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white minds  作者: 藍間真珠
第一部 ―邂逅到達―
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第二章 「迷える技使い」 第四話

 アサキとようの二人は、うねりながら続く細道を歩いていた。青葉たちとはぐれたのはつい先ほどのことだ。石に躓いたようをアサキが助け起こしていたら、気づいた時には仲間たちの姿が見えなくなっていた。しかもただ見失っただけではない。二人が草原だと思っていた場所は、いつの間にか道の脇の茂みになっていた。

 信じがたい状況だったが、ここは謎の亜空間。きっと空間のねじれを通り抜けてしまったのだろう。そう結論づけたアサキは、仕方なく道なりに沿って歩くことにした。同じ場所に留まっているのが落ち着かなかったのだ。揺れる葉が奏でる旋律のみしか聞こえない世界では、不安ばかりを覚える。

 だがいくら進めども同じような風景しか現れず、アサキは徐々にこの選択を後悔し始めていた。逆方向に進んだ方がよかっただろうか。あの場所にじっとしているべきだったか。俯いたアサキは思案する。今ここでアースたちに狙われるのはまずい。できるだけ早く他の仲間たちと合流したかった。

「ねえ、アサキ。あれ」

 引き返すことも考え始めた時、後ろを歩いていたようが声を掛けてきた。顔を上げたアサキははっとして目を凝らす。代わり映えしない木々の向こうに、人影が幾つかあった。見覚えのある後ろ姿だ。道端にいるのが仲間であることを確信したアサキは、片手を挙げる。

「せぇーんぱーい!」

 この際、親しい知り合いでなくともかまわない。神技隊であれば十分だ。どう見ても疲れた様子で座り込んでいるようだったが、それすらどうでもよかった。アサキの後ろでは、ようも両手を大きく振り上げている。

 声を張ったおかげで、あちらもアサキたちの存在に気づいたようだった。最初に立ち上がったのは、フライングのリーダーであるラフトだ。すぐにわかったのは、ラフトが同郷者であることを知り真っ先に覚えたためだ。フライングのラフト、ゲイニは、アサキと同じジンガー出身である。教えてくれたのは梅花だ。とはいえ単なる同郷者でしかなく、神魔世界では顔を合わせたこともなかった。

「おー! って誰だったっけ?」

 歓声を上げたラフトは、次の瞬間大きく首を傾げる。やはり覚えられていないらしい。アサキは笑顔を浮かべたまま、ようの手を引いて走り出した。少しでも距離を取ると、いつ空間のねじれに巻き込まれるかわからない。念のためだ。

「シークレットのアサキでぇーす」

「僕はようだよ!」

 楽に声が届く距離まで近づき、アサキたちは自己紹介を繰り返した。ラフトはぽんと軽快に手を打つ。すると彼の後ろで立ち上がった仲間たちが、おもむろに顔を突き出してきた。男女二人だ。男性の方は、もう一人の同郷者であるゲイニだった。整髪料で塗り固めたと思われる髪と、鋭いつり目が印象的だ。女性の方はくるくると渦を巻く金髪が目立つ、つぶらな瞳の持ち主だった。名前は思い出せない。

「オレはフライングのラフト! で、こっちがゲイニでそっちがヒメワ」

 二人の仲間へと一瞥をくれてから、ラフトはそう紹介する。女性の名前はヒメワというらしい。フライングは三人は一緒のままだったのか。歪ではあるがこれで五人という人数は揃ったと、アサキは安堵する。

「先輩たちもはぐれたんでぇーすか?」

「そうなんだよ。本当、この世界はどうなってるんだか。嫌になっちまう」

 頭の後ろで手を組んで、ラフトは唇を尖らせる。アサキよりもそれなりに年上だったように記憶していたが、子どもっぽさを感じさせる口ぶりだ。しかし先輩は先輩。それ相応の対応をしなくてはいけない。ようの手を離したアサキは、相槌を打ちながら辺りへと視線を巡らせた。

「先輩たちはずっとここに座ってたんでぇーすかぁ?」

「おう。迷子になった時は動かない方がいいだろう? 今までは誰も通りかからなかったけどな」

 迷子とは違うと口にしそうになるのを、アサキはすんでのところで飲み込んだ。呑気な三人だ。しかしそのおかげで合流することができたので、今はよしとしておく。

 自分たちは一体どの辺りにいるのだろう? アサキは空を見上げた。どれだけの距離を歩いていたのかも定かではない。時間感覚も怪しくなってくる。日が昇るわけでも沈むわけでもなさそうで、そもそも明るいのに太陽の姿が確認できなかった。

「ここは本当に変な空間ですねぇー」

 これが亜空間というものなのか? しかい、いまいち定義が理解できない。レーナが生み出したあの白い空間もそうだし、特別車の中の部屋もそうだった。それらに共通点など見あたらない。

「何がどうなってるんでしょーう」

 太陽を探しながらぼやいたアサキは、ふと視界に何か黒いものが映ったことに気がついた。目を瞬かせてみても、それは消えない。青空に浮かぶ白雲の中に、小さな黒い点が存在している。

 呆然と見つめているうちに、それはどんどん大きくなっていった。はっとしたアサキは、ようの腕を掴み後ろへ飛び退る。小さな悲鳴が上がった。強い空気の流れを引き連れて、アサキの前に何者かが飛び降りてくる。

「見ーつけたっ!」

 音もなく着地したのはイレイだった。技を使ったのだろう。人差し指を突き出してきたイレイは、ようと同じ茶色の瞳を爛々と輝かせている。獲物を前にした動物のようだ。アサキは息を呑んだ。何度見てもやはり似ている。

 満面の笑みを浮かべたイレイにどう返答するか躊躇っていると、ついでもう一人の青年が空から降りてきた。水色のはちまきをなびかせた、サイゾウそっくりの男――確か名前はネオンだ。早くも見つかってしまった。二人の他にも誰かいるのではと、アサキは息を詰めた。これ以上相手が増えるとまずい。

「ほらネオン! いたでしょう!」

「おう。数が揃ってると見つけやすいなあ」

 地に降りたネオンに向かって、イレイは嬉しそうに報告している。ネオンはサイゾウよりも髪が短い。しかし、違いはそれだけとも言う。顔はもちろんのこと体つきも表情もよく似ている。黒を基調とした服と、額に巻いた布が彼らの特徴だろうか? ネオンは水色の布を、イレイは黄色の布を巻いている。各々の得意な技を連想させる色だった。アサキは奥歯を噛んだ。まさか上空から目視で地上をうかがっていたのか?

「今日こそ派手にやっちゃっていいんだよね?」

「ああ、遠慮はいらないってさ」

 うきうきとするイレイに、ネオンは頷いてみせた。戦闘は避けられそうにないと、アサキは覚悟を決める。小道の周りは木々と草に囲まれていて、視界はよくなかった。ここでは動きづらいだろう。しかもこちらは五人だから、迂闊に技を使うと仲間に当たりかねない。

「じゃあ行くよ!」

 ではどうすればいいのか? 思案している時間などなかった。大きく跳躍したイレイの手に、黄色い光弾が生まれる。迷う余裕もなく、アサキは目の前に結界を生み出した。これをうまく空へと弾くことができれば『合図』にもなる。

 もっとも、そんなに都合のよい状態になるわけもなく。人の頭ほどの光球は、透明な膜にぶつかるとあっさり霧散した。その間にも、着地したイレイは次の攻撃に移ろうとしている。この体格なのに案外身軽だ。

「よう!」

 仕方なく、アサキはようの名を呼ぶ。そして向かい来る黄色の矢を再び結界で弾いた。瞬く光の粒子の向こうでは、地を蹴ったイレイの手に刃が生まれている。

 しかしやられる一方ではない。無世界とは違って遠慮がいらないのは、アサキたちも同様だ。アサキはその場に片膝をつくと、右手で地面に触れた。脈打つように膨れあがった前方の土から、幾つもの岩石が生まれる。

「行け!」

 岩石はそのままイレイに向かって突き進んだ。これで時間稼ぎになる。ちらりと左右を確認すると、ようがちょうど空に向かって光球を幾つか打ち上げたところだった。意図は伝わっていたらしい。一方、細道の向こうでは、ラフトたちがネオンと交戦していた。ネオンの放つ薄水色の矢が邪魔で接近できていない様子だ。あれはおそらく水系の技だろう。

「もう、邪魔ー!」

 不意に、イレイの不満げな声が響いた。砕かれた岩石が粉々になり、風と共に広がった。アサキは眼を見開く。イレイが手にしていたのは短剣だった。どこから取り出したのだろう? 鈍く光る剣を両手で構えて、イレイはにっと口の端を上げる。

「短いのにこの威力! さっすがレーナ!」

 あの短い刃で岩石を全て砕いたというのか? 瞳を輝かせているイレイを睨みつけながら、アサキは立ち上がった。鼓動が速くなっている。久しぶりに技を使ったので体が反応しきれていない感覚もある。だがそれよりも相手の強さの方が問題だった。技での戦闘に耐えうる武器など、神魔世界でもなかなかお目にはかかれない。

「まずいでぇーすねぇ」

 このままでは負ける。その予感に、額にも背にも冷たい汗が浮かんでくる。ようが放った合図に仲間たちが気づいてくれたらいいのだが。

「でも、頑張って耐えまぁーす」

 囁いたアサキは、短剣を構えるイレイを真正面から見据えた。右手から聞こえたヒメワの悲鳴が、ますますアサキの心を波立たせた。




 焦りから早足になりかけていた青葉の視界に、見知った姿が映った。緩やかに上る道の向こうには、見覚えのある草原が広がっている。そのちょうど手前に立っている二人の青年は、滝とシンだ。何故二人が顔を見合わせて立ち尽くしているのか疑問だが、ここから問いかけるには大声を上げなければならない。青葉はさらに歩調を速めた。

 さらに進むと、二人も青葉の存在に気づいたようだった。気は隠していても、足音はそのままだったからだろう。先ほど蹴り上げた小石の転がる音も目立ったのかもしれない。

「青葉?」

 振り返った二人のなんとも言えぬ微苦笑を見て、青葉は悟った。どうやら仲間たちと離れ離れになったのは青葉だけではなかったようだ。もしかすると二人はたまたま合流しただけなのか? 現状が確認できるという期待がしぼんでいくのを感じる。

「滝にい、シンにい」

「シークレットはこの辺を調べてたんじゃなかったのか?」

「調べてたはずだったけど、いつの間にか別の所にいたんすよ。……この草原に誰もいないってことは、皆そうなんすかね」

 神妙な顔の滝にそう尋ねられて、青葉は眉根を寄せた。元の草原に戻れば何かがわかるという期待も、打ち砕かれてしまった。滝とシンの前で立ち止まった青葉は、大きく嘆息する。

 本当に皆がばらばらになってしまったのだとしたら心配だ。これではアースたちをおびき寄せるどころの話ではない。互いに気を隠しているから、無事かどうかを確かめることもできなかった。今のところ空に技が放たれた気配がないことだけが幸いか。

「青葉もなのか。……オレもシンも似たようなものだ」

「空間がねじれているっていうのは、こういうことを言うんですね」

 滝とシンはそう言って顔を見合わせる。二人がこうして途方に暮れている姿というのは珍しかった。特に滝はいつだって落ち着いているから、実に希有なことだ。青葉は辺りを見回した。滝たちの背後に広がっているのは、先ほど梅花たちと一緒にいた草原と同じように見える。周囲にある木の形も本数も、おそらく同じだ。滝たちもそう判断しているのだろう。ねじれた空間というのは一体どのように繋がっているのか?

「でもまあ、三人いれば万が一アースたちが現れても対処できるな」

 続けて滝はそう言って首の後ろを掻いた。冗談を言っているようには思えなかった。予想外の発言に、青葉は瞠目する。

「……は? 滝にいたちなら二人でも大丈夫でしょう」

 この二人を相手に立ち回れる人間がいるとは考えたくない。もちろん、相手が複数であればその可能性も否定はできないが。だが視界の端に映ったシンは、何とも言い難い表情をしていた。少なくとも青葉の評価を妥当だとは感じていない様子だ。青葉がその理由を問いただそうとすると、滝も苦虫を噛み潰したような顔をした。

「そうだったらいいんだがな。先日ちらりと戦ったが、あのアースって奴はとにかく強い」

 滝のそんな表情を青葉は初めて見たような気がした。青葉は滝以上の実力者を知らない。剣術に技使いとしての力、そして体力、持久力。どれも一流な上にバランスが取れている。その滝をしてそう言わしめるアースの実力とはどれほどのものなのか?

「アースって、あのオレとそっくりな奴ですよね」

 青葉は声を低くした。自分を見下げてきたアースの眼差しを思い出すと、今でも腹の底から熱い物がこみ上げてくる。苛立ちや怒りにも似た、少しだけ気恥ずかしさの混じった感情だ。すると答えあぐねた滝の代わりに、シンが大きく頷く。

「そう。青葉の予測不可能な無茶苦茶な動きに経験値と判断力を加えたような奴だった」

「何すかそれ」

 腕組みしたシンの言葉に、青葉は思い切り顔をしかめた。褒められているのか褒められていないのか。感嘆と侮蔑が入り交じっているように思えるのは、きっと気のせいではない。しかし青葉の力に関してならば、シンが一番よくわかっているのも事実だ。小さい頃から誰よりも多く手合わせしてきた相手だ。

「お前、反射神経とバランス感覚と体力でごり押し……というかとんでもない動きをするだろう? そこに戦闘経験が加わってるんだよ。たぶん、大人数の相手も慣れてるんだ。しかも技を叩き切っちまう剣まで持ってた」

 シンはげんなりとした表情を浮かべた。そこまで聞くと青葉も顔を引き攣らせるほかない。ついレーナと先日戦った時のことを思い出してしまう。完全な敗北などいつ以来だろうか? 死を予告された記憶は今も脳裏にこびりついている。

「それは、恐ろしい奴ですね。……でもレーナも強かったっすよ?」

「レーナというと、あの女の子だな。それも知ってる」

 思わずそう付け加えると、シンはしみじみと相槌を打った。レーナとも交戦したことがあるのか。アースたちはどうやら青葉が思っているよりもあちこちに出没しているようだ。青葉が顔をしかめていると、滝も大きく首を縦に振る。

「オレとレンカ二人を相手に立ち回ってくれたからな」

 滝まで実感済みだったとは。青葉は妙な笑いがこみ上げてくるのを感じて、二人から目を逸らした。あのそっくりさんたちは――認めたくはないが――どうやら自分たちよりも強いらしい。しかも武器まで持っている。

「そんな奴らを相手にしなきゃならないのに、ばらばらになってしまったのはまずいな。誰かが一人の時に狙われるのが一番危険だ」

 滝の言葉がずしりと青葉の心にのしかかった。人数を揃えるためにこの亜空間にやってきたのに、その利点がなくなってしまった。一人で彷徨っている者はいるのだろうか? 青葉は仲間たちの顔を思い浮かべる。一番戦闘力が低そうなのはようだと思うが、彼は何故だか運がいいので何とかなるだろうか。梅花は無理を無理と思わず行動する癖があるので、その点が不安だ。

「大丈夫か? 青葉。ひどい顔してるぞ」

 不意に、滝に顔を覗き込まれた。体を強ばらせた青葉は「えっ」と声を漏らす。慌てて繕った笑顔も歪だと自覚できるほどだった。気は隠しているからそこから感情がばれることはないが、表情に出ていたら意味がない。この二人が相手ならなおさらだ。

「あ、いや、そう、かな」

「顔が引き攣りすぎだぞ」

「まあ梅花が心配なんだろ」

 顔をしかめた滝の隣で、神妙な目をしたシンが腕組みしたままそう言った。青葉の喉から変な声が溢れた。二人の前では梅花の名前など一度も出したことがないはずだ。それなのに何故さも当然とばかりに言い切られるのか?

「わかりやすすぎだ、わかりやすすぎ」

 腕組みを解いたシンがびしりと人差し指を突き付けてくる。思わず一歩後退った青葉は、またわずかに顔を背けた。「何がっすか」と口の中だけで響いた反論は、全く意味をなさないだろう。この二人相手に弱みを握られるのは非常にまずいのだが、逃げ道が見あたらない。

 青葉は今までの自分の行動を振り返った。そんな風に受け取られる言動があっただろうか? 極力そのような素振りは見せなかったつもりだが、二人の目にはそう映っていなかったのか。

「そりゃまあ、年下の可愛い女の子が仲間なら心配にもなるよな」

 滝が意味深長な笑みを浮かべながら、全く救いの手にもならないことを口にしてくる。どう考えても助けようという気がないどころか、意地の悪さしか感じない。誰に対しても優しいと言われる滝の、唯一の例外がシンと青葉だ。つまり、これは、からかっているのだろう。青葉は目を背けたまま頭を傾けた。肯定も否定もし難い質問には閉口するしかない。するとさらに、シンの追い打ちをかける言葉が続く。

「いや、オレは責めてるわけじゃあないぞ? むしろ今までのことを思えば本気なのはよい――」

「あーあーあーその話は今はなし! ここ、亜空間っすよ!?」

 青葉はついに声を張り上げた。完敗だった。レーナとの戦闘とはまた別の意味で圧倒され、青葉は奥歯を噛み締める。久しぶりにまともに会話を交わしたと思ったら、あっという間に昔の調子に戻っている。いや、以前より辛辣であけすけな分、余計に厄介だ。もはや子どもの口喧嘩でもないわけだし。

「こんな話をしてる場合じゃあないでしょう!?」

 そもそも、ここは謎の亜空間だ。アースたちがいつやってくるかもわからない。呑気に無駄話をしている時間はなかった。こんなことで動揺している場合でもない。

「そうだな」

 二人はほぼ同時に首を縦に振った。まるで今までの会話などなかったかのように、悪びれた様子もない。心強いのか傍迷惑なのか判断しかねて、青葉はため息をついた。悪態をつきたくなるが、しかしここは気持ちを切り替えなければならない。

「話を元に戻しますけど。滝にいとシンにいは歩いている途中に会ったんすか?」

 少しでも早く、他の仲間と合流する方法を考えなくては。状況を整理しようと問いかけた青葉に、滝は真顔で頷いた。

「ああ、そうだ。オレもシンも道に沿って歩いてた。……となると、ここに留まるよりもこの道を進んだ方が他の仲間と合流できる可能性が高そうだな」

「そうですね。その方が梅花にも会えるかも」

 いや、全然話は元に戻っていなかった。脱力しかけた青葉は、恨めしげに滝とシンを睨みつける。冗談で面白がっている様子はなさそうだが、真面目に楽しんでいる。余計にたちが悪い。一体、何の恨みがあるのか?

 青葉が膝に手を掛けてうなだれると、ぽんと軽く頭を叩く手があった。どことなく慰めを感じさせる手つきだ。のろのろ顔を上げると、その主は滝であることがわかる。

「心配なのはお前だけじゃない。オレだって心配だ」

 誰を、とは滝は告げなかった。唇を引き結んだ青葉は、滝の手が離れるのに合わせて上体を起こす。シンと青葉に鉄槌を下す時以外は冷静だと言われていた滝に、そう言わしめる人物はきっと一人だ。青葉は仕返しとばかりにおずおずとその名を口にする。

「レンカ先輩ですか? 滝にいが連れてきたんすよね」

「梅花から聞いたのか?」

 どうやら正解のようだった。滝はそう問いかけながら微苦笑を浮かべている。レンカとのことは、つい先日梅花から聞いたばかりだった。滝と梅花がどうして顔を合わせることになったのか、説明を求めた時だ。精神系の使い手である恋人――レンカを滝が紹介しなければ、ストロングに梅花が選ばれていた可能性が高かったという話だった。当時まだ十四歳であった梅花が、だ。精神系の技を使える人間はそれだけ少ないという。

「そうっす。経緯も聞きました。だから特例なんだって」

 上は何故だか、どうしても精神系の使い手をストロングに入れたかったようだった。二十年ほど前に突如滅びた『リシヤ』出身のレンカについて、宮殿側はほとんど情報を持っていなかった。そんな得体の知れない少女を神技隊として認めるというのは、どう考えても異例だ。

「ああ、そうだ。それを認めるくらいには上は切羽詰まってたってことだな。それだけ精神系の使い手を欲していたし、梅花を手放したくなかったんだろう」

 滝の言葉が青葉の胸にも突き刺さる。薄々わかってはいた。ヤマトの若長が選ばれたその時、何かが起きていたのだと。通常ではあり得ない決断をさせるだけの何かが。それが今のこの状況とどれだけ関わりがあるのか知らないが、関係がないとは言い切れなかった。何と言っても上が動いている。今こうしている間も、あのラウジングという上の者は何か実行しているのかもしれない。

「それがどうしてかっていうのは、滝さんも知らないんですよね」

「もちろんだ。何度も尋ねたけど教えてくれるわけがない。上の秘密主義は今も昔も同じだ」

 シンの問いかけに、滝はゆるゆると首を横に振った。そして何かを思うように空を見上げる。つられて青葉も顔を上げた。青空に浮かぶのどかな白雲は、見せかけの平穏の象徴のようだった。こんな得体の知れない空間からは、一刻も早く皆と一緒に脱出すべきだろう。

「――行くか」

 嘆息一つ、滝がそう言って歩き出した。青葉の脇を擦り抜けて、緩やかに下る道を進んでいく。青葉にとっては来た道を戻ることになるが、文句も言ってられない。青葉が黙って歩き出すと、重たげなシンの足音が追いかけてきた。暗雲たる思いを象徴するように、張り詰めた空気が辺りに広がった。

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