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white minds  作者: 藍間真珠
第一部 ―邂逅到達―
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第二章 「迷える技使い」 第七話

「あーもう、一体どうなってるんですか」

 よつきはもう何度目になるかわからないぼやきを口にした。揺れる下草に紛れるよう見え隠れしているのは、多数の黒い獣たちだ。しばらくは新しい獣が見える度に数えていたが、もうそれは止めている。十まで数えたところで完全に諦め、とにかく自分に迫ってくる個体のみに集中することにした。数が把握できたところで、気力が削がれるだけだ。

 額に滲んだ汗を拭っていると、後方からダンの罵声が響いた。この場に居合わせたのが一人ではなかったことが、せめてもの救いだ。ちょうどフライングのカエリ、ミンヤ、そしてストロングのダンと合流したばかりだった。彼らは全員「困ったらまずは最初の地点に戻る」を実行した者たちであった。だが再会を喜ぶのも束の間、突然黒い獣に襲われた。無世界にいるという熊とも虎とも言い切れない、不思議な生き物だ。

「しつこいですねっ」

 飛びかかってきた一匹目掛けて、よつきは雷の矢を放った。黒々とした胴体に矢が突き刺さると、太い手足が震える。体を痙攣させたまま地に落ちた獣は、打ち上げられた魚のようにビクビクと跳ねた。けれども油断は禁物だった。そのうちよろめきながら起き上がり、また攻撃を仕掛けてくることはわかっている。

「いつまで繰り返せばいいんでしょう」

 文句を言う声がどんどん弱くなっていることに、よつきも気づいていた。土系の技も試した、炎系も水系も雷系も使ってみた。しかしどの技もこの獣には決定的な効果がなく、しばらくするとまた動き出してしまう。あるものは毛並みを焦がしたまま、あるものは凍り付いた足を引きずりながら、あるものは体を痙攣させながら向かってくる。正直気味が悪かった。間違いなく、普通の生き物ではない。

「もう、しつこーい!」

 遠くでカエリが叫んでいる声が聞こえた。まだまだ元気はあるようだが、そのうち気力もなくなってくるだろう。技使いとて、延々と技を使っていられるわけではない。技を使うと精神と呼ばれるエネルギーを消費する。減った精神は黙って休んでいればそのうち回復するが、立て続けに使えば底を突く。そうなったらこの獣たちに対抗する術はなかった。

「倒せないとなると本当に困りますね。せめて武器でもあればいいんですが」

 そう呻いたよつきは、迫り来る一匹目掛けて炎球を放った。色々と試してみたが、炎の技が一番長い時間、獣の動きを封じてくれるようだった。上手く足に命中させれば歩けなくなるものも出てくる。しかしうっかり草に燃え移ると大変なので、放つ方向には要注意だ。

 空中で炎球をまともに食らった獣が、吠えながら草の中へと落ちる。息を吐いたよつきは、次に襲いかかってくるだろう獣を求めて視線を彷徨わせた。獣から微弱な気は感じ取れるが、数が多いのでまず対応すべきなのがどれなのかは、目視で確認するしかない。

「……え?」

 よつきは瞳を瞬かせた。彼の目に留まったのは、獣ではなかった。草原の隅に生えている木の陰に、青年がたたずんでいる。

「シークレット先輩……じゃないですよね」

 遠目でも顔は判別できる。先日よつきが相見えたネオンだった。額に空色の布を巻いているのでわかりやすい。顔をしかめたネオンは、幹に隠れるようにしながら首を傾げていた。よつきは周囲を見回し、仲間たちにまだ余力があることを確認する。カエリとミンヤは二人で協力して戦っているので大丈夫そうだ。ダンの動きにも乱れはない。

 よつきは意を決すると、ネオン目掛けて駆け出した。長草を踏みつけ、足を震わせている獣を飛び越える。精神を温存するために技は使わない。

「うぇ?」

 よつきが近づいてきたことに、ネオンも気がついたらしい。思い切り眉根を寄せたネオンの口から間の抜けた声が漏れる。もしもこの獣がネオンたちの仕業だとしたら、大元を叩く方が先決だ。よつきは走りながら右手を掲げた。ネオンは慌てた様子で、どこからともなく短剣を取り出す。

「何でこっちに来るんだよ!?」

「戦うために決まっています!」

 よつきの放った氷の矢を、ネオンは手にした短剣で弾いた。先日の戦闘の時には持っていなかった得物だ。どうやらそれも技に抵抗できる特殊な武器らしい。これを奪い取れたらなどと、よつきは頭の隅で考える。もちろん、そう簡単に手放してくれる相手ではないだろうが。

「おいおい、今はそれどころじゃないだろう? あの獣を放っておいていいのかっ」

 対峙したネオンの顔は青ざめていた。うごめく黒い獣へ向けられた指先には、不必要に力が入っているように見受けられる。

「放っておくって、人事みたいに」

「人事だよ人事。あんなわけわからん魔物みたいなのには、関わらないに限る!」

 言い切ったネオンは思い切り顔を歪めた。演技とは思えない嫌悪感が滲み出ている表情だ。一歩後退った様子からは、この場から早く逃げ出したいという心情まで透けて見える。よつきはいつでも技を放てるように構えたまま、首を捻った。

「つまり、あなたの仕業じゃあないんですね」

「当たり前だ!」

 どうやらネオンたちの仕向けた罠ではないらしい。様子を見守っていたのは、状況がわからなかったからなのだろうか? しかし嘘を吐いている可能性もまだ残っている。よつきはネオンを睨みつけた。

「本当にあの獣のことは知らないんですね?」

「知るかよっ。大体オレたちは――」

 何かを言いかけたネオンの視線が、上方へと向けられた。はっとしたよつきは振り返った。半ば無意識に掲げた手の先に、結界が生まれる。反射のようなものだったが、それは功を奏した。飛びかかってきた黒い獣の爪が、透明な膜に弾かれる。

「こっち来てしまいましたかっ」

 草地へと降りた獣目掛けて、よつきは雷の矢を複数放った。その間に近づいてきていた別の獣には、ネオンが向かっていく。赤い瞳をぎらつかせて吠えた一匹の頭上へと、飛び上がったネオンの短剣が突き刺さった。耳が痛くなるような唸り声が響いた。ネオンが短剣を引き抜くと、獣は大きく体をのけぞらせる。

「……え?」

 そして、消えた。光の粒子となって、獣だった体は空気へと溶けていった。よつきは目を疑う。先ほどまでどんな技を仕掛けても倒すことのできなかった獣が、瞬く間に消えてしまった。信じがたい。

「そんな――」

「おいおい、よつきさんよー。ぼーっとしてる場合じゃないぜ。どんどん来るぜ」

 眼を見開いたよつきの鼓膜を、ネオンの意地悪い声が揺らす。横目で見やると、ネオンは肩をすくめながら口角を上げていた。その視線を追うように、よつきはもう一度振り返った。先ほどよりも数を増やした獣たちが、じりじりとよつきたちの方へと近づいてきている。中には足を引きずっているものや毛を焦がしているものもいるが、無傷なものも混じっていた。

「まいったなーこりゃー。レーナにどうするか聞かないとなあ」

 短剣をぶらぶら揺らしながらネオンがぼやく。つまり神技隊を狙うよう指示を出しているのはあの少女――レーナなのか。一つ情報が得られたのは嬉しいが、この状況は喜ばしくない。唯一敵を倒すことのできる短剣を何とか奪い取れたらいいのだがと、よつきはネオンへ一瞥をくれた。もしくは上手く誘導して獣を倒してもらうかだ。すると片手を上げたネオンは、軽く地を蹴る。

「じゃあそういうことで、ここは任せるわ」

「え? まさか逃げるんですか!?」

 風を纏ったネオンの体が空に浮いた。手をひらひらとさせるネオンを、よつきは慌ててねめ上げた。企みがばれたのだろうか? 爽やかな笑顔が恨めしい。

「だって勝手な判断で動けないしー」

「待ってください!」

 呼び止めでも無駄だった。あっという間に空へと上っていたネオンの姿を、目で追っている時間はない。飛びかかってきた獣二匹へと、よつきは氷の矢を複数放った。ネオンのように空へ逃げたいところだが、そのためには他の三人と合流してからになる。少しでも離れてしまうと、ねじれた空間のせいでまたばらばらになってしまう可能性があった。

「本当にもう、どうしようもないですね」

 地に落ちた獣から距離を取り、よつきは苦笑を漏らした。背中を伝う汗の量は、増すばかりだった。




 青葉たちはうなだれていた。重い体を引きずって小道の真ん中に集まったが、誰もがすぐには声を出せなかった。何を言っても言い訳になるようで、惨めになるようで、喉元まで出かかった言葉を飲み込んでしまう。気持ちを落ち着かせるための呼吸さえ、油断するとため息になりそうだ。そんな中で最初に立ち直ったのは、一番後輩であるジュリだった。

「とりあえず、怪我があれば治しますので」

 手のひらを向けてきたジュリは微笑を浮かべる。ジュリ本人も肩をやられたはずだが、そのような素振りは見せなかった。戦闘中に解けた茶色の髪を背中へと追いやり、「どうします?」と尋ねてくる。青葉はつい癖でシンと顔を見合わせた。後輩に気を遣わせるのは何だか申し訳ない。

「いや、これくらいは自分でなんとかなる。ありがとうな」

「そうですか? 私、治癒の技が得意なんです。これだけは自信があるので遠慮しないでくださいね」

 少しだけ悪戯っぽく笑ったジュリは頭を傾けた。治癒の技は補助系の一種だが、実はそれなりにコツがいる。自分の体を治すのならばともかく、他人の体はさらに難しかった。補助系の使い手というのは神魔世界には数多くいたが、治癒が得意だと言い切った技使いを青葉は初めて見た。よほど自信がないと口にできない言葉だ。

「そういうところはリンに似てるな」

 すると隣でシンが苦笑を漏らした。その横顔からは、どことなく安堵が滲み出ているように見えた。しかしどうして急にリンの名前が出てきたのだろうか? 脈絡がない。ジュリと知り合いなのか? わからず青葉が顔をしかめていると、ジュリは嬉しそうに笑った。

「ありがとうございます。これでもリンさんの補佐を自任してるんです」

 ついで飛び出してきたのは補佐などという単語だった。まず普通の技使いに対して使われる用語ではない。梅花の立ち位置が、多世界戦局専門長官の補佐だと聞いた時くらいか。青葉は首を捻った。

「補佐を自任って、リン先輩って何者?」

 思わずぽつりとそう漏らすと、シンとジュリが同時に凝視してくる。まるで「知らなかったのか」と言わんばかりの顔つきだ。黙ったままである滝とレンカへ一瞥をくれてから、青葉は耳の後ろを掻いた。

「あの……何者?」

「お前、梅花から聞いてなかったのか?」

「聞いてないっすよ。梅花はこっちが尋ねない限りは余計なことは言わないし」

 まるで青葉が悪いことをしているような言い様だ。呆れ顔のシンは腕組みまでしている。お喋り好きな年頃の少女と違って、梅花は必要以上に話をしようとはしない。それが誰かの個人情報に関わることならなおさらだ。こちらの疑問をくみ取って説明してくれることならあるが、リンの話はほとんど聞いたことがなかった。すると何かを言いあぐねているシンの代わりに、ジュリが口を開く。

「リンさんはウィンの旋風ですよ、青葉先輩」

 朗らかに笑ったジュリを見て、青葉は眼を見開いた。ウィンの旋風の話ならば、もちろん青葉も聞いたことがあった。青葉たちの世代では、ヤマトの若長に並ぶ異名持ちの一人だ。どういった経緯で何故有名になったのかもわからないが、名前だけは轟いている。女性だと耳にしたことはあるが、年下とは思ってもみなかった。生まれた時期が時期ならば、まず間違いなく次期長になっただろうという噂だ。

「リン先輩が旋風!?」

「そんなに驚くなよ。いや、オレも最初聞いた時は驚いたけどな」

「驚くでしょう、普通。だっておかしいでしょう、絶対。若長の次は旋風が選ばれてるとか思わないでしょう」

 顔を引き攣らせた青葉はちらりと滝の様子をうかがった。いつの間にか木の下の方へと移動していた滝は、何やら深刻そうな顔でレンカと話し込んでいた。その様子がやけに羨ましく感じられて青葉は閉口する。おそらくこちらの会話は聞こえていないに違いない。そうでなければ咎められるはずだ。

「おい青葉、どうした?」

「え? あ、いや、何でも」

「何でもある顔だろ。滝さんは……あれは放っておこう」

 シンは何やら言いたげな様子だったが、青葉の視線に気がつくと口を閉ざした。思うところはあったらしい。追及されないことに安堵しつつ、青葉は横目でジュリを見た。旋風の補佐を名乗る技使いとなると、ジュリもなかなかの実力者ということだ。当の旋風であるリンの戦いぶりはどうなのだろう。

「でもまあ旋風がいるんだったら、スピリットは戦力的には心配ないっすよね。旋風の実力については聞いたことないですけど、強いんだろうし」

「どうしてそうなるんだよ。シークレットも状況は似たようなものだろう? 大体、今はみんなばらばらだ。リンだって一人であのアースやレーナを相手にしたらまずいだろう。オレたちでもこんなだぞ」

 むっとした様子のシンは、ついで落ち込んだらしく大きなため息を吐いた。いつもは穏やかな茶色の瞳もどこか遠い。青葉も先ほどの戦闘を思い出し、再度沈鬱な思いに襲われた。しばらくこの精神的打撃は尾を引きそうだ。

「誰かと合流できていればいいんだが」

「リンさんならきっと大丈夫ですよ。そういうところは運がいいですから」

「――お前たち、ずいぶんと呑気だな」

 ジュリがシンを励ました、その次の瞬間だった。頭上から突き刺さるような声が降り注いだ。弾かれたように青葉は顔を上げる。

「アース!」

 木の上に腰掛けていたのはアースだった。黒ずくめの服に赤い布が目立つ恰好は、以前見たのと変わらない。細身の剣を手にしているところも同じだった。呆れかえった様子のアースを、青葉は睨み上げた。自分と同じ顔に見下ろされるというのは、どうしても落ち着かない。

「まったく、お前たちはどいつもこいつも気が抜けていてつまらんな。相手のしがいがない」

 アースは心底大儀そうな顔をしていた。すぐに襲って来ないのも、飽きたからだと言わんばかりの様子だ。まさか他の神技隊のところにも既に行っていたのか? 青葉ははっと息を呑む。まさかもう既に誰かを手に掛けた後であったらと考えると、寒気がした。あり得ないと断定できるほど、彼らについての情報はない。無世界では騒ぎになるのを気にしていたが、ここではその必要がなかった。

「アース、お前――」

「ん? ずいぶんな形相だな。既に二つの集団は相手にしたぞ。ああ、心配するな。殺してはいない。その甲斐もなかったからな」

 首を鳴らしながらアースはそう続けた。非常に退屈だと、彼の全身が訴えていた。完全にこちらを小馬鹿している。態度も声音もどうしてこんなに偉そうなのか? 腹立たしかった。できるなら一発殴りたい。

「大体、お前たちもやられた後ではないか」

 鼻で笑ったアースは、次の瞬間何故か思い切り眉根を寄せた。唐突な変化だった。自らの膝の上に頬杖をつき、青葉たちの顔を順繰りと見回してくる。青葉は首を捻った。ちらりと周囲にいるシンたちの様子をうかがったが、皆一様に不思議そうな表情を浮かべている。誰かが何かを仕掛けたわけでもないようだ。

「……カイキには無理だな。ネオンやイレイもこの人数相手にどうにかできる力はないだろう。ということは、まさかレーナか?」

 眉間に皺を刻んだアースの独り言は、青葉たちの耳にも届いた。どうやら誰の仕業なのかを考えていたようだ。肯定するのも癪なので青葉は黙っておくことにする。わざわざ情報をくれてやる必要もない。するとアースはすっくと枝の上で立ち上がった。

「あいつ、派手に暴れるなと言っておいたのに。またやったのか」

 返答がなくとも決めつけたようだ。幹に片手をつきながら、アースは周囲へと視線を巡らせた。無論、そんなことをしても誰の姿も捉えることはできないだろう。気は感じられないし、空間のねじれのせいで距離感も怪しい。

 大体、何故アースはこれだけレーナのことを案じているのか? それが青葉には疑問だった。その必要があるほどレーナは弱くない。人間離れした強さの持ち主だ。

「まったく、何度忠告すれば気が済むんだあいつは」

 答える気のない青葉たちは一顧だにせず、アースは舌打ちした。その言葉からすると、どうもレーナは梅花同様に無茶が得意技らしい。先ほどの戦いのどの辺りが「無茶」なのか青葉にはわからないが。しかしそんなところまで似るのかと思うと、ますます彼らの存在は不可思議だった。

「わざわざおびき出されておいて勝手に一人で飛び回って……」

 青葉たちの存在など完全に無視して、アースの愚痴は続く。つまり、罠だとわかってあえて来たということか? あの強さを考えると、神技隊が集まったところで意に介さないのは理解できた。人目を気にしなくてもいい分だけ、楽だと考えてもおかしくはない。ラウジングの作戦にも穴があったということか。

「……仕方がない」

「待てよ!」

 アースが飛び上がろうとする気配を感じて、青葉は慌てて声を張り上げた。今ここでアースと戦闘をする気はさらさらないが、それでもこちらとしては少しでも情報が欲しいところだった。背中を向けかけていたアースは、木の上に立ったまま器用に振り返る。揺れた枝の先で葉がさざめいた。

「何か用か?」

「それはこっちが言いたい。何のためにお前はここに来たんだよ」

「神技隊を見つけたら痛めつけるのが我々の役目だ。だが既にやられた後であれば、その必要はない」

 さげすんでくる瞳を直視して、青葉は歯噛みした。それでは打ちのめすことが目的だとでもいうのか? ますますわけがわからなかった。先ほどのレーナの笑顔が不意に思い出される。彼女は強くなれと言った。今のままでは物足りないのか? 強くさせて、それでどうしたいのか? 予想もつかない。

 青葉がぐっと拳を握ると、アースは鼻で笑った。そして再び背を向けると、空へ飛び上がった。追いかける気力などない。思うように動けない中、アースと交戦するのは無謀にも等しかった。立ち去ってくれるのは好都合だ。しかし気持ちの中では納得のいかない部分がある。

「腹の立つ奴っ」

 青葉はそう吐き捨てて土を強く踏みつけた。苛立たしい。こんな時に梅花がいたら、呆れ顔ながらも「怒っても仕方ないでしょう」となだめてくるだろうか。あの落ち着いた声が今すぐ聞きたいが、それが無理ならせめて、無事に誰かと落ち合っていることを願うばかりだ。

「落ち着けよ、青葉」

「わかってるけどそれで落ち着けたら苦労しないって、シンにい」

「こんなこと言ってますけど? 滝さん」

「まあ、気持ちはわからないでもないな」

 握った拳を見下ろして、青葉はため息を吐く。傍へやってきた滝が苦笑混じりに相槌を打っているのが、視界の隅に映った。その後ろにはレンカが続いている。

「だが今は、それよりやることがあるだろう」

 滝の声に力がこもった。おもむろに顔を上げた青葉は、滝を真正面から見つめた。自分よりもわずかに高い位置にある茶色の瞳が、何かを訴えかけてきている。青葉は頷いた。

「わかってる」

 一刻も早く他の仲間たちとも合流すべきだ。アースは既に二つの集団を相手にしたと言っていた。殺してはいないという話だが、無傷とも限らない。そして何より、この作戦の提案者であるラウジングを見つけなければならなかった。相手が罠と知り飛び込んできているとなると、ただ闇雲に相手をしていてもどうしようもない。

 青葉は拳を解いた。ラウジングと再会したら、嫌味の一つでも口にしなければ気が済みそうになかった。

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