第2話 懐中時計
冒険者ギルド。
いつものように依頼書を剥がして受付カウンターへ持って行く。
依頼書に書いてあるのは、荷物(重量125g)を、今日中に、配達せよ、報酬は銀貨5枚、という4つの情報のみ。受付嬢がその詳しい内容を説明してくれる。
「時計屋クロックワークスの店主クロックさんからの依頼ですね。半年前に引き受けた修理依頼が終わったので、届けてほしいそうです。荷物は45mm×45mm×30mmの箱だそうです。配達先は、コーポ・ボロのエルダーさんですね。
もちろん荷物の中身は時計なので、壊れ物です。破損に注意してください」
「わかりました。
ところで、コーポ・ボロというのは、どこにあるんですか?
それと時計屋は、職人通りでしょうか?」
職人通りと呼ばれる道がある。
そこには各種の工房が集まっている。1つの工房が他の工房から部品や素材を調達するという事がよくある上に、作業の騒音問題もあるため、このような形に自然と落ち着く。
なお、納品先とも近いほうが便利ということで、商店街の近く――すぐ裏手とかにある場合が多い。
「ちょっと待ってくださいね、今地図を……えっと、ここが冒険者ギルドで……ここです。ここがコーポ・ボロです」
「あ、この街にあるんですね」
「そうですね。壊れ物なので、他の街へ配達するなら料金も難易度も変わります。
あと時計屋クロックワークスは、ここですね」
「わかりました。ありがとうございます。
では受注手続きをお願いします」
「わかりました。
それでは、まず時計屋クロックワークスで荷物を受け取ってください。
どうぞご安全に」
こうして依頼を引き受け、時計屋へ。
「運んでほしい物は、これだ」
小箱が渡された。
「言うまでもないが精密機械だ。乱暴に扱うとすぐ壊れちまうから、気をつけてくれ」
まさにその通り。
だからこそ冒険者は時計を持たない。
「かしこまりました。ではお預かりします」
受付嬢が言った通り、別の街や村へ運ぶという話なら大変な仕事だ。特別料金を取るところである。
だが今回は、同じ街に住んでいる人に届けるだけ。魔物と戦闘になる心配はない。
「――と思っていた時期が、お前にもありましたとさ」
面倒くさそうにクロが言う。
徒歩15分ほどの距離を進む間に、今ヤマトは「待てやコラ」と声をかけられ、数人のチンピラに囲まれていた。
「ぶつかっといて挨拶もなしとはナメた野郎だな」
ひゅっ――ヤマトが息を呑む。
心臓は早鐘のごとく。
呼吸は浅く。
額には汗が滲んだ。
緊張して口がまともに動かない。
「い、いえいえ、と、と、とんでもない! ききき気のせいでは?」
「あァん!? 調子こいてんじゃねーぞテメエ!」
「ひい!? 顔が怖い!」
「誰の顔がお岩さんみてーだとコラァ!?」
「い、い、言ってませんよ!?」
「確かに聞いたぞてめー!」
チンピラの1人が殴りかかった。
至近距離でメンチを切ってヤマトの視線を釘付けにしたまま、視界の外からえぐりこむようにボディーブロー。
だが、その拳は空を切った。
同時にヤマトの姿が幻のように掻き消える。
「はっ? ……野郎、どこ行きやがった!?」
殴りかかったチンピラがたたらを踏んで、他のチンピラたちと一緒にキョロキョロと周囲を探す。
そのとき、すでにヤマトは角を2つ曲がった先へ逃れていた。
そしてチンピラたちは、1匹の黒猫を見つけた。
「『Lost in the echo』……あの野郎、マジかよ。俺を置いていきやがった」
「あいつの猫か。喋るってことは、ただの猫じゃあねーな。従魔かよ。なら従魔契約のつながりで、あいつがどこに居るか分かるよな? 案内しな」
チンピラたちがクロを取り囲む。
確かに従魔契約は魔法的なつながりが発生するため、離れていてもお互いの位置を感じ取れる。それどころか、テレパシーで意思の疎通さえ可能だ。
だが、出来るからといって、従う理由はない。仮にも契約した相手を売るなんて……とかいう高潔な理由は置いといて、クロはシンプルにプライドが高い。つまり、こうだ。
「あ?」
――誰に向かって命令してやがる、てめえ。俺様を誰だと思ってんだ、ニンゲン風情が。
ひと睨み。
クロにしてみれば、子供の無礼な態度にちょっぴりイラッとした程度だ。
だがその怒気は、チンピラたちに「食われた」と錯覚させるに十分なものだった。
全員が倒れる。半数は失禁して震え上がり、もう半数は気絶していた。
クロはそのまま、チンピラたちを一瞥もせずに立ち去った。
「クロ! 無事ですか?」
クロがヤマトと合流すると、ヤマトはハラハラした様子だった。
「誰の心配してんだ。俺様だぞ?」
自信たっぷりに言うクロに。
ヤマトは急にスンッと真顔になった。
「いえ、クロのことではなく、あの人達のことです」
「俺の心配は!?」
「要らないでしょう?」
「ちっ……」
たしかにその通りなので、クロは何も言えなかった。
あのまま喧嘩になっても、クロにとっては蚊に刺された程度にも感じない。
「ちょっと睨んだら終わりだよ。全員ケガもしてねーから心配すんな」
「それはよかった。クロがやりすぎないかだけが心配でしたよ」
「そう思うならお前がやれよ」
「いえいえ、怖くてとてもとても」
「このビビリめ」
「返す言葉もありませんね」
そんなこんなで配送先のコーポ・ボロへ。
そこは古いアパートだった。
「こんにちは。黒猫ヤマトです」
とりあえず大家のところへ。
住人の誰がどの部屋に住んでいるのか分からないので、聞き出すことにする。
「こちらにお住まいのエルダーさんにお届け物です。エルダーさんはどちらのお部屋でしょうか?」
「エルダーはあたしだよ」
大家の老婆だった。
品の良さそうな、まるで貴族だ。
いや、事実貴族なのだろう。時計なんて高級品だ。精密な歯車の組み合わせでできた、機械の芸術品である。値段が高いのは当然だ。多くの人は教会の鐘の音で時刻を知る。そんなものを個人で所有する財力。今や古びたアパートの大家ということは、いわゆる没落貴族なのだろう。
「時計屋クロックワークスからのお届け物です。
半年前に引き受けた修理が終わったとのことで……こちらです」
「半年前?」
エルダーは首を傾げながら箱を受け取り、中身を確認した。
箱を開けると、ゼンマイ式の懐中時計がチッチッチッと規則的な音を奏でていた。
その懐中時計を見ると、エルダーは複雑な表情を浮かべた。
「……そうかい。あのジジイ、味な真似をしてくれるじゃあないか」
箱から懐中時計を取り出して、エルダーはそっと撫でた。
困ったような顔をしながら、愛おしそうに。
「この音を、ずっと聞きたかったんだ。
息子が死んだときに止まって、そのままだったんだけどね……半年前に死んだ旦那が、その間際に依頼してたんだろう。没落した我が家には、修理に出す余裕もなかったのに、いったいどこから費用を工面したんだか……」
「そうでしたか。
では、旦那様からのメッセージというわけですね」
「メッセージ……?」
「『そろそろ立ち止まるのは終わりにしよう』『思い出を糧に前へ進む時が来た』と」
「……そうだね。
ああ……その通りだよ」
エルダーは、懐中時計を抱きしめるようにして、さめざめと泣いた。
ヤマトは黙って見守っていた。
「……ありがとうよ。いいものを届けてもらった。
こんなボロアパートだけど、部屋が必要なら相談に乗るよ」
「ありがとうございます。いいんですか? ちなみに家賃はいかほどでしょうか?」
「月に金貨5枚さね」
金貨1枚は、銀貨10枚に等しい。
つまり銀貨50枚。ヤマトの平均的な稼ぎの10日分だ。そして重要なことは、月に金貨5枚なら、残り20日分の稼ぎが自由になるということ。
今の宿屋暮らしより、うんと余裕ができる。
「ぜひ。お世話になります」
「まいど。部屋は1階の102号室だよ。あたしの隣さ。注意事項はたった1つ。『他人の迷惑になることはするな』――これだけだよ。
たまに女を連れ込んでいかがわしい事する奴がいるけど、やめときな。壁が薄いからね」
「わかりました。残念ながら女性とはご縁がありませんけれども」
「ならいいさ」
エルダーは腰にぶらさげた鍵束から、1つの鍵を取り外した。
「ほら、部屋の鍵だよ。家賃の滞納はするんじゃあないよ? あたしが迷惑だからね」
「もちろんです。ありがとうございます。これからよろしくお願いします」
こうしてヤマトはアパートに部屋を借りることになった。
停滞していたヤマトの生活も、ようやく前へ進み始めたようだ。しかし家賃を稼がなくてはならない。時計は動き出したばかりだ。安全で快適な生活は、まだまだ遠い。




