隠れ家レストラン まんまと戦場に行かされた件スピンアウト 散文詩
隠れ家レストラン 辺見少尉の出現 まんまと戦場に行かされた件抜粋
ドラマを詩のように書いて能の幽玄ぽい世界を作りました。散文詩として発表します。
辺見少尉が隠れ家レストランに突然現れるシーンです。
これで、興味が出たら本編もお楽しみください。
『トイレに行く振りして元の世界への出口を確かめといても悪ないやろ。
元の世界に戻る出口は三人がいてる奥の部屋のさらに向こうにある。
初めての僕では、その出口は分かり難く、直ぐに見つけられへんかも分かれへん。
不安や。
やさかいこそ一度確かめた方がええに決まってる。
もし、部屋から出て来る紅葉さんに出くわしたら「トイレに行く」「ついでに出口を確かめる」
てでも言い訳して誤魔化したらよいんや。何とでもなるやろ』
八十島は、そう考え、椅子から腰を浮かしかけた。
その時だ。
「自分は辺見照と申す者であります。旧日本帝国陸軍第三十三師団少尉であります」
とごっつ若う凛々しい声がして、男が忽然と僕のすぐ隣に現れた。
「うおっ」
八十島は、自分の体全体がびくっと痙攣したのが分かり、思わず立ち上がった。
男は旧日本帝国陸軍の軍服と軍帽をかぶり軍刀を携え八十島に敬礼をしている。
その男は挙手の敬礼の体勢から右手を降ろすと、少し申し訳なさそうな、それでいて興味深そうな顔をして
「驚かせてすみません。一昨日、八十島殿に骨を拾っていただいた旧日本兵です。死んでいるので八十島殿からどう見えているのか不安ですが、意思を持ったひとりの人間としてお話下されれば幸いです」
「あ、はい」
ガタガタと音をさせて椅子を動かし、若い少尉に向き合う八十島。
少尉は再び敬礼をして
「八十島殿、日本から遠路はるばると私並びに部下の骨を拾っていただき、またウイスキーまで添えて、丁寧に弔っていただき、誠にありがとうございました」
あの時、あそこで会いましたよね、お久しぶりです、そんな旧知に久しぶりに会えて嬉しいという笑顔で八十島を見ている。
「あっ、ああっ、それね」
「このスマゴトのレストランに八十島殿がいらっしゃると聞き、この機会を逃さずお礼を申し伝えたく、罷り越しました。実は、部下共々参上し、お礼を申し上げようとしたのですが、大勢でまかり越すこと、まかりならぬとの上官命令を受け、またの機会にと存じ、本日は私が代表で参りました。八十島殿、ありがとうございます」
今度は軍帽を取って脇に挟み、お辞儀をする辺見少尉。
「・・・」
八十島は辺見がなぜ現れたかは分かったが、どこからどう現れたか分からなかった。
でも目の前の人物が幽霊だとは思わなかった。
『幽霊であってもさほど怖ないな。そういうたら紅葉さんもさっき同じように現れたな。ひょっとするとこの部屋に現れる時の僕も同じやったんかいな』
と思ったが、異次元に迷い込んだと知らされた先程のような恐怖や不安は全然感じなかった。
『緊張気味に一気に話した青年将校の辺見照さんは、興奮しとったんやろう、早口やったな』
だから取り敢えず、ウイスキーの水割りを作って
「のどが渇きませんか
お供えしたのと同じ銘柄のやつです」
と少尉に差し出して自己紹介する余裕があった。
「八十島海人です。ご英霊の方々には、日本と東亜を救うため文字通りの粉骨砕身。その労苦と献身にひとりの日本人として感謝します。ありがとうございました」
八十島は、ぎこちないなりに誠意のある敬意と感謝を込めて
「乾杯」
と付け加えて、辺見少尉の生前の労苦を讃えた。
『辺見さんを英霊として死者として扱ってしもうてるけど、本物の英霊が出てきたと考えて扱ってええんかな。それに、いま言ったようなそんな物言いじゃ、ほんのちっとも感謝を言い表されへんやろけどなぁ』
八十島は、言葉だけで言い表されない感謝を形だけでも、と始めた仕事で初めて、戦死した本物の英霊から感謝されたことになる。大感激だ。それが夢幻でなく現実の出来事なら。
『目の前で起きとることが現実かどうかなんて、考えても分からない。夢でもええわ、この仕事、やっとって良かったよ。ほんまに』
相手を落ち着かせよう思って乾杯したけれども、そうすることで八十島は落ち着いた。
異次元にある隠れ家レストランも、そう悪くないな。そう思った。




