自治会のお仕事 いかがわしい本を捨てている不審者がいるので防犯パトロールをする編
それを読んだ竜太は「なんじゃこりゃ」と言い、龍雅は「人の心とか無いんか」と有名な漫画の名言を言った。俺も「ディストピアかよ」と呟いた。
【通学路途中にあるゴミ捨て場にいかがわしい本が置かれていました。登下校時に子供達の目に触れてしまいますので辞めてください】
短いのですぐに読めるのだが、色々とツッコミたい事がいっぱいだ。いかがわしい本って事はエロい本って事だろ? 捨てる奴も世間の目を考えるべきだが、不審者情報に乗せる奴もどうかと思う。
住んでいないのに実家のある場所の自治会ライングループに参加させられた竜太と龍雅、そして俺、辰真。飲み会している時にそのライングループから不審者情報が送られてきたので読んだ次第だ。はっきり言って酒が不味くなる情報である。
「なんか最近、男の立場がむしろにされていないか?」
「最近じゃ無いだろ。結構、昔からじゃ無いか?」
俺達三人は大きなため息をついた。
具合の悪い女児に声をかけたら不審者扱いになるご時世だからな。しかし色々と事件が多くなっているのだから、しょうがないとは思う。
しかし誰がそんな本をゴミ捨て場に置いているのだろうか? 龍雅は真剣な顔をして語りだした。
「きっと賢者が次世代のためにゴミ捨て場に置いたんだよ。ゴミじゃ無くて、見せるために置いたんだよ」
竜太は「それは賢者じゃ無くて勇者だな」と鼻で笑った。昔の伝説の勇者が残した宝物みたいな感じだな。
とは言え現代の監視社会を憂いてゴミ捨て場に【新世界の扉の書】を置いたとしても、次世代を担う者達は別の方法で知るだろうと思う。
「ネットで【あなたは十八歳以上ですか?】って言う選択を素直に答える奴っているのかね?」
「居ないんじゃない?」
「いる訳ないだろ!」
龍雅と竜太は大笑いで答え、俺もそう思う。俺達には身に覚えがあるから。賢者や勇者が憂いなくても、次世代を担う者達は抜け道などをおのずと知るんだけどね……。
***
そんな不審者情報で盛り上がった飲み会の会った日から一週間後、タケチーから電話があった。
『一週間前に投稿された不審者情報を読みましたか?』
「読んだよ。酷いな」
『うん。酷いですよね』
誰もが思う、この酷い不審者情報。というか、改めて思うと不審者がいない。あるのはいかがわしい本だけだ。
俺は「この不審者情報、話しを盛っているんじゃないか?」と聞いてみた。
飲み会でも可能性の一つとして話したのだがグラビアの写真集を捨てて、それをいかがわしい本って思ったのかもしれないのでは? というもの。かなり潔癖症の人だときわどい写真集を見たら、いかがわしいって思うだろう。
するとタケチーは『その可能性もありますね』と答えた。やっぱり……。
『実は情報源が噂好きのおばさんなんです。もしかしたら辰真先輩は知っているかもしれないけど』
ああ、あのおばさんか。面倒見がものすごく良く、昔は子供のお祭りやクリスマス会などを率先してやっていた気がする。だけど話しを大きくしがちでクリスマス会に「有名人が来る」とおばさんが言っていたから、芸能人? アイドル? と思っていたら、サンタの格好をした町長だった事がある。俺達のワクワクを返せ! と思ったが、今はどうして信じたんだ? と首を捻る。
『去年から、そのおばさん所に息子さんと奥さんと赤ちゃんが一緒に住んでいるんです。それで噂話が落ち着くと思ったんですけど』
「という事は、結構大げさな不審者相談をしていたって事か。でもそんな人じゃ無かったと思うけど……」
『それはちょっと潔癖なおばさん。辰真先輩が地元を離れた後、引っ越して来た夫妻だから知らないと思うんですけど、何かと市役所や警察に不審者相談しているんです』
「噂好きのおばさんの話しを聞いて、潔癖なおばさんがこんな珍妙な不審者情報が出たって感じか……」
タケチーは『そうなんです』と苦労がにじむ声で言った。最悪なコンビ技である。コンビ技が決まるのはゲームか漫画だけにしてほしい。
『だから、この不審者情報も周りの人は特に何にも思っていませんね。虎雅さんは爆笑レベルって言っていましたけど』
虎雅さんは龍雅の兄だ。龍雅と同じ豪快で大雑把な人で、ちょっとマイルドヤンキーっぽい。
それにしても不審者情報が大して意味をなしていないような気がする。確かにいかがわしい本が脅威かと聞かれたら首を傾げるレベルだけど、もしもの時に使えなかったらヤバくないか?
そしてタケチーは『それでお願いがあるんですが……』と申し訳なさそうな声で言った。
『白戸古本屋さんと辰真先輩の家って知り合いですよね』
「知り合いと言うか、祖母同士が仲良いだけ。すでに祖母も亡くなったし、うちの家では関りが無いよ」
白戸古本屋の名を聞いて、懐かしさとちょっと憂鬱な気分になった。
俺は共働きだったからお祖母ちゃん子で、よく後ろを引っ付いて歩いていた。なのでよく祖母の友達である白戸古本屋へ一緒に行っていた。昔ながらの薄暗い店内だけど、妙に好奇心をそそる雰囲気があった。知らない漫画も多かったし、古本屋のお婆さんも優しかった。
その古本屋にも子供がいて、俺と同い年の女の子だったのだ。こいつとも古本屋に来たらよく遊んでいた。小学二年までは……。
小三年になると男女で遊ぶのに煩わしい気持ちになるので、ほとんど祖母と一緒に行くことは無かった。竜太や龍雅と遊ぶのに忙しかったし。
だが五年生には付き合っている? みたいな話しになって周りに煽られて、その子と俺は大喧嘩になった事がある。どうして高学年になると付き合っているの? と馬鹿にした感じでひやかしをするのだろうか? 自意識を刺激するイジメだ。
しかも中学に入っても定期的に女子からひやかされたりしたので、あいつとは関係をピリピリしたものがあった。接点があったら喧嘩勃発しそうな感じ。
とは言え高校は別々だったし、成人式は話しかけられることも無かった。
そうして今まで会わずに生きて十数年経ったのに、何でいかがわしい本情報が出たら白戸古本屋が出てくるんだろう?
『白戸古本屋さん、いかがわしい本を売っていましたよね』
「あー、あったな。暖簾みたいなもので仕切りが区切られていたけど」
そうだった! あったわ! 確か【十八歳以上は入れません】みたいな暖簾を下げていた。この先の本棚なんて一切の興味のない小学二年生だったから、興味を無くてドラえもんの漫画ばっかり読んでいたけど。
『実はあの情報が本当だったら白戸古本屋さんが捨てたんじゃないかって話しがあるんです。あそこにはいかがわしい本はあるし、最近休みが多くて、もしかしたら閉店するかもしれない。それで要らない本を捨てに行っているんじゃないかって』
「それって誰が言っているんだ?」
『飯沼さん……。あ、潔癖なおばさんです。あの人、役所に来てまで苦情を言うんですよ』
タケチー、結構うんざりしている。潔癖おばさんに対応させられているのだろうか。公務員ってクレーム処理も大変らしいから。あと、しれっと個人情報を言っちゃっているぞ! 俺は言わないから別にいいけど。
そしてここまで聞いたら、タケチーの本題について分かった。
「白戸にいかがわしい本を捨てていないか? って聞いて来いって事?」
『申し訳ございません。白戸古本屋に行った事が無いから……』
仕方がない……と思いながら、「聞きに行くけど、なんか奢れよ」と返した。
***
父がギックリ腰になり、自治会でやっている草刈りを代理でやってくれと言われて参加した俺。結局、これも自治会の仕事になるのかな? と思いながら白戸古本屋へと向かう。
そういえば、そこに行くのもニ十何年ぶりだな。しかも一人で行くのも初めて。お祖母ちゃんの葬式だと、友達のお婆ちゃんは着ていたけど白戸は居なかったな。友達のお婆さんも数年後、旅だったって母さんから聞いた。
歩いて行くと閉店してボロボロな店が連なっているのが見えてきた。ここら辺はちょっとした商店街だったのだ。でも多分、結構潰れているんだろうな……と思ったが、閉店しているのは数軒でまだ開店している所が多かった。
そしてちょっと看板が新しくなっている居酒屋の隣に白戸古本屋に着いたが驚いた。
その古本屋は俺が最後に行った時の思い出のままだったのである。
いや、看板が色褪せていたり古くはなっているし、万引き上等とばかりに店に出している古本のコンテナの中の漫画は比較的新しい〈と言っても二十年前の作品〉ものだ。でもパッと見て昭和時代の佇まいがある。
自動ドアではなく手動ドアを開けると「いらっしゃーい」と比較的若い声が店内に響いた。もしかして、と思ってカウンターを覗くと同級生の白戸だった。幸運と思うべきか、いや、この頼みごとを引き受けたこと自体、最悪なんだけど。
さて、なんて声をかけよう……。必死に頭を巡らせて、俺はカウンターに行き、声をかけた。
「やあ、久しぶり」
「誰?」
会話のキャッチボールでボールを投げたら、叩き落とされた勢いの返答だった。
すぐに心の中の勇気をかき集めて俺は名前を言うと、白戸は「あー、辰真君」とオウム返しに言った。
まさか忘れていないだろうな? 中学の時に憎しみあっていたとはいえ、その反動で忘れたのか?
「忘れていないよね、同級生だったと思うけど」
「忘れていないよ。ただ雰囲気が違っていたから、分からなかった」
白戸は読んでいた本をパタンと閉じて、俺と向き合った。
久しぶりに会った同級生が綺麗になったとか、大人になったとか、そういった感想とか思い浮かぶ物語の主人公がいるけど、俺はそういった気持ちにならなかった。だから独身貴族なのかもしれない。
そして久しぶりに会った同級生にセクハラまがいの質問を投げなくてはいけない。
「ところで白戸、俺の実家近くで不審者情報が出ているんだ」
白戸は「……はあ」と不審そうな目で相打ちを打つ。うん、俺が不審者だな、これ。
「内容はゴミ捨て場にいかがわしい本を捨てているのは白戸古本屋じゃないのか? って噂が出ているんだよ」
「はあ?」
「えーっと、だから、俺はー、えーっと、本当にやっているのかー、聞いて来いって言われて……」
一気に白戸の殺意が溢れてきた。それに怯えてしどろもどろになって説明すると、白戸は大きなため息をついて「その噂をしたのって、飯沼さん?」と聞いた。
あれ? なんで潔癖おばさんである【飯沼さん】を白戸が知っているんだ? ちょっと驚くが、知らないという感じで訳を話す。
「俺、名前は知らないんだ。もし捨てていたら、やめてって忠告しようと思って」
「まあいいや。多分、言い触らしているのはその人だと思うんだ」
「何で分かるんだ」
「うちにクレームを多く入れているのよ。成人用の本を店内に置くなって」
……つまり、つい最近まで十八歳以上の本棚と仕切りのカーテンがあったって事か。昭和の奥ゆかしさが、今も残っていたと思うと感動すら覚える。
「だからちょっと休業して本棚の整理をしたのよ」
「ああ、なんか休みがちなっているから閉店するかもって噂があったみたいだぞ」
「まだ閉店しない。それに商品をゴミにしないわよ」
俺はピンときて「オンラインショップとかネットオークションにでも出しているのか?」と聞くと白戸は「まあね」と答えた。
「ところで、どこのゴミ捨て場に捨ててあったのよ。そのいかがわしい本は」
「通学路」
「アバウトね。それで何月何日何時に捨ててあったの?」
「不明」
「マジでアバウトじゃない」
疑わしい目で白戸は見てきたので、俺はあの不審者情報を見せた。白戸は「うわ、本当だし」とドン引きしていた。他人から見たらこの不審者情報は笑い話だけど、関係者にされていたらイヤだろうな。
白戸は「分かった。でもうちじゃない」と完全に否定した。
割とスムーズにコミュニケーション取れたな。中学時代は一言喋るのも喧嘩腰だった気がする。こんな感じだったから竜太や龍雅にお願いして、言付けを頼んだこともある。今思えば、思春期の自意識が生んだ緊張状態だったのかもしれない。
一応、用事は済んだ。せっかくだから何か買うかと思い、小説一冊買って帰った。
***
白戸と会った後、タケチーに【いかがわしい本を捨てていたのは、白戸の店じゃないみたい】とメッセージを送った。
するとその日のうちに【また昨日、置いてあったみたいです】と返ってきた。
【何時とか分かる? あと証拠の本も】
【いや、分からないんです。でも潔癖のおばさんが通学路にあったって】
【言ったら悪いけど、もう虚言じゃないのか?】
【いや、噂好きのおばさんの息子のお嫁さんが古紙の収集日じゃない日に十冊くらい漫画を捨ててあるのを回収していたって言っていたんです。回収したお嫁さんの話しでは普通の漫画だって言っていたんですけど、それを潔癖なおばさんはいかがわしい本と思い込んでいるんじゃないのかって】
ああ、なるほどね。恐らく青年漫画、いや少年漫画系でも際どい表紙があるから勘違いしたのかも。
それにしてもなんでその潔癖のおばさんは、どうしてこうもいかがわしい本を目の敵にするんだか。
さて話しは急展開する。その日の夜、龍雅からラインのメッセージが来たのだ。
【白戸から辰真に話したい事があるから、連絡先を教えて良いか? ってメッセージが来ているんだけど】
【そもそも何で龍雅が白戸の連絡先を知っているの?】
【俺と同じ高校時、委員会で一緒になって連絡先を交換したんだ。それでずっと電話帳を変えていないから、あいつの連絡先を知っている】
実を言うと龍雅と竜太と俺は別々の高校、専門学校や大学に通っていたのだ。でも白戸と龍雅が同じ高校とは知らなかった。今まで三人の中で【白戸】の話題が出なかったし。
さて俺は【教えていいよ】と了承した。するとすぐさまラインに白戸のメッセージが届いた。
【犯人を捕まえたいから手伝って】
唐突過ぎるメッセージに【何の事件?】と返した。
【いかがわしい本をゴミ捨て場に捨てている不審者】
【犯人が分かったのか?】
【目星はついた。話したいから、一緒についてきてほしい】
【……危ない人物なの?】
【危なくはないけど、気になるでしょ?】
面倒くさいと好奇心が揺れ動く。【いつ?】と聞いたら、仕事も予定が無い日だったので好奇心が強くなったので【じゃあ、行く】と返した。
【じゃあ、朝の八時に辰真君の家に行くから】
【何で、そんなに早いの? 後、何で俺の家を知っているんだ?】
【ゴミ収集車は八時までだから。昔、お祖母ちゃんと一緒に辰真君の家に行った事があるから】
そういえば小さい頃、うちに来ていた事があって竜太と龍雅と一緒に遊んだ事があったかも……。大昔過ぎて忘れていた。
それにしても朝の八時って。微妙に早いな。好奇心が潜めて、面倒な気持ちが出てきた。
約束の日。あらかじめ俺は家の玄関で待っていると白戸がやってきた。玄関にいる俺に白戸は「え? 何で玄関にいるの?」と不思議そうに聞いた。
「白戸が俺を尋ねに来たら、母親が変な期待するだろ。付き合っているの? って」
三十路を過ぎて数年。母親に「いい人いないの?」とか色々と聞かれる事があり、ちょっとうんざりしている。きっと白戸が来たら、母さんはきっと「付き合っているの?」とか前のめりで聞いてきそう。否定してもしばらくは期待して「もっと押しを強く!」とか意味不明なアドバイスするだろう。
白戸は「私はそんなこと言われないけどね」と肩をすくめて言う。
「じゃ、行こうか」
そんな話しをしながら俺と白戸はゴミ捨て場へと向かった。これって防犯パトロールみたいなものだろうか? ちょっと首を傾げたくなる。
「というか、辰真君って最近帰ってきたの?」
「いや。住んでいる場所で県内だけど別の所で一人暮らし」
「そうなんだ」
「白戸は?」
「子供部屋おばさんしながら、近くのショッピングモールの中の店で働いている」
そんな話しをしている時、「おはようございます!」と明るく元気な声が聞こえてきた。小学校へ向かう登校班の子供たちの声だ。あまり子供と話すことが少ないから、俺は一瞬戸惑って「お、おはよう」と口ごもった。一方、白戸は「おはよう」と慣れた感じで挨拶した。
挨拶した子供たちは満足そうに去って行った。俺も大昔は登校班の列に入って学校に向かっていたな……としみじみと思う。そしてあの子達がいかがわしい本を見つけて、親に「なに、あれー?」と聞かれるのは煩わしいし、どう答えればいいか分からない。
そんな事を考えていると通学路にあるゴミ捨て場に着いた。今日はゴミ収集車が来ない日なので、何もない。だが近くには小学生の親らしい人たちが立ち話をしている。俺達が通ると「おはようございます」と落ち着いて挨拶するが、少々警戒したような顔になっている。多分、監視の意味で、あそこで立ち話をしているのかも……。
「あそこじゃ無いよ」
白戸はそう言って、更に歩く。そこは民家がまばらで林の近くにあるゴミ捨て場だった。通学路の標識があるが、子供が住んでいる家は少ない。昔はいたんだけど、今は年配の方が多い場所だ。
「ところで何でいかがわしい本の事件現場を知っているんだ?」
「うちの店のお得意様が教えてくれた。相川さんの家の近くのゴミ捨て場だって」
相川さんは噂好きのおばさんの苗字だ。あの古本屋にもお得意様がいるんだな。
近くの路地には国道があり、通勤ラッシュなのか車が多く走っている。そんな時、白い車が国道から曲がって林近くのゴミ捨て場へやってきた。そしてエンジンを止めないで、車から女性が出てきて紐で括った十冊以上の本を置いていった。あ! こいつが犯人だな!
話しかけようとした時、白戸は「ちょっと、待って」と止めた。その間に女性は車に乗って国道へと走って行った。
車が居なくなった後、すぐに白戸はゴミ捨て場に置いていった本の方に向かっていった。俺もついて行き、紐で括られた本を見ると全部漫画だった。それを白戸は括られた紐を取っていた。
「おいいい! 何で紐を取っているんだよ!」
「だって何の本が捨てられたのか、分からないもの」
そう言いながら白戸は手際よく紐を取って行く。だけど本がバラバラにならないように紐を結んでいるけど、結構緩いようだ。
紐がほどけて本のラインナップを見ると、別にいかがわしい本は無かった。有名なジャンプの漫画とか少女漫画とかジャンルはバラバラだけど……、一冊だけ違和感のある漫画があった。
全部確認して白戸は綺麗に本を積み重ねて紐で結んでいると……。
「ちょっと! あなた!」
ヒステリックな声が後ろから響いて、ヤベエ! と思った。振り向くと細かそうな初老のおばさんが立っていた。
「やっぱりあなたが捨てていたのね!」
え? やっぱりって? どういう事? 俺、この人知らないのだが……と思っていると、白戸は面倒くさそうな顔で「おはようございます。飯沼さん」と言った。ああ、この人が潔癖おばさんの飯沼さんか。
「私達が置いたわけじゃないですよ。ずっといかがわしい本を捨てているってうちじゃ無いかって言われて迷惑していたので、防犯パトロールしていたんです」
「嘘おっしゃい! 本の紐を取っていたじゃない! カメラで収めているわよ」
「中身を見ていただけです。それといかがわしい本は無いですよ」
白戸は「確認してみます?」と言って紐で結ばれた本を渡す。だが飯沼さんは「本を隠したんじゃないの! 見ていたんだからね!」と言い、白戸のカバンから無理やり取ろうとした。
これにはさすがに俺も「ちょっと、やめましょう」と言うが飯沼さんは聞こうとしない。
そうして飯沼さんは白戸のカバンを奪った。
***
「ここまで話しを聞いていると、飯沼さんって言う人ってヤバくない」
「どんだけ、いかがわしい本に対して恨みを抱いているんだよ」
「エロ本に親を殺されているのか?」
そう言いながら竜太と龍雅、虎雅さんはビールやつまみを食べる。一方、タケチーは気まずそうにビールを飲む。
今日の午前中から第二回草刈りが決行されるという事で、虎雅さんが龍雅を強制参加させた。ついでに俺達は竜太も参加させて、俺達腐れ縁メンバーも草刈りをやる事になった。
今回、暑くなってきたので朝早くからやる事になって億劫だったが、市役所の人たちも手伝いに来たので草刈りは午後になる前には終わった。
終わった後すぐに俺の実家でタケチーはビールと家族で作ったピザ、虎雅さんと龍雅は肉、竜太は野菜を持ってきて飲み会を開催した。
俺は酒のつまみで、白戸と一緒にこのいかがわしい本が捨てられていた事件の顛末を途中まで話した。
すると龍雅が「なあ、もしかして」と話した。
「違和感があった本ってBLじゃね?」
龍雅の答えに竜太と虎雅さんとタケチーは「はあ?」と言う顔をした。そんな雰囲気でも龍雅は自信満々に解説をする。
「どこかの誰かが腐女子で、とある事情でBL本を表立って買えない。だから誰かに買ってきてもらって、ゴミ捨て場に置いてもらう。もちろんカモフラージュで他の漫画も混ぜてもらう。そして腐女子は誰かにゴミの日じゃ無い日にゴミ捨て場に置いて、こちらで回収して、改めてゴミの日に出そうという建前でBL本をゲットするんだ。最近のBLは過激だけど、表紙は普通だし」
「……はっきり言っていい? 回りくどいし、そんな事しなくても良くない?」
龍雅の推理に竜太は馬鹿にした感じで言う。虎雅さんもタケチーも口を開く。
「宅配便があるから、それで送ればいいと思いますよ。わざわざゴミ捨て場に置いて回収しなくても……」
「アホだな、お前。電子書籍があるだろ。それで読めばいいんだよ」
竜太や虎雅さん、タケチーの言い分は正しい。世の中には便利な物でいっぱいだから、回りくどい事をしなくてもいい。
だけど俺は「実を言うと龍雅の答え、ほぼ当たり」と答えた。
「はあ? 何で?」
「嘘だろ!」
「意味わかんない」
「やったぜ!」
推理が当たっていた龍雅はガッツボーズをして、みんなは唖然とした顔になった。この反応に笑う。
「というか、何の漫画なんだ? 電子書籍にも無いの? それ」
「電子書籍にはまず載せられないな。だって数十年前の同人誌とか、ある漫画の二次創作のアンソロジーだから」
「なるほど。確かに昔の作品で二次創作は無いな」
違和感のある本は普通で健全な雰囲気の絵で、有名な漫画のキャラだった。ただ絵柄がちょっと違った。漫画とか読んでいる人間だったらすぐに分かる。二次創作のアンソロジーだった。多分、その本が目当てだろう。
「というか誰が同人誌を置いていって、誰が回収していたんだ?」
「もう分かっているだろ。噂好きのおばさんの息子さんと結婚したお嫁さん」
そう。ゴミの日じゃ無いのに漫画の束が捨てられていたのを発見した人であるお嫁さん。そして持って来た人はお嫁さんのお友達である。
彼女は飯沼さんが去った後、ゴミ捨て場に現れた。白戸は自分の古本屋へ行くように勧め、その日のうちに来てくれた。俺はいなかったが、後日彼女の事情を白戸から聞いた。
「白戸から聞いたけど、噂好きのおばさんにオタクって事をバレたくなかったんだって」
「なるほどね。うちの嫁は腐女子、オタクなのよって噂されますね」
昔と比べてオタクや腐女子は世間から認められているけど、大々的に言われるのは嫌である。しかも噂好きのおばさんの事だから絶対に話を盛るだろうし……。
すると竜太は不満げに「それでもさー、宅配便とかあるじゃん」と言う。
俺は首を振って「それでもやむを得ない事情なんだよ」と言った。
「噂好きのおばさんは、なぜか良かれと思って宅配便を勝手に開けて部屋に持って行ってくれるんだって」
「うわー、プライバシー無いじゃん!」
「でもやりそうですね。あの人、お世話好きだから」
「今は夫婦の部屋のクローゼット奥に隠しているみたい。そこは旦那さんが自分達で掃除するから、開けるなって噂好きのおばさんに注意しているんだって」
「思春期の俺達じゃん!」
大笑いする龍雅だが、女性にとっては重大なのだ。出産や育児、同居のストレスなども重なり、発散するために同人誌を読んでいるのだから。だが噂好きのおばさんにバレてはいけない。秘密にしてくださいと言っても、絶対に言いそうだから。
竜太は「田舎って、こういう所が嫌だよな」と偏見めいた事を言う。
「でもさ、やり方が結構回りくどいと思う。友達が訪ねてきたって事にすればいいじゃない?」
「漫画を置いていく友達も仕事があるし、実家や友達から借りて持って来た漫画を読んでいるんだけど、結構量もあるしクローゼットもそこまで大きくないんだ」
「というか、噂好きのおばさんってずっと家に居るの?」
「うん、専業主婦だからね。買い物とかも不定期だし、何より女性も赤ちゃんがいるから、自分も時間を割けないって」
俺の言葉に竜太は納得しないで「でもさー」と言う。確かに回りくどい方法だし、腐女子の女性がやっている引き渡しだって決してバレない方法じゃない。
だけどこの方法をする理由は、彼女たちにとって単純なのだ。
「もう一つの理由は、何となくスパイっぽい方法だから」
この理由に竜太は憮然とした顔になったが、噴き出した。
だがこの方法も今度から辞めるという。次からは白戸古本屋で本を預かってもらう事にしたのだ。赤ちゃんをベビーカーで散歩させるという理由で、古本屋へ行けば怪しまれずに行けるから。
あと全員にこれだけは注意する。
「これは個人情報だから言わないでくれよ」
そう言うと龍雅、虎雅さんは笑って「了解」と言った。でもこの二人、不安だな……。
「でもこれって不審者情報まで出る事なの?」
不意に竜太だけ眉をひそめて怪訝そうに言った。
「だって、ただ漫画を受け渡しているだけじゃん。二次創作のアンソロジーだったらいかがわしい表現も無いし、表紙も健全だろ。これだけなら不審者情報なんて出さないだろ? と言うか、どうしていかがわしい本が出てきたんだ?」
そう言うとタケチーはちょっと渋い顔をした。恐らくタケチーは裏事情を聞いているだろう。知っているからこそ自分から白戸古本屋に事情を聞かず、俺にお願いしたのだ。
俺は「これも個人情報だけど……」と付け加えて話した。
***
白戸から後日談を聞いた後、俺は頭に占めていた疑問を吐き出した。
「あのさ、何で不審者情報まで出たんだろう?」
俺の疑問に白戸は無言で聞いた。白戸の古本屋で話しを聞いていたが、客はおらずBGMが小さな音で流れている。
沈黙に耐え切れず、俺は疑問に思っている理由を述べた。
「だって噂好きのおばさんの話しを脚色されて、いかがわしい本を捨てているとしても、不審者情報なんて出ないと思うんだけど。証拠のいかがわしい本は無いし、捨てた所も見ていないはず。それなのに噂程度で情報が流れるって変じゃない?」
ブスッとした顔で白戸は「あんたも知っているでしょ。潔癖おばさんの事、飯沼さん」と聞いて、俺は頷いた。
「噂好きのおばさんは、漫画を大量に捨てている人がいるってだけしか、噂してないって奥さんが言っていたわ。多分飯沼さんが脚色して、うちの店がいかがわしい本を捨てているって言う不審者情報を出したんだと思う。うちを攻撃するために」
「ん? うちって、白戸古本屋を?」
「そう」
「え? じゃあ白戸のカバンを奪って中身をぶちまけたのは……」
「多分、カバンの中に本が入っていたら、これがエロ本みたいなことを言い出して騒ごうとしたんだと思う。結局、私のカバンの中には本が入っていないから、さっさと逃げたけど」
あまりに意味不明な行動に俺は「何で? そんな事?」と聞く。すると白戸は「飯沼さんはクレーマーなのよ」と言った。
「数年前に飯沼さんは多くの本を売った事があるの。その後、やっぱり返してって数か月後に言われたのよ。だけどすでにネットで売ったりしちゃったから無理ですって答えたの。そしたら、激怒して弁償してくれって言い出して、そういう事は出来ませんって伝えたけど一切納得してくれなくて……」
「で、クレーマーになった訳か」
「そう。二度と来るか! みたいなことを言っていたくせに、何かとうちを潰そうと画策しているのよね。何年もあるのに十八歳以上の本棚カーテンを引きちぎった後、クレームを言って警察に訴えたり……」
「ええ……」
「あの人、警察も役所も訴えて、色々と問題を起こしているのよ。あの人の親戚って結構偉い人だから、無下にできないのよ」
「……」
「今回の事は先に警察や役所にも伝えた。それでまた揉めたら裁判所にでも行くわ。だってあっちに非があるからね。カバンを無理やり取るし、事実無根の事を言いふらすし」
数か月前に売った本を返してほしいなんて無理に決まっているだろうに。そして弁償と言うのも意味が分からなすぎる。白戸古本屋は一切、非が無いのにクレーマーになって攻撃するのも分からない。そして偉い人がいるから、その人の証言だけで不審者情報を出すのもいいのか?
しかもカバンをぶちまけて何も無いし、捨てられていた本も特にいかがわしいものは無かったのを確認したら、飯沼さんは無言で立ち去った。ものすごく言いたい事がいっぱいあったが、ありすぎて何にも言えなかった。甲斐性無いな、俺って。
あと、うちの親、あまりそういう話に興味が無いから、俺に話さないから知らなかったけどヤベエ住人も住んでいるんだな。
俺がドン引きしていると白戸は「お父さん曰く、商売していたらこういう人と出会う事があるって言っていた」と話していた。
「ずっとやっているって事が、うちの強みだからね。面の皮を厚くしてやるわ。それにこんな寂れた店でクレームを起こしても、意味ないのに」
そう言って白戸は軽く笑った。




