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黒い影
そのとき…
(おれは、負けない)
わたしの心に声が響いた。
わたしの影の手が伸びる。
ナイフを振り払う。
それから、彼に向かって黒い影が飛んでいき…
彼の体を、すっぽりと包み込んだ。
黒いかたまりの中で、彼の体がもがいている。
だけど、出ることはできない。
「や、やめろ。何でだ。お前もこうしたかったんだろ。後悔するぞ。うぁあああ----」
叫び声を残して、彼は消えた。
と同時に、影も消えた。
わたしの胸元からはまだ少し血が流れている。
足下には、血だらけのナイフが落ちていた。
わたしは、その場に立ったまま。
傷の痛みも忘れていた。
目の前で起こったことが、
まだ脳裏に焼きついて離れない。
わたしは、彼に殺されてよかった。
覚悟もできていた。
もう、何の迷いもなかった。
でも、やっぱり…
わたしは、死ねなかった。
あと少しで、あなたのとこに行けたのに。
目の前で、彼は消えた。
影も消えた。
取り残されたのは、わたしひとりだけ…
わたしは、落ちていたナイフを拾いあげた。
そして、ナイフの刃を自分の胸元に向けた。




