばなければならないのに、これでは積極的に行きたがる者は出てこないだろう。そうでなくとも、仕事を抱えている者は難しい。

「結界関連ということは、補助系得意な人がいた方がいいですよね」

 皆が発言を躊躇う中、先に口を開いたのはジュリだった。ベンチの脇に立っていた彼女は、周囲の者たちへ視線を巡らせる。そして最後に、隣にいるよつきへ目を向けた。

「一隊は私たちピークスでいいんじゃないでしょうか。私は補助系が得意ですし、仕事の方もまあ何とかなりますから」

「何とか……なりますかねえ」

「なりますよ、大丈夫です。私が何とかします」

 困惑顔のよつきに対して、ジュリは悠然と首を縦に振る。ジュリが治癒の技に長けているというのは、先日の亜空間で聞いた。彼女の腕は信用はできるだろう。率先しての立候補は、他の者たちの事情を慮ってのことか。すると今度はそれにフライングのラフトが続いた。

「じゃあもう一隊はオレたちでいいんじゃね? ヒメワとか補助系の使い手だろ。ミンヤも確かそれなりに使えるし、オレたち仕事ないし」

 小石を足の上で弄んでいたラフトは、にひひと笑って腕組みをした。聞き捨てならないのは後半の言葉だ。思わず顔をしかめた青葉は、同じく怪訝そうな顔をしたシンと目を合わせる。無世界での一番の悩みはどうやって生活費を稼ぐかだ。それなのに働いていないとは一体どういうことなのか?

「え、仕事がないって、お金はどうしてるんですか?」

「宝くじ。ヒメワの奴がくじ運よくてさー。今のところそれで生活には困ってないから」

 青葉たちの疑問を、リンが代弁してくれた。目を丸くするリンへ、ラフトは腕を組んだまま得意げな笑顔を向ける。信じがたい話だ。しかし虚勢を張っているようにも、嘘を吐いているようにも見えなかった。

「そうしてもらえるとありがたいですね。梅花やリンは怪我が治ったばかりだし」

 ついで滝がそう同意する。青葉としてはその点が最も気がかりだったので、行かなくていいのなら一安心だ。宮殿が絡むと梅花にしわ寄せが行きやすい。それなのに当の彼女は気遣われたことが心外らしく、軽く眉をひそめていた。あれだけ言ってもまだ無理をしがちだという自覚がないらしい。

「でも私たちは行かなくていいの? リシヤなら案内できるけれど」

 話がまとまりかけたところで、異を唱えたのはレンカだった。彼女は滝の服の袖を軽く引っ張る。確かに、リシヤの森に行くことになるなら出身者がいた方が心強いだろう。ストロングには補助系が得意な者もいたはずだ。青葉には良案に思えたが、問われた滝は何か言いたげに片眉を跳ね上げた。どうやら行かせたくはないらしい。だが滝が口を開くより先に、梅花がすかさず反対の意を示した。

「レンカ先輩は、今回は止めていただけると幸いです。上の動きがどうも怪しいところあるので」

 どこか言いづらそうなのに、確固たる意思を感じさせる声音だった。梅花は時にこんな物言いをする。青葉の記憶している限り、宮殿内のことや上に関する話の場合が多かった。

「上の動きが怪しい?」

 思わぬ方向からの制止に、レンカが首を傾げる。

「私の勘みたいなものです。具体的に説明できなくてすみません。上の方がごたついている印象ってことです。レンカ先輩の出自は特殊なので、こういう時に上に関わるとろくなことがありません。……というのも私の単なる経験則ですが」

「上に関しては、梅花が一番詳しいもの。ありがたい助言だわ。実のところを言うと、生まれ育った場所なのに、私あの森と相性が悪くて」

 首をすくめる梅花へと、レンカは微苦笑を向けた。場所と相性が悪いというのも意味不明な発言だが、この流れで尋ねる者はいなかった。これで調査に行くのはフライング、ピークスに決定だ。あっさり決まったことに、青葉は気抜けしつつも安堵する。早く話を済ませなければという思いは皆一緒だったのか。

「それではフライング先輩とピークスは、明日の日没頃にゲート前集合で大丈夫ですか? 準備に時間がかかるようなら、一日延ばすくらいであれば交渉できますが」

 梅花がやや申し訳なさそうに告げると、よつきは戸惑った様子で唸った。まさか丸一日もないとは思っていなかったのだろう。上の「早急」には、もちろん神技隊側の事情は考慮されていない。青葉たちも幾度となく振り回されてきた。それでも仕事のないラフトは大きく頷き、ついでジュリも首肯する。

「オレたちはいつでも!」

「夕方までには何とかしますので大丈夫です」

 ジュリの態度には、どことなくリンの行動を彷彿とさせるものがあった。補佐を名乗るだけのことはあるが、そんな手腕まで身につけているのか。ウィンというのは一体どういうところだったのか、にわかに気になってくる。

「ありがとうございます。ゲートの向こうへは、私が送りますね。その後は宮殿側の誰かが案内してくれる手はずになってますので」

 梅花の言葉が、解散の合図となった。「それじゃあ」とラフトが歩き出すのにつられて、皆おもむろに動き出す。帰路につく各々の会話が青葉の鼓膜を揺らした。シンとリンのたわいない談笑は毎度のことだが、それが今日は上への愚痴で彩られている。一方では、「本当に大丈夫なんですか」と確認するよつきを、ジュリは笑顔で言いくるめていた。少しずつ各隊の特徴が掴めてきたような気がする。

 ラフトは、隣にいるカエリからお小言を受けていた。宝くじの話についてだ。カエリとまともに顔を合わせるのは亜空間での一件以来だが、どうやらフライングではまとめ役に当たるらしい。滝とレンカも何やら言葉を交わしている様子だったが、青葉の耳では聞き取れなかった。リシヤの森についてのやりとりではないかと推測することはできるが、ほとんど囁いているようなので判然としない。

 帰り道に無言を突き通すのは梅花くらいなものだろう。そう考えると、青葉の気持ちは暗澹としてくる。やはり彼女は変わっている。横目で確認すると、ちょうど書類を抱えて立ち上がったところだった。不思議そうな彼女の視線が彼へと注がれ……ついで、その眉がひそめられる。

「怒ってるの? それとも笑ってるの?」

「……は? 何だよ、そのぶしつけな質問は」

「なんとも言い難い顔してるから」

 書類を抱きしめたまま、梅花は小首を傾げた。どうやら顔に出ていたらしい。けれども、まさか会話を交わしている様が羨ましかったとは言えない。青葉は彼女の方へ数歩近づき、ちらりと滝たちの方へ一瞥をくれた。

「いや、みんな仲が良さそうだなあと思って」

 彼女はきょとりと瞳を瞬かせた後、去っていく者たちの背中へと目を向けた。そして訝しげに口を開く。

「羨ましいの? 青葉だって仲がいいでしょう?」

「誰と?」

「アサキたちと。昨日も遅くまで喋ってたじゃない」

「あのなぁ」

 青葉はうなだれたいのをどうにか堪えた。彼女は頭がいいはずなのに、察しも悪くないのに、どうしてこういう時だけ伝わらないのか。何故このタイミングで自分を蚊帳の外に置くのか。理解不能だった。

「お前は、自分がシークレットの一員だって自覚あるのか?」

 大袈裟なくらいに大きなため息を吐き、青葉は右の口角だけを上げた。弾かれたように振り返った梅花は、心底驚いた様子で眼を見開く。

「――私と仲良くなりたいの!?」

「何でそんなに驚くんだよ」

「……青葉、変わってるって言われない? 仲間って、そんなに無理するものじゃあないと思うんだけど。それで破綻した例もあるし」

 あまりの反応に、青葉は継ぐ言葉を失った。卑下しすぎだとか自己評価が低いとか、そういった類のものとも一線を画している。捻くれていないのが奇跡と思われるくらいの思い込みだ。それでもここまではっきり口にしてやれば、ある程度は通じるらしい。珍しくもたじろいでいる彼女は、もう一度滝たちの方へ眼差しを向けた。彼はその隙に、彼女が抱えていた書類を半ば無理やり奪い取る。

「あ、ちょっと青葉」

「帰るぞ。どうせこれも特別車に持っていくんだろう?」

「そうだけど」

 片手で書類を抱えた青葉は、伸ばされた梅花の手をやんわりはね除ける。そしていまだ困惑している彼女の頭を軽く撫でた。ますます顔がしかめられた。しかし触れると嫌そうなのに逃げないし、抵抗する素振りもない。いつもそうなのだが、これまた不思議だった。逆らってはいけないなどと思っているわけでもないだろうし。

「もう、わかったから手を退けて。戻るんでしょう?」

 青葉がひとしきり髪の感触を楽しんだところで、梅花は嘆息した。そっと手を離した彼は首を縦に振る。二人きりの時間は貴重だが、夜の公園に長居するのはそれはそれで危険だ。彼女には明日の仕事もある。

「そうだな。もう遅いし」

 今頃仲間たちはきっと眠そうな顔で待っていることだろう。特にアサキとようの就寝時間は早い。長時間の睡眠が健康のためには必要だ、というのが二人の言い分だった。青葉が歩き出すと、彼女も渋々といった様子で一歩を踏み出す。

「そうね、二人でいるところを狙われても困るし」

「狙われるって、アースたちにか」

 青葉は歩調を緩めて梅花の隣に並ぶ。街灯へ近づいていくと、虫の羽音が大きくなった。彼は彼女の横顔を視界の端に収めながら、書類を抱え直す。この分厚い束は何のためにあるのか? 先ほどの説明にはろくに使用していなかった。

「それもそうだし、青い髪の男性のこともあるでしょう?」

「ああ、青い髪の。一体何者なんだろうな」

 髪だけではなく全身を青で纏めた謎の青年の存在は、ますます事態を混乱させていた。襲い来る相手がどんどん増えるのではないかと考えると、気が重くなるばかりだ。今までの平穏が嘘のように異変ばかりが続いている。

「無世界の人間みたいに髪を染めてるんじゃないとしたら、普通の人間じゃあないのかもしれないわね」

 ぽつりと、梅花は呟いた。その声音に何か得体の知れない感情がこめられているように思えて、青葉は絶句する。冗談を言うような性格ではないし、そういう風に聞こえるような発言でもない。彼女は本気でそう思っているようだった。

「普通の人間じゃあないって?」

「……うまく言えないけど。この星の人間じゃないか、別の生き物かってことよ」

 わずかに逡巡してから、梅花はそう答えた。「この星」という響きが、青葉の心をざわめかせる。それはこの地球のことを指しているのか? 無世界ではどうやら頑張って人間を宇宙へ送り込もうとしているようだったが、神魔世界では事情が違った。宇宙へ行くことは禁じられている。そのための技術を磨くこともだ。もっとも、何をどうしたらそのようなことが可能になるのか、彼には見当もつかないので、深くは気にしていなかったが。

「外の星にああいう奴らがいるっていうのか?」

「私に聞かないでよ。可能性の問題よ」

 梅花はあえて明言していないように思えた。まさか外の星の情報まで知っているのか? ますます彼女の存在が遠くなったようで、つい青葉は眉根を寄せる。どうして何も話してくれないのか。宮殿の人間とは皆こうなのだろうか? いや、シンの話だと、同じく宮殿出身のローラインはそんな風ではないようだ。

「何か知ってるのか?」

「どういう意味? その質問、漠然としてるわ。その青い髪の男性のことなら何も知らないわよ」

 困ったように梅花は小首を傾げた。さらりと揺れた髪の先が、青葉の右腕に触れる。彼自身も何を問いたいのか、いまいちよくわかってはいなかった。仕方なく「いや」と言葉を濁して苦笑いを浮かべる。

「お前なら何か手がかりになりそうなこと知ってるかなあと思って」

「青葉までそんなこと言うのね。私は、単なる技使いよ」

 梅花はため息をどうにか飲み込んだようだった。その言い様に感じ入るものがあり、青葉は閉口する。宮殿での彼女の扱いを思い出すと心が冷えた。そういう意味で口にした言葉ではなかったのに。

「わかってるよ。宮殿の常識とこっちの常識が違うんじゃないかと思っただけだって。梅花は神技隊の一人、シークレットの一員だろう」

 上の者たちは、梅花にいくらでも特別な枷をはめたがっている。宮殿に繋ぎ止める理由を探している。彼女がそこに抗い、もがいているのは薄々感じていた。いいなりにはならず、極力「扱いやすい人間」になることを避けているようだった。それは今も続いている。

「……そうね」

「――それに」

「それに?」

 梅花の眼差しが青葉を捉えようとする寸前で、彼は前方へと視線を向けた。聞き返されてしまったことで肝心な言葉を口にしづらくなり、意味もなく書類を抱え直す。夜風に吹かれた紙の端が、ばさりと音を立てた。

「オレのたった一人の従姉妹だ」

 声は届いたはずだったが、梅花は黙り込んだ。青葉はそれ以上は何も言わずに、真っ直ぐ特別車のある広場を目指す。沈黙による居たたまれなさが、じわりと胸に染み込むようだった。つい手に力が入りそうになるのを堪えるのに、彼はいっそう苦労した。

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