飛行艇乗りの受難
今日見た夢のアレンジです。
最後に食われておきました。
虫の群れが大地を埋め尽くしている。
大小様々なカタチをした虫たちだ。
木々はとうの昔に枯れはて腐った大地と膿んだ雲が世界を覆い尽くしていた。
ゴゴゴゴッ!!!
不規則な風の流れが上空に浮かぶ小さな船を揺らす。
「くっそ!吹き上げが強すぎて上手く飛べない!!羽を3翼畳んで高度を落とす!」
「馬鹿なことを言うな!3翼も畳んだら地上の虫の餌食だぞ!!」
「ロイ!このままだと空中分解だ!死にたくなかったら羽を畳め!!」
「ああーもう!だからお前とは仕事したくないんだ!!」
縦二連座席の後部座席でロイと呼ばれた男は必至な形相で油圧システムをいじる。
「これより両翼を3翼格納する!」
「了解!」
「第1翼、格納!」
緩やかに高度が落ちだした。
ビューーーウ!
風を切る音が耳に突きささった。
明らかに常軌を逸脱した音がしている。
「駄目だ!予測計に反応大!ロイ!機体が持たない!一気に格納しろ」
土煙が轟音を立てて上空に近づき、機体に砂粒が当たりパラパラと音がする
「ああ!ホントにツイてない!これで死んだらお前の家族7代祟ってやるから覚悟しとけよ!!」
「ふん!好きにしろ!祟る家族がいたら俺に教えてくれ」
「第三翼まで一気に格納、高高度よりの落下に備えろ!!」
空気抵抗を受けるべき羽を失い、飛行艇は垂直に落ちだした。
流線形のボディーは風を切り船尾と僅かに残した両翼で舵をとる。
この飛行艇は操作性の良さと機動力・加速度等羽周りの性能の良さから人気の高いモデルだ。人気は高いが扱いが難しい。小回りが利くと言うのも本来空中を飛ぶことの出来ない種族には安全性の放棄となる。
安全性を上げるための羽を畳みこの男は何をするのか。
「風が重い!舵が取れない!」
「当たり前だろ!ギル!1翼戻すぞ!?」
「駄目だ!!」
「高度500!もう限界だ!羽を展開しないと地上に叩き付けられる」
地上に犇めく虫の姿がはっきりと見えだした。
40メートルにもなろうかという大きさの虫たちがモゾモゾと大地を食い散らかしている。
ムカデの様な、シャクトリ虫の様な醜悪な造形の集まりである。
「まだだ!3カウントとともにブースト全開、ブーストの終息に合わせ両翼完全展開!」
「OK!高度300!」
くそったれ!こうなりゃトコトン馬鹿に付き合ってやろうじゃないか!
まだだ、まだ気流が安定しない。
ブーストで稼げる距離は約2000メートル
この砂埃の直径は3000メートルを超えていた。最低でもこの不安定な気流からの脱出しなければ・・・・・・。
目の前に大ムカデの鎌首が見える。
相手は超高速で落下しているこちらには気づいていない。
もとよりこの砂埃の中、虫たちには飛行艇は目に入っていないだろう。
「高度100!!正面に大ムカデ!」
「分かっている!カウント!3・2・1!」
「点火!!よけきれねえよ!ギルの糞ヤロー!!」
羽を全開まで広げ、ブーストを起動させても落下速度は収まらず、大ムカデは目前である。
「フロートを下せ!」
ロイは必死に指示に従う。それがどんなに無茶でも己が生き残るために一番可能性のある方法だからだ。
ギルとの関係は深いが好き好んで深いわけではない。今回の騒ぎを見ても分かる通り俺は振り回されている。あいつが優秀なのはわかる。分かるが同乗者の事も考えてほしいのだ。
あいつが乗る飛行艇は絶対に落ちない。落とす事はあるけれど・・・・・・。生き残る、生き残らせるセンスが常人とは比べ物にならないのだ。
「知っているか?ムカデってのは常に油を纏ってるんだぜ!!」
フロートがムカデの背を捉える!
節部分でガタンガタンと大きく振動するが、この程度で操縦不能になるような男ではない。
「3カウントとともに操縦桿を引きこの場より離脱する」
ムカデは遅まきながら背中の異常に気付き振り払おうとした。
その形はまさにスキーのジャンプ台か滑り台の様である。
「カウント3・2・1!ひけぇーーーー!」
ぐうぅとシートに押しつけられ、呼吸が困難になるが歯をくいしばって耐える。
ちなみにロイはゲロっていた。
「ギルとロイの帰還にカンパーイ!」
「「「かんぱーい」」」
大勢の人で埋め尽くされた酒場には、今日の立役者ギルとロイの姿が見受けられる。
女からの熱い視線にロイは鼻を伸ばし今日食べるであろう、好みの娘を物色していた。
「ようよう!今回もロイを振り回したんだってなぁ」
「ああ?まぁこいつがビビりすぎるんだよ。後ろでヒイヒイ言われると気がめいるんだ」
周りの男どもは笑い、女も笑いを堪え淑女のように戸惑うそぶりを見せる。
「うるせえな!お前のむちゃくちゃな操縦のせいで、ここいらの副操縦士に乗船拒否せれている奴が威張んな」
「へーへー、ロイさんにはいつも感謝しているよー」
「しばらくお前とは仕事しない!」
感情のこもっていないギルの謝罪に頭にきたのか、ロイは女たちを引き連れてギルから離れたボックス席に移動した。
ギルのそばにいたいような女もいたが、構ってくれる男のほうがいいのだろう、みんなロイにくっついていく。
そんななか、ジョッキを持ったスキンヘッドの男がすかさずロイのいた席を陣取り、ギルに話しかける。
「また全員持ってかれちまったな」
「女は一人いれば十分だ。その他大勢は色ぼけ男にでもくれてやればいい」
「ちげえねぇ。ところで暴風域は広がっていたか?」
一瞬にして真面目な話に変わり、酒場の喧騒が遠くに聞こえる。
「最近は広がっていない。ただ虫が活発だな。繁殖期でも迎えたんじゃないかな?」
「やっかいだな」
「ああ、だが落ちなければ関係ない」
繁殖期を迎えた虫は肉食になり、幼虫の糧もまた肉である。
通常墜落しても船までは食い破られないが今は違う。
貪欲に匂いをかぎ分け迫ってくる。
「いろんな可能性を考えるのが操縦士だろ?」
「なら大型船はやめたほうがいい。小・中型船で操縦性能優先で輸送を考えろ。今回のは大型船なら落ちていた」
「ギルがそこまで言うのなら・・・・・・」
ギルはジョッキをあけ給仕にお代りを頼み、気恥かしそうにおかわりを渡された。
「ロイを借りていいか?」
「あいつのことは、あいつに聞いてくれ。俺とはしばらく仕事しないそうだ」
グイッとエールを飲む。
「あいつもお前も素直じゃないな。お前も手伝ってくれねえか?」
「しばらくは飛びたくない」
ギルは嫌そうに首を振る。
「お前がそんな調子なら本当に気をつけねえとな。情報あんがとよ。ここの払いはもっとくぜ」
そう言ってスキンヘッドの男は仲間のところに戻って行った。
「たっく、嫌な予感しかしねーのによく飛ぶわ」
しばらくして男たちが中型の船団を募り隣の大陸に出発したニュースが広まった。
そして3日後に失踪したという悪いニュースを聞くこととなった。